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雑記帳(過去ログ)
2018-05-18 の記事 - 2018-05-18
最近は一部のメディアが頑張っていて、「マスコミは圧力に負けるな」などと言っていたら、早速新潟の事件でメディアスクラムですか。権力とも戦える強大な力を無駄遣いして被害者側を踏みつけるなど、一体何を考えているのか。当然、その力で加害者側を攻撃するのもダメで、それは司法の仕事です。
私はお友達のレイプをもみ消したり、差別を扇動するような縁故主義汚職ヘイト政権を絶対に許すことができません。しかし、それは「犯罪被害者やその遺族を踏みにじらない」ということと根本的には同種の訴えです。ヘイト政権も被害者踏みにじりメディアも、どちらも公正な社会に対する著しい害悪でしかありません。

大量「懲戒請求」返り討ち 賠償請求や刑事告訴も

「時代を変える高揚感があった」 ヘイトと「日本スゴイ」で弁護士へ大量懲戒請求

当然の結末です。
むしろ政党やら報道機関やら大手企業やら、社会的責任と余力を持った存在がレイシストのデマや悪行を放置し続け、それによって成功体験を得てつけ上がった連中が個人を含めて様々な相手に嫌がらせを繰り返してきたわけですから、本来立ち上がるべきはそうした組織でした。弁護士の方々には業務と両立できる範囲で頑張っていただきたく存じます。

この手のレイシストは放っておくと何をしでかすか分かったものではない連中ですから、厳しい制裁にさらされなければならないのは当然ですが、同時に厳しい制裁こそが最大の温情でもあります。
今まで、レイシストへの直接対峙の方法として様々な行動が試みられ、一定の成果を上げてきました。カウンターはその最も広く行われている例で、街中で好き放題差別を楽しんできたレイシストたちは、これによって逆に自分たちが激しい罵声を浴びせられる立場となり、あっという間にカジュアルなレイシストの多くが姿を消してしまいました。
その他、レイシスト宅に家庭訪問して両親に事の次第を伝え、両親同席の上でレイシストを説教すること、あるいはレイシストの親御さんにお手紙を送ることなど、個別のケースごとにいくつかの試みがなされており、これらはいずれも成果を上げています。
これらの家庭訪問やお手紙で叱られたレイシストたちが改心したかどうかは定かではありませんが、少なくとも差別をすれば痛い目に合うと学習し、大っぴらな差別などできなくなっていれば、ヘイトブログを読んで懲戒請求を送る、などといった愚行は当然行わずに済んでいるでしょう。泥沼から引き上げてもらったわけです。

では、ヘイトブログを読んで真に受け、弁護士に対して懲戒請求をした連中についてはどうか。
どのような和解条件を提示するか、あるいは和解などせず提訴するかは各弁護士次第ですが、佐々木氏・北氏によって弁護士1人毎に5万円の和解条件が示され、他の何人かの弁護士もこれと類似の条件を提示しています。言うまでもなく、1人5万円というのはかなり親切で破格の条件です。もし不当懲戒請求1人当たり5万円程度の負担で、ヘイトブログを読んでヘイトを垂れ流すような性根を矯正するきっかけが得られるのであれば、授業料としては極めて安価と言っていいでしょう。
このような温情的な条件を提示されてもなお、あいつらは反日弁護士だから和解などしない、などと言い立てるような連中には、当然ながら裁判が待っています。そうなると経費や賠償もろもろで、和解の何倍から何十倍にもなる金銭的ダメージを負うことになります。
また、懲戒請求者の中には他人の名義を勝手に使った者がいるという話もあります。これが事実なら刑事事件になる可能性もあり、おまけに弁護士の一部は刑事方面からの追及にも乗り気であり、金銭ダメージだけでは済まなくなります。
ただ、実はそれですらかなり温情的な制裁であると言わなければなりません。

というのもこのヘイトブログ、民族浄化すら扇動しています。まともな考えもなしに懲戒請求などという危険極まりない行動を取ったり、気に入らない人間に対する外患誘致罪適用を主張する(早い話が、具体的な方法を挙げてこいつを殺せと言っている)異常者連中のこと、今後何らかのきっかけがあれば何をしても全く不思議ではないのは言うまでもありません。
以前、熊本の震災で「猟銃持っている家は自警団に加わるべき」などといった虐殺扇動が相次いだことがありましたが、物理的な話をするならば、銃の引き金を引くのは懲戒請求を出すよりずっと簡単です。「木の枝」をナタで切り落とすのさえ、懲戒請求よりも相当簡単です。
そして、もし民族浄化やら虐殺やら、そこまでいかなくてもヘイトクライムやらに手を染め始めれば、一番の被害者はその攻撃の対象となった人なのは言うまでもないとして、加害者の人生もまた崩壊します。当然、懲戒請求扇動の責任さえ取らないこのブログは、民族浄化の責任など絶対に取りません。
レイシズムにとらわれた人間の末路など、哀れなものです。ある者は障碍者など無価値などと決めつけ、単独犯として戦後日本最悪レベルの虐殺を行いました。ある者は朝鮮学校を襲撃し、1200万円以上の賠償を命じられました。ある者は朝鮮総連に発砲テロを起こし、前科を積み上げました。レイシストがどれほど苦しもうとも、それはすべて自業自得であって、自分に責任がない属性に基づき攻撃された被害者の苦しみに比べればないも同然のものですが、それでもそのバスの行先は地獄でしかありません。
たかだか1人5万円の和解金やら、提訴されての賠償やらで済むのであれば、まだ相当に安いのです。そのような機会も与えられないまま、民族浄化扇動ヘイトブログなどを信じて行くところまで行ってしまえば、もうその程度では済みません。ただ人生の破滅が待つのみです。
レイシストに対して厳しく当たることは、差別の蔓延を防ぎヘイトクライムなどのリスクを下げるのみならず、レイシスト自身に対する最大の温情であるといえるでしょう。

レイシストが更生した例、というのを軽々しく挙げることはできませんが、最近でも差別的な作品が大炎上した後、その作者が謝罪し、差別について学ぼうと努力を始めた例なら存在しています。これの結末が良いものとなるか、あるいは「やはりレイシストは予後不良だ」と言われることになるのか、それは分かりませんが。レイシストが1人でも減るのは社会にとっても良いことなので、良い結末が待っていることを願っています。
レイシストには懇切丁寧に穏やかに説明しても聞きはしません。それで聞くのであれば、最初からレイシストになどなっていないか、深みにはまらないうちに治癒しています。罵倒して叱りつけるなり、炎上させるなり、裁判沙汰にするなり、自分がやっていることの重大性に見合う(それでも全然足りませんが)衝撃をくれてやらない限り、目が覚めることすらないのです。それにより、たとえ形だけだとしても、差別から足を洗う者が出るならば万々歳です。
無論、それでもなおレイシストを続ける者も多いでしょうが、そういった輩にはやはり厳しい対処しかあり得ません。更生するつもりがないのであれば、間違っても反社会的行為やヘイトクライムに至ることができないよう、徹底的に追い詰めることこそが世のため人のためです。
また、「自分はこのブログに騙されていた」「洗脳されていた」などといった言い方をする連中にも、寛容さは全く不要です。民族浄化を訴える者に洗脳されていたなどと危なすぎることを平然と主張できる神経と幼稚さに驚きますし、そんな人間は歩く危険物以外の何者でもありません。自分が自分の意思で差別をやったことを認めて反省することさえできないのなら、そいつは今後いつ爆発しても不思議ではありません。

