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雑記帳(過去ログ)
2017-09-24 の記事 - 2017-09-24
実にくだらない解散劇ですが、解散名大喜利には「地獄の沙汰も金(キム)次第解散」でも挙げておきましょうか。
北朝鮮の脅威とやらを大騒ぎすれば国民は簡単に騙せると考えていて、それで勝利すれば「世論はこれらを問題とみなしていない」として森友・加計問題を葬ってしまうことでしょう。あれだけの問題を起こしてもなお追及ができなくなるのであれば、今後は国家の私物化でも何でもし放題です。国民は極限までなめられているのです。
もし本当に北朝鮮が差し迫った脅威であるならば、この時期に特に必要もない解散をすることは到底あり得ないはずで、すなわち政府は北朝鮮を大した脅威であるとは考えていません。そのくせ脅威だ危機だと大騒ぎ。もしこれで多くの議席を押さえられれば、緊急事態条項のごり押しが始まることでしょう。そしてその緊急事態条項では、緊急事態であるから衆議院を解散しなくてもいいということになっています。
もはや意味が分からないを通り越して、異常の域に達しています。そして、ひとたび緊急事態条項が通れば日本はそれで終わりです。意味不明な解散をするほど余裕たっぷりの政権が散々北朝鮮の脅威を煽り立てるのを前にすれば、緊急事態条項がどう使われるのかなど説明する必要もないでしょう。

ただ、自民党がもはやただのヘイト政党であって、人間として最低限の常識を適用して考えるのさえバカバカしい存在であることは今さら言うまでもありません。現状ではその異常な政党が民主主義の喉元に短刀を突きつけている状態であり、機が来たと見れば彼らは何のためらいもなく民主主義の喉笛をかき切ることでしょう。とにかく緊急事態条項が通ってしまえば何もかも終わりですから、まずは改憲の野望を阻止しなければなりません。
したがって、問題はそれに対抗する立場であるはずの野党、それも民進党なのですが、こちらもまたあまりに頭が痛いと言わざるを得ません。

野党共闘を応援する市民たちは、民進党を応援したところで何一つ自分の利益にはならず、それどころか民進党は期待をぶち壊しにするようなことばかりやっているにもかかわらず、それでも民進党候補を勝利させようと汗を流しています。毎回のように後足で砂をかけられ、泥を浴びせられ、それでも立憲主義の回復や多様性が尊重される社会の実現のために泥水を飲んでいるわけです。
野党共闘の意義を理解して野党候補に投票している市民たちは、毎回毎回共闘を台無しにするようなことばかり言い、果ては自党の党首すらも差別する民進党の姿勢に大いに憤っていますが、その怒りを飲み込み、しかも政策的に不満がある場合でも泥水を飲んで民進党候補に投票しています。
日本会議系ではない野党は、民進党のほとんど横暴とも言っていいような一方的な要求に答え、自党候補を国会に送るチャンスを捨ててまで民進党候補への一本化に協力するなどしています。民進党が共闘を否定するような暴言を吐いても、共闘のために尽力しています。毎度のように煮え湯を飲まされ、それでも泥水を飲んでいるのです。
では民進党はどうか。代表選の段階でもある程度予想されていたことですが、前原氏は早速、共産党を含む野党共闘に対し、控えめに言っても積極的とは言いがたい姿勢を取っています。共闘支持の市民が泥水を飲み、有権者が泥水を飲み、他の野党も泥水を飲んでいるのに、自分だけはきれいな水しか飲みたくないと駄々をこねるなら、勝てるものも勝てません
無論、大人の事情で共闘を表立って言えないという部分はあるのでしょうが、そんなものは外部の人間には何の関係もありません。いかなる理由によるものであれ、話をろくに進展させることができないのであれば、成果を出せないことに変わりはありません。
なぜ自民党が、それも改憲のためには議席を減らしたくないはずなのに、疑惑隠しであることがバレバレな自爆的解散など行えるのか。十分な野党共闘が成立する可能性が低く、したがって野党は民意の受け皿とはならず、さほど脅威とみなす必要はないと考えられていることが、要因の一つに挙げられるでしょう。
これは要するに、前原氏は「選挙に勝つこと」や「大義を実現すること」などよりも、反共だかハンバーグだか知りませんが、自身の個人的な好き嫌いの方を優先するであろうと読まれているわけです。
本来、野党共闘は2015年の時点で成立させ、ここまでで十分戦える姿勢を構築しておくべきものでした。あの時点でしっかり手を取り合い、その後に内閣の悪行がようやく報道されるに至ったならば、今ごろは善戦する下地が整っていたはずなのです。
ところが、2年経ってすらノロノロとして共闘一つまともに実現できず、その間にとうとう民主主義に王手をかけられてしまっているのに、未だこの状態です。目の色を変えて死力を尽くそうともせず、自分だけは泥水を飲むことを避け続け、それでどうして民意の受け皿になれるというのでしょうか。

なお、自民党も公明党も権力のためなら泥水程度は平気で飲んでみせます。自民は権力維持のためなら手段を選ばず、本来なら考え方の違うはずの公明とも平気で組んでみせていますし、改憲のためなら誰とでも組むでしょう。また、公明は権力のためなら「平和の党」なる理念をいくらでも足蹴にして踏みにじることができます。
市民も、有権者も、他の野党も、民主主義と立憲主義を守り、多様性を尊重する社会の実現のため、全員が泥水を飲んでみせました。後は民進党が飲むか飲まないかだけです。
安倍氏や日本会議のように、戦後日本に対する強い憎悪と、周辺諸国などに対するドス黒い差別感情で動いているような者たちですら、憎しみのために目の色を変えて動けば日本を終了寸前にまで追い込んでしまえることが、現在目の前で示されています。
立憲主義を守り、政権の国家の私物化を止め、多様性を尊重する社会を作る。実に重要なことですから、そのために本気を見せ、目の色を変えてみろと言っているのです。

2017-09-16 の記事 - 2017-09-16
〈時代の正体〉「差別ツイート野放しやめて」ツイッター社前で抗議集会

もし私がこの集会に文句をつけるなら、Twitterが作為的に差別を放置していることがほぼ確実な以上、「差別ツイート野放しやめて」「差別の道具になりたくないよ」などといった甘ったるい主張ではあまりにも手ぬるい、というものになるでしょうが、「差別ツイートを踏みつけにするのは異常だ」なるナイーブすぎる反応をする者さえ見かけるのは頭が痛い限りです。
差別が常日頃から被害者を踏みつけにしていて、そればかりか災害のたびに差別・虐殺扇動が発生したり、実際に障碍者の殺戮まで引き起こしてしまった現状において、差別にはまともに向き合おうともせず、紙切れを踏むことにはいちいち目くじらを立てるなどとは、どこまでのんきで価値基準が破綻しているのかとあきれ果てます。

