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雑記帳(過去ログ)
2017-08-19 の記事 - 2017-08-19
8/15といえば日本の終戦の日ですが、よりにもよってこんな日に軍服コスプレ・お祭り大会が開催されることは周知の事実です。
そして、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」(以下、連れション会)なる意味不明な会が存在し、コスプレ大会会場への進入すら1人ではできないような連中が、連れションでもするがごとく雁首そろえて大会会場へ出向くのもまた、恒例の行事となっています。
言うまでもありませんが、終戦の日にこのコスプレ会場に出向いた議員は党派に関係なく誰一人としてまともな者ではあり得ません。実際、主要な会場進入者は稲田氏、佐藤氏、小泉進次郎氏といった具合で、まさにろくでなしの見本市といった趣です。

議員、ことに首相や内閣の中心人物などがコスプレ会場へ出向くことは、かねてから慰霊ではなく政治となっていました。そして、「批判するのは中韓だけ」というデマに反し、この無意味で無価値な政治は米国・ロシア・EU・シンガポールといった主要な国や地域からも批判を受け、大敗北を喫します。
こうして政治の手段としては完全に役立たずとなってしまったコスプレ会場への進入は、現状では政治と呼ぶのもおこがましい、ただの売名のための行為となっています。ここへ行く国会議員の中には、慰霊を真剣に考えている者はほとんどいないと断言して構いません。
もし本気で慰霊がしたいのであれば、コスプレ会場に行く必要もなければ、連れション会などとして雁首そろえる必要もありません。静かに千鳥ヶ淵に行き、慰霊し、コスプレ会場を無視してそのまま帰ってくればよいのです。あるいは、日本には広島・長崎・沖縄をはじめ、東京近隣を含めて各地に祈念碑的なものがありますから、そこに行って慰霊をしてくればよいのです。
これには1つの利点、もしくは欠点があります。利点は、まじめに慰霊をしたい者にとって、メディアなどに騒がれることなく、また国際問題となることもなく、純粋に慰霊が可能であること。欠点は、実際には慰霊などどうでもよく、売名を目的としている者にとって、そんなところに出向いても暑くて疲れるだけであり、全く売名にならないことです。
まじめに慰霊を考えている者ならどうするか。実際には慰霊などどうでもよいと考えている者ならどうするか。言うまでもありません。

コスプレ会場こと靖国はもはやゴミの山です。慰霊の場としてはもう終わっています。
靖国をまじめに慰霊の場として位置付けたいと考えている者は、連れション会のような連中に徹底抗議し、売名参拝を誰よりも激しく非難し、また遊就館などにも激怒し、軍人コスプレお祭り連中を徹底排除しなくてはなりませんでした。実際、靖国以外、例えば広島や長崎、沖縄などの祈念の場でこれらが行われたなら、きっと遺族や地元の人々は激怒することでしょう。
ところが、実際にはこれらが放置されたばかりか、政治家の売名参拝を歓迎する者までいる始末。この時点でもう靖国の地位は決まったと言ってもよいでしょう。結果、ゴミの山にはさらにゴミが集まり、逆にまじめに慰霊を考えている者はどんどん遠ざかり、米国にも千鳥ヶ淵が慰霊の場とみなされ、首相や主要閣僚の参拝には国際的に非難が集まるようになり、名実ともにゴミ捨て場でしかなくなりました。
千鳥ヶ淵(ここも決して万全ではなく、個人的には新施設の方が望ましいと考えていますが)を正統な慰霊の場として位置付けるとともに、靖国以外の施設が慰霊の場としてスタンダードになれば、まず間違いなくその場をも第二の靖国に書き換えようとする者が現れますから、コスプレ会場と同様の経過をたどらないようにすることが必要です。
またコスプレ会場は、「英霊」を祭っているという地位を利用して好き放題を行っていますから、ここから「英霊」利権を一切剥奪し、日本国としてここの歴史修正主義を公式に否定することで、きっちりピエロにしてしまわなければなりません。
コスプレお祭り大会の参加者には靖国会場で好きなだけ楽しんでもらい、代わりに慰霊の場からは一切お引き取りいただき、慰霊をしたい人は千鳥ヶ淵その他の場を訪れて静かに慰霊する、という区分けをきっちり行うことが、慰霊を望む人とコスプレ大会参加者、両方にとっての幸せではないでしょうか。

2017-08-13 の記事 - 2017-08-13
やはり日本ファーストが登場してしまいました。
「日本第一党」であり、「日本会議ファースト」であり、かつ「日本ファシスト」な存在なのでしょう。なかなかシャレが効いています。

さて、民進党代表の候補である前原氏がヘイトツイートに「いいね」をしたことが少々話題となっています(現在は取り消されている模様)。
たかが「いいね」ですが、されど「いいね」。非常に残念です。どこまで失望させれば気が済むのでしょうか。
そこまで目くじらを立てる必要はない、あるいはスタッフがやった可能性があるといった意見もあるでしょうが、私は以前に安倍氏がFBで差別デマサイトをシェアしたことに憤りましたし、またそれは絶対にやってはならないことであると考えています。そして、それをしたのが本人だろうとスタッフだろうと発信力に差が出るわけではありません。取り消しをしたというなら安倍氏ですらしています。
無論、差別デマサイトをあえて自ら読みに行き、しかもわざわざシェアして再拡散する能動的行為と、自分へのリプライを「いいね」する比較的受け身かつ拡散を意図しない行為では大きな差がありますので、同列にはできません。ただし、その経緯についての説明と、意図したものでないなら「いいねは間違いでした。私はこのような意見に一切賛同しません」などの宣言をTwitter上で行うのは、差別の市民権確保や再拡散を防ぐためにも最低限必要と考えます。

私が民進党を応援するのは、立憲主義を守り、国民主権を守り、そして何より差別を許さず多様性を尊重する社会の実現のためには、現状ではそうするよりないと考えているためです。他の立憲主義・反差別野党のみでは政権交代どころか牽制をすることさえ難しく、たとえ徹底的に順風が吹こうとも1/3の確保さえ極めて困難であると言わざるを得ませんので、どうしても民進党を無視することはできません。
現状、すでに緊急事態条項さえ通れば日本が終わる段階まで来ており、立憲主義・国民主権は危機的状況にあります。また、路上では平然とおぞましいヘイトスピーチが垂れ流され、さらには災害のたびに虐殺扇動を含む差別デマが流され、いつ関東大震災のような事態に至ってもおかしくありませんし、現に日本社会は障碍者殺戮事件を経験しています。
この異常事態において、もし立憲主義を守り、差別を許さず、多様性を尊重する社会に近づける、あるいはそれらの喪失を少しでも食い止めることができるのであれば、私は腐った泥水でも何でも飲むつもりです。ヘイトクライムによる死者はもう1人たりとも出してはいけませんし、差別によって傷つく人も増やしてはいけません。民進党がどれほど頼りない政党であろうとも、立憲主義と多様性を守る限りは応援しますし、戦略的に妥当ならば民進候補に投票するでしょう。
そのような状況下で、この体たらくは一体どういうことなのでしょうか。