今回の件、弁護士の方々は大変でしょうが、極めて面白くて愉快な案件ではあります。そして、こういうのは遠慮なくどんどん指さして大笑いしてやるのが一番です。レイシストは皆に嘲笑される無様でみっともない存在、これが社会に「常識」として根付くことは大事です。
これで反訴などする筋金入りのおバカさんに至っては、法廷で在特会裁判並みの「愛国」的主張を並べ立て、裁判官を凍り付かせた上で厳しい判決が下るのを見ることができるかもしれません。インターネット上の妄想を現実世界に持ってきたらどうなるか。下手なショーより面白いものとなるでしょう。やはり大いに笑ってあげるべきです。
「相手がレイシストだからと笑いものにするのは間違いだ」「頭ごなしに叱るのは違うだろう」、そういった声によってレイシストに市民権を与えた結果、勘違いした者たちが次々とレイシストに合流し、むごたらしいヘイトスピーチがあちこちで見られるようになりました。結果、被害にあった人々はもとより、合流した者をも地獄行きのバスに押し込めることになりました。これでは誰のためにもなりません。
以前、下町ボブスレー騒動なるものがありましたが、その騒動自体では「下町」側に同情的としながらも、「下町」のアカウントが保守速報を肯定的に取り上げているのを知って激怒し、不支持を表明している人を見かけました。私は「下町」自体をくだらない存在としかみなしていませんが、そうした立場や思想などを超えてレイシストにはこのような態度を取るのが正解です。
レイシストという一点で即刻バカにされ、あざ笑われ、罵倒されて追い払われる。それが当たり前になればよいのです。

2018-05-11 の記事 - 2018-05-11
国民民主党が結党、62人参加 幹事長に古川元久氏

一体どこまでセンスのない人々なのか。

小池氏がろくでもないインチキ差別主義者であることは、反差別者を中心に多く指摘されていました。案の定、ツーショット3万円だの振り込め詐欺だのバカバカしいことをやり始める始末で、見掛け倒しのカス札でしかないことはすぐに露呈してしまいます。
普通はこのようなカス札など欲しがる者はいません。ところが前原氏は自らの反共主義を他のすべてに優先させ、なんとカス札1枚のために党を叩き売ってしまいます。市民も、共産党も、その他の立憲野党も、民進党の今までの体制も、それぞれ譲れない部分を譲り、泥水を飲んできたところを、前原氏は駄々をこねて自分だけは泥水を飲むのを嫌がり、党を売る道を選んだわけです。
民進党には差別に対抗し立憲主義を尊重する議員もそれなりに存在し、そうしたことから鼻をつまんで民進党を応援していた人々も少なくありませんでしたが、そうした人々は小池ヘイト党騒動に激怒します。一方で差別主義者にとっては、戦後最悪の差別政権・安倍政権を擁する自民党を支持すれば済む話で、いちいち小池ヘイト党などを支持する理由はありません。
小選挙区ではやむを得ず民進党に投票していた、差別に反対し立憲主義を尊重する人々と、小池氏を支持するような悪質な差別主義者、その両方を取り込もうとして見事に両方を失ったわけです。
その結果、最大野党を取り込んだ小池ヘイト党は最大野党ではなくなり、ないないづくしの立憲民主党が最大野党となるに至ります。これはすなわち、日本のかなりの人々が民主主義・立憲主義・反差別・多様性の尊重を求めていることを意味しています。

当然、野党再編はこの立憲民主党を軸として、最後まで民主主義と立憲主義の望みを捨てずに共闘を模索し続け、破壊される寸前であった民主主義を守った共産その他の立憲野党と手を取り合ったものでなくてはなりません。泥舟から逃げ出すつもりでわざわざ泥舟に乗り込み、立憲野党が死ぬ気で船を準備している横で悠々と出港し、見事に沈没した船などどうでもよろしい。
悪質な差別主義者・小池氏率いる小池ヘイト党に軽々しく移った連中に期待すべきことなどありません。積極的差別主義者ではない者も多いのでしょうが、それは要するに自分の利益になると考えれば即座に差別主義側に立つということですから、そういった連中はいつまた転向して差別主義者につくか分かったものではありません。
ただ現状、小選挙区や参院の一部選挙区で勝ち抜くためには候補者の一本化は必須であり、そうなると支持率も期待もほとんどない小池ヘイト党転向組やら、立憲民主の理念を嫌う民進残党の連中に花を持たせてやらなければならなくなる可能性があります。そいつらがいつ差別を始めるか、立憲主義を否定し始めるか分かったものではないというのに。当然、議席配分も支持の度合いに比べていびつなものとなるでしょう。
終わった政党の井戸の中での主導権争いは勝手にやればいいとして、選挙区によってはこれらの連中の名前を書いて投票せねばならない可能性すらあるのですから、正直うんざりです。こういうのが結果として政治不信を生み出し、図式を分かりづらくし、比例もろともの棄権を助長し、立憲野党の足までもを大いに引っ張っているのですから、一刻も早く消滅してもらえると助かります。

なお、自民党はもはや保守とは到底呼べない異常なヘイトカルト政党であるため見失いがちですが、立憲民主党自体はかなりギリギリの保守リベラルです。小林よしのりと懇意にするだの、横浜市長選で林氏の応援に行く者がいるだの、京都で与党と相乗りするだの、しばしば反レイシスト・反ファシストにとって開いた口がふさがらないような行動を取るのはそういうわけです。
これらの行動には不信感しかありませんし、いずれも大失態であると言わざるを得ません。特に小林よしのりと組んでいるのは論外以下で、氏と手を切らない限り、私は戦略的に必要な場合以外で立憲民主党に投票することはありません。
ただ、こういったどう考えてもアウトな例はともかくとして、支持を集めたり入党の門戸を広げるため、差別や民主主義の否定、立憲主義の破壊をしない範囲(本来、これが「保守」。これを踏み越えるならレイシストやファシスト、極右)で可能な限り根を広げようとすれば、ある程度縁石の上を歩くような状況になってしまうのは必然の結果なのでしょう。
このような縁石を歩く政党よりもなお自民側に寄るのならば、ヘイトカルト政党とならないでいることは困難です。稀代のレイシスト・小池氏が率いようとした小池ヘイト党はまさにその見本ですし、立憲民主党にすら理念的に合流できないというのはすなわち、そういうことなのです。