現状、Twitterの差別拡散力はおそらく相当な水準にあります。
日本語版のトップページは、ここ最近でこそ認証アカウントを中心にするなど多少はマシな仕様となったようですが、ほんの少し前(私が知る限りでは1年以内は確実)まではヘイトデマを垂れ流すアカウントやら、他国を蔑称で呼んでいるような露骨なヘイトツイートやらが堂々と記載されていました。
トップページといえばサイトの顔であり、しかもログインしない(ユーザーが選んだものを表示しているわけではない)状態でこれですから、不特定多数のアクセス者がこのようなヘイトを見せられていたことになります。SNSなどのサービスにおいて問題のある書き込みがなされることは避けようがありませんが、それをピックアップしてトップページに掲載するとなると話は別で、これはもう運営による差別の拡散以外の何物でもありません。
トップページすらこの惨状となっていたほどですから、中身となるとむごたらしいの一言です。まさに差別の見本市、悪意のゴミ捨て場といった状況であり、おぞましいツイートをいくらでも見つけることができます。しかも運営はそれを取り締まる気を全く持っていません
一応、アリバイ作りのつもりなのか、どうでもいい差別アカウントが凍結されることはあるようですが、それ以上にひどい差別発言を繰り返していて影響力も段違いな有名ヘイトアカウントはほぼ野放しとなっています。それでいて、差別に反論したアカウントが処分された例はしばしば報告されています。
差別は本人の意思や行為とは無関係な「属性」に対する攻撃であり、また立場の差を利用して反撃が難しい相手を痛めつけるものです。行為に対する批判、対等な立場同士の言い合いなどとは全くわけが違います。この概念をまともに理解していないような運営が、どうやって言論空間を管理できるというのでしょうか。

その結果として当然に発生するのが、現実社会に対する脅威です。
Twitterにおいては、災害のたびに差別扇動、ひどい時には虐殺扇動を含む悪質なデマが垂れ流されることが恒例行事となっています。熊本の震災では、「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」などの関東大震災時に実際に虐殺を発生させた、効果が実証済みの殺人デマを流す者が大量に発生しましたし、猟銃を持っている者は自警団に加わるよう呼び掛けるツイートまで存在したほどです。
実際、被災地のレイプ多発デマを真に受け、自警に乗り込もうとした者の存在も確認されています。しかも、レイシストはその人物を煽り立てて差別デマまで吹き込む始末で、一歩間違えば何が起きてもおかしくありませんでした。
日本社会はすでに障碍者殺戮事件という稀代のヘイトクライムを体験しており、もはや「起きるかどうか」ではなく「次はいつ起こるのか」の段階です。熊本その他の災害で特に何も起きなかったのは運が良かったからでしかなく、災害時・平時を問わず常にヘイトクライムと隣り合わせの状況にあります。政府が火消をするどころかJアラート遊びをして差別意識を煽っている現状ではなおさらです。
そして、Twitter社はこういった差別扇動に対し、全くと言っていいほど有効な手を打っていませんし、本気で対処するつもりもありません。熊本の震災でも多数の差別・虐殺扇動デマが放置され、有志が拡散しないよう呼び掛けたり、投稿者に対して法的な責任が及ぶ可能性をちらつかせて削除させたりといった活動で、できるだけ被害を押しとどめていたような状態でした。ちなみにその間、Twitter日本運営はいきものウィークなる企画に現を抜かしていました。
Twitter社の差別放置姿勢が生み出しているのは、現実の人々の生命や生活に対する脅威です。そして、自らの生命や平穏な生活をもってTwitterの差別放置の代償を払わなければならないのは、今までTwitterとは何の縁もゆかりもなく生きてきた無関係の人かもしれないのです。

水原希子出演のCMに「日本人を使え」など差別ツイート サントリーとTwitterに聞いた

こうなるのは当然というものでしょう。企業もいい加減、このような差別企業に広告を出すと余計な問題を抱えることになると認識した方がよいのではないでしょうか。
なお、Twitterの「対処している」が全くのでまかせであることは、有力ヘイトアカウントが野放しであることを見れば分かります。さすがにスポンサーの手前、一部を削除するなりしてポーズくらい見せようとはするでしょうが、それだけでは所詮ポーズであって実質的な意味はありません。

2017-09-10 の記事 - 2017-09-10
不倫がどうのこうのの騒ぎ。この深刻な状況下で一番大事なのが政治家を芸能人化して追い回すことなのか、日本の政治意識とはこの程度なのかと、頭が痛くなります。

一応断っておきますが、山尾氏を擁護する気は一切ありません。
横浜市長選において、氏に期待されている政策とは対極の候補である林氏の応援に出向いた時点で、山尾氏に期待していた人々からの評価は地に落ちました。しかも、政治家となれば不本意な応援をすることもあるでしょうから、すぐに丁寧に説明していれば怒りも和らいだはずですが、それもなされたとは言い難く、氏が「政治家として」人望を失ったのはこの時点と言ってよいでしょう。
実際、蓮舫氏の辞意表明後の一瞬は「ここは山尾氏を代表にすることを考えるべき」という意見さえ存在したほどでしたが(有田氏もそのような希望を持っていたとのこと)、直後に横浜市長選問題が話題になると潮が引いたように期待の声は消滅しました。氏の手腕と福祉への姿勢などを買っていた人々を、ただの一瞬にして地獄に叩き落したことがうかがえます。
そういう意味で、私も応援演説の件に加え、支持者からの疑問の声への説明責任もろくに果たせない山尾氏には不信感を覚えずにはいられませんでしたし、氏は詰問されるべき立場であるとは考えています。
ただし、それは当然不倫疑惑がどうこうといったものではありません。「林氏のどのような政策を支持した上での応援か」「林氏の政策と山尾氏の主張とは矛盾する部分があるようだが、どちらが本意なのか」「カジノについてはどう考えているか」などといった点をきっちり聞き、最低でも子どもの福祉やカジノといった大きなテーマについての立場は明らかにするものでなければならないのです。
したがって、この人物を支持して良いのか悪いのかの情報を国民に提供するため、政策の矛盾をまず問い詰め、正面からしっかり答えてもらうべきではあったが、一方で不倫疑惑とやらは優先すべきではなかった、というのが私の主張となります。

なお、この私の理念は今井氏にもそっくりそのまま適用されます。
私はあのタレントくずれは徹底的に非難され、政治の舞台から追放されるべきだと考えています。あのような人物が、1億数千万人の中からたった数百人しか選ばれない国民の代表、それも良識の府に属する人間であると考えるだけでうんざりしますし、政治の専門職として圧倒的な権限と待遇を6年にもわたって手にする者が、自身の専門業への知識を全く有していなかったとあれば、開いた口がふさがらない事態であると考えています。
ただ、氏が不倫問題によって人望を失い、物陰から頭を出せない状態になったことについては、到底正しい方法であったとはいえません。
これは言い換えるなら、もし不倫がなければその後も大手を振って参院議員様をエンジョイしていた、ということです。到底まともな政治状態ではありません。不倫以外の点において、このタレントくずれは徹底的に追及されなければならず、政治のプロとして当然分かるべきことも分からないようであれば、それを理由として追い落とされなければなりませんでした。
1億人以上の市民の生命や生活にかかわることを決定するのが、衆参合わせてもたった3桁の人数でしかない国政政治家たちの役割であり、市民の暮らしはそれだけの人々の動向に大きく左右されます。
このタレントくずれが追及されねばならないのは、医療の知識を一切持たない人間が手術をしてはならないのと同じことです。医療知識がないのに手術を行おうとした医者が、それを理由に排除されるなら問題はないのですが、それでは排除されずにいたのに不倫を理由に排除されたならば、いくら結果は同じといっても恐怖でしかありません。

