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雑記帳(過去ログ)
2017-05-27 の記事 - 2017-05-27
台湾 同性婚認めない民法の規定は憲法違反

日本がみんなで楽しく後退国をやっている中でも、世界は日に日に前へ進んでいっているようです。

私は未だ、同性婚を認めない合理的な理由を見たことがありません。
生物学的に子を残すのが婚姻の目的であるとするならば、子を持つつもりがないカップル、高齢のカップル、身体的事情で子が持てないカップルの結婚は一切認められてはならず、また病気や負傷、年齢などの事情で子を持つことが望めなくなった既婚者は即時離婚することが義務付けられていなければならないはずですが、そのような規定は存在していませんし、仮に存在するなら私は断固として廃止を主張するでしょう。
結局、これに反対する主要な理由は「異質なものに対する拒否感」であり、要するにホモフォビア、レイシズムです。他にこまごました理由を挙げる人もいるかもしれませんが、それらはおそらく大半の反対者の間で広く共有されたものではなく、この感情こそが大半の反対者によって共有された動機でしょう。
人間である以上、自分とは異なる属性に対する感情的な排除欲求、すなわち差別感情を覚えてしまうところまでは仕方がありません。しかし、それは理性と知性によって克服すべきもので、それを言動として表に出すならば差別的言動やヘイトスピーチとなりますし、ましてや政治的な主張の根拠にするなら大問題です。
ヘテロセクシャルであることも、ホモセクシャルであることも、いずれも偶然そちらに属しているだけのことでしかありません。そして、たまたまヘテロセクシャルに生まれた人は結婚制度を利用でき、たまたまホモセクシャルに生まれた人は制度の外に置かれるのですから、理不尽であると言わざるを得ません。

同性婚に賛成する立場と反対する立場には、絶対的な非対称性があります。すなわち、同性婚に賛成する人のほぼ全員が異性婚を完全に認めていて、異性婚に対して一切の否定を行わない一方で、反対する側は他人が同性婚を行うことを否定している、ということです。
これと同様の非対称性は夫婦別姓にも見られ、多くの別姓支持者は同姓にしたい人の権利を完全に守る意思を示している一方、別姓否定者は別姓にしたい人の権利を否定しています。自分が同姓にすることは全く否定も妨害もされていないのに、別姓を希望する他人を否定して妨害しようとするその根性を、私は全く理解することができませんし、また理解したくもありません。
この両方の問題において、根底にはLGBT差別や性差別があり、賛成側は非対称性の解消を求めていて、否定側は非対称性の維持を求めています。この絶対的な非対称性が存在する限りにおいて、私は否定側に「理」を認めることは一切できず、したがって同性婚・別姓婚はどちらも認められるのが妥当であるものと考えています。

2017-05-21 の記事 - 2017-05-21
一橋大学がよりにもよってあのテロ予告レイシストの百田氏を学園祭の講演会に登壇させる予定となっており、批判を受けている問題について。

KODAIRA祭 百田尚樹講演問題

一橋大学内部からの視点のようですが、まとめの部分がなかなか良くできています。

>今回の取材を通じ、気になる点があった。それは、本件について論じる際、往々にして百田氏の政治的立場と、レイシスト的言動が混同されているということだ。政策について左右いずれかの立場を取ることと、特定民族を誹謗中傷する行為は「言論の自由」という言葉で一括りにして語られるべきではない。後者については明確に否定されなければならないという前提を共有したうえで、慎重な議論を期待したい。

例えば「殺人」や「傷害」は思想ではありません。思想に基づく殺傷事件が発生することはありますが、それは動機が思想性を帯びているのであって、殺傷が思想なのではありません。
百田氏のようなレイシスト的言動、すなわちヘイトスピーチは魂に対する殺人や傷害であり、また物理的な殺傷をも扇動する加害行為です。したがって、ヘイトスピーチもまた思想とみなすことはできません。しかも、殺傷などの加害行為には正当防衛などやむを得ないもの、動機には一応考慮する余地があるものなどもありますが、やむを得ない差別なるものは原理上存在し得ません。差別は現代日本における娯楽であり、ヘイトスピーチは例えるなら快楽目的の通り魔殺人(商売レイシストの場合は金銭目的の通り魔殺人)に近いものです。
言うまでもなく、「快楽目的の通り魔殺人」は思想に関係なく確実に否定されるべきものです。「快楽殺人をしてもよいとする立場と許されないとする立場を同格に扱い、そのどちらにも肩入れしないことを中立と称する」「快楽殺人を思想の1つと認め、思想を問う場ではないという理由により批判を排除する」「思想に関しては話さないという条件付きだから問題ないと言い張り、快楽殺人鬼を登壇させる」、これらはいずれも快楽殺人に市民権とお墨付きを与える行為に他なりません。
現実に起きた例で考えるならば、「快楽殺人」の部分を「相模原の事件」や「(ナチスやルワンダなどの)ジェノサイド」に置き換えてみてもよいでしょう。それがいかに異常なことであるか、そして現実に生命の危険を引き起こしかねないものであるかが良く分かるはずです。
ヘイトスピーチという加害行為をさも思想であるかのように扱う時点で、差別主義者に対して100%の肩入れをしている状態であることを忘れてはいけません。