前原氏は、自身が日本会議であるとする噂について「デマ」として否定しています。無論、日本会議カルトと関係がないのは良いことではありますが、それだけでは意味がありません。
私は厳密には「日本会議」というもの自体を嫌っているのではありません。日本会議のように、立憲主義を否定し、国民主権を否定し、そして何より差別を推進して多様性を否定する存在を嫌っているのです。日本会議であろうとなかろうと、差別を肯定するのなら日本会議と同類の輩でしかありません。
少なくとも前原氏は、このような行為について納得のいく説明を行い(仮に操作ミスならミスと言ってもらえれば結構。説明なしにはあえて行ったのかミスなのかすら分かりません)、その上で多様性の尊重や差別の問題にどのように立ち向かうのかを、説明との間に祖語や矛盾を生じないような論理で明確に宣言すべきです。それが党首を目指す者としての最低限の責任です。
多様性を尊重する側としては、差別政党を倒すために別の政党を支持するも、その政党が差別をし始めるようでは意味がないのです。差別を推進する気がないのなら、ないと宣言する以外に疑念を晴らす方法はありませんし、また疑念を持った人々からの信頼を勝ち得るためにも必要です。
差別に反対して多様性を尊重し、立憲主義を守るならば、代表が(差別主義者でない限り)どこの誰であれ、私は泥水を飲む気でいます。一方、差別に賛同するのであれば、それが清水であろうとも床に叩きつけることでしょう。

小池都知事との連携に否定的=民進・枝野氏インタビュー

>小池氏は(自民党議員として賛成した)特定秘密保護法などで私たちと立場が違う。安保法制は間違いでした、特定秘密保護法は間違いでした、アベノミクスは間違いでした、と言ってもらわないと(連携の)前提が整わない。

こちらにはほっとさせられます。
民進党が立憲主義否定の差別勢力・日本会議ファースト(「日本ファースト」は政党名とはならない可能性があるようなので、仮の名称としてこう表記しておきます)と組むとしたら悪夢でしかなく、おちおち支持もできなくなります。いま必要なのはまさにこのような言葉に他なりません。
私は、そして多様性を大切にする人々は、多様性を守るのが目的であったはずの自分の応援が、そして自分の1票が、意図とは逆に在日外国人、外国にルーツがある人、障碍者、性的マイノリティなどを殺傷する凶器として使用されることを恐れていて、この党や候補なら応援して投票しても大丈夫だという確信を求めているのです。

2017-08-06 の記事 - 2017-08-06
内閣改造ですが、早速おかしな者が入閣しているようですし、このままいけば死に体内閣ですから、別にどうでもよいでしょう。
ただし、別に日本国民が立憲主義や多様性の尊重に目覚めたわけではないため、野党がくだらない仲間割ればかりしていれば再び盛り返される可能性も否定はできません。
実に4年以上にもわたる異常な政権運営の末、現内閣がどれほど狂った存在かがようやく報道される状況になったのですから、ここで手を緩めるべきではありません。どんな異常行為を繰り返そうが決して支持率が下がらないという異様な状況に再び戻ってしまえば、もはや手の出しようがありません。そうなれば無賃残業の合法化はおろか、下手すると緊急事態条項まで通され、それで終わりです。
いくら追い込んではいても、安倍・自民・日本会議一派はひとたび反撃の機会があれば日本を一撃で殺せる毒を持っていることを忘れてはいけません。野党結束を進め、確実にとどめを刺しに行く必要があります。

その上で、とりあえず今後徐々に問題になりそうなのはむしろ内閣外の人間、すなわち小池氏、小泉進次郎氏あたりでしょうか。

小池氏は日本会議カルト勢で、しかも在特関連団体で講演までしたという、まさに日本の汚点をすべて集めて発酵させたキメラのような存在です。国政で大暴れされればおぞましいことになるのは見えており、したがって国政に出てくる気があるようなら国民は良識をもって進出を阻止、あるいは進出してきてもお引き取り願う必要がありますが、そんな良識などがあれば安倍政権はとっくに終わっていたでしょう。
在特会と懇ろな有力議員で、小池氏並みのキメラといえば稲田氏ですが、こちらも別に在特会と懇ろであったことが致命打になったわけではなく、単に能無しであることがタイミングよく表に出たからに過ぎません。本来であれば在特会とかかわっていた時点で失格の烙印を押されなければなりませんが、日本はレイシズムに対して恐ろしいほどに甘い、というより支持材料にすらなり、したがって小池氏はボロさえ出さなければ台風の目となることができるでしょう。まさに「台風」です。通過した地点に暴風をもたらし、多くの人々が地元で地道に育んできた多様性の芽や幹を崩壊させる台風です。
たとえ国政への進出が成功しても、おそらく維新同様にいずれ賞味期限切れとなる可能性は高いでしょうが、要はその間だけ自民党をきっちり補完する自称第三勢力として存在すれば用は足り、おまけにそこで破壊された分の爪痕はその後も残るわけですから、そういう意味でも台風そのものです。たとえそこで民進党との連携をちらつかせたとしても、それはいわば日本会議カルト勢内での主導権争いに他なりません。
これに関しては、地方政治に集中して国政に出てこないでくれ、あるいはそれまでに大きなボロを出して本質を人々に知らしめてくれと神頼みをするしかない状況です(すでにほころびは出始めていますが、メディアが積極的に報道したがるかどうかは別)。といっても、相手は神社本庁・神道政治連盟・日本会議ですから、神頼みなどすれば逆効果かもしれませんが。

小泉氏は一個の人間としては恐れる必要もありません。氏に関しては登場当初から警戒しているため、発言なども少しは追っていますが、はっきり言ってただの凡人です。飛び抜けた能力などはほぼありません。
ただし、氏は重役になることが最初から決まっているという一点において恐怖です。そこに能力など何の関係もありません。早くからポストを割り当てられるなど相当厚遇されており、すでに終点まで作られたレールの上を順調に進んでいる状況であることは一目瞭然です。メディアも氏を好意的に取り上げるばかりで、このままなら重役確実なこの人物の思想について、今のうちから徹底して問題視するようなメディアはあまり見られません。
では、氏が重役になったらどうなるか。氏には中身らしい中身がなく、おまけに「きれいな長谷川豊」とまで揶揄されるような新自由主義者です。おそらく安倍氏が日本会議の軽い神輿として使われたように、氏は財界の軽い神輿として使われる可能性が高いであろうと見ています。
さらに、氏にはただ1つだけ凡人にはない能力があります。氏は政治家の家に育ち、堂々と父親から地盤と看板を受け渡され、党からも不自然に優遇されて地位を提供され、メディアも極めて好意的で、すべてが周囲のお膳立ての上、最初から重役になることが決定している人物です。もし私がこの立場であれば、「結果の平等より機会の平等」「努力する人が報われる社会」などといった種類の主張をすることはできません。さすがに厚顔にもほどがあり、「恥」の概念があれば到底不可能な主張であるためです。ところが、小泉氏は平気でそれをすることができます
厚顔で、恥の概念を持たず、自分のことは棚に上げる能力。安倍氏を見ての通り、これは日本の政治家にとって極めて強力な能力です。
安倍氏が立憲主義や多様性を引き裂いたように、小泉氏は労働者や富のない市民を引き裂くことを平然とやってのけるでしょう。