無論、不倫は不名誉なことではあるでしょうし、それが倫理的にあまりに常軌を逸したものであれば、さすがに政治家としての資質を問わないわけにはいかない場合もあるでしょう。また、それが不倫どころか犯罪絡みである、すなわち性犯罪の加害者となった、あるいは権力を用いてお友達の性犯罪をかばったなどであれば全く別の問題で、議員でいる資格はありませんから、即刻議員を辞めるべきです。
そこはケース次第ともいえますが、ただ少なくとも政策的に矛盾している行動を取ったり、あるいは政治の専門職に就いていながら基礎知識すらない人物について、それらの点をそっちのけにして不倫やその疑惑で大騒ぎし、そちらが政治生命にとって大打撃となるような状態は、一般論として考えても全くまともではありません。

そして、現状の日本の政治は不倫疑惑よりも先に追及すべきことであふれています。
自らの政治権力を悪用し、お友達に利益供与を図るなどすることは、国民に対する著しい背信行為であって、民事問題である不倫とは到底比べ物になりません。不倫で引責しなければならないのであれば、こちらでは数千回は引責しなければならないでしょう。しかし、この問題ではどの議員がどのような責任を取ったでしょうか。
政治家が差別主義者であることは深刻な脅威であり、極めて高い差別扇動効果を持つとともに、一歩間違えば大量の人々を死に追いやりかねません。不倫は確かに倫理上問題のある行為ですが、ならばレイシズムは倫理上も実利上も市民の安全のためにも一切許されないものであるべきで、不倫ならば一発で壊滅級の打撃となる一方、保守速報をシェアしようがほとんど見逃され、差別による虐殺をなかったことにしようとしてもよく、ナチスかぶれのような者が政治家を続けられていることはおかしいと言わざるを得ません。
メディアは追及をするのなら、まずこれらを徹底的に追及すべきです。これらをことごとく追及し終え、もう民事問題しか追及するものがなくなったなら、不倫でもなんでも好きなように追及したらよろしい。

政治家がその地位を利用して行った不正より、政治家による差別扇動行為より、政策の矛盾より、不倫が一番大事。他は責任を取らなくていいし、政府要人ポストに居座り続けてもいいが、不倫疑惑なら党内ポストすら取り消しの上に離党モノ。これが日本の政治意識です。これでは日本の行く末は暗いと言わざるを得ませんし、政治腐敗も差別も社会に横行することになるでしょう。

2017-09-02 の記事 - 2017-09-02
高須氏に続き、麻生氏がまたしてもナチス発言。
あきれ果てるとはまさにこのことです。それも、よりにもよって「動機が正しくても」とは尋常ではありません。無理やりに擁護するならば、「動機が正しくても」自体が仮定法であると考えることもできなくはありませんが、その場合でも動機が正しい仮定の例示としてナチスを採用する必要が全く存在しないのであり、どう好意的に解釈しようともナチスを肯定する意図がないと取ることは不可能です。
確かに、ナチスが行ったことの「結果」は極めておぞましいものです。ユダヤ人をはじめとして、障碍者や同性愛者といった様々な人々が、その属性を理由として平穏な生活を脅かされ、踏みにじられ、最後には虐殺されることとなりました。
では、なぜそのような恐ろしい結果が生じるに至ったのか。人種差別、障碍者差別、優生思想、自民族至上主義などが動機として存在したからに他なりません。当然のことながら、昨日まで差別が存在しなかった社会において、被差別者が突然虐殺されることは考えられません。まずは恐ろしい動機が前提として存在し、それが当然に行き着く先として恐ろしい結果が待っていたのです。
言うまでもなく、その点において今の日本はほぼ動機がそろっている状態であり、極めて危機的な状況にあります。すでに障碍者殺戮事件は発生していますし、これから水晶の夜や関東大震災虐殺のような事件が発生したとしても、もはや驚くに値しません。このような状況下で、ナチスについて「動機が正しくても」などと言うような人間が日本のかじ取りを行っていることに、極めて強い危機感を覚えざるを得ません。

先日のJアラート騒動は支持回復のための茶番としか解釈しようのないものでしたが、この台風が来ると聞いて子どもが大はしゃぎするかのような低レベルな茶番もまた、案の定レイシズムの材料となっています。直接的な加害の意思を示すような言葉から、在日は加担とみなされたくなければミサイルに反対の声を張り上げろなどと踏み絵を迫るもの、穏健派に対しても攻撃性をあらわにするものまで様々ですが、予想通りの結果であると言わざるを得ません。
この官製パニックによってひとまず何も大事が起きなかったのは幸運でしたが、Jアラートをこのように悪用するのであれば、被差別者は生きた心地がしないことでしょう。ルワンダでフツ穏健派も殺されたのと同じく、穏健派も無事でいられる保証はありません。
そして、それでヘイトの内圧が非常に高まったとしても、当然ながら政府による火消しは全く期待できません。なにしろ政府が危機を煽り立てて火を起こしている側なのですから。ヘイトの内圧が高まれば高まるほど政府にとって都合が良いから必要もないのに危機を煽り立てるのであって、それを避けようとするのであれば最初から茶番アラートなど出しません。また、もし市民やマスコミが完璧に落ち着き払っていて、ヘイトの扇動など全く不可能であれば、ただ顰蹙を買うだけですから茶番アラートを出す理由はありません。
現状の日本において、茶番劇のためにJアラートを使用することは極めて危険です。そして、危険だからこそJアラートには茶番の道具としての利用価値があるのです。

9/1は防災の日ということで、メディアなどでも防災に関する報道がなされているようです。
では、「防災」とは何でしょうか。何をすればよいのでしょうか。
非常用物資を準備したり、避難経路を確認したりと、もしもの時に備えることは大事でしょう。家具が倒れないようにしたりと、災害のダメージを減らす対策を講じることも大事でしょう。消火器の使い方を学んだり、応急処置のやり方を学んだりすることも大事でしょう。
しかし、それだけが防災ではありません。平時から日本社会の差別と戦い、また自分やその周囲が持つ差別意識を克服し、過去にレイシズムが引き起こした事件を学んで繰り返さないよう備えることもまた、非常に大事な防災に他なりません。
熊本の震災をはじめとして、災害時には虐殺扇動を含む悪質な差別扇動デマが垂れ流されることが常態化しています。また、外国人が盗みを行っているなどといった噂も必ずと言っていいほど発生し、それを信じてしまう人も多いといいます。
過去よりも建築や予報などの技術が発達し、また物流や医療の進化によって災害後のケアも昔よりは充実しているであろう現代において、唯一危険性が大きく増している部分がデマの拡散速度であり、防災を考える上でここは決して避けては通れません。他の防災要素と違い、無知であれば自分がデマを拡散したり、デマに踊らされたりして加害者となりかねないという点でも特異です。
避難所においても、身体障碍者、発達障害を含む精神障碍者のいずれもが、肩身の狭い状況に置かれることがたびたび報道されています。障碍者殺戮犯が平然と称賛される世の中において、ましてや余裕のない避難所ともなれば、その立場の弱さたるや相当なものでしょう。すなわち、まさに差別をなくすことが、あらゆる意味・段階において防災となるのです。
マスコミも防災を訴えるのであれば、関東大震災朝鮮人虐殺の歴史修正を試みる小池氏を詰め、ナチスを正当化する高須氏や麻生氏を詰め、ヘイト扇動の火遊びをする政府を詰め、デマの拡散装置となっていながら手を打つ気もないTwitterなどを詰め、日本社会に存在する差別と断固として戦うことは最低限必要なはずです。それこそがマスコミがやらなければならない大事な防災であり、防災を訴える者の最低限度の責任というものです。