なお私は、川口氏の「外部からの反発に応じてイベントの中止や趣旨変更を行うべきではないでしょう」には全く賛同できません。
呼んだ以上は歓待の義務がある、外部からの反発でどうこうというのは、一橋大学内部の都合です。被差別者の立場からしてみれば、そんなものは知ったことではありません。一方、(実際に会場で直接的な差別的言動を行うか否かにかかわらず)レイシズムにお墨付きを与えることは被差別者の生命や身体の危険につながります。ある大学内の都合のために、どうして何の落ち度もない被差別者が危険を押し付けられなければならないのでしょうか
まして、百田氏はこの前にもテロ予告をしたばかりであり、そこには扇動された者らによる大量の賛同・同調コメントが寄せられるなど、氏は被攻撃者・被差別者に対する現実的な脅威となっています。批判的な立場から百田氏を呼ぶならまだしも、肯定的な立場から登壇を要請して歓待する以上、それは大学としてこうした差別・攻撃扇動行為を容認するというメッセージを社会に送ることを意味します。
「外部からの反発に応じるべきではない」は問題が内部で解決する場合には成り立ち得ますが、外部に被害を与える可能性がある場合には成り立ちません。公害など生産活動の副作用としての加害でさえ、外部の被害と向き合わないとすれば無責任も甚だしいですが、それどころか加害自体が主目的であり、かつ実行せずとも特に困るわけでもないヘイトスピーチの問題となればなおのこと。「ルワンダのラジオは放送局内部の問題であって、外部からの反発に応じて中止や趣旨変更などを行ってはならない」が成り立たないのと同じことです。
「差別には必ず被害者がいる」、このあまりに当たり前すぎてよく忘れられてしまう事実を、常に忘れてはならないのです。

2017-05-14 の記事 - 2017-05-14
日本人でよかった!? ポスターの“波紋”

神社本庁カルト連中による異様なポスターとして、人種差別に反対する者の間では以前から結構有名な代物でしたが、とうとうNHKにも取り上げられる始末。

>そして、高さんは次のように指摘しています。
>「ネット上に投稿された『日本人でよかった』という言葉が、とりわけ『外国人・他民族ではなく日本人でよかった』という含意をもって受け止められ、ナルシシスティックな気持ちの悪さや、日本人というメンバーシップを共有しない人々への無神経さを読み取った人々に批判されているのだと思う」


「含意をもって」というより、「そっくりそのままその通りの意味で」受け取られたと考えるのが正確です。

神社本庁・日本会議が人種差別を思想の根底の一つとしていることは知られており、それは森友学園の問題でも裏付けられました。彼らの言うところの「愛国」は「他国を貶める」ことと不可分であり、ポスターは他国への直接的な罵詈雑言こそ用いられてはいないものの、排他主義的な本質を全く隠せていなかったために当然批判された、というだけのことに過ぎません。
仮に彼らが「日本社会の一員として、国内の差別をなくそう」「日本は世界と交流し、相互理解を深めよう」といった、自国と同様に他国も尊重するまともな「愛国」の持ち主ならば、どこをどう間違ってもこのようなポスターが作られることはなかったでしょう。

>ポスターが作られたのは、6年前の東日本大震災の直後。
>当時、被災者が避難所で整然と並んで支援物資を受け取る姿が海外メディアから称賛されていました。
>神社本庁の担当者は「日本人は、譲り合いの精神や礼儀正しさを当たり前のことと考えていたが、海外からの称賛を受け、すばらしさに気付かされた。そうした社会状況を踏まえ、あのコピーを考えたと聞いている。当時は広く受け入れられたようだ」と話しました。


東日本大震災時には外国人が犯罪を働いているといったデマが流されたり、実際に排外主義者がヘイトクライムをやりかねない状態にまで至っていましたが、その程度のことも知らないのでしょうか。
また、その時には中国や韓国は日本に様々な支援を提供していますが、これに対して散々デマを流して侮辱したばかりか、挙句の果てには世界第5位の義援金を贈ってくれた韓国に対し、韓国から日本赤十字に直接送られた金額が20位以内に入っていないことを理由として大喜びで侮辱した(そもそも金額で評価するのは間違っているが、その金額すらデマによって捻じ曲げてヘイトの材料にする二重の救いようのなさ)のが日本の「愛国者」なのですが、これをどう考えているのでしょうか。
さらに熊本大震災では、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」だの「猟銃持っている家は自警団に加わるべき」だの、関東大震災にて効果が実証済みの虐殺扇動デマまで流され、実際に事件が多発しているなどのデマにつられて熊本に乗り込んで自警しようとする者まで現れたのですが、これについて何か言うことはないのでしょうか。
日本人への称賛とやらを無邪気に受け入れるのは結構ですが、ではこうした最低な行為を日本人の恥として受け入れる覚悟はあるのでしょうか。事の重大性から言っても、「被災者が称賛される行いをした」ことを「自分ら(日本人)はすごい」にすり替えなくても特に誰かが死ぬことはありませんが、人種差別や虐殺扇動デマは被差別者の生命や身体の危険に直結するもので、かつ自分自身が能動的に差別をしなくても日本社会としてそれを放置・容認すれば大事に至りますから、後者こそ深刻に評価しなければならないはずです。
結局のところ、この手の日本スゴイは称賛は日本人の手柄とし、醜態は見ないふりをするか、または外国人のせいにしているだけ(例えば被災地で犯罪があった場合に外国人犯罪と決めつけたり、安易にそうしたデマを信じたりするなど)です。

>担当者は「いろいろ誤解を招いているようだが」と前置きしたうえで、「昔は祝日に多くの家庭で国旗を掲揚していたが、今は少なくなっている。日本の伝統と文化を尊重する意味で、祝日に国旗を掲げることを啓発しようと作った」と説明しました。

別に誰も「誤解」などしておらず、そっくりそのままその通りの意味で認識された結果として批判が起きているだけですから、その辺は前置きの必要はないでしょう。

このポスターが訴えているのは「誇りを胸に日の丸を掲げよう」ですが、では神社本庁の連中は日の丸を掲げて「○○人をぶっ殺せ!」と怒鳴り、街中を練り歩いている連中に対して何か対抗行動を取ったのでしょうか。排外主義者がああいうことをするたび、日本社会において誇りを胸に日の丸を掲げることがどんどん難しくなっていくのは想像に難くないはずですが。
当然、やっているわけがないことは承知の上で言っています。神社本庁・日本会議と在特一派らは排外主義の点において価値観を共有する存在であることなど今さら言うまでもなく、せいぜい口先でこそ「あのようなやり方はよくない」くらいは言うかもしれませんが、本気で止めに入るわけがありません。
ちなみに差別に反対する人々は、日の丸を掲げて殺せ殺せと騒ぐ連中に対して「日の丸下ろせ」ときっちり叱りつけています。日の丸の誇りとやらを汚損しているのがまさに神社本庁・日本会議や自称愛国者であり、それに対抗する人々が日の丸の誇りを守っているというおなじみの図式です。