「万年野党なら立憲へ」=あいさつでは連携呼び掛け−国民・大塚氏

何ならもう立憲民主党も共産党もこいつら放っておいて、選挙区情勢次第では対立候補を立ててもいいのでは?
二大ヘイ党体制が現実のものとなった時、立憲主義や国民主権はおろか、マイノリティが日本社会で平穏に生きて暮らすことすらも風前の灯火となりました。その火をかろうじて絶やさなかったのは、共産党など既存の立憲野党と立憲民主党、それを支えた市民たちでした。ふざけた小池ヘイト党合流騒動などにより、マイノリティの命の灯火を平然と踏み消そうとしていた連中が、自らの差別加担を謝罪するどころか偉そうなことを言うなど、吐き気がします。
いくら共闘が重要だからといって、こんな奴らに票を投じたくありません。安倍一派と小池に寝返った一派、どちらか好きなヘイト勢にマイノリティを襲うための武器(票)をプレゼントしろと言われたら、比例のみ投票すら考慮に入れます。

なお、ヘイトカルト政党が登場する時によく出てくる決まり文句の「現実的な安全保障」とやらは「差別を許さない世の中など現実には無理だから差別させろ」に、「寛容・穏健保守」は「在特会ほど露骨ではない差別」に、「自民党とは違う保守」は「自民党とやや違った層を差別します」に、「建設的対案路線」は「自民党と張り合って差別します」に、「リベラル右派」は「自由に差別」に、「あの党は左に寄りすぎ」は「あの党にも差別をさせるぞ」に読み替えると理解が容易になります。

2018-05-05 の記事 - 2018-05-05
先日YouTubeを開いた時のこと。
基本的に私は、YouTubeでは中国語と英語以外のコンテンツを見ることはありません。やむを得ない理由で日本語の動画を見る場合には別のブラウザを用い、汚染されることを避けています。また、言語や位置情報は英語・英国に設定してあります。
ところが、なぜか"Recommended"などとして、DHCのヘイト動画や福田氏のセクハラ音声に難癖をつける動画をおすすめしてくるではありませんか。所在地設定を英国にしていて、日本語の動画を一切再生せず、おまけに中国語の動画を多く見ているユーザーに対してすらこれですか
日本語設定にして、所在地を日本にして、日本語の動画を見る人はどのような地獄を見せられることやら。たまたま動画を見に来た人が感染してしまい、やがて他人の尊厳を踏みにじる者の1人になるのかと考えると、頭が痛くなります。

内閣府サイト:ヘイトスピーチや誹謗中傷野放し

特段驚くには値しません。

無論、これはとんでもないことで、絶対に許されてはなりません。言うなれば「国営保守速報」とでも呼ぶべきものを、ヘイトスピーチが社会問題化した後でさえ内閣府がgo.jpドメインで運営し、今どきSNSですら削除されてもおかしくないような異常な差別を垂れ流しにしていたのですから。
それも、どれほど滅茶苦茶で異常な意見でも全部掲載するというならまだしも(それはそれで国営匿名掲示板ということですから大問題ですが)、不適切なものは掲載しないと宣言した上でこれなのです。
そして実際、かなり多くの「愛国者」は日本語を適切に使うことができないのに、記載されている意見は内容はともかく文意としては明瞭なものが多く、しかも「愛国者」は意味不明で理解不能な投稿、テーマとは全く関係のない投稿などを乱発するのが日常茶飯事であるのに、そういうものがサイトを埋め尽くしていないことを考えると、意味不明な投稿の除去と校閲・修正が行われた可能性は高く、全部そのまま掲載という運用にはなっていないとみなすのが自然です。
これを異常と呼ばずして、何を異常と呼ぶべきでしょうか。

しかしながら、今の日本の政権は安倍政権です。差別とデマとデタラメのみで構成された、戦後最低最悪のヘイト政権です。国営保守速報が運営されていたことは不思議でもなんでもなく、仮に運営されていなければそちらの方が驚愕に値したことでしょう。
本件もまた、差別政権のゴミ屋敷からまた1つゴミが見つかった、というだけでしかありません。
それよりもむしろ、次から次へと差別が湧いて出てくる異常な政権を肯定する者が未だ3割以上も存在することの方が恐怖です。マイノリティにとって、世の中の10人のうち3人以上の者が自分や家族に何をしてくるか分かったものではないというのは現実的な脅威ですし、マジョリティにとってみても、例えば自然災害後の混乱時などにヘイトクライムが起きそうになったとして、それを止めようとすれば、あるいは自分がマイノリティとみなされれば10人中3人以上が何をしてきてもおかしくないということですから、極めて恐ろしい状況なのです。

ところで、一部には「リベラル寄りの意見も記載されている」ことを理由として、本件の重大性を矮小化しようとする論が存在するようですが、それは言うまでもなく一切成り立ちません。
本件でなされたのは、特定の人種などに対する差別扇動、及び特定の人物を処刑しろなどと扇動する行為です。リベラル寄りの意見も掲載されていれば、差別扇動や殺害扇動の効果はなくなるとでもいう気でしょうか。無論、そんなものを記載したところで、それが差別扇動の効果を消滅させることなど全くありません。
差別は人の魂を殺し、そして実際に人を殺します。この国営保守速報は被差別者の魂と尊厳を踏みにじっているのであり、そうやって被差別者をグリグリと踏みにじりながらリベラルな意見も読み上げたとしても、踏みにじられている側からすれば何の意味もありません。

内閣府サイト、公開中止に ヘイトや誹謗中傷を放置との指摘が相次ぐ

>また、過去の投稿のチェック体制については、「当時の担当官ら複数の目を通していた」ことを明らかにした。
>「明らかに間違えている誤字脱字などを、一部修正することもあった」というが、2016年度に休止した事業であり、すでに担当が変わっているため、詳細は不明という。


やはりそうですか。
複数の目が内容をチェックしているとして、全員があのような差別を妥当であると判断することは、普通に考えればあり得ません。あれはもう、立場だの政治的思想だの以前の問題です。
そして実際、問題になった後にこのコンテンツは削除されました。まともな国政モニター事業なら意見を削除する必要はないわけで、担当者も本件が言い逃れのしようもない不適切案件であると認識しているということです。
差別が誤って1件だけ混入してしまった、あるいは差別かどうか判断が難しいものが含まれていたというならまだしも、どこからどう見てもアウトなものがいくつも記載されているとあっては、見落としの可能性もありません。
とすれば、可能性は1つ。ああいう差別を記載することが「方針」であった、としか考えようがありません。方針に基づいてあえて差別を記載し、あえてgo.jpドメインで差別を拡散し、あえてそれを行政に反映させようとしていた、結果的にそうなったのではなく正真正銘の国営保守速報というわけです。

こうしてまた、異常事態が正常に行われていたことが発覚しました。日本社会ではもう、異常なことが正常となってしまった状態が何年も続いています。そしてそれにより、日々の平穏な生活を脅かされている人々、尊厳を踏みにじられている人々がいます。
日本社会はいつまでこのようなことを続けるのでしょうか。

2018-04-28 の記事 - 2018-04-28
朝鮮半島の融和。素晴らしいことです。おそらく今後とも困難は多いはずですが、その一歩がまずは重要なのです。
ところで個人的には、あれだけ危機的であった情勢が急激に融和に向かった理由として、安倍政権の韓国版と言っていい朴政権が倒れたことと同時に、韓朝米中の各国が「日本は融和を破壊したがっていて、日本を外せば融和は成立し得る」と気づいたことにあるのではないかと考えています。
一歩前進すれば「自分の圧力のおかげ」と威張り散らし、一歩後退すればほら見たことかと高笑いする。そういう愚者の声など今後とも一切聞くことなく、たとえ一時的に後退する局面があったとしても、平和に向けて着実に進んでほしいと願っています。