2017-08-26 の記事 - 2017-08-26
関東大震災の朝鮮人虐殺 小池都知事が追悼文断る

実際には「三国人」発言などで扇動する側に回っていた、あの稀代のレイシスト・石原氏ですら(仮に形式上であっても)やっていたことを見送りですか。在特会系の講演会に出ていた件からして分かり切ってはいましたが、やはり小池氏は相当なレベルのレイシストに間違いないようです。

関東大震災の朝鮮人虐殺事件は、決して過去の悲劇ではありません。むしろ現代においてその重要性が非常に高まりつつあります。
街角で平然と「朝鮮人をぶっ殺せ」の声が垂れ流され、書店に入れば韓国や中国などの他国やその国の人を貶める本の山。さらには障碍者の生存権を否定したり、LGBTを「ネタ」にして侮辱したりと、被差別者に対する暴虐の数々。現状の日本は極めて危うい状況にあります。
そして実際、熊本の震災では「朝鮮人が井戸に毒を入れた」なるデマが垂れ流されたり、猟銃を持っている家に自警に加わることを呼び掛けたりと、極めて悪質な虐殺扇動が垂れ流されました。いずれも関東大震災で虐殺を引き起こす原因となったもので、いわば過去の震災でその恐ろしさが実証された殺人兵器を、現代の実際の災害時に持ち込んだわけです。
その後もいくつか災害や問題が起こっていますが、そのたびに似たようなデマが垂れ流されるのがお決まりの状態となっており、東京の停電すらヘイトデマの材料とされました。今後大規模な災害が発生し、しかもタイミングが悪ければ、いつでも災害時のヘイトクライムは発生し得ると考えなければなりません。
そして実際、差別主義はとうとう障碍者殺戮事件にまで行き着きました。この事件はこの上なく明確に、差別は人を殺すことを日本社会に示しています。しかし、それで日本社会が自らを省みたかといえば未だ他人事と言わざるを得ず、さらには犯人に賛意を示す者も決して少なくないなど、「次」が起きないと考える方に無理がある状況です。

このように、まさに関東大震災の虐殺は現代の問題であって、今ここで昨年まで行っていた追悼文送付を断るというのがいかに恐ろしい行為か、わざわざ説明するまでもありません。無論、小池氏は「朝鮮人をぶっ殺せ」と叫び立てる連中の講演会に出ていたわけですから、過去の朝鮮人虐殺の教訓を否定したとしても思想的には全くもって矛盾しないのですが、それこそ逆に極めて恐ろしい状況です。
このような場合に歴史修正主義者の必殺技となるのが「人数の問題に持ち込む」ことですが、混乱状態にある中で人数を正確に把握するのが難しいのは当然で、また1か0かで切り分けること自体に無理がある場合も多く、この理屈で言えば広島・長崎の原爆もナチスの虐殺も、それどころか公害病さえも容易に否定できてしまいます。したがって、この間違った万能論法はきっぱりと拒絶しなければなりません。
「虐殺の犠牲者」を「災害関連の犠牲者」にすり替えるのも同様。現代においても、様々な工夫によって災害のダメージを抑えることはできますが、自然災害をなくすことはできません。それによって被災者が出てしまうのは、今の人類の力では仕方のないことです。しかし、災害によって被災者が出てしまうことと、その混乱に乗じて差別扇動デマが垂れ流され、虐殺が発生してしまうことは別の問題です。後者は自然災害でも不可抗力でもなく、そもそも発生する必要すらないことです。
それどころか、これはいわば災害を舞台装置に利用して自らの差別感情を満足させようとした犯罪行為ともいえるものですから、はっきり言って「隙を見つけたので、遊びたい感情を満足させるために現金を奪って殺した」「混乱が起きて邪魔が入らない状況になったので、性的感情を満足させるために他人を襲ってわいせつ行為の末に殺した」などと同等の行為と言ってよいでしょう。これは災害による犠牲などでは断じてなく、全く次元の異なるものです。
無論、世の中の人々は「朝鮮人をぶっ殺せ」と喚いたり、その連中の講演会に出たりするような、確信犯的に自らの差別欲求を満たそうとする人物ばかりではありませんから、虐殺加担者の中にはもともとの差別意識・偏見から流言を真に受けてしまった者、つまり差別感情を満たすことを明確に意識して犯行に及んだわけではない人もいたはずです。
しかし、まさにそうした無意識レベルの差別こそが何よりも恐ろしいのですし、もしそうした人々が差別意識を持っていないか克服していて、十分な知識と判断力を有していれば、虐殺を行うことはなかったわけですから、差別をなくし知識を継承することで悲劇の再来は阻止できます。したがって、日本社会が差別まみれとなった今こそ、なおさら関東大震災虐殺事件を教訓としていくことが大事なのであって、虐殺は虐殺として引き継いでいかなければなりません。
過去の関東大震災朝鮮人虐殺にケチをつけて否定の道筋を作ることは、今後発生する恐れがある差別による虐殺事件を肯定するのと同じです。

本件については、とうとうここまで来たかという印象です。しかもこのような尋常ではないレイシストが国政に進出してくるとなれば、市民やメディア、野党などが良識を示して拒否しない限り、被差別者の尊厳や人権はいとも簡単に踏みにじられることでしょう。
そして当然、生存権を脅かされるのは何も民族・国籍的マイノリティや障碍者、性的マイノリティなどに限りません。関東大震災朝鮮人虐殺ではそれと誤認された日本人も殺戮されましたが、差別において私たちは決して加害者になってはならないのと同時に、被害者の立場と無縁であることもできないのです。
「○○人を殺せ」が平気で垂れ流され、災害の混乱に乗じて虐殺扇動デマが垂れ流され、障碍者殺戮がなされた上に称賛までなされ、透析患者は殺せと言われ、政治家が差別を平然と行う国というのはつまり、人権を守られるべき人と守られる必要がない人がいる、生存権を保証すべき人と保証する必要がない人がいる、生存を認めるべき人と生存を認める必要がない人がいる、ということです。それが「差別」というものですから当然です。
これを容認するならば、いずれは必ず自分が「認められない側」に置かれることになるでしょう。自らが他人をマチェッテで斬り殺すことを拒否し、また自らが他人にマチェッテで斬り殺されることも拒否するには、差別やヘイトスピーチ、差別政党、差別事例の歴史修正などを決して認めてはならないのです。