そしてついたオチがこれ。

>話題のポスター、今週になってさらに新たな事実が明らかになりました。
>起用された女性モデルが、日本人ではなく中国人なのではないかというのです。
>広告や報道向けに画像を提供するサイトに同一の写真があり、この写真に関連づけられたキーワードに「中国人」という表記があるのがネットで指摘されました。
>サイトの運営会社に取材すると、「モデル自身が国籍などを記した書類から中国人であることが確認できた」と話しました。


こうした事実が分かってみると、なかなか味わい深いポスターにも見えてきます。この華麗なまでの自爆芸により、これまでは排外主義ポスターであったものが、どこの国の人だろうと関係ないという、世界的な立場からのポスターに早変わり。
日本人スゴイ信奉とでもいうべき排外主義は本屋やメディアなどにあふれていますが(そして京都にもあふれていたのが今回の問題の発端でしたが)、それがいかに無意味でくだらないものか、このポスターを見て再確認してみるのもなかなか悪くないものでしょう。

2017-05-06 の記事 - 2017-05-06
NHK世論調査 憲法の改正 必要43% 必要なし34%

憲法変えるかの議論 “深まっていない”が3分の2

かなり危険な状況です。

現在の自民・日本会議一派にとって、もはや9条改正は悲願でもなんでもありません。憲法違反の法律を無理やり通し、それを国民が追認してしまった以上、必要があればまた憲法を無視すれば足りるのであり、せいぜい「別に変えなくてもいいが、変えた方が気分が良いので機会があれば変えたい」という、部屋のカーテンの色か何かを変えるのと同程度の存在でしかありません。
自民・日本会議一派にとっての本丸は、あくまで緊急事態条項に他なりません。共謀罪は最後から2歩目で、その後は最後の1歩である緊急事態条項をごり押ししてくるであろうことなど、少しでも物を知っている人なら誰でも予想していたことでしょうし、実際にそうなるでしょう。
緊急事態条項が通ればもはや終わりです。そして当然、これさえ通してしまえば後はどうにでもできると知っている自民・日本会議一派は、あらゆる詭弁や見せかけの譲歩を用いて緊急事態条項を通そうとしてくるでしょう。
そのために使い勝手が良いのが9条の存在です。9条の改正を最大の論点であるかのように位置づけ、国民の注目や反対派の批判の矛先を9条に向けさせておいて、これを改正しないか現状追認程度の改正にとどめると表明すれば、さも唯一最大の問題が解決されたかのような印象を与えることができ、かつ反対派は批判の手立てを失います。すでに無力化されていて主要な論点ではない9条の改正を譲歩の材料とすることで、たやすく本丸を落としてしまえるのです。
現行憲法に定められている基本的人権その他の規定、立憲主義などに関しても同様です。現在の自民案に見られる、立憲主義を無視したり、人権を制限したり、国民を縛るような規定などは、緊急事態条項を通す上で邪魔になると見たら緩和または削除してしまうこともあり得るでしょう。とにかく緊急事態条項さえ通してしまえば、基本的人権など後でいくらでも踏みにじることができます。その場合に縛りとなるものがあるとすれば、同条項内の「最大限に尊重されなければならない」という具体性も何もない有名無実的な文言だけです。

以上はいずれも、ここでかねてから述べてきたことの繰り返しでしかありませんが、今回のNHK世論調査は私の危惧を完全に裏づけるものとなっています。

>9条改正「必要」25% 「必要ない」57%

もし9条を守るべきと考えるのであれば、違憲の法律を通された後の選挙で与党側を敗北に追い込むしかありませんでした。国民はその最後の機会を与えられていながら、それをわざわざ自分の手で放棄した以上、もう自民・日本会議一派の目的は達せられており、「名(9条改正)を捨てて実(緊急事態条項)を取る」ためであれば、彼らは9条改正に対して無制限の譲歩が可能となっています。
無論、自民・日本会議一派に「名」も取らせないために9条を守ることは否定しませんが、それは「実」を守れて初めて意味を成すものです。まずは「実」を取らせないようにする必要があります。

>国民が憲法で国家権力の行使の在り方を定める「立憲主義」について、憲法解釈や憲法改正を議論するにあたって重視すべきかどうか聞きました。「重視すべきだ」が65%、「重視する必要はない」が7%、「どちらともいえない」が14%でした。

今の自民党案は立憲主義も何もあったものではない内容となっていますが、必要に応じて立憲主義を無視した改正案を破棄または緩和して譲歩の姿勢を見せることは、自民・日本会議一派にとっては許容できる範囲でしょう。
ただ、おそらく自民・日本会議一派が2番目に狙っているのがここで、9条よりもこちらの方が重要とみなしているはずですので、通せる見込みがあるようなら積極的に通そうとしてくる可能性はあります。「公共の福祉」が全く異なる概念である「公益」にすり替えられていたり、拷問の禁止から「絶対に」が消えていたりと、極めて露骨な内容となっているため、通れば終わりの緊急事態条項に比べればいくらかマシとしても害悪は極めて大きく、到底認められるものではありません。

>テロや大きな災害などが起きたときに、政府の権限を強める「緊急事態条項」については、憲法に加えるべきだという意見がある一方で、法律で十分対応できるので、憲法を変える必要はないという意見もあり、どちらの意見に近いか聞きました。
>「憲法に加えるべきだ」という意見に、「近い」と「どちらかといえば近い」を合わせると53%、「憲法を変える必要はない」という意見に「近い」と「どちらかといえば近い」を合わせると40%でした。