下村氏「メディアは国家をつぶす」 与党内でも批判

私はこの「日本のメディアは日本国家をつぶす」という言い分にはある意味大いに賛同します。
公文書改ざんを大本営発表の通りに「書き換え」と言い張る。権力監視や社会正義のため、権力に対抗可能なほど強大な力を預けられているにもかかわらず、その圧倒的な力を権力と一緒になって社会的弱者や被害者に向け、力のない彼らを情け容赦なく踏みにじり、差別を垂れ流して被差別者を足蹴にする。困窮者の過失をあげつらったり、過失がなくても貶めるのを正義と称し、権力の巨悪は無視する。「山口メンバー」には大騒ぎし、より重大な案件の「山口安倍友メンバー」にはだんまりを決め込む。
自民党と並んで日本を滅ぼす腐れ外道であるとみなして差し支えないでしょう。

ところで、このところ失言に事欠かない自民党ですが、一番驚いているのは言った本人たちでしょう。
これまでは言えば言うほど支持率が上がっていたのに、なぜか言うと非難されるようになってしまったのです。危機的状況の中で失言が増えたのではありません。これと同等のことが散々なされてきて、大勢の人々が踏みにじられてきていたのに、何ら問題視されていなかっただけなのです。
やはり抵抗のすべをほとんど持たない立場の弱い人々を強大な政府・与党が踏みにじってすら、立場の弱い人々の側に立つことを拒むどころか、しばしば一緒になって踏みにじりに行っていたメディアの責任は重いと言わざるを得ません。

昭恵夫人、ヘイト集団「在特会」関係者主催の「安倍政権がんばれデモ」に応援メッセージを送ってしまう

はい、この通り。

よく「昭恵案件」などと言われたり、昭恵氏の奔放ぶりに政権が振り回されているような印象を受けますが、実は昭恵氏こそが安倍政権の忠実な「鏡」です。
例えば森友問題は典型的なお友達案件ですが、ただのお友達案件ならよくある汚職にすぎません。子どもたちを虐待し、差別を垂れ流す異常な教育であるがゆえに、安倍氏の肩入れを受けて汚職が行われ、学校が作られる直前まで行ってしまったという点こそ重要なのです。
昭恵氏が善意の人間というのも間違っています。仮に善意があるのなら、虐待を受けている児童たちを見れば憤り、差別を見れば激怒し、それらを止める方向に動くのが、理論以前の感覚の問題としても当然であるからです。ところが森友といい今回の件といい、そろいもそろって差別や虐待を肯定する方向のものとなっており、その逆に熱心であったという話は出てきません。子どもや被差別者が踏みにじられるのを見て喜ぶ「善意」などあってはたまりません。
要するに、昭恵氏というのは現政権を最も色濃く反映した存在なのです。安倍氏周辺では昭恵氏への不満がくすぶっているともいいますが、昭恵氏は開き直ったかのように行動し、内閣は悪事がバレると誰かを尻尾に据えて切り捨てるパフォーマンスをする、という違いがあるだけで、理念自体はさして変わりません。それどころか、安倍内閣が落ち目となるまでの間は、昭恵氏は内閣別動隊と言ってもいい存在であったことでしょう。
悪夢の人種差別内閣・安倍内閣。その首相夫人にふさわしい悪質な人種差別者が昭恵氏である。夫婦そろって、ヘラヘラと笑いながら被差別者をいくらでも踏みにじることができ、それに良心の呵責を感じることなどいささかもない人物である。ただそれだけです。

>ツイートに名前の出てくる西村斉は在特会の京都支部長にして、在特会の桜井誠(本名:高田誠)前代表が代表を務める日本第一党京都本部本部長。そして京都朝鮮学校襲撃事件というヘイトクライムの主犯であり、ロート製薬強要事件、徳島県教組業務妨害事件の主犯として実刑判決も受けた人物です。
>なお、上述した昭恵夫人のメッセージ読み上げ動画もこの西村斉の公式YouTubeチャンネルにアップされたものです。


西村斉についてはちょうどニュースが出ています。

ヘイトに名誉毀損罪初適用 在特会元幹部を在宅起訴

まさに旬の人物といったところですか。稀代の人種差別首相の夫人だけあって、その選別能力は素晴らしいの一言です。

安倍内閣の手によって、差別は「許されないもの」から「その辺で普通に見かけるもの」となり、日本社会は不気味な存在へと変貌してしまいました。被差別者が被差別者とバレるやいなや、親切で丁寧だった隣人が、あるいは何十何百とすれ違う通りすがりの人々が、何をしてきたとしてもおかしくないのがこの社会なのです。
内閣もろとも一刻も早く表舞台から退場していただき、大事に至る前に「差別は許されない」という最低限の常識を急いで取り戻さなくてはなりません。

2018-04-22 の記事 - 2018-04-22
統幕3佐:議員罵倒 繰り返し「国民の敵」 処分検討

異常事態です。安倍氏が日本の何もかもをぶち壊しているのは周知の事実ですが、まさかここまでの事態に至るとは。

この問題の人物、自らの地位を名乗った上で、しかも国会議員に対して、堂々とあのような暴言を吐き散らしているわけです。そこに「このようなことをしてはならない」といった最低限の歯止めも、「自分の立場でこれをするのは国にとっても危機的なことだ」といった常識的な思考もありません。
もし「国民の敵」が政権を取ったら、この人物または類似の思想を持つ自衛隊幹部は何をするでしょうか。そして、小西氏または同様の考え方を持った「国民の敵」が自衛隊を指揮する立場になったなら?最悪の場合はクーデター、そうでなくとも命令拒否、妨害、わざと手を抜くなど、程度の差こそあれ何かしらの行動を取る可能性は十分あります。そして軍事力を持った組織において、それらはいずれも重大で破滅的な結果をもたらす恐れがあります。
さらに言えば、その「国民の敵」を支持している市民に対して、この手の人物はどのような態度を取るでしょうか。まさか市民に対してまで牙は向かないだろうと信じたいところですが、他人を「国民の敵」とみなそうものなら服務規定も文民統制の原則も何もかも無視し、それによって処分を受ける可能性があることすらも全く歯止めとならず、肩書を名乗った上で堂々と自らの欲望のままの行動を取る人物とあっては、何をしても不思議ではありません
さすがにデモや抗議活動の弾圧までは、少なくとも今すぐ行うことはないかもしれません。しかし、例えば災害救助・支援活動などの際、「国民の敵」の支持者とみなした相手を本気で救援しない、または不利益を与える、というようなことは十分に考えられます。
軍事力を保持した実力組織が、「こいつは助けるべき、こいつは国民の敵側だから助けなくて(不利益を負わせたり、後回しでも)よい」と市民の選別を始めたら、もう取り返しがつきません。国民の代表すらも選別するような者が、国民を選別するわけがないなどと信じる理由はありません。
そして当然のことながら、自衛隊内部にこの人物のような者が他にいないとは到底考えられません。安倍政権下で徹底的なまでにタガが外れてしまい、自衛隊そのものが(おそらく以前からその傾向はあったにしても、建前すら放棄してしまうほど)ヘイト化し、そうして地下にたまりにたまった汚物の一部が地表に顔を出した結果が今回の問題であると考える方が妥当です。