2017-08-19 の記事 - 2017-08-19
8/15といえば日本の終戦の日ですが、よりにもよってこんな日に軍服コスプレ・お祭り大会が開催されることは周知の事実です。
そして、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」(以下、連れション会)なる意味不明な会が存在し、コスプレ大会会場への進入すら1人ではできないような連中が、連れションでもするがごとく雁首そろえて大会会場へ出向くのもまた、恒例の行事となっています。
言うまでもありませんが、終戦の日にこのコスプレ会場に出向いた議員は党派に関係なく誰一人としてまともな者ではあり得ません。実際、主要な会場進入者は稲田氏、佐藤氏、小泉進次郎氏といった具合で、まさにろくでなしの見本市といった趣です。

議員、ことに首相や内閣の中心人物などがコスプレ会場へ出向くことは、かねてから慰霊ではなく政治となっていました。そして、「批判するのは中韓だけ」というデマに反し、この無意味で無価値な政治は米国・ロシア・EU・シンガポールといった主要な国や地域からも批判を受け、大敗北を喫します。
こうして政治の手段としては完全に役立たずとなってしまったコスプレ会場への進入は、現状では政治と呼ぶのもおこがましい、ただの売名のための行為となっています。ここへ行く国会議員の中には、慰霊を真剣に考えている者はほとんどいないと断言して構いません。
もし本気で慰霊がしたいのであれば、コスプレ会場に行く必要もなければ、連れション会などとして雁首そろえる必要もありません。静かに千鳥ヶ淵に行き、慰霊し、コスプレ会場を無視してそのまま帰ってくればよいのです。あるいは、日本には広島・長崎・沖縄をはじめ、東京近隣を含めて各地に祈念碑的なものがありますから、そこに行って慰霊をしてくればよいのです。
これには1つの利点、もしくは欠点があります。利点は、まじめに慰霊をしたい者にとって、メディアなどに騒がれることなく、また国際問題となることもなく、純粋に慰霊が可能であること。欠点は、実際には慰霊などどうでもよく、売名を目的としている者にとって、そんなところに出向いても暑くて疲れるだけであり、全く売名にならないことです。
まじめに慰霊を考えている者ならどうするか。実際には慰霊などどうでもよいと考えている者ならどうするか。言うまでもありません。

コスプレ会場こと靖国はもはやゴミの山です。慰霊の場としてはもう終わっています。
靖国をまじめに慰霊の場として位置付けたいと考えている者は、連れション会のような連中に徹底抗議し、売名参拝を誰よりも激しく非難し、また遊就館などにも激怒し、軍人コスプレお祭り連中を徹底排除しなくてはなりませんでした。実際、靖国以外、例えば広島や長崎、沖縄などの祈念の場でこれらが行われたなら、きっと遺族や地元の人々は激怒することでしょう。
ところが、実際にはこれらが放置されたばかりか、政治家の売名参拝を歓迎する者までいる始末。この時点でもう靖国の地位は決まったと言ってもよいでしょう。結果、ゴミの山にはさらにゴミが集まり、逆にまじめに慰霊を考えている者はどんどん遠ざかり、米国にも千鳥ヶ淵が慰霊の場とみなされ、首相や主要閣僚の参拝には国際的に非難が集まるようになり、名実ともにゴミ捨て場でしかなくなりました。
千鳥ヶ淵(ここも決して万全ではなく、個人的には新施設の方が望ましいと考えていますが)を正統な慰霊の場として位置付けるとともに、靖国以外の施設が慰霊の場としてスタンダードになれば、まず間違いなくその場をも第二の靖国に書き換えようとする者が現れますから、コスプレ会場と同様の経過をたどらないようにすることが必要です。
またコスプレ会場は、「英霊」を祭っているという地位を利用して好き放題を行っていますから、ここから「英霊」利権を一切剥奪し、日本国としてここの歴史修正主義を公式に否定することで、きっちりピエロにしてしまわなければなりません。
コスプレお祭り大会の参加者には靖国会場で好きなだけ楽しんでもらい、代わりに慰霊の場からは一切お引き取りいただき、慰霊をしたい人は千鳥ヶ淵その他の場を訪れて静かに慰霊する、という区分けをきっちり行うことが、慰霊を望む人とコスプレ大会参加者、両方にとっての幸せではないでしょうか。

2017-08-13 の記事 - 2017-08-13
やはり日本ファーストが登場してしまいました。
「日本第一党」であり、「日本会議ファースト」であり、かつ「日本ファシスト」な存在なのでしょう。なかなかシャレが効いています。

さて、民進党代表の候補である前原氏がヘイトツイートに「いいね」をしたことが少々話題となっています(現在は取り消されている模様)。
たかが「いいね」ですが、されど「いいね」。非常に残念です。どこまで失望させれば気が済むのでしょうか。
そこまで目くじらを立てる必要はない、あるいはスタッフがやった可能性があるといった意見もあるでしょうが、私は以前に安倍氏がFBで差別デマサイトをシェアしたことに憤りましたし、またそれは絶対にやってはならないことであると考えています。そして、それをしたのが本人だろうとスタッフだろうと発信力に差が出るわけではありません。取り消しをしたというなら安倍氏ですらしています。
無論、差別デマサイトをあえて自ら読みに行き、しかもわざわざシェアして再拡散する能動的行為と、自分へのリプライを「いいね」する比較的受け身かつ拡散を意図しない行為では大きな差がありますので、同列にはできません。ただし、その経緯についての説明と、意図したものでないなら「いいねは間違いでした。私はこのような意見に一切賛同しません」などの宣言をTwitter上で行うのは、差別の市民権確保や再拡散を防ぐためにも最低限必要と考えます。

私が民進党を応援するのは、立憲主義を守り、国民主権を守り、そして何より差別を許さず多様性を尊重する社会の実現のためには、現状ではそうするよりないと考えているためです。他の立憲主義・反差別野党のみでは政権交代どころか牽制をすることさえ難しく、たとえ徹底的に順風が吹こうとも1/3の確保さえ極めて困難であると言わざるを得ませんので、どうしても民進党を無視することはできません。
現状、すでに緊急事態条項さえ通れば日本が終わる段階まで来ており、立憲主義・国民主権は危機的状況にあります。また、路上では平然とおぞましいヘイトスピーチが垂れ流され、さらには災害のたびに虐殺扇動を含む差別デマが流され、いつ関東大震災のような事態に至ってもおかしくありませんし、現に日本社会は障碍者殺戮事件を経験しています。
この異常事態において、もし立憲主義を守り、差別を許さず、多様性を尊重する社会に近づける、あるいはそれらの喪失を少しでも食い止めることができるのであれば、私は腐った泥水でも何でも飲むつもりです。ヘイトクライムによる死者はもう1人たりとも出してはいけませんし、差別によって傷つく人も増やしてはいけません。民進党がどれほど頼りない政党であろうとも、立憲主義と多様性を守る限りは応援しますし、戦略的に妥当ならば民進候補に投票するでしょう。
そのような状況下で、この体たらくは一体どういうことなのでしょうか。