民進・細野氏が離党の意向表明 グループから同調者なし

どうぞどうぞ。
この状況下で、しかも多様性尊重勢力が意図しないような方法で野党を割られると極めて厄介です。最も恐ろしいのは、日本会議に親和的で差別思想を持っている連中が党を真っ二つに破壊して大混乱に陥れ、既存野党への大失望を招いた上で自分たちはまとめて都民ファーストに寝返り(おまけに仮に都民ファーストが国政進出をする気があまりない、または決めかねている場合でも、その進出を喚起しかねず)、幾人ものレイシスト国会議員を確保した都民ファーストが国政でも伸長することで、そうなれば日本の立憲主義や多様性尊重の概念は地底の底のさらにどん底に叩き落されることでしょう。
しかし、今のところこの離党は大した動きには発展していないようです。結果、「ようやくマスコミのコントロールが利かなくなってきて安倍内閣を追い込む機会が訪れ、一方で自党も急いで立て直す必要がある中、いちいち問題を起こす輩」にしかなっておらず、大変な時に平然と裏切る人間が自ら去るという願ってもない状況となっています。それでも厄介と言えば厄介ですが、こんな人間は後からでも裏切りますから、ろくに同調されていないだけマシです。
ついでなので、自党の党首すらも差別するようなレイシストはまとめて表舞台から消え失せてはいかがでしょうか。人種民族的なルーツの他、障碍や性的指向などでマイノリティに属する人々が、自党の党首さえ差別するこういった議員の存在に対して否応なく感じざるを得ない恐怖を考えれば、野党が少々弱体化するとしてもいなくなってくれて構わない存在でしょう。

ただ、余計な連中がいなくなっても民進党自体が不安な存在であることは変わりません。例えば都民ファーストまたは類似の第三政党が国政に進出してきて、思想として共産とその党のどちらを選ぶか踏み絵を迫られる状況となった場合、日本会議勢力かつレイシストの勢力を蹴って共産を選ぶことでしか多様性や立憲主義の尊重は実現し得ませんが、今の民進党にそれができるでしょうか。

2017-07-30 の記事 - 2017-07-30
蓮舫氏は結局、辞任。
党外の卑劣な人種差別主義者連中の攻撃にさらされたばかりか、党内にも署名付き怪文書を出したり、外部の差別主義者と一緒になって攻撃をかける人間がいた中で、よくもここまで踏ん張ったものです。
政治思想的にはあまり支持できない人物ですが、被差別当事者として差別にここまで対峙することはなかなかできるものではありません。被差別者を矢面に立たせてこのような苦しみを与える日本社会の在り方を深く恥じるとともに、率直に「お疲れ様」の一言を述べることとします。
奇しくも、稀代のヘイトクライム・相模原障碍者殺戮事件から1年。私たちはこれを「宿題」として、人種や障碍などによる差別を容認せず、あらゆる属性の人々が尊重される日本社会を作らなければなりません。

とにかく今後の民進党には、ある程度明確に展望を示してもらわなければ困ります。現状の民進党は何がしたいのか全く不明であり、したがって支持するのが適切なのか否かが全く分かりません。支持が割れそうなテーマはあいまいにするのも戦術のうちですが、それを散々やって支持者を混乱・失望させ続けてきたがために、民進党に待望が集まるはずの状況で失望が広がっているのです。
差別を許さず多様性を尊重すると言いながら、自党の党首さえも差別する。野党共闘への期待が高まっている状況で、平然と冷や水を浴びせかける。連合が無賃残業の合法化を一時的にせよ容認したこと、横浜市長選への対応の混乱なども、ちぐはぐな印象を与えています。労働者を守る気はあるのか、原発はどうするのか、子どもへの福祉をどうしたいのかなど、方針を定めるべきテーマは山積しています。
その結果として、たとえ「我々は自民党以上に差別を推進します」「共産党のような悪魔と組むなら自民党と組みます」と宣言することになったとしても結構。その場合、私は絶対に支持しませんが、「差別をなくし多様性を尊重します」と言っておきながら実際には差別し、共闘ムードを出しておきながら水を浴びせて裏切るよりはマシです。
無論、私としては民進党が党是通りに多様性を尊重し、野党共闘を行うことを望んでいるのは言うまでもありません。大筋で多様性の尊重や格差の縮小、立憲主義の尊重を訴え、日本会議勢力に対抗し、野党共闘を行う気があるのならば、ある程度政策的に折り合わない部分があっても、戦略的に投票先として妥当である限り、鼻をつまんで泥水を飲む覚悟で民進党候補を支持することでしょう。

なぜ安倍内閣の支持率が下がったのか、私には皆目見当がつきません。無論、森友や加計、防衛省などの不正問題や共謀罪などの国民軽視は十分不支持に値するものですが、これらは安倍内閣発足時点から一貫して継続されてきた姿勢であり、今に始まったことではありません。
すなわち、多くの人は国民軽視・不正行為・立憲主義否定などを踏まえて支持していたと考えるしかありません。それも、経済政策などを支持するためにこれらを我慢していたのであれば、経済政策の化けの皮がはがれた時点で支持は壊滅していたはずですから、要するにこれらをポジティブな要素とみなしていたと考えるのが妥当です。それで何年も支持率が高い状態が続いていたのなら、今ここで突然下がる理由は存在しないはずです。
要するに、何が何だか分からないが安倍氏に逆風らしきものが吹いている状態でしかなく、理由がよく分からない以上は今後の展開も予断を許しません。明日にも逆風が止んでも全く不思議ではないのです。今まではマスコミがコントロールされていたことも理由としては考えられますが、そうだとすればつまり国民が目覚めたわけではないことを意味し、マスコミを再掌握されればそれまでですから、やはり状況は極めて不安定です。
したがって、実際の野党には全く余裕はなく、党内での内輪もめ、共闘に冷や水を浴びせるなどの仲間割れをしていられる状況ではありません。
また、たとえ安倍内閣が実際に危機的だとしても、安倍・日本会議一派によってボロボロにされた日本の状況が回復するわけではありませんし、また日本会議にとっては安倍氏の代わりなどいくらでもいるはずで、客観的に見て危機的状況であることは全く変わっていません。本来ならば1秒でも惜しい状況であり、党としても野党連合としても一刻も早く体勢を整え、団結して戦うことが求められます。