もはや現状の自衛隊は何をしても全くおかしくないとみなすべきでしょう。日本社会のタガを外した連中を一刻も早く政治の場から叩き出し、文民統制などの回復を行うことが求められます。

麻生氏「週刊誌、事実か定かでない」テレ朝セクハラ抗議
音声、「女性の声も」=セクハラ疑惑で麻生財務相

・被害者は名乗り出ろ
・もう少し大きな字で書いてもらった方が見やすいなと思った程度に読んだ
・名乗り出たからには、被害者の声も入れろ

おかしいと指摘を受けたら、ますます異常な言動によってその指摘もろとも踏みつぶす。これがいつもの安倍政権のやり方です。
そして恐ろしいことに、このやり方は今までであれば平然と機能していました。正しいことが全く通らなくなっていたのです。ではなぜこのようなやり方が機能したかといえば、国民のレベルがその程度であり、このような異常行為があっても支持率が下がらないか、あるいは上がっていた現実があるためです。
「最近になって5年分の膿が噴出してきた」といった意見は、半分は正しくて半分は間違っています。安倍内閣は最初から最後まで常にこの調子であって、今まではそれが適切に批判されていなかっただけに過ぎません。一見すると風車への突撃に見えるこの間抜けな麻生氏の弁も、実際には今まで散々やってきて何の問題も起きなかったことを今回もやっているだけです。5年にも渡る安倍政権の中で、極めて不十分ながらも問題が問題として扱われているのは今だけです。
今回の麻生氏のやり方を少しでも異常だとみなす者で、これまで内閣を支持したことがある者がいるならば、今までの自らの愚劣さを頭を叩き割る勢いで猛省すべきでしょう。その浅はかな加害者への加担行為のせいで、この何年かのうちに幾多の人々がこういう目にあわされ、踏みにじられてきたのです。安倍内閣や安倍親衛隊のターゲットにされた立場の弱い人々にとって、まさに「内閣支持率 = 自分を攻撃してくる可能性がある者の割合」に他ならず、それがとてつもない恐怖であることは想像するに余りあります。
性暴力被害者、外国ルーツの方々、森友で虐待された児童、その他たくさんの人々の苦痛の声を無視し、一緒になって彼らの頭を踏みにじった責任は到底贖いきれるものではありません。それも、被害者の頭を踏みにじる加害行為に興じる時には、「他にいい人がいない」という加担への責任逃れの言葉を口ずさむことまで忘れずに。
こんなもの言うまでもなく、今後はお天道様を仰ぎ、日向を歩くことすらも恥じ入らねばならないほどの、人として最低最悪の愚行です。

なお、私はいい加減、日本社会は「官僚は頭がいい」なる無根拠な印象論から脱却すべきと考えています。これがどれほど話の前提を狂わせていることでしょうか。
世の中には色々な人がいます。字が上手い人、縫物が上手い人、彫刻が上手い人、けん玉が上手い人、などなど。しかし、「けん玉が上手である」ことは頭がいいことを意味しませんし、同じく「試験で良い成績を取るのが上手である」ことは頭がいいことを意味しません。
けん玉が上手な人の中にも、頭がいい人も悪い人もいる。試験で良い成績を取るのが上手な人の中にも、頭がいい人もいれば悪い人もいる。それだけの話でしかありません。

2018-04-14 の記事 - 2018-04-14
女児土俵に上げず 静岡場所「ちびっこ相撲」

>力士が土俵上で子どもに稽古を付ける「ちびっこ相撲」に、毎年参加していた小学生の女児が参加できなかったことが分かった。

はい、この通り。異常行為に反対する声の高まりに対し、異常行為をぶち込んで叩き潰すという、安倍内閣と同様の方法で対抗してきました。
女性差別によって命にかかわる事態になった直後に、女児排除によって差別撤廃論に反撃を浴びせる感覚を見るに、もうこの連中は在特会とほとんど変わるところがありません。以前から劣悪な人種差別を散々見せられてきましたが、これが相撲協会というものの本性です。
こんな在特同然の差別推進集団に便宜などもってのほか。公益法人認定は即刻剥奪し、勝手に国技を名乗るのをやめさせ、このような差別集団の興業を公共放送で流すのもやめるべきです。
この連中が表立って興業を予告するたび、各地で大勢のカウンターに取り囲まれて徹底的な罵声を浴びせられる。それによってもはや日の当たる場所ではヘイト興業ができなくなる。本来これくらいの扱いを受けるのが当然ですし、それが正しい世の中の在り方です。

LGBTが気持ち悪い人の本音 「ポリコレ棒で葬られるの怖い」

散々批判されているこの記事。私もあきれ果て、「よくも2018年にもなって、こんなものを恥もなく公開できたものだ」と考えざるを得ませんでした。おかしな点はこちらで大体批判し尽くされているようですが、私からもいくつか。

まず、差別主義者とはどのような人格を持った人物なのか。中には「殺せ」デモに出るような者までいますが、彼らは一体何者なのか。これに対する答えは簡単で、「私たちの隣人」であり、「普通の人」であり、「いい人」です。
差別主義者が「私は差別主義者です」の札を首から下げて歩いてくれるのであれば苦労はしません。それなら避けるのも容易ですし、カウンターをかけるのも容易です。そうではなく、ただの人であることが重要で、かつ恐怖なのです。
気さくで社交的な理容師が、温厚で子ども好きの医師が、あるいは親切な飲食店のマスターが、例えば外国人やLGBTの問題となると豹変し、はさみを、薬品を、飲食物を持った怪物に変身するかもしれない。もしそうであれば、そんな人物に自分または家族の命を握られるのですから、マイノリティにとっては恐怖でしかありません。

大げさ?神経質?とんでもない。例えば内閣支持率。国家の根幹を揺るがす異常な問題が発覚してすら、実に3〜4割です。そして安倍内閣の支持者とは、すなわち「国家の根幹を破壊しようとも、差別内閣が続いてほしい者 + そこまで積極的ではなくとも、自分の利益のためなら被差別者が踏みにじられ、足蹴にされても一向に構わないとは考えている者 + 内閣の差別に平然と知らぬふりを決め込む者(もともと森友問題はヘイト問題であり、さらにあれほど大っぴらに中韓朝の憎悪扇動をしてきた内閣の差別思想を知らない者は実質存在し得ない)」の合計です。それも改ざん発覚前なら半数ほどの支持がありました。
早い話が、人々の半分が敵という状況です。子どもを遊ばせている時の公園の通行人、繁華街ですれ違う人々、電車に乗り合わせた人々、この半分が敵側であって、自分や家族が被差別者であるとバレればどんな攻撃を受けるか知れたものではないのです。道行く人の2人に1人が敵という恐ろしい状況を、ほとんどのマジョリティは想像することもありませんが、実はすぐ目の前に想像を絶する社会があるのです。
これこそが差別の恐怖です。それを、差別主義者と会ってみたら「拍子抜け」だの「ほっとした」だのと、普通の人、いい人である隣人が実は差別主義者であるかもしれない恐怖というものに関して、この記者が理解しているようには全く見えません。