前原氏は、自身が日本会議であるとする噂について「デマ」として否定しています。無論、日本会議カルトと関係がないのは良いことではありますが、それだけでは意味がありません。
私は厳密には「日本会議」というもの自体を嫌っているのではありません。日本会議のように、立憲主義を否定し、国民主権を否定し、そして何より差別を推進して多様性を否定する存在を嫌っているのです。日本会議であろうとなかろうと、差別を肯定するのなら日本会議と同類の輩でしかありません。
少なくとも前原氏は、このような行為について納得のいく説明を行い(仮に操作ミスならミスと言ってもらえれば結構。説明なしにはあえて行ったのかミスなのかすら分かりません)、その上で多様性の尊重や差別の問題にどのように立ち向かうのかを、説明との間に祖語や矛盾を生じないような論理で明確に宣言すべきです。それが党首を目指す者としての最低限の責任です。
多様性を尊重する側としては、差別政党を倒すために別の政党を支持するも、その政党が差別をし始めるようでは意味がないのです。差別を推進する気がないのなら、ないと宣言する以外に疑念を晴らす方法はありませんし、また疑念を持った人々からの信頼を勝ち得るためにも必要です。
差別に反対して多様性を尊重し、立憲主義を守るならば、代表が(差別主義者でない限り)どこの誰であれ、私は泥水を飲む気でいます。一方、差別に賛同するのであれば、それが清水であろうとも床に叩きつけることでしょう。

小池都知事との連携に否定的=民進・枝野氏インタビュー

>小池氏は(自民党議員として賛成した)特定秘密保護法などで私たちと立場が違う。安保法制は間違いでした、特定秘密保護法は間違いでした、アベノミクスは間違いでした、と言ってもらわないと(連携の)前提が整わない。

こちらにはほっとさせられます。
民進党が立憲主義否定の差別勢力・日本会議ファースト(「日本ファースト」は政党名とはならない可能性があるようなので、仮の名称としてこう表記しておきます)と組むとしたら悪夢でしかなく、おちおち支持もできなくなります。いま必要なのはまさにこのような言葉に他なりません。
私は、そして多様性を大切にする人々は、多様性を守るのが目的であったはずの自分の応援が、そして自分の1票が、意図とは逆に在日外国人、外国にルーツがある人、障碍者、性的マイノリティなどを殺傷する凶器として使用されることを恐れていて、この党や候補なら応援して投票しても大丈夫だという確信を求めているのです。

2017-08-06 の記事 - 2017-08-06
内閣改造ですが、早速おかしな者が入閣しているようですし、このままいけば死に体内閣ですから、別にどうでもよいでしょう。
ただし、別に日本国民が立憲主義や多様性の尊重に目覚めたわけではないため、野党がくだらない仲間割ればかりしていれば再び盛り返される可能性も否定はできません。
実に4年以上にもわたる異常な政権運営の末、現内閣がどれほど狂った存在かがようやく報道される状況になったのですから、ここで手を緩めるべきではありません。どんな異常行為を繰り返そうが決して支持率が下がらないという異様な状況に再び戻ってしまえば、もはや手の出しようがありません。そうなれば無賃残業の合法化はおろか、下手すると緊急事態条項まで通され、それで終わりです。
いくら追い込んではいても、安倍・自民・日本会議一派はひとたび反撃の機会があれば日本を一撃で殺せる毒を持っていることを忘れてはいけません。野党結束を進め、確実にとどめを刺しに行く必要があります。

その上で、とりあえず今後徐々に問題になりそうなのはむしろ内閣外の人間、すなわち小池氏、小泉進次郎氏あたりでしょうか。

小池氏は日本会議カルト勢で、しかも在特関連団体で講演までしたという、まさに日本の汚点をすべて集めて発酵させたキメラのような存在です。国政で大暴れされればおぞましいことになるのは見えており、したがって国政に出てくる気があるようなら国民は良識をもって進出を阻止、あるいは進出してきてもお引き取り願う必要がありますが、そんな良識などがあれば安倍政権はとっくに終わっていたでしょう。
在特会と懇ろな有力議員で、小池氏並みのキメラといえば稲田氏ですが、こちらも別に在特会と懇ろであったことが致命打になったわけではなく、単に能無しであることがタイミングよく表に出たからに過ぎません。本来であれば在特会とかかわっていた時点で失格の烙印を押されなければなりませんが、日本はレイシズムに対して恐ろしいほどに甘い、というより支持材料にすらなり、したがって小池氏はボロさえ出さなければ台風の目となることができるでしょう。まさに「台風」です。通過した地点に暴風をもたらし、多くの人々が地元で地道に育んできた多様性の芽や幹を崩壊させる台風です。
たとえ国政への進出が成功しても、おそらく維新同様にいずれ賞味期限切れとなる可能性は高いでしょうが、要はその間だけ自民党をきっちり補完する自称第三勢力として存在すれば用は足り、おまけにそこで破壊された分の爪痕はその後も残るわけですから、そういう意味でも台風そのものです。たとえそこで民進党との連携をちらつかせたとしても、それはいわば日本会議カルト勢内での主導権争いに他なりません。
これに関しては、地方政治に集中して国政に出てこないでくれ、あるいはそれまでに大きなボロを出して本質を人々に知らしめてくれと神頼みをするしかない状況です(すでにほころびは出始めていますが、メディアが積極的に報道したがるかどうかは別)。といっても、相手は神社本庁・神道政治連盟・日本会議ですから、神頼みなどすれば逆効果かもしれませんが。

小泉氏は一個の人間としては恐れる必要もありません。氏に関しては登場当初から警戒しているため、発言なども少しは追っていますが、はっきり言ってただの凡人です。飛び抜けた能力などはほぼありません。
ただし、氏は重役になることが最初から決まっているという一点において恐怖です。そこに能力など何の関係もありません。早くからポストを割り当てられるなど相当厚遇されており、すでに終点まで作られたレールの上を順調に進んでいる状況であることは一目瞭然です。メディアも氏を好意的に取り上げるばかりで、このままなら重役確実なこの人物の思想について、今のうちから徹底して問題視するようなメディアはあまり見られません。
では、氏が重役になったらどうなるか。氏には中身らしい中身がなく、おまけに「きれいな長谷川豊」とまで揶揄されるような新自由主義者です。おそらく安倍氏が日本会議の軽い神輿として使われたように、氏は財界の軽い神輿として使われる可能性が高いであろうと見ています。
さらに、氏にはただ1つだけ凡人にはない能力があります。氏は政治家の家に育ち、堂々と父親から地盤と看板を受け渡され、党からも不自然に優遇されて地位を提供され、メディアも極めて好意的で、すべてが周囲のお膳立ての上、最初から重役になることが決定している人物です。もし私がこの立場であれば、「結果の平等より機会の平等」「努力する人が報われる社会」などといった種類の主張をすることはできません。さすがに厚顔にもほどがあり、「恥」の概念があれば到底不可能な主張であるためです。ところが、小泉氏は平気でそれをすることができます
厚顔で、恥の概念を持たず、自分のことは棚に上げる能力。安倍氏を見ての通り、これは日本の政治家にとって極めて強力な能力です。
安倍氏が立憲主義や多様性を引き裂いたように、小泉氏は労働者や富のない市民を引き裂くことを平然とやってのけるでしょう。