ところで、辞任は辞任でも稲田氏の辞任にはほっとしました。まだ油断はできませんが、半年前までは「稲田総理」の悪夢が現実にあり得たわけですから、ひとまずそれが困難な状況となったのは幸いです。
以前には舛添氏も自滅してくれましたし、極めて不安視して警戒していた人物が自滅してくれるのは助かります。基本的になぜ不安視するかというと問題があるからで、つまりそういう輩は自滅の種を最初から持ってこそいますが、それが表に出ない場合が怖いのです。あとは小泉進次郎氏辺りが害悪が大きくならないうちに自滅してくれると大変助かるのですが。

2017-07-23 の記事 - 2017-07-23
結局、蓮舫氏の国籍問題問題は最悪の展開となりました。公表しても意味不明な言いがかりまでつけられる始末で、「差別主義者がこれを攻撃するのは差別が目的だから、戸籍を公表しようが無意味どころか追撃材料にされるだけ」という分かり切った憂慮が完全に的中する結果となりました。

反差別行動において、在日コリアンやLGBTなど被差別者の人々は必死です。この国では平然と「○○人を殺せ」がまかり通り、警察がそれを警護しています。災害のたびに流れるのは虐殺扇動デマ。障碍者はすでに殺戮されましたし、透析患者などへの殺戮を扇動する者もいます。LGBTにしてもアウティング死などが発生していますし、LGBTへの無自覚な偏見は国籍差別にも勝るものがあります。
要するに、実際に命がかかっているため、文字通り必死にならざるを得ないのです。
そして当然、そうした行動において「前に出て」いるマジョリティもまた必死です。醜悪でおぞましいヘイトスピーチを最前線で見ていて、またそれらが何を招くかも大いに理解しているためです。
したがって、差別に反対する人々は、差別主義者と対峙したり、行政や企業に申し入れをしたり、あるいはマイノリティとつながりをもって理解を深めたりといった、賽の河原に石を積むような作業をひたすら行ってきました。そしてそれは、その緊急性・必要性に対して非常にゆっくりとしたペースではあるものの、多少なりとも実を結びつつありました。
無論、そうした努力は現代の反差別者だけのものではありません。部落問題から障碍者差別、人種差別、その他ありとあらゆる差別に対し、昔から多くの人々が改善の努力を行ってきました。現代人はそれを引き継ぎ、少しずつ発展させてきたのです。
ところが、このほど鬼が出現し、部落問題全盛の時代から現在の人種差別に至るまで、人々が積み上げ続けてきた石の山をぶち壊していきました。その鬼を「民進党」といいます。差別を実質的な党是とする自民党や日本会議一派も間接的にはかかわっていますが、ここで直接的な鬼となったのは多様性を党是とする民進党でした。

蓮舫氏は「私を最後にしてほしい」と述べていますが、残念ながらこれは最初となるでしょう。本件によって差別主義者が気に入らないマイノリティに戸籍を要求する前例ができましたので、今後は国会から民間まであらゆる場所で類似の踏み絵を迫るケースが出てくる可能性が大幅に高まりました。
私は政治家としての蓮舫氏はあまり評価していませんが、被差別者としての蓮舫氏の立場ならまだ分かりますし、「私を最後に」の言葉に込められた意思も分かります。また、家族を気にかけていることも理解できます。
それゆえに、実際にはこれで「最初」が作られてしまい、しかも日本のダイバーシティを大幅に後退させ、差別主義者を勢いづかせ、これで差別の波が力を増せば蓮舫氏の子世代のマイノリティを直撃しかねない(例えばいじめや就職差別、結婚差別などは、いずれも若い世代の打撃が大きい)という皮肉で残酷なまでの結末は、非常にやりきれないものがあります。

この国籍問題問題については、差別政党である自民党ですら表立って攻撃するのを控えてきました。さすがに筋の悪すぎる攻撃であることを認識していたためで、つまりは自ら触れれば火だるまになりかねない地獄の扉であったわけです。そして自民党にすらできなかったことをやってのけたのが、あろうことか民進党なのです。
なお重ね重ね述べますが、私は本件において蓮舫氏を責める気にはなりません。何が何でも踏みとどまってほしかったのは確かですが、差別は行う者が100%悪いのであって、これは曲げてはならない大原則です。ここで被害者を攻撃するのは、「被差別者は右の頬を叩かれたら左の頬を差し出せ」と要求するようなもので、これが常態化した場合、殴られるのに耐えられるだけの体力や地盤のない多くの被差別者は表に出てくることが困難になるでしょう。つまり、それ自体が萎縮効果を生むのです。
となると、問題は民進党内での主導権争いを有利に進めるため、蓮舫氏の出自という自らの意思ではどうしようもないものを利用し、差別主義者に相乗りして攻撃をかけた身内の差別主義者です。彼らは単に蓮舫氏に対して人種差別を行ったのみならず、日本のダイバーシティに対して大きなダメージを与え、今までの日本社会の積み重ねをぶち壊しにした、安倍内閣に匹敵するほどの差別主義者連中に他なりません。

私は民進党内に多様な政治的立場の人々が存在すること自体を直ちに問題とはしません。立憲主義が破壊されそうな時に内輪もめに明け暮れたり、選挙の結果次第で緊急事態条項などを含む改憲がなされかねない状況下で共闘可能な相手に砂をかけたり、政府の不正が山ほど明らかになっていて切り込まなければならない状況下で、党内の権力争いにうつつを抜かしたりしないのであれば、多様な考えを持つのもご自由に。
ただし、差別を行う者のみは断じて容認できません。差別をすることに一切の正当性はなく、他人を差別してはならないのは小学生でも知っています。実際には差別が思想の根源である自民党ですら、口先だけでは「差別はダメ」と言うのです。民進党の一部の議員はそのレベルにさえ達しておらず、その度合いたるや臆面もなく怪文書に名を連ねたりするほどで、かつ党内の良識ある議員による差別反対の声でそれを圧倒できない状況は、深刻であると言わざるを得ません。
無論、現状でうかつに党勢を削ぐのは得策とは言い難い面もあり、蓮舫氏と差別を許さない所属者らが組んでヘイト勢力を抑え込めるのならそれでも良いでしょう。個人的には蓮舫氏の政治思想にはあまり賛同しませんが、こちらも泥水を飲んで選挙の状況次第では民進党を支持しているのですから、蓮舫氏も泥水を飲んで共闘でもなんでもやってくれれば結構(できなければ代表の座をそれができる人に明け渡してもらっても結構)。しかし、本件の存在は抑えが全く機能しておらず、蓮舫氏の側もそれを撃退するなり受け流すなりができない状態にあることを示しています。
もういい加減、それなりの決着をつけてもらわなければ困ります。これではもはや現状の民進党の存在自体が、石を積み上げるかのように地道に行われてきた反差別の動きへの妨害でしかなく、このままではいつ再び石の山を突き崩されるか分かったものではありません。