さて、ではこのインタビューの男性は差別主義者なのか。言うまでもないことですが、間違いなく差別主義者です。
「差別主義者」とは何かというと、「差別思想を持っている者」ではありません。「差別的な言動をする者」のことです。たとえ全く差別思想を持っていなくても、差別的言説を垂れ流す者がいれば差別主義者です。一方、実は筋金入りの差別思想を持っていたとしても、それを一切言動に出すことがなく、差別解消のための活動に尽力したならば、差別主義者ではないどころか反差別者です。他人の内心など知りようがないのですから、その言動によって評価されるのは当然です。
被差別者を見て「気持ち悪い」と感じることは、別に差別ではありません。人間、自分にとって異質なものに対して警戒なり違和感なりを抱くのは仕方のないことで、それ自体を禁じることはできません。しかし、それを言葉や行動にした時点でそれは差別であり、その言動に伴う責任を取らなければなりません。
これは殺人や盗みなどと全く同じです。他人に殺意を抱くのは勝手ですが、それを実行に移したり、言葉にしたなら問題になります。会社の金庫に大金があるとして、これが手に入ったらなどと考えるのは勝手ですが、実際に盗んだり横領したり、あるいは盗むことを宣言したりすれば問題になります。それと何ら変わるところはありません。

そして極めつけはこれ。保毛尾田保毛男に関して、

>「後になって『あの時傷ついた人に気付けなかったあなたは罪人です』と言われると、『うち実家の花畑はキレイだなあ』と思っていたら、いきなり戦闘ヘリが飛んできて機銃掃射で荒らされる、みたいな気持ちになるんですよ」

実際には自分が被差別者を機銃掃射する側に立っていたのにこれ。そして被差別者が「もう無理です、これ以上撃たないでください」と訴えてきたら「人の花畑を機銃掃射で荒らすな!」なのですから、開いた口がふさがりません。
「子どものころ、朝鮮人が人々に取り囲まれていたぶられていた。当時はそれが意味するところもよく分からず、自分もつばを吐きかけてしまった」というような話を聞いたことがありますが、「それはよくないことだったのではないか?」と問われた時に「人の花畑を機銃掃射で荒らすな!」と言い立てるとしたら、これはもう筋金入りの差別主義者の域でしょう。

>「強迫観念として、ポリティカルコレクトネスに反してしまったら、僕の方が社会的に葬られるというのがあるんですよ」

痛みも苦しみも悲しみも感じ、傷つけば血も流す人々をぶん殴れば、反撃されても仕方がない(実際には「反撃」も正確ではなく、「身を守るために払いのけられる」くらいが正しい)ことも分からないらしいです。差別は人を傷つけ殺すことができる凶悪な殺戮兵器なのですから、そんなもの振り回して相手に防衛行動も何もされないと考える方がどうかしています。
そもそも「社会的に葬られる」とはどこの話でしょうか。現実にはテレビ局やら大手出版社やら有名人やらですら大っぴらにヘイトを垂れ流しまくり、しかも儲けているようですが。路上で死ね殺せと吐き散らした在特会の連中も未だ健在ですし。さらにはSNSも毎日毎日血も凍るようなヘイトのフルコースで、それでいてほぼ誰も葬られていません。
最近でそこそこ騒ぎになった差別案件といえば、例えば台湾募金ヘイトデマ騒動がありましたが、あれは他国の災害を利用し、卑劣な差別拡散をもくろみ、デマを垂れ流し、募金活動を妨害し、特定団体を誹謗中傷し、その後も差別と向き合わず嘘と言い逃れに終始した、数え役満モノのヘイトでした。それこそ、これくらい桁違いの異常行為でもなければ「葬られる」案件にすらならないのです。
その一方、人種差別・性被害などを告白した被害者たちはどのような目にあわされているでしょうか。何も悪いことをしていないのに踏みにじられ、社会的に圧殺されているのはまぎれもなく被差別者です。

こんなバカげた差別主義者の戯言に対し、この記者はあきれた応答をします。

>「じゃあもう怖いから、何も関わらない方がいいとなってしまう。でもそれじゃあ、苦しんでいる当事者に対する偏見は消えなくて、ますます当事者は苦しみますよね?」
>はい。それはたしかに、そうです。


「それはたしかに、そうです」?何を言っているのか。「そう考えるんなら、お前のような悪質な差別主義者はもう二度と関わらなくて結構。関わられるだけ有害で邪魔」とでも返答すればよろしい
この人物は、ヘテロセクシャル(異性愛者)・異性婚をしている人々、日本人、健常者などのマジョリティに対して、その属性に関することでいちいち何か関わっているのでしょうか。当然、関わってなどいないでしょう。であるならば、LGBTなどについてもそれらと同様に、いちいち関わらなければ結構。まずそれが差別解消の一歩です。
差別主義者に関わられなくて済めば、当事者の苦しみは縮小します。「いちいち差別はするな、許すな。あとは放っとけ」という簡単なことすら理解できずにいちいち関わってきては差別を垂れ流すから差別主義者なのですし、記者もそんなことすら理解できないから差別主義者の言い分を垂れ流すような記事を書いてしまうのです。

>「アンケートに書いたとおり、忖度(そんたく)して『差別はよくない。みんなで明るい未来をつくろう』と回答すれば、良かったのかもしれない。でも、それじゃあ本当の解決にならないですよね?」

実はそれでよいのです。
この差別主義者のような輩が何を考えていようと知ったことではありませんし、興味もありません。しかし、彼らが建前でも「差別はよくない」と言い、それに沿う言動をすれば差別はなくなり、問題は解決していきます。
繰り返し言いますが、被差別者について「気持ち悪い」と感じようが結構。差別的言動さえしなければ、実際にそのように考えているかいないかなど、他人にとっては知りようがなく、したがって何の意味も成さないのですから。
そういった内心の部分をどうにかするのは本人が勝手にやることであって、社会には何の関係も影響もありません。よって、それは本当の解決とは関係がありません。

>どうすればいいのか、簡単にこたえは出ません。
>ただ、「Bさんと会って、話して、よかったな」と思ったのは、たしかです。


で、これが締め。頭が痛くなります。20年前ならともかく、2018年にもなって差別問題を取材する記者がこれですか。
差別主義者の言い分を否定も留保もなく垂れ流し、「よかったな」。これでは「そうか、こんな記事を記者が書いて堂々と出しているということは、自分もここまでは言っていいのか」と人々に認識させ、差別を扇動することにしかなりません。差別扇動は差別扇動であって本人の思想は関係なく、つまり記者がそのような意図を持っているかいないかにかかわらず、この記事は差別扇動記事であると言わざるを得ません。
差別は極めて危険な爆発物かつ感染性汚染物であるのに、その扱い方をまともに学ぶこともなく、いい加減に扱って大爆発させたなら、それは記者の責任です。こんなことも分からないのなら、もう二度と安易に差別を取り扱うべきではありません。