そしてこの通り、まさに危機的です。
要するに、9条や立憲主義の面で譲歩する姿勢さえ見せれば、もうこの瞬間にも緊急事態条項を含む憲法案を通せる可能性は高いわけです。しかも実際に改正の段となれば、テロや災害などの危機をさらに煽り立て、また教育など本来憲法とは無関係な規定を憲法に入れるなどのイメージ戦略も用いてくるはずですから、なおさら改正成立の危険は高くなります。

ここが終了に至る最後のステップです。踏みとどまることができるのか、それとも国民が「不断の努力」を忘れたらどうなるかを実践してみせることになるのか。後者の可能性が高いであろうと考える程度には、私はこの国について期待も信用もしていません。

2017-04-30 の記事 - 2017-04-30
アマゾン アカウント乗っ取り被害相次ぐ 勝手に出品

私は基本的に店頭で買えるものを通販で買うことはなく(割引クーポンなどで非常に割安になる場合などは例外)、輸入品や地域限定品を購入するのに利用しているため、今のところAmazonの出品物を購入したことはなく、利用した例のすべてがマーケットプレイスの出品者出荷商品です。

それで本件ですが、このところあり得ない値段の商品がそこかしこに出品されており、当然のごとく出品者フォーラムは大混乱、という状況になっていました。
これでは出品者の方々も大変だ、などと考えつつフォーラムを見ていましたが、そこで「シナ人」なる蔑称が用いられた書き込みを見てしまってげんなり。たとえ中国の詐欺グループがかかわっていたとしても、悪いのは詐欺師であって、中国人を侮蔑的に呼んでいい理由にはなりません。
実際、このフォーラムには返品詐欺にあったなどの切実な声がたびたび書き込まれていて、その詐欺犯の多くが日本人であることは疑いようもありません。しかし、日本人の詐欺師がいることを理由として日本人を蔑称で表記した書き込みなど見たことがありません。
詐欺師に対して憤るのは当然の感情ですし、商売に大きな打撃を受けた出品者、あるいは乗っ取りの被害者ともなればなおさらでしょう。しかし、この異常事態における怒りが詐欺師ではなく、特定の人種・民族などの属性に向いてしまったらどうなるか。これがレイシズムの恐ろしさです。

そして当然ながら、マーケットプレイスの出品者について評価や出品物、価格などの下調べを行い、詐欺やトラブルにあう可能性を十分に下げることはできますが、出品者がレイシストであるか否かなど調べようがありません。
運悪くヘイト出品者に発注してしまったとして、もし何らかの理由で自分がマイノリティなど「攻撃しても構わない属性の相手」と認識されたらどうなるか。あるいは、日本に暮らす中国人や韓国人の方、日本人でも海外にルーツを持つなどの理由から中国・韓国風の名前の方などが注文したらどうなるか。公開のフォーラムにおいてすら、中国人からの注文はキャンセルしているだの、Amazon日本法人の社長が中国系だから詐欺と結託しているだの(Amazon上層部への批判はあっていいが、人種を持ち出すのはおかしい)と発言されるほどですから、フォーラムにはとても書けないような差別的対応を受けたとしても不思議ではありません。
今回の詐欺の件に関しては、一部で「マーケットプレイスの商品には危険がある。Amazon販売の商品を選ぶべき」のような報道がなされている例があるようで、出品者から憤りの声が出ていましたが、別の意味ながら報道は正しいと言わざるを得ません。少なくとも私は、この詐欺問題によって利用を控えようとは考えない一方、フォーラム上のレイシズムは利用への警戒を呼び起こすのに十分なものでした。これでは特にマイノリティの方々などは、不安なく利用できなくなってしまうでしょう。他者の批判的な報道には敏感である割に、自分たちが負の広告塔になっていることには無自覚ないい例です。
しかし、歩いていたら透明の棒にあたった気分というか、なぜこんなところでまでヘイトを目にする羽目になるのか。頭が痛い限りです。

「国内の敵を潰す」という百田尚樹氏 つぶやきは「共謀罪」認定?

残念ながら、自民党一派に尻尾切りされるようなことをやらかした場合を除き、百田氏が何を放言しても共謀罪に問われることはないでしょう。

ところで、問題はここです。

>百田氏に発言の真意を問うと、こう答えた。

>「冗談半分に決まっているじゃないですか。言葉が過ぎたのは事実なので、その文言は削除しました。ただ、それだけ朝日の記事に腹が立ったということです」


まさに予想通りの返答です。
百田氏の望みは、マイノリティや「敵」を自らの手を汚して殺すことではありません。世の中の差別を扇動し、他人が「敵」への攻撃行動を取るように誘導するのが目的なのです。
これはつまり、ルワンダのラジオや関東大震災の流言、幸いにも大事にはなりませんでしたが熊本の虐殺扇動デマツイートなどと同じです。ラジオ放送や流言、虐殺扇動ツイートなどをいくら行ったところで、物理的に人を殺すことはできません。しかし、これらによって他人を扇動し、虐殺を起こさせることなら可能です。

もしヘイトスピーチの危険性を理解していない有名人が、つい冗談のつもりで過激な差別的発言をしてしまい、そこに「参加します」「自分も殺ります」などといった狂気じみた返信が寄せられたら、さすがにこれはまずいと気づくことでしょう。このような不用意な発言は冗談では済まされないものと悟り、その後は控えるようになるはずです。
しかし、百田氏はヘイトスピーチを長きにわたって何度も繰り返してきた人物です。たまたま冗談のつもりで言ったら大騒ぎになった、などというラインはとっくの昔に超えています。そして当然、ヘイトスピーチがどれほど重大で危険なものかはこれまで多数の人から散々指摘されているはずですが、意に介す様子もありません。百田氏はまず間違いなく、自分の差別扇動行為の効果を理解しています。
しかし同時に、自分が手を汚すつもりもありません。差別デモ参加者の中には自ら事件を起こして逮捕される者もいましたが、百田氏はおそらくそうはなりません。今回の件を「本気です。日本の敵を半殺しにして何が悪い」と答えるならまだ異常者ではあっても筋は通っていますが、「冗談半分に決まっている」なる返答の仕方からも、巧妙に逃げ道を残すように立ち回っていることが見て取れます。
もし百田氏の発言に扇動されて事件を起こす者が現れても、百田氏は間違いなく何食わぬ顔で犯人を切り捨てにかかるでしょう。それこそ「あんな発言は冗談半分に決まっている」と鼻で笑いながら。