差別政党に対抗するため、にわか差別政党を作っても勝てるわけがありません。仮に勝てるとしても、差別政党として勝つのならば勝たなくて結構です。
日本会議一派による政治に反対する人々は、差別を否定して多様性を尊重し、政権交代または最低でも日本会議派政党の行動を牽制できる規模の政党を待ち望んでいます。そしてそれは、沖縄などへの地域・民族差別の否定に始まり、障碍者の生存権を守ること、基本的人権や立憲主義を守ること、労働者を無賃残業などから守ること、市民を貧困から守ること、教育を受ける権利を守ることなど、あらゆる人々の人権を守ることと地続きであって、これらはすべて日本会議・新自由主義の対立軸としての政党に求められていることです(これは逆もまたしかりで、人種国籍差別を行う層は、沖縄を侮辱したり、障碍者の人権を否定したり、テレビのインタビューに応じた貧困高校生などを攻撃した層とかなり重なっていて、さらにその多くが自民その他の日本会議勢力に親和的、かつ民進党に敵対的です)。
差別を否定し多様性を尊重すること。これが日本会議勢力と対峙する上での、おそらく実質上唯一の「解」となります。

なお本件に関して本音を書いておくなら、かなりの徒労感を覚えてはいます。差別に反対している人々、つまり選挙で戦略的投票先として民進党に投票することが期待できる人々が、差別に屈して戸籍を出せば日本のダイバーシティが後退すると必死で訴え、民進党に申し入れなどもしているのに、それを全部切り捨てて絶対に民進党に投票しない差別主義者の要求の方を取ったとあっては、「この党は私たちの言葉を聞く気があるのか?差別にかかわることですらこれでは、ましてや共闘や一般政策なら?」と考えるのは仕方のないことでしょう。

2017-07-15 の記事 - 2017-07-15
蓮舫氏の国籍問題問題(*)、実に頭が痛くなります。

(*)いわゆる「国籍問題」なるものに問題としての実体は存在しませんが、この「国籍問題」なるものを利用して蓮舫氏を貶め、ハーフなど外国にルーツがある人々に対する差別を扇動する問題ならば存在します。したがって、当サイトではこれを「国籍問題問題」と呼称しています。

当然のことながら、蓮舫氏が戸籍を(たとえ一部でも)公開することは絶対にあってはなりません。このような差別の前例を作ってしまえば、今後マイノリティが議員として活動するにあたって、マジョリティに対してなら到底要求され得ないような無茶苦茶な要求や言いがかりを突きつけられることが常態化する恐れがあり、これによる萎縮の効果はかなりのものとなるでしょう。
また、国民の代表である国会議員の間ですら堂々と人種差別がまかり通るならば、一般社会における人種差別はこの程度では済まなくなります。部落出身でないか確認するため結婚相手の戸籍を調べていた時代に逆戻りです。同時に、これで「ハーフは差別してもよい」というメッセージを発してしまえば、ハーフなどのマイノリティは今まで以上に容赦なく差別を受けるようになり、現状でまともに人権が守られているかどうかすら怪しい在日外国人などに至っては、それよりさらに「格下」に位置づけられることになるでしょう。
以下の記事によると、

民進:党内から差別助長危惧の声 蓮舫代表戸籍公開方針

>大串博志政調会長は「通常は絶対あってはならず、多様性を求める党是にも合わない。ただ、野党第1党の党首という立場を考えるとやむを得ない」と話した。

だそうですが、確かに野党第一党の党首は影響力が大きい存在です。したがって、絶対に戸籍を公表してはいけません
蓮舫氏はおそらく、日本で最も大きな政治的影響力を持つハーフです。多様性を党是とする野党第一党党首として、日本の多様性尊重をリードすることが期待される立場です。そのような人物が差別に屈したならば、日本中の多様性尊重の意識が大幅に後退するのは避けられません。「立場」も何も、差別主義者からすれば蓮舫氏1人を落とすだけで日本のダイバーシティを大きく破壊できるのですから、ここを落としに来るに決まっています。立場を考えるならば、絶対に落とされてはいけないのです。

ただ、私としてはあまり蓮舫氏を責める気にはなりません。
差別とは力関係の非対称性を利用して行われるものです。より立場の強い者が、より立場の弱い者を攻撃する。それが差別です。そして差別は属性に対する攻撃ですから、被害者はどうすることもできません。例えば「イエローモンキーは死ね」と言われたからと、黄色人種をやめることはできません。
これはいわば、巨人の大群に蹂躙されるようなものです。おまけに蓮舫氏の場合、人種差別と女性差別の複合差別にさらされています。結果、経歴上差別について考えることも多く、かつ今までも様々なバッシングにさらされてきたであろう蓮舫氏ですら耐えられなくなってしまうのです。はっきり言って、こんなものに耐えられる被差別者などそうそう存在しません。圧倒的な力の差で殴られるというのは、そういうことなのです。
その上、民進党議員の一部は署名付き怪文書を出すことに始まり、都議選の敗因を蓮舫氏の出自に押し付けたり、差別にタダ乗りして蓮舫氏を攻撃したりとやりたい放題。生身の人間が巨人に殴られている状況下で、友軍はそれを助けようとするどころか、背中に機銃掃射を浴びせかけているわけです。
その惨状たるや、むしろ今までよく耐えたものだと感心するほどです。
なお、「説明が二転三転している」として問題視する意見は、今回に限れば全くその通りであると私も考えます。すなわち、「戸籍を公表しない」で終わった問題を、なぜか今になって蒸し返して「公表する」と言い出し、批判を浴びたら「公表するのは必要な部分だけ」と言い出すのは、確かに全く必要のない騒ぎであると言わざるを得ません。何らかの形で公表すれば、差別に反対する程度の良識は持っている人々を大いに失望させますし、公表しなければ話が違うなどと言われて批判を浴びますから、わざわざ袋小路にハマりに行っているわけです。
といっても、氏をこういった支離滅裂な行動を取らざるを得ない状況に追い込んだのはまさに「差別」ですから、やはり氏ばかりを責める気にはなりません。

カウンター行動の基本は「マジョリティは前に出ろ」です。差別側と被差別側に圧倒的な力の差がある以上、被差別者を矢面に立たせておいてはならず、差別側と同じ立場にいる日本のマジョリティが前に出て被差別者の壁となると同時に、図式を「社会的多数者 VS 社会的少数者」から「社会的多数者(差別集団) VS 社会的多数者(反差別・多様性を尊重する者)」に塗り替える必要があります。
見て見ぬ振りも差別への加担と同じです。圧倒的に強い側と弱い側、放置しておけば弱い側が一方的に蹂躙されるに決まっていますから、放置は中立ではあり得ません。
したがって、本件についても「民進党議員のマジョリティは前に出ろ」の一言です。