2018-04-07 の記事 - 2018-04-07
女性差別、人種差別、そして「愛国」カルト。さすがは日本の国技といったところでしょうか。

本件は非常に恐ろしい要素が満載です。
相撲協会側は人の命が失われるかもしれない状況において、人命などより差別が大事という姿勢を示してみせました。これはベクトルこそ違えど、思想としては在特会やKKKなどと何ら変わるところがありません。差別はこれほどまでに堂々と、あれほどの衆人環境のど真ん中においてすら、平気で人を殺すのです。
しかも、女性蔑視はいわば「穢れ」の思想なわけですから、何か女性を排除するような合理的な理由があるわけではありません。「女は穢れている」「汚いから入るな」という子どものいじめのようなふざけた理屈を、信じがたいことに大の大人が平然と振りかざし、おまけにそれを人の命より優先しているのです。
さらに、彼らはこうした差別を「伝統」などの言葉によって正当化し、差別への反論を無効化しようとしています。通常の差別を社会を食い荒らす芋虫とするならば、「伝統」によって塗布された差別は、つまんで捨てられることのないよう毒のトゲを大量に付加された毛虫といったところでしょう。なおさら有害かつ卑劣であり、加えて今回のようにその「伝統」自体が攻撃力を持ち、人命を危険にさらすようになります。「伝統」なる言葉で塗布された差別は通常の差別よりもさらに強く非難され、即座に排除されなければなりません。
この他にも、相撲ではたびたび人種差別としか言いようがない問題が起こっている事実がありますし、舞の海や貴乃花が異常な思想に「感染」してしまっていることも知られています。
本件では差別アナウンスが批判されていますが、これは言うまでもなくアナウンスをした人物だけの責任などではなく、現在の相撲の在り方に構造的な問題があるからこそ発生したものです。例えば相撲が女性差別をしていなければ、このような問題が発生する余地は最初からありませんでした。相撲の構造自体をどうにかすることがなければ、似たような差別は今後いくらでも繰り返されるでしょう。

私としては、大相撲などこれを機に消滅していただいても一向に構わないと考えています。というより、この有様なら直ちに消滅するのが世のため人のためです。
相撲というスポーツ興業自体には興味はありません。やりたければ勝手にやればいい。私とは特に関係のない存在ですので、それを特に応援しようという気はありませんが、かといって止めようとしたり、文句を言う気もありません。
ただし、それが女性差別・人種差別・日本会議カルト思想などを世の中に垂れ流し、社会に害毒をまき散らし、人命よりも差別に基づく内部規定を優先するような反社会的な存在であるならば、もはや黙って見ていることはできません
少なくとも、差別に加担したり、差別のために人命をも足蹴にする反社会的組織を国が優遇する、またはそう誤解させることがあってはならないわけですから、差別を一切撤廃しない限り、このヘイト興業が「国技」を名乗るのを認めてはなりませんし、公益法人として税制優遇などもあり得ません。また、女性を「穢れ」と位置づけ、その差別思想は人の命に勝ると考えるようなヘイト興業を放送することは、著しく不公正かつ差別の再拡散に他ならない行為ですから、公共放送がやっていいことではなく、こちらも一切廃止しなければなりません。
それでもなお伝統と称して差別を温存したいのであれば、差別を推進し人命を脅かす社会悪集団によるスポーツ興業として日陰で細々とやってもらえば結構。表に出てきたらバッシングを受け、反差別カウンターに徹底的に罵声を浴びせられるくらいが適切な扱いでしょう。差別・不公正を堂々と日向に出すわけにはいきません。

相撲協会は「女性は基本的に入ってはいけないが、緊急時は例外とする」のような狂った案でごまかそうとしてくる可能性がありますが、本件の原因が伝統の名を借りた女性差別である以上、それを廃止することだけが唯一の選択肢です。
大体、誰がどのような知見の下でそれを緊急である、したがって女性が土俵に入ることは仕方ない、などと判断するのでしょうか。
何なら、今回の件で女性排除のアナウンスをした人物に「あなたはこれを緊急事態と認識していながら、女性が土俵に入るくらいなら市長が死ねばいいと考えてあのようなアナウンスをしたのか?それとも、緊急事態であるという認識が十分でなかったのか?」と聞いてみるとよろしいでしょう。もし前者ならもはや論外も甚だしく、人命にゴミ以下の価値しか見出していないような運営をする国技とやらには消えてもらう以外の選択肢はないとして、おそらく後者と答えるはずです。
すなわち、緊急であるか否かを正しく判断もできないがためにこのような問題が起こったのに対し、緊急時のみ制限を緩める措置を取っても何の意味もありません
また、人命より差別を優先してしまった構造、つまり差別のために人を殺す可能性がある状況は、いくら緊急時の対応を定めようとも差別規定を廃止しない限り温存されます。
悪あがきはやめ、女性差別の廃止を決定するしかありません。

土俵に大量の塩まく 女性らが倒れた市長救命後 舞鶴

>女性らが救命活動した後の土俵に塩がまかれたことについて、日本相撲協会の尾車事業部長(元大関琴風)は5日、「女性軽視のようなことは全くない。(けがの)連鎖を防ぐためにまいた」と説明した。

こんなもの、もはや誰も信じる人はいないでしょう。
これを信じてもらおうとするのなら、方法はただ一つ。「女性は穢れで、土俵に入ってはいけない」と相撲協会側が考えているから「入った後に塩をまいた」とみなされているわけですから、女性差別規定を一切廃止することで相撲協会がそのような思想を取っていないことを証明し、これが女性軽視による塩まきではないと示せばよいのです。
逆に言えば、この期に及んでこれすらできないようなら塩をまいた理由も分かったようなものです。

今後、相撲協会は一切の女性差別規定を廃止することはもとより、人種差別を含めたあらゆる差別を一切許容しないことを宣言の上、理念や規約にそれを明記して遵守し、今までの差別を認め謝罪することがまず必要です。
また、相撲協会が最も神聖と位置付ける場所の土俵を使い、多数の女性に土俵に上がってもらうイベントを実施、この様子を一般及びメディアに公開することで「社会の公正が伝統と称する差別に勝った瞬間」を人々に印象付け、かつ差別温存勢力の意思を粉砕する、といった程度のアピールは最低限必要と考えます。
もしそれに対して抗議をする者があれば、相撲協会が公式に反論の上、大相撲は差別を一切許さないと宣言せねばなりません。その上で、差別が解消された状態を確実に維持するために、毎場所1度は観客がいる中で女性に土俵に上がってもらうようにすべきです。
伝統と称する差別など、今回の救助などのような「現実」や、組織の異常な内規による支配が及ばない状況、「伝統」を上書きする既成事実などに対しては全くの無力です。差別が「現実」によって可視化されたところで、その差別的・反社会的内規を世の中や国際社会の場に引きずり出し、差別を上書きする既成事実を積み重ねて壊滅させることが必要です。