差別扇動といえば、このほど今村氏がまたバカをやって辞任しましたが、それで「復興大臣が避難者に対する攻撃を解禁した」事実が消えることはありませんし、今村氏や内閣はそれを打ち消す努力をしてもいません。それどころか氏を擁護する論外な者までいる始末で、事の重大性が全く見えていないようです。
内閣のメンバーが事実上の対被災者版在特会となり、避難者に対する差別を扇動した余波は、人種や障碍などに対する差別ほど表立ったものとはならないにしても、今後とも社会に残り続けることでしょう。

2017-04-23 の記事 - 2017-04-23
現状のヘイトまみれ、デマまみれ、脅威扇動の日本を見る限り、北朝鮮がどうたらこうたらと言うまでもなく、勝手に殺し合いでも始めて自滅するのではないかと冗談ではなく考えざるを得ない今日この頃。閣僚の発言、NHK経営委員をやっていた百田氏の発言、筒井氏の発言、しまいには強盗事件にかこつけた韓国人ヘイトなど、いくらなんでも異様すぎます。

J1:ガ大阪、旗や横断幕などの使用、無期限で全面禁止

>サッカーJ1・ガンバ大阪のサポーターがナチス親衛隊の「SSマーク」に酷似した応援旗を掲げた問題を受けてガ大阪は21日、アウェーを含む全ての公式戦で、ガ大阪を応援する旗や横断幕などの使用を無期限で全面禁止すると発表した。また、使用したサポーターグループを特定し、所属する60〜70人を無期限の入場禁止処分とした。

この手の問題に対し、断固たる措置で臨むのは当然です。

ナチスの意匠というのは非常に見栄えがします。それもそのはず、実際に見栄えを十分計算して作られているためです。そういった手段を駆使してナチスが権力を掌握した結果が、ユダヤ人や同性愛者などの虐殺、T4作戦、戦争などの悲劇であるのは周知の通りです。
ここまで計算して作りこんである以上、当時ナチスの意匠に引っかかった人が出てしまったことは、ある意味無理もないものではありました。
しかし、幸いにも現代人はナチスが何をもたらしたのかをよく知っています。したがって、現代におけるナチスの意匠は見えている落とし穴に等しいもので、落ちに行こうとでもしない限り落ちることはありません。それでも落ちる者がいるならば、歴史を知った上でわざと社会を落とし穴に投げ入れようとしている者か、あるいはろくに歴史を学びもせずに自分の欲望のまま過ちを繰り返そうとしている者か、このどちらかとなります。
「ナチスは悪だが、デザインが良いなら取り入れて何が悪い」なる教育勅語理論もしばしば見かけますが、全くバカげています。「ナチスは悪だが、○○は取り入れてもよい」を認めるならば、「ロゴ」の次は「服装」、次は「敬礼」といった具合に防波堤がじりじりと削り取られ、そのたびに社会におけるナチス的なものへの抵抗感や嫌悪感は徐々に薄れていき、いずれ「○○」には「T4作戦」か何かが入ることになるでしょう。大げさなと言うなかれ、見栄えのいいデザインを間口として思想の支持にまで至る受容のプロセスは、まさにナチスがかつてやってみせたことと全く同じです。
そして事実、日本のレイシストはナチスの旗を掲げて人種差別デモを行うなど、ナチスの意匠を実際に差別の場に投入しています。「デザインとナチス思想は別」と何百回と繰り返したところで、事実としてそうなっているのですから何の意味もありません。

この国ではすでに個人によるT4作戦が決行され、しかもそれを支持する者が大勢存在すること、有名アナウンサーが特定疾患患者へのシステムとしての殺害を扇動していることを忘れてはいけません。街角で平然と特定人種へのジェノサイドが扇動され、内閣の面々や都知事がそれを扇動した者たちと懇意であり、NHK経営委員まで務めた小説家がレイシズムをまき散らし、災害となればジェノサイドの扇動が飛び交う状態であることを忘れてはいけません。
すでに重大なヘイトクライムまで経験していながら、この国における差別への意識というのは恐ろしいほど軽いのです。障碍者の方々が何十人も殺傷されてなお、殺戮に理解を示すような人間は論外として、差別の重大性について「そんな大げさな」と言えてしまう人間が山のようにいるほど軽いのです。
現状、まだ社会にはかろうじて「差別は不公正でおかしいもの」という意識が残っていて、それが何とか表立った差別をある程度抑制する機能を果たしていますが、もし今後「差別はカッコ良いもの」となってしまったらどうなるか、想像したくもありません。
デザインがどうたらというお粗末な言い訳に惑わされることなく、ナチス的なものには断固として対抗していかなければなりません。

2017-04-16 の記事 - 2017-04-16
先日、料理をしていたら勝手にWindows UpdateがPCを再起動してしまい、作業中のデータが吹き飛ぶ羽目に。寝てしまって吹き飛ぶのであればまだあきらめもつきますが、これではうかうか料理どころかコーヒーすら作っていられません。
即刻グループポリシーでそれらしい項目を探し、自動再起動を切っておきましたが、Home版でグループポリシーは使えないそうですし、よくもまあこんな理不尽な仕様を組み込めたものだと感心します。
そんな中、Windows 10 Creators Updateの通知が出ていましたので機能を確認してみましたが、設定画面から再起動を抑制する設定が可能になったのだとか。一応改善点ではありますが、むしろなぜ今までなかったのかが不可解です。