民進・細野氏が離党の意向表明 グループから同調者なし

どうぞどうぞ。
この状況下で、しかも多様性尊重勢力が意図しないような方法で野党を割られると極めて厄介です。最も恐ろしいのは、日本会議に親和的で差別思想を持っている連中が党を真っ二つに破壊して大混乱に陥れ、既存野党への大失望を招いた上で自分たちはまとめて都民ファーストに寝返り(おまけに仮に都民ファーストが国政進出をする気があまりない、または決めかねている場合でも、その進出を喚起しかねず)、幾人ものレイシスト国会議員を確保した都民ファーストが国政でも伸長することで、そうなれば日本の立憲主義や多様性尊重の概念は地底の底のさらにどん底に叩き落されることでしょう。
しかし、今のところこの離党は大した動きには発展していないようです。結果、「ようやくマスコミのコントロールが利かなくなってきて安倍内閣を追い込む機会が訪れ、一方で自党も急いで立て直す必要がある中、いちいち問題を起こす輩」にしかなっておらず、大変な時に平然と裏切る人間が自ら去るという願ってもない状況となっています。それでも厄介と言えば厄介ですが、こんな人間は後からでも裏切りますから、ろくに同調されていないだけマシです。
ついでなので、自党の党首すらも差別するようなレイシストはまとめて表舞台から消え失せてはいかがでしょうか。人種民族的なルーツの他、障碍や性的指向などでマイノリティに属する人々が、自党の党首さえ差別するこういった議員の存在に対して否応なく感じざるを得ない恐怖を考えれば、野党が少々弱体化するとしてもいなくなってくれて構わない存在でしょう。

ただ、余計な連中がいなくなっても民進党自体が不安な存在であることは変わりません。例えば都民ファーストまたは類似の第三政党が国政に進出してきて、思想として共産とその党のどちらを選ぶか踏み絵を迫られる状況となった場合、日本会議勢力かつレイシストの勢力を蹴って共産を選ぶことでしか多様性や立憲主義の尊重は実現し得ませんが、今の民進党にそれができるでしょうか。

2017-07-30 の記事 - 2017-07-30
蓮舫氏は結局、辞任。
党外の卑劣な人種差別主義者連中の攻撃にさらされたばかりか、党内にも署名付き怪文書を出したり、外部の差別主義者と一緒になって攻撃をかける人間がいた中で、よくもここまで踏ん張ったものです。
政治思想的にはあまり支持できない人物ですが、被差別当事者として差別にここまで対峙することはなかなかできるものではありません。被差別者を矢面に立たせてこのような苦しみを与える日本社会の在り方を深く恥じるとともに、率直に「お疲れ様」の一言を述べることとします。
奇しくも、稀代のヘイトクライム・相模原障碍者殺戮事件から1年。私たちはこれを「宿題」として、人種や障碍などによる差別を容認せず、あらゆる属性の人々が尊重される日本社会を作らなければなりません。

とにかく今後の民進党には、ある程度明確に展望を示してもらわなければ困ります。現状の民進党は何がしたいのか全く不明であり、したがって支持するのが適切なのか否かが全く分かりません。支持が割れそうなテーマはあいまいにするのも戦術のうちですが、それを散々やって支持者を混乱・失望させ続けてきたがために、民進党に待望が集まるはずの状況で失望が広がっているのです。
差別を許さず多様性を尊重すると言いながら、自党の党首さえも差別する。野党共闘への期待が高まっている状況で、平然と冷や水を浴びせかける。連合が無賃残業の合法化を一時的にせよ容認したこと、横浜市長選への対応の混乱なども、ちぐはぐな印象を与えています。労働者を守る気はあるのか、原発はどうするのか、子どもへの福祉をどうしたいのかなど、方針を定めるべきテーマは山積しています。
その結果として、たとえ「我々は自民党以上に差別を推進します」「共産党のような悪魔と組むなら自民党と組みます」と宣言することになったとしても結構。その場合、私は絶対に支持しませんが、「差別をなくし多様性を尊重します」と言っておきながら実際には差別し、共闘ムードを出しておきながら水を浴びせて裏切るよりはマシです。
無論、私としては民進党が党是通りに多様性を尊重し、野党共闘を行うことを望んでいるのは言うまでもありません。大筋で多様性の尊重や格差の縮小、立憲主義の尊重を訴え、日本会議勢力に対抗し、野党共闘を行う気があるのならば、ある程度政策的に折り合わない部分があっても、戦略的に投票先として妥当である限り、鼻をつまんで泥水を飲む覚悟で民進党候補を支持することでしょう。

なぜ安倍内閣の支持率が下がったのか、私には皆目見当がつきません。無論、森友や加計、防衛省などの不正問題や共謀罪などの国民軽視は十分不支持に値するものですが、これらは安倍内閣発足時点から一貫して継続されてきた姿勢であり、今に始まったことではありません。
すなわち、多くの人は国民軽視・不正行為・立憲主義否定などを踏まえて支持していたと考えるしかありません。それも、経済政策などを支持するためにこれらを我慢していたのであれば、経済政策の化けの皮がはがれた時点で支持は壊滅していたはずですから、要するにこれらをポジティブな要素とみなしていたと考えるのが妥当です。それで何年も支持率が高い状態が続いていたのなら、今ここで突然下がる理由は存在しないはずです。
要するに、何が何だか分からないが安倍氏に逆風らしきものが吹いている状態でしかなく、理由がよく分からない以上は今後の展開も予断を許しません。明日にも逆風が止んでも全く不思議ではないのです。今まではマスコミがコントロールされていたことも理由としては考えられますが、そうだとすればつまり国民が目覚めたわけではないことを意味し、マスコミを再掌握されればそれまでですから、やはり状況は極めて不安定です。
したがって、実際の野党には全く余裕はなく、党内での内輪もめ、共闘に冷や水を浴びせるなどの仲間割れをしていられる状況ではありません。
また、たとえ安倍内閣が実際に危機的だとしても、安倍・日本会議一派によってボロボロにされた日本の状況が回復するわけではありませんし、また日本会議にとっては安倍氏の代わりなどいくらでもいるはずで、客観的に見て危機的状況であることは全く変わっていません。本来ならば1秒でも惜しい状況であり、党としても野党連合としても一刻も早く体勢を整え、団結して戦うことが求められます。

ところで、辞任は辞任でも稲田氏の辞任にはほっとしました。まだ油断はできませんが、半年前までは「稲田総理」の悪夢が現実にあり得たわけですから、ひとまずそれが困難な状況となったのは幸いです。
以前には舛添氏も自滅してくれましたし、極めて不安視して警戒していた人物が自滅してくれるのは助かります。基本的になぜ不安視するかというと問題があるからで、つまりそういう輩は自滅の種を最初から持ってこそいますが、それが表に出ない場合が怖いのです。あとは小泉進次郎氏辺りが害悪が大きくならないうちに自滅してくれると大変助かるのですが。

2017-07-23 の記事 - 2017-07-23
結局、蓮舫氏の国籍問題問題は最悪の展開となりました。公表しても意味不明な言いがかりまでつけられる始末で、「差別主義者がこれを攻撃するのは差別が目的だから、戸籍を公表しようが無意味どころか追撃材料にされるだけ」という分かり切った憂慮が完全に的中する結果となりました。