民進党が受け皿となれないのはなぜか。国籍問題問題の一件を見ても明らかでしょう。
外国にルーツがある人、LGBT、障碍者などの社会的マイノリティにとって、排外主義・差別主義・立憲主義否定・人権軽視の自民党(あるいは日本会議)政治は現実的な脅威です。この社会ではすでに障碍者殺戮事件が発生しています。閣僚の中には「○○人を殺せ!」と叫んで街頭を練り歩く連中と懇ろであった者もいます。そして首相は差別デマサイトをシェアするような人物です。
現状でもマイノリティは人権が守られているかすら怪しい状況に置かれていますが、立憲主義の否定によって権力に権利を守らせることが難しくなり、また人権がこれ以上軽視されるようになれば、まずマイノリティがそのあおりを食うことになります。実際、ナチスでは障碍者や同性愛者への迫害が行われていましたし、相模原の事件への反応、長谷川豊氏の一件などを見ても分かるように、そういう「空気」は現代日本にも蔓延しています。
自身が何らかのマイノリティである者。親族や友人にマイノリティがいる者。そうした人が身近にはいなくても差別はおかしいと考える者。そうした人々は、多様性を尊重して差別を否定し、その上で十分な力のある政党を待ち望んでいます。
自らもマイノリティである人物が党首を務め、多様性を党是とし、また有田氏をはじめとして反差別に積極的な議員も存在している民進党は、そういう意味では理想的な政党であるはずです。
しかし、実際の民進党はそれほど信用されていません。一番肝心な時に裏切りかねない政党であるとみなされているためです。
今回の国籍問題問題はその典型的な例です。都民ファーストなる茶番劇の中でも、立場をはっきり示している共産党が堅実に議席を積み増す一方、民進党はいまひとつ存在感を発揮できませんでした。当然の結果ではありますが、そこで敗戦の責任を蓮舫氏の出自に押し付け、党内の主導権争いのために差別を利用するという離れ業をやってのけたのが民進党内部の議員であるわけです。
自党の党首すらかばうでもなく、差別を利用して背後から撃つ者さえいて、党首もそれに屈してしまうような状態の政党を、国民が「この党なら大丈夫だ。差別と戦い、多様性を尊重してくれるに違いない」とみなして信用するとでも考えているのでしょうか
少なくとも私は、今回の公表騒動には大いに失望し、「こんな政党、もし有田氏のような差別に立ち向かう議員がおらず、かつ現状が立憲主義の危機でないならば、絶対に支持しないのに」というほど強い憤りを覚えています。
このような有様で受け皿になれるとしたら、そちらの方が不思議というものでしょう。

現状、民進党は差別主義者に蛇蝎のごとく嫌われています。そして、差別主義者に嫌われるのは多様性を尊重する政党として名誉なことであり、よりいっそう差別主義者に嫌われるような態度を貫くべきではあっても、彼らのご機嫌を取る必要など一切ありません。蓮舫氏が戸籍を公表して彼らの目的(ハーフかつ女性である蓮舫氏に対する嫌がらせ、かつ日本のダイバーシティを大きく後退させ排外主義を推し進めること)を成就させたとして、彼らが民進党を支持することなど絶対にありません。味をしめて二匹目のドジョウを狙いに来る可能性ならあるでしょうが。
差別勢力はもう間に合っています。確かに差別主義は日本において相当なボリュームゾーンですが、自民・公明・維新・都民と魑魅魍魎がひしめき合う中、民進党が彼らの食べ残しをあさるような真似をしたところで、党勢回復などできるわけがありません。仮にできたとしても、それは単に日本会議システムに組み込まれ、傀儡として役割が与えられただけです。
民進党がすべきなのは、「反差別・多様性尊重・立憲主義擁護・基本的人権の尊重」を掲げて差別主義・排外主義・立憲主義否定・人権軽視に対峙することです。党として差別を許さないという強力な態度とメッセージを即刻示すべきであって、この状況ですらそれを示せないようなら手遅れです。
党内ですら多様性を尊重できず、党首すらも差別から守れないような政党が、日本社会の多様性を尊重し、一般市民を差別から守れるわけがありませんから、これは極めて重要です。そして、これは蓮舫氏の決定だけの問題ではありません。民進党内のマジョリティのうち、誰が前に出て、誰が前に出たがらないのか。これもまた問われているのです。

2017-07-08 の記事 - 2017-07-08
さて、「自民 VS 都民ファースト」なる図式が演出された、茶番劇の都議選について。結果は実に予想通りのものでした。当選者・関係者の経歴やらその後の展開もまた実に「らしい」もので、こちらもひとまずは予想を裏切らない状況です。

勢力選挙前選挙後増減
日本会議カルト勢86102+16
共産党1719+2
民進党75-2
ネット31-2
無所属130-13


※「日本会議カルト勢」には都民ファーストによって追加公認された無所属候補も含む。

日本会議カルトが大幅増、その他の政党は微増または微減となっています。もともと議席の多くを保有していた日本会議カルトが、さらに躍進して大勝したのが今回の選挙です。これは地方選挙ながら、今後とも日本会議一強は続くものとなりそうです。

今までの異様な政権擁護姿勢にしてもそうですが、今回の都議選もまた報道に問題がありすぎました。
少しでも物事の分かった人なら誰でも知っている通り、今回の選挙は「自民大敗・都民ファースト大勝」で片付くものではありません。言うなれば、日本会議カルト・ヘイトスピーチ・アンド・リビジョニズム・ホールディングスの子会社である自民党から、同じく子会社の都民ファーストに対し、リソースの移動と人事異動が行われただけです。
自民党や安倍氏が勝ったか負けたかでいえば微妙なところですが、あれだけ山ほど問題が噴出した中で上手く日本会議勢力を躍進させたという意味では、勝ったともいえるでしょう。一方、茶番ながらも逆風が見える形で示された意味では負けたともいえますが、そんなものは単なる日本会議HD内での派閥争いであって、日本会議グループ各社の上層部以外の人間には関係がありません。
X社傘下のA社が不祥事を起こして批判を浴び、そこでライバルとしてB社が登場、話題をかっさらって大きなシェアを獲得するも、実はここがX社の子会社だとバレたらどうでしょうか。マスコミは大喜びで非難合戦を繰り広げるのではないでしょうか。
東京は知事としてレイシストを何度も輩出している場所であり、実際の図式を伝えたところで日本会議勢力の躍進にはそうそうブレーキはかからないでしょうが、この際議席がどうのこうのは置いておくとして、これを伝えなくてよいということにはなりません。都民ファーストが何らかの方法で国政にまで浸食してくる可能性もあるとなれば、これがまともに報道されなかったことは日本全国に後々まで響いてきます。

ところで、こちらも大方の予想通り日本第一党候補は余裕で落選だそうです。小池氏が在特とのかかわりを持っていたり、お騒がせの稲田氏が在特と蜜月であったように、自民・都民ファーストともに「きれいな在特会」ですから手放しには喜べませんが、とりあえずはおめでとうございます。どうか手遅れとならないうちに、日本会議カルト勢もこれと同じ道をたどりますように。