しかし、かねてから私が待ち望んでいる機能、例えばCortanaの言語を自由に変更する機能などに触れた情報は見当たりません。これを追加するつもりがないのであれば、なぜCortanaの設定項目に「Cortana Language」なるものがあるのか、誰か教えてほしいのですが
また、IEは今後全く実用に耐えなくなるのは時間の問題で、それに代わるブラウザが直ちに望まれますが、Edgeはどうやら「シンプル」をはき違えた方針を続けるらしく、情報を見る限りではゴミのまま。Chromeは機能面がボロボロな上、非アクティブタブのアクティブ化時に勝手に再読み込みする場合があるなど論外な挙動が多く、Firefoxは機能面では有用な代わりに重量級といった出来栄えで、中間的なIEは使い勝手がよかっただけに、Edgeの体たらくは極めて迷惑です。なお、Creators Update版のIEのタブバーには「Edgeを開く」なるボタンが追加されているとか。Edgeがゴミだから仕方なく旧式のIEを使わねばならないのに、神経逆なでも節度を持ってやるべきです。
他にも、スタートメニューへの項目の追加・削除・移動など、一覧をいじる機能は現に20年前から搭載されていた基本的なものですので、自由に行えない現状は異常です。こちらはどうなっているのかの情報がありませんが、特に情報がないからには期待できないと考えるべきでしょうか。一方、ライブタイルはフォルダにまとめておくことが可能になるのだとか。ああ、そうですか。
このような、昔は当然できていたこと、あるいは本来できなくてはおかしいことが追加されず、落書き機能の強化だのペイントの3D化だのを新機能と言われても少々反応に困ります。あるいはゲームモード。人によってはありがたく、人によっては微妙な更新でしょう。ちなみに私は後者。
別に機能を増やすのは構いませんが、「実用機に3D化ペイントやゲームモードを導入させるのがWindows as a Service」なのだとすると、さすがに少々笑えません。

毎度お騒がせのレイシスト小説家・百田氏が、今度は「テロ組織を作る」だのとバカげたことを書き散らしています。

>もし北朝鮮のミサイルで私の家族が死に、私が生き残れば、私はテロ組織を作って、日本国内の敵を潰していく。

金王朝に殴り込みをかけるというなら理屈としてはまだ理解できますが、なんと国内を対象にテロを起こすと宣言する異常ぶり。ミサイル有事を利用した火事場泥棒ならぬ火事場テロとは、有事には北朝鮮とタッグを組んで日本の足を引っ張りたいようです。そして、前提条件その他からして氏は自分の手を汚すつもりなどなく、北朝鮮への憎悪を利用して他人がそれをすることを煽り立てるのが目的、すなわち差別扇動行為であることは明白です。
氏はいわゆるお友達人事としてNHK経営委員に加わっていたことがあるなど、政権に近い人間であることが知られています。そして、百田氏やその支持者・同調者の手によって、現政権のやり方を批判する人々には「北朝鮮の手先」だの「国内の敵」だの「テロ等準備罪に反対するのはテロリスト」だのと訳の分からない言葉が浴びせられています。
さて、共謀罪が作られて誰かが適用対象にされるとなった時、逮捕されるのは堂々とテロ組織を作るなどと公言している政権のお友達・百田氏でしょうか。それとも、政権のお友達・百田氏に北朝鮮の手先だのと言いがかりをつけられ、潰す敵であると指名されている側の人々でしょうか。

なお、私は百田氏がやっているようなヘイトテロ扇動行為は決して許されず、法によって規制されねばならないと考えています。すでに日本では相模原障碍者虐殺という重大なヘイトクライムが発生しており、このまま放置しておけば関東大震災虐殺やルワンダの虐殺の悲劇を繰り返すのは時間の問題であるためです。
ただし、それを取り締まるのは共謀罪であってはなりませんし、また氏はどれほど異常な言動をしようと共謀罪の対象とされることはないでしょう(自民一派と仲たがいしたり、切り捨てられた場合を除く)。ヘイトテロ扇動行為はヘイトスピーチを禁止する実効性ある法律によって規制されるべきです。

2017-04-08 の記事 - 2017-04-08
どうやら自らが人間であることを放棄したいらしい、胸糞悪い今村氏と筒井氏の件。

復興大臣発言に便乗? 新潟の避難者施設に電話「帰れ」

これがまさに、復興相を名乗る今村氏の発言の怖さです。

かつて石原氏ら有力レイシストは人種差別や障碍者差別などを吐き散らし、また在特会は「○○人を殺せ」などの異常な言動を繰り返すことにより、社会の差別に対するハードルを大きく下げる役割を担いました。
こと、名の知れた人物、責任のある人物が公然とヘイトを吐き散らすことの効果は大きく、これによって大勢の潜在的差別主義者に「あの有名人・地位のある者でさえ堂々とここまで言っているのだから、自分もここまでなら言っても大丈夫」と認識させることになりますので、今までは到底認められなかったような言動ですら、その後は当たり前のものとなってしまうのです。彼らはいわば、「タブー」の壁を破壊する存在となるわけです。
なお、「タブー」には「本来ならそのような批判はあって当たり前なのに、それがなされない状態」のニュアンスを含む場合が多く、一方で差別や被災者攻撃は何ら落ち度のない人間への卑劣な加害行為ですから、一般的なニュアンスにおいてこれをタブー破りと位置付けることは不適当です。しかし、ともかく他人に対するヘイト行為の意思を潜在させている攻撃者にとっては、平然と異様なヘイトを吐き散らす有名人は攻撃のライセンスを与えてくれるパイオニアであり、壁を破ってくれる存在であることに違いはありません。