反差別行動において、在日コリアンやLGBTなど被差別者の人々は必死です。この国では平然と「○○人を殺せ」がまかり通り、警察がそれを警護しています。災害のたびに流れるのは虐殺扇動デマ。障碍者はすでに殺戮されましたし、透析患者などへの殺戮を扇動する者もいます。LGBTにしてもアウティング死などが発生していますし、LGBTへの無自覚な偏見は国籍差別にも勝るものがあります。
要するに、実際に命がかかっているため、文字通り必死にならざるを得ないのです。
そして当然、そうした行動において「前に出て」いるマジョリティもまた必死です。醜悪でおぞましいヘイトスピーチを最前線で見ていて、またそれらが何を招くかも大いに理解しているためです。
したがって、差別に反対する人々は、差別主義者と対峙したり、行政や企業に申し入れをしたり、あるいはマイノリティとつながりをもって理解を深めたりといった、賽の河原に石を積むような作業をひたすら行ってきました。そしてそれは、その緊急性・必要性に対して非常にゆっくりとしたペースではあるものの、多少なりとも実を結びつつありました。
無論、そうした努力は現代の反差別者だけのものではありません。部落問題から障碍者差別、人種差別、その他ありとあらゆる差別に対し、昔から多くの人々が改善の努力を行ってきました。現代人はそれを引き継ぎ、少しずつ発展させてきたのです。
ところが、このほど鬼が出現し、部落問題全盛の時代から現在の人種差別に至るまで、人々が積み上げ続けてきた石の山をぶち壊していきました。その鬼を「民進党」といいます。差別を実質的な党是とする自民党や日本会議一派も間接的にはかかわっていますが、ここで直接的な鬼となったのは多様性を党是とする民進党でした。

蓮舫氏は「私を最後にしてほしい」と述べていますが、残念ながらこれは最初となるでしょう。本件によって差別主義者が気に入らないマイノリティに戸籍を要求する前例ができましたので、今後は国会から民間まであらゆる場所で類似の踏み絵を迫るケースが出てくる可能性が大幅に高まりました。
私は政治家としての蓮舫氏はあまり評価していませんが、被差別者としての蓮舫氏の立場ならまだ分かりますし、「私を最後に」の言葉に込められた意思も分かります。また、家族を気にかけていることも理解できます。
それゆえに、実際にはこれで「最初」が作られてしまい、しかも日本のダイバーシティを大幅に後退させ、差別主義者を勢いづかせ、これで差別の波が力を増せば蓮舫氏の子世代のマイノリティを直撃しかねない(例えばいじめや就職差別、結婚差別などは、いずれも若い世代の打撃が大きい)という皮肉で残酷なまでの結末は、非常にやりきれないものがあります。

この国籍問題問題については、差別政党である自民党ですら表立って攻撃するのを控えてきました。さすがに筋の悪すぎる攻撃であることを認識していたためで、つまりは自ら触れれば火だるまになりかねない地獄の扉であったわけです。そして自民党にすらできなかったことをやってのけたのが、あろうことか民進党なのです。
なお重ね重ね述べますが、私は本件において蓮舫氏を責める気にはなりません。何が何でも踏みとどまってほしかったのは確かですが、差別は行う者が100%悪いのであって、これは曲げてはならない大原則です。ここで被害者を攻撃するのは、「被差別者は右の頬を叩かれたら左の頬を差し出せ」と要求するようなもので、これが常態化した場合、殴られるのに耐えられるだけの体力や地盤のない多くの被差別者は表に出てくることが困難になるでしょう。つまり、それ自体が萎縮効果を生むのです。
となると、問題は民進党内での主導権争いを有利に進めるため、蓮舫氏の出自という自らの意思ではどうしようもないものを利用し、差別主義者に相乗りして攻撃をかけた身内の差別主義者です。彼らは単に蓮舫氏に対して人種差別を行ったのみならず、日本のダイバーシティに対して大きなダメージを与え、今までの日本社会の積み重ねをぶち壊しにした、安倍内閣に匹敵するほどの差別主義者連中に他なりません。

私は民進党内に多様な政治的立場の人々が存在すること自体を直ちに問題とはしません。立憲主義が破壊されそうな時に内輪もめに明け暮れたり、選挙の結果次第で緊急事態条項などを含む改憲がなされかねない状況下で共闘可能な相手に砂をかけたり、政府の不正が山ほど明らかになっていて切り込まなければならない状況下で、党内の権力争いにうつつを抜かしたりしないのであれば、多様な考えを持つのもご自由に。
ただし、差別を行う者のみは断じて容認できません。差別をすることに一切の正当性はなく、他人を差別してはならないのは小学生でも知っています。実際には差別が思想の根源である自民党ですら、口先だけでは「差別はダメ」と言うのです。民進党の一部の議員はそのレベルにさえ達しておらず、その度合いたるや臆面もなく怪文書に名を連ねたりするほどで、かつ党内の良識ある議員による差別反対の声でそれを圧倒できない状況は、深刻であると言わざるを得ません。
無論、現状でうかつに党勢を削ぐのは得策とは言い難い面もあり、蓮舫氏と差別を許さない所属者らが組んでヘイト勢力を抑え込めるのならそれでも良いでしょう。個人的には蓮舫氏の政治思想にはあまり賛同しませんが、こちらも泥水を飲んで選挙の状況次第では民進党を支持しているのですから、蓮舫氏も泥水を飲んで共闘でもなんでもやってくれれば結構(できなければ代表の座をそれができる人に明け渡してもらっても結構)。しかし、本件の存在は抑えが全く機能しておらず、蓮舫氏の側もそれを撃退するなり受け流すなりができない状態にあることを示しています。
もういい加減、それなりの決着をつけてもらわなければ困ります。これではもはや現状の民進党の存在自体が、石を積み上げるかのように地道に行われてきた反差別の動きへの妨害でしかなく、このままではいつ再び石の山を突き崩されるか分かったものではありません。

差別政党に対抗するため、にわか差別政党を作っても勝てるわけがありません。仮に勝てるとしても、差別政党として勝つのならば勝たなくて結構です。
日本会議一派による政治に反対する人々は、差別を否定して多様性を尊重し、政権交代または最低でも日本会議派政党の行動を牽制できる規模の政党を待ち望んでいます。そしてそれは、沖縄などへの地域・民族差別の否定に始まり、障碍者の生存権を守ること、基本的人権や立憲主義を守ること、労働者を無賃残業などから守ること、市民を貧困から守ること、教育を受ける権利を守ることなど、あらゆる人々の人権を守ることと地続きであって、これらはすべて日本会議・新自由主義の対立軸としての政党に求められていることです(これは逆もまたしかりで、人種国籍差別を行う層は、沖縄を侮辱したり、障碍者の人権を否定したり、テレビのインタビューに応じた貧困高校生などを攻撃した層とかなり重なっていて、さらにその多くが自民その他の日本会議勢力に親和的、かつ民進党に敵対的です)。
差別を否定し多様性を尊重すること。これが日本会議勢力と対峙する上での、おそらく実質上唯一の「解」となります。

なお本件に関して本音を書いておくなら、かなりの徒労感を覚えてはいます。差別に反対している人々、つまり選挙で戦略的投票先として民進党に投票することが期待できる人々が、差別に屈して戸籍を出せば日本のダイバーシティが後退すると必死で訴え、民進党に申し入れなどもしているのに、それを全部切り捨てて絶対に民進党に投票しない差別主義者の要求の方を取ったとあっては、「この党は私たちの言葉を聞く気があるのか?差別にかかわることですらこれでは、ましてや共闘や一般政策なら?」と考えるのは仕方のないことでしょう。