2017-07-02 の記事 - 2017-07-02
なぜ声をあげた障害者がバッシングを受けるのか?バニラ・エア問題、本当の争点はどこにある

バニラ・エアに事前連絡したが乗れなかった車いす女性

どこかで見たような問題ですが、それもそのはず。なにしろ日本社会は何度も何度も何度も何度も似たような問題を繰り返してきたのですから。
反差別カウンターへの批判、デモへの批判、「保育園落ちた日本死ね」への批判などは、どれもこれも本件と極めて類似した構造を持っています。また川崎バス闘争など、公共交通機関のバリアフリー自体がこのような方法で勝ち取られてきた経緯があります。

本件を「やり方が悪い」などとしてつるし上げ、糾弾する者がいますが、ならばその者は自らが考える「正しいやり方」を実行し、それによって障碍者と健常者の間にある差を縮めるなり、問題を可視化するなりしておけばよかったのです。この問題が発生するまでに実践する時間はいくらでもあったはずですし、それをしていれば当事者自らが行動を取る必要もありませんでした。
また、障碍者・バリアフリーの問題はこれで終わりではなく、今後とも社会の重要なテーマであり続けますから、今まで何もしなかったことはもう仕方ないとして、今後は「正しいやり方」を用いてバリアフリーを推進すればよろしい。きっとその「正しいやり方」によってさぞや目覚ましい成果を上げてくれることでしょう。
なお、1人の人間が持っているリソースは有限ですから、社会にバリアフリーなどの問題にかかわらない人が存在すること自体は仕方がなく、直ちに責められるべきものではありません。ただ、それなら障碍者が行動を起こした場合にもその方針を貫けば済む話であって、頼まれてもいないのに「やり方が悪い」などとつるし上げることで能動的に問題にかかわるという選択を自ら望んで行った以上、その者には当然、「正しいやり方」を実践することが求められます。
無論、以上は糾弾者の大半がそんなことをするわけがないと分かった上で言っています。自分は何もしないくせに一人前に文句だけは言う人間の望み通りにしてあげたとして、それによって彼らが障碍者の側に立って行動することは決してありません。なお、自分は活動を行っていて、かつ今回の件に懸念を示している人にはお気の毒としか言いようがありませんが、そうした人の割合は少数であろうことは想像に難くありません。

本件について、問題提起をした人が活動家であるなどとして非難する動きもありますが、同じことでも活動家のAさんがやった場合には問題にするが、道の端っこを歩いているしおらしい障碍者のBさんがやったら許してやるとでも言う気でしょうか。また、当事者は自分たちの立場を向上させるための活動をしてはいけないのでしょうか。そのような遠回しな言い方などせず、「障碍者は健常者様に注文など付けず、道の端っこを歩いてろ」とでも本音を言った方がまだ潔いというものです。
もし問題提起者の主張なり思想なりが気にくわないとして、それを批判するのは言うまでもなく自由です。それが属性への攻撃の要素を含まない限り、単なる批判であって必ずしも差別とはなりません。ただし、「自分が気にくわない者であれば、障碍を理由に排除・否定されても構わない」なる理屈を認めることは断じてできません。
「障碍者優遇」的な言い分に至っては論外。問題提起者が「障碍者にはキャビアと高級ワインをよこせ」などと言ったなら不当な要求でしょうが、実際には「搭乗」を求めて得ただけです。バリアフリーなどの是正策が実現されたとしても、それは障碍者にとっては「どんなに良くても健常者と同等、通常はそれより不便な範囲において、施設内の移動やサービスの利用ができる」程度のものであって、当然ながら健常者以上の利得が得られることはありません
また、実際にバニラエア側も対策を打ち出したように(それ以前から対策を進めていたとの情報もありますが、いずれにせよ合理的な範囲での対策であることの証明ではある)、必要となる対策は合理的・常識的な範囲のものでしかなく、実現困難で不合理な対処が求められているわけではありません。通常の航空会社ならともかくLCCだから配慮の必要はないとの意見もあるようですが、通常航空会社なら差別はいけないが格安なら差別をしてもいい、などという理屈はどこから出てくるのか、理解に苦しみます。

そして前述の通り、これは日本社会において何度も繰り返されてきたことです。
例えば保育園問題では、批判者はそれまでにいくらでも活動をして問題の解決を試みる機会があったはずですが、実際には何もしませんでした。また、強い言い方がなされる以前には、より穏健な言い方で何度も問題提起がなされてきていますが、やはり批判者は何もしませんでした。そしてとうとう、「保育園落ちた日本死ね」が社会的な注目を集めるに至り、批判者は何もしないくせに批判だけは一人前に行い始めました。
より穏健な言い方で問題提起がなされている時点で何もしなかった人間が、「保育園落ちた日本死ね」に対して「言い方が悪い」と文句をつけるのは質の悪い冗談でしかありません。結局、「良い言い方」を用いようが「悪い言い方」を用いようが、批判者は批判以外は何もしないのです。
反差別カウンター問題でも同様で、よく「あんなやり方ではダメだ」と文句をつけてくる者がいますが、そうした人物が「ダメではないやり方」によって差別と対峙することはまずありません。もしやり方が気に入らないのであれば、自分が正しいやり方を用いて差別を解消すればよく、そうなれば誰も「ダメなやり方」などする必要はなくなりますが、批判者は反差別側に文句を言う以上のことは決して行いません。
差別者と反差別者に対する「どっちもどっち」論もまたこの類型です。別に「どっちもどっち」でも構いませんが、それなら差別・反差別の争いという点においては少なくとも差別側も同罪、かつ差別側は被差別者を一方的に攻撃しているわけですから、その分も足さなくてはいけません。しかし、「どっちもどっち」論者はほぼ間違いなく反差別側を一方的に攻撃し、差別側にそれと同等以上の攻撃を加えることはありません。
「保育園落ちた日本死ね」は日本社会に対する強力な問題提起となり、カウンターは差別デモを規模・回数ともに大きく縮小させるなど、現に成果を上げました。一方、批判者の望むようにふるまったところで彼らは何もしませんから、聞き入れていれば単に問題解決が遠のいていたでしょう。

デモとは何か。カウンターとは何か。本件や保育園問題で問題提起者が行ったのは何なのか。早い話が、ピエロ役を買って出ることです。
自ら体を張って汗を流して、それで得られるのは嘲笑、中傷、罵声、批判のみ。無様なものです。しかし、公民権運動から障碍者差別、人種差別の問題に至るまで、ピエロがいなければ世の中は変わらなかったでしょう。
そして、そのいずれの場合においても、ピエロをバカにする人間が何かをしたことはありません

なお、障碍者やその他のマイノリティに対して合理的な配慮ができる社会、あるいは不当な差別的言動がなされない社会は、健常者にとってもフレンドリーになることはあれ、その逆はまずありません。また、人間はいつでも病気やケガなどで弱者の立場に置かれる可能性がありますし、誰でも生きていればいずれ老います。また、仮に健康は維持できても、社会的立場は時の社会情勢によっていくらでも変動します。
「障碍者叩き」は実際には、「他人をも巻き添えにした自分叩き」に他なりません。