今回、復興相を名乗る今村氏は、閣僚の立場を利用して、被災者に対する誹謗中傷や自己責任論を解禁しました。
これは人種差別において在特会が果たした役割と何ら変わるところがなく、氏はいわば対被災者版在特会の役割を果たしたわけです。しかも、あろうことかそれを閣僚、それも復興相の立場を利用して行ったのですから、その異常さと影響力の大きさは在特会の比ではありません。
今回新潟の避難者支援施設に電話をかけてきたという人物は、せいぜい氷山の一角でしかありません。例えば相模原障碍者虐殺のようなヘイトクライムの実行には至らなくても、障碍者は殺戮・排除すべきと考える人間は決して少なくはありませんが、同じく中傷電話のような行為はまだ実行していなくても、以前からこれと同様の思想を持っていた、あるいは復興相を名乗る今村氏の発言を知って「そのような言動をしてもいい」と認識し、同様の思想を解禁した人間は決して少なくないはずです。そうした連中の枯草の束のような差別意識に対し、今村氏は堂々と火を放ってみせたのです。
これはもう、「復興相としての資質に欠ける」程度の小さな話ではなく、閣僚・復興相の立場を利用した、被災者に対する積極的加害行為以外の何物でもありません。私はこの復興相を名乗る今村氏という人物を、断じて許すことができません。

これだけでも憂鬱なのに、ひどいケースがもう1件。

筒井康隆氏、慰安婦像への侮辱促す? 「炎上狙った」

当該ツイートはさすがにあんまりな内容のもので、ここで取り上げることも少々はばかられますが、差別の被害者はこうした中傷を何の遠慮もなく浴びせられている現実があります。こういったものは「○○人を殺せ」などと同様、下手にオブラートで包むのではなく、そのおぞましさをしっかり認識した上で立ち向かわなくてはならないものと考えますので、以下にその内容を引用します。

>…長嶺大使がまた韓国へ行く。慰安婦像を容認したことになってしまった。あの少女は可愛いから、皆で前まで行って射精し、ザーメンまみれにして来よう。

これもまた、一般的なニュアンスでの「タブー」には到底該当し得ない意味での「タブー破り」です。記事タイトルも「慰安婦像への侮辱促す?」となっていますが、まさにその「促す」効果が差別扇動表現のキモであり、このような言い分が社会において平然と許容される水準になったらと考えるとぞっとします。

なお、氏は記事中で言い訳を試みており、

>「ぼくは戦争前から生きている人間だから、韓国の人たちをどれだけ日本人がひどいめに遭わせたかよく知っています。韓国の人たちにどうこういう気持ちは何もない」

と述べてはいるものの、ツイート上での「慰安婦像を容認したことになってしまった」という表現とかみ合っておらず、典型的なまでにお粗末な言い逃れにしかなっていません。

当然のことながら、いくら言い訳を連ねたところで、氏の主張は明確なセカンドレイプかつ差別扇動行為以外の何物でもありません。それは被害者側を直接的に激しく傷つけるのみならず、社会の差別のハードルを下げて後続のヘイトスピーチやヘイトクライムをも誘発する、言うなれば街中で銃を乱射するような行為です。
また、もし万が一にもこの記事で語ったことが実際に真意であったとして、それが何だというのでしょうか。これによって直接傷つけられ、かつ社会の差別が扇動されることによってさらに傷つけられる被害者側にとって、氏の真意など何の価値も持ちません。以前、韓国ヘイトデマサイトの開設者は韓国について「好きも嫌いもない」などと発言していましたが、作家先生がこれと似たようなことを言うとあっては唖然とせざるを得ません。
もちろん、作家がタブーを破る表現をすることは大いに結構です。また、大使の件は政治問題ですから、それに対して意見を表明するのも勝手です。しかし、「批判があって当然のはずなのに、社会的な圧力などからそれがなされない状態を破ること」と、「売春婦だのタカり民族だのと言われ、政治家や作家などからも平然とヘイトがなされ、街中で平然と死ね殺せと言われるなど殺戮の扇動すらもなされ、取り囲まれてリンチを受けている人々に対して、得意げに唾(氏の表現を借りるなら、唾どころかザーメンですが)を吐きかけること」、この両者の区別すらもつかないのであれば、もう口を開くべきではありません。

2017-04-02 の記事 - 2017-04-02
クローズアップ2017 教科書検定 道徳、修正細部まで

大マヌケな日本文化スゴイの類を放置していた結果、とうとうここまで行き着きました。
実にバカバカしい話ではありますが、もはやそういったバカらしいことが大手を振って堂々と教育の場でまかり通るようになってきているのです。コントはコントだから笑っていられるのであって、現実に持ち込まれればそんなものは悲劇でしかありません。

大相撲 差別的なやじ報道で事実確認

照ノ富士に「モンゴルへ帰れ」のヘイトヤジ...それを肯定したスポーツ新聞と黙認した日本相撲協会の差別体質

相撲が国技などと言うのなら、事実が確認できた時点で最低でもサッカーと同等の処分及び対応が必要です。サッカーと同程度の身ぎれいさすらも維持する気がないのなら、もう二度と「国技」を名乗るべきではありません。普段から品格品格と言っている以上、きっちりと品格を示さなければなりません。
そして残念ながら、この件の事実がどうあれ、インターネット上などではこのヤジのような言い分を容易に見つけることができます。

ところで、今さら言うまでもないことでしょうが、この件には前日談とでも呼ぶべき要素があります。それこそが例の「日本出身力士優勝」などがことさら大きく騒ぎ立てられてもてはやされるなどした「日本力士スゴイ」旋風です。
あの騒ぎは極めて違和感のあるものでしたが、正面切って文句をつけづらいものでもありました。あれは建前上は「日本出身力士の活躍」を喜んでいるのであって、直接的に他の力士を貶めるような表現が出てきているわけではなく、表層には攻撃的な部分が見えないようになっていたためです(実際のところ、特定の人物を努力や成果ではなくその属性に基づく部分で他者よりも称賛するならば、十分に公平性を欠くものではありますが)。
ただし、だからといってそれを放置していればこの通り、必ず他属性の人への攻撃として表面化します。ヘイトスピーチを放置してはならないのは、それが他人の尊厳を傷つけるのみならず、ヘイトクライムやジェノサイドといった重大な犯罪行為に結び付くためです。そして、その1つ前の段階がこうしたスゴイ論というわけです。したがって、これを放置することはできません。
いい加減、あのような「日本力士スゴイ」論、あるいは力士に限らずスゴイ論は容易に凶器としての形を取ることに、私たちは自覚的であるべきです。日本社会はすでに相模原障碍者虐殺事件という稀代のヘイトクライムを体験し、かつこれまでにも日本称賛本がヘイト本と相互補完的な地位を占めるなど、日本スゴイ論がヘイト製造機としての役割を果たしてきたことも経験しているはずなのに、現状の日本社会はその危険性に対してあまりにも無頓着すぎます。

「日本会議」系が集会、改憲へ気勢 国会議員ら700人

この異常者集団ですが、このところ露出を避けることをやめつつあるのでしょうか。
そろそろ身を隠すまでもなく理想を実現できそうだと踏んでいるのか、様々な媒体に加えて森友学園の件で表ざたになってきてなりふり構わなくなったのかは知りませんが、仮にこの連中の思想が実現されたらどのような社会が到来するかは、森友学園の問題がごく小規模なモデルとして示してくれています。森友学園はたかだか1つの学校法人でしかありませんが、あれが日本社会にそのまま適用されるわけです。
森友学園は抵抗もできない幼児を虐待し、ヘイトスピーチを行い、幾人もの人間をズタズタに傷つけました。今回の件で問題が表面化したからいいようなものの、そうでなければ小学校も無事に開校した可能性があり、もっと大勢の人間が傷つけられていたでしょう。籠池氏1人がこれだけの人間をズタズタにするのなら、この日本会議及び共鳴者の集団を放置した場合、果たしてどれほどの人間を傷つけることでしょうか。
狂気の集団・日本会議カルトを止めることは、日本の責任です。

2017-03-24 の記事 - 2017-03-24
証人喚問によって籠池氏に良いイメージを持つ人が出てきてしまっているようですので、ここで一応取り上げておきます。

「安倍首相の耳に悪い情報を入れた人がいた」森友学園・籠池氏、記者会見で国有地売却問題に言及

これは日本外国特派員協会主催の記者会見での籠池氏の言い分ですが、例の選手宣誓の正当性について述べるなど、まさにこの人物の本質がレイシストであり、年端もいかない幼児に異様な教育を施そうとする異常者であることが見て取れるものとなっています。他にも日本人は優しい民族だの性善説だの、陳腐な日本人至上主義という以前の問題として、まず鏡を見てから物を言えと言わざるを得ない言葉が並んでいます。
ただ、はっきり言って今の日本社会はレイシズム天国ですから、こうしたレイシズムですら自然に受け入れられかねない空気があることは否めません(なお、もしこの会見内容を読み、人種差別の観点からさほどおかしいと感じなかった人は相当毒されています。それこそ、もはや「○○人は死ね、殺せ」の言葉が出てこない限りはおかしいと感じなくなるほど感覚がマヒしています)。
そういう意味では、より客観的にレイシズムを見ることができるであろう外国特派員協会の会見でこれが行われてよかったと言えるかもしれません。

籠池氏への好印象という、いわば泥棒が人助けをした時に大きく持ち上げられる現象に対抗するためにあえてはっきり書いておきますが、籠池氏は人種差別、すなわち立場の弱い相手をその属性に基づきターゲットとする行為を平然と行い、かつ教育の名を借りて反論も抵抗もできない幼児を虐待するなど、自分よりも弱い相手を平気で踏みにじり、人としての尊厳をズタズタに引き裂く、まさに人間のクズの見本のような存在です。
無論、それでも籠池氏が証言をするのなら聞くべきですし、その証言が全容解明に役立つのなら当然それは適切に活用されるべきです。しかし、そんなものは救いようのない凶悪犯罪者が仲間に見捨てられて捕まり、怒り狂って共犯者の情報を自白しているのと同じです。その情報は適正に評価し、有用なものに関しては活用されるべきですが、その人物は救いようのない凶悪犯罪者以外の何者でもありません。
籠池氏は信奉していた保守派とやらに次々と切断処理されており、そういう意味では気の毒ではありますし、同情には値するかもしれません。しかも籠池氏自身は何の力も持たない一人の異常者でしかなく、本人だけで大それたことができるわけがありませんから、氏をいわば実行犯として用いておいて、しかも騒ぎになったと見たら切り捨てている者がいることも確かでしょう。その観点からは氏もまた被害者の一人であると考えることは可能です。
しかし、人種差別や児童虐待を行ったのは籠池氏本人の意思であり、少なくともこの点について氏は一方的な加害者に他ならず、正当化の余地は一切存在しません。教育者という自らの立場を最大限悪用し、立場が弱く抵抗することができない他人の尊厳を容赦なく踏みにじる、まさにカス以下のカスに対する同情の言葉を、私は一言たりとも持ちません。
この人物はもはや、日陰から出してはならない存在です。少なくとも「差別は過ちでした。被差別者の方々、すみませんでした」「あれが教育などとは間違っていました。私がやったことは虐待でした。許されないことです」と自らの行いを正しく認識して反省し、二度としないことを確約し、しかもそれを誠実に遵守しない限り、決して日向を歩かせてはならない存在なのです。
氏について「そのうち候補者にでもなるのでは」と評する声を見かけましたが、まさに今の異常化した日本を見る限り、それが当たらずとも遠からずになってしまいかねない嫌なリアリティがあります。長谷川豊氏の件などを見た後では、これを笑って済ませることはできません。
本件を政治問題として考えた場合に、氏がいくら捨て犬のようなかわいそうな存在に見えたとしても(それこそ日本会議や安倍一派のような連中にぶら下がった時点で、私には自業自得にしか見えませんが)、一方で氏が自らの意思で能動的に人種差別と児童虐待を行い、何ら落ち度のない他人をズタズタに傷つけた人物であることを、決して忘れてはいけません。

なお、差別や虐待に関しても、籠池氏だけを断罪すれば済む問題ではないことは念のため言い添えておきます。日本会議や安倍一派もまた、氏と人種差別や虐待教育の理念を共有する存在であることは言うまでもありません。そもそも政治問題以前の話として、差別と虐待を理由として日本会議や安倍一派を追放することは、日本人が果たさねばならない責任なのです。