2017-06-25 の記事 - 2017-06-25
ヘイトスピーチで在特会が再び敗訴 大阪高裁が一審支持

女性差別との複合差別も認定され、それ自体は申し分のない判決です。ただ、賠償額がたった77万円なのは行いに対して安すぎますし、裁判費用や労力を考えると金銭的には無駄であり、被害にあった人々が訴えを起こして被害を回復できるような額では到底ありません。
つまり、散々侮辱されて傷つけられた被害者が、さらに時間と労力と金をドブに捨て、傷をえぐられることを覚悟の上で立ち上がり、いわば捨て身か痛み分けのような方法で反撃しなければならず、さもなければ差別主義者には何の被害もないわけですから、被害者の訴え任せではヘイトスピーチの拡大を防ぐことは極めて困難です。
さらに言えば、現状のヘイトスピーチ自体が法の欠陥を突いていて、今回の件では李信恵さんという特定個人が対象であったために裁判が起こせたものの、特定の個人・団体を指定せずに属性を攻撃する行為には明確な被害者が存在しないため、裁判などの手段すら取れない場合が多いのが現実です。
ヘイト本があふれかえった理由もここで、実在の人間についてあることないこと書き連ねるのと比べてリスクが圧倒的に低く、嘘でもデマでも何でも書くことができます。李さんはヘイトデマサイトの保守速報も同時に訴えていますが、これにしても自身に対する誹謗中傷を理由に訴えているのであって、特定個人を対象としない差別にはまともに対抗できません。結果、差別は極めて手軽で安全な趣味や商売道具と化しているわけです。
ただし、実際にはヘイトスピーチは被差別者を傷つけ、さらには重大なヘイトクライムを引き起こします。熊本の震災では虐殺扇動デマが垂れ流され、相模原では障碍者の殺戮が発生しました。戦前や海外の例まで含めれば、最悪の事態に至った実例はいくつもあります。事の重大性に法が全く追い付いていないのです。

「民族差別と女性差別の複合差別」在特会に賠償命じる

>判決について在特会=「在日特権を許さない市民の会」と元会長の代理人を務める弁護士は「思想統制や表現規制を招くヘイトスピーチ規制の危険性について警鐘を鳴らし続けたい」というコメントを出しました。

ヘイトスピーチこそが立場の弱い人々を委縮させて自由な言論を封じ、また甚だしくはルワンダでフツ穏健派も殺害されたように思想統制を招くため、ヘイトスピーチを認めることと表現・思想の自由の保証は決して両立し得ません。表現や思想の自由を守るには、ヘイトスピーチと戦う必要があります。

2017-06-17 の記事 - 2017-06-17
共謀罪。まさにデタラメを絵にかいたような異常な法案が、名前をテロ対策のように見せかけただけであっさり通過してしまいました。国民は相当侮られていますし、これでますます侮られるでしょう。
言うまでもなく大変なことですが、これですら自民・日本会議一派にとっては通過点でしかなく、最後から2歩目です。この次には最後の1歩である緊急事態条項が待っています。

民主主義とは何か。ごく簡単に言えば、本来なら全然難しくもないことをいちいち面倒にすることです。すぐにやればすぐにできることを、いちいち所定の手続きを踏み、書類や資料などを用意し、あれこれと回りくどい方法によって実行しなければなりません。ただ、そのおかげで失敗の可能性も最小限に抑制できるシステムでもあるわけです。
トランプ政権は早速、その壁に阻まれています。異常な大統領令などは三権分立によって無力化され、地方政治家などからも公然と反対の声が上がり、好き放題ができなくなっていますので、民主主義によるフェイルセーフがある程度正しく機能しているといえるでしょう。
日本ではそのようなことは全く期待できませんが、それでも国民には止める機会が与えられてきました。しかし、安保の時には野党を勝利させれば立憲主義を守る望みがありましたが、国民はその機会を自ら放棄しました。共謀罪に関しても、森友や加計の問題も浮上している状況であり、世論によって実質上通すことが難しい状況に追い込むことは可能でしたが、その機会すらも放棄しました。
終了へのラストステップである緊急事態条項に対しても、国民投票により踏みとどまる機会が設けられることでしょう。それでは、国民はその機会を生かすのでしょうか。それとも放棄するのでしょうか。

共謀罪が成立しても、その日からただちに暗黒の時代になるわけではありません。今後「共謀罪が成立したが、世の中何も変わらないじゃないか」と嘲笑する人間も出てくるでしょうが、そんなものは当たり前です。日没の直後に深夜となることはありませんが、民主主義の日没もそれと同じです。
そして私は、共謀罪はそれ単体でも十分に強い力を持ってはいるものの、緊急事態条項と合わせて手元に置いてこそ、その本来の破壊力を発揮できる武器であると考えています。
それでは、緊急事態条項が成立したらそれですぐに暗黒の時代になるのかというと、これもまたそうはならないでしょう。ただ、成立すれば終わりであることに変わりはありません。
緊急事態条項が通ることは、出口のない迷路に放り込まれるようなものです。アドベンチャーゲームで言うならば、同条項の成立はどうあがいても死ぬしかないルートに進んでしまうのと同じと考えればよいでしょう。その後も物語は何事もなかったかのように継続していきますし、その途中ではおそらく分岐も現れるでしょうが、どう進んでも最終的には死ぬしかありません。

今回をもって、戦後民主主義に張り巡らされてきたフェイルセーフ、「遊び」の部分はほぼ使いつくされました。これまでは何とか今までの民主主義の貯蓄で破滅だけは免れてきましたが、この次こそが本丸で、ここを落とされれば破滅が待っています。
なお当然ではありますが、共謀罪にせよ緊急事態条項にせよ危険性は少し調べればすぐに分かることで、踏みとどまる機会を自ら放棄して足を踏み出したなら、もはや後で他人のせいにはできません。これもまた民主主義というものです。

タイミングよく以下の判決も出ています。

稲田氏の上告棄却、敗訴確定 サンデー毎日記事

当然の判決ですが、それにしても昨日までの友達とつるんでいたことを書かれただけで「名誉棄損」呼ばわりなのですから。森友の時といい、よくもまあここまであっさり、しかも臆面もなく尻尾を切れるものです。
連中にとってはこういった「昨日までお友達であった鼻つまみ者」が一番邪魔なのです。ゴロツキ集団と組んでのし上がった成功者が、成功した途端に邪魔なゴロツキを始末するなどというのはフィクションですら定番ですし、昔から「狡兎死して走狗烹らる」という言葉もあります。それが「走狗」どころか無能な犬となればなおのこと。また、反対派だけを攻撃するとなると角が立つ場合、放っておいても邪魔なだけの身内をついでにゴミ箱に叩き込めば、批判を回避した上にゴミ処理までできるので一石二鳥です。
未だ「共謀罪に反対するのはテロを行おうとしている人間だけ」などといった寝言を言える人々のおめでたさにはあきれますが、この手の尻尾切りを見ても誰がターゲットなのか分からないとしたら、おめでたさも極まれりといったところでしょう。