2018-03-31 の記事 - 2018-03-31
ある刑事ドラマで、被害者Xが殺害される事件が発生しました。捜査の結果、犯行が可能な人物としてAとBが浮かび上がってきます。Bは大企業の社長、Aはその従業員です。
Aの身辺をいくら調べても、Xを殺害するような理由は全く存在しません。一方、BにとってXが存在することは極めて邪魔であり、Xが存在していると自分の地位が失われる状況にありました。したがって、今回の事件で最も得をしたのはBです。
ところが、ここでAが「この事件は全部自分がやったんだ」と言い張ってきます。しかし、捜査員がAに殺人などとという危険で大それたことをする動機を聞いても、Aは「言えない」の一点張り。それどころか、B社長のスキャンダルに関すること、社長夫人のことにすら、「言えない」を繰り返します。そして「B社長は関係ありません」とも。
Bの方は知らぬ存ぜぬ、自分には何にも関係ない、Aがやったんだろう、と言うばかりです。
このような場合、もう視聴者に真犯人や事件の構図を提示したも同然であり、ここからは「なぜAはBをそこまで必死にかばうのか」「どうやってBの自供なりを引き出すか」などに焦点が移ってきます。人情系の番組であれば、Bがごくわずかに持っている人間らしさに訴えかけ、最終的には忠実に自らをかばおうとするAのためにBが出頭する、といったような展開になるかもしれません。

佐川氏の証人喚問。失望したというのが大方の見方のようですが、以前にもあれだけ嘘や言い逃れを繰り返してきた者から、それもごくわずかの時間しかない中で、あれほどの情報を引き出したのは、私としては予想以上でした。
なぜ「財務省・佐川犯人説」「内閣は無関係」には全く説得力がないのか。内閣周辺こそが改ざんの受益者であって、財務省側にはそんな大それたことをするような理由が存在しないからです。では、もし本当に財務省が犯人、内閣は関係ないとして、それを国民に納得させるためにはどうすればいいか。財務省がどうしても改ざんをしなければならなかった理由をしっかり語ることが唯一の手段でした。
いくら安倍内閣が捏造内閣だからといって、佐川氏が喚問されるまでの短期間でストーリーを作り、国民が納得するような動機をでっちあげ、何ならそれに沿うように文書や記録を改ざんなり捏造なりし、おまけに職員によるリークも確実に行われないようにし、野党のどんな質問にも確実に返答できてボロも出ないようにする、などといったことは極めて困難ですから、佐川氏が財務省が改ざんをした納得いく理由を明確に語ったならば、そしてそれが過去の文書なり答弁なりと合致していたならば、かなり信憑性は高いと考えてよかったでしょう。
ところが、財務省が改ざんをした理由を説明すれば一発で済み、一瞬にして内閣の疑惑を晴らすことができるはずなのに、佐川氏は徹底的にだんまりを決め込みました。これは要するに、どうやってもそのようなものはないと証明しているも同じです。なお、もしかすると今後、捜査の中でなぜか降ってわいたように妙につじつまが合った動機が語られることがあるかもしれませんが、それはもはや信用に値しません。
内閣とは全く無関係の部分で財務省に改ざんが必要な大問題があり、それによる訴追を恐れて黙秘している、という可能性も成り立たないではありませんが、それなら内閣やら昭恵氏に関することについては何らやましい点がないわけですから、これらについて素直に証言するのは全く問題がないどころか、自らの証言の正しさを裏付け、内閣が無関係であることをより強く証明できるものとして、願ってもないとばかりに証言することでしょう。ところが実際にはこういった質問に対しても黙秘しているため、それもあり得ません。
「語らない」ことは「語る」ことと同じほどに物を言います。佐川氏の答弁は、総じて両手を広げて立ちはだかり、「ここには何もない、何もないからあっちへ行け」と言っているようなものと言わざるを得ず、泣き所や問題の根深さが浮き彫りになった喚問であったといえるでしょう。

ただ、このところ強引な「幕引き」の動きがあるのは気になるところです。
普通に考えて、あのような証言で幕引きなどというのは唖然として顎が外れそうなほど明後日の発想です。なにしろ、あれだけのことを「語らない」という方法で雄弁に語った証人喚問なのですから。
しかし、自民党や内閣にとって佐川氏の喚問の意味などどうでもよいのです。それこそ「今日は丑の日」でも「パンダの赤ちゃんが生まれました」でも何でもよく、とにかく適当なことをきっかけにしてメディアに報道をさせないようにすれば目的は達成されるわけです。この場合は佐川氏の証人喚問を媒体に使っただけのことであって、氏の受け答えなど実際には最初からほとんど関係なく、ただこれをきっかけにフェードアウトさせる、というレールが存在しているだけです。
例えばNHKではろくに問題を報道できない状況であることが内部告発によって示され、また本件を「改ざん」と述べることさえも徹底的に避け続けていましたが、そのような厳しい状況の中で最低限の報道がなされるだけでも支持率がこれほど落ちたのです。メディアが適切に機能していれば安倍内閣などとっくの昔に吹っ飛んでいたことを示す良い例であり、逆に言えば何でもいいのでとにかく適当なきっかけを作って問題をうやむやにすることが、内閣にとっては効果的であるわけです。
この内閣はこのやり方での成功体験を積み上げています。今回もそれが上手くいくと考えているのでしょう。そして私は、それを否定できるほど日本国民を信用していません。

2018-03-24 の記事 - 2018-03-24
前川講師問題:文部科学省から名古屋市教育委員会への要請メール

この問題。一体この内閣とこの党は日本をどこまで徹底的に腐らせているのか。想像するだけで気が遠くなります。

ところで、森友学園問題で文書改ざんを問題視する意見(改ざんが問題なのは当たり前であって、問題視しない者がいることが異常なのですが)の中には、大きく分けて2つの方向性があるようです。すなわち、「本件は安倍内閣や自民党の体質の問題であるので、徹底的に追及して内閣は最低でも退陣させ、自民党も追い込むべき」という意見と、「文書改ざんは仮に安倍内閣の出来事ではなくても問題なのだから、文書改ざんを二度と行わせないような事実解明と対策が最も重要である」という意見です。
どちらかを選ぶとすれば、私は前者です。というより、安倍内閣なるもの、自民党なるものを駆逐しない限り、あの手この手で似たような不正を行うことが可能であり、不正を二度と行わせないこと自体がおぼつかない、つまり再発防止のためにはまず前者の方向性で問題を追及することが避けて通れないと考えています。

もし森友学園問題が「学校長から賄賂を提供された政治家が、その学校のために国民の財産を不当に安く提供。それを隠蔽するために文書の改ざんが行われた」といったものであるならば、話は単純です。関係者にはしっかり責任を取らせた上で、このような金銭目的の汚職を困難にしたり、割に合わなくする対策を打てばよいわけです。
しかし、今回の安倍内閣・自民党の汚職事件はこういったありがちな汚職とは全く性質を異にしています。国民の財産の不当な提供は金銭などを目的としたものではなく、しかも隠蔽にしても金銭スキャンダルが発覚するとまずいから、というものではありません。
ではこの場合、安倍内閣の汚職によって土地が手に入ったことにより、森友学園側が「提供」するものは何か。児童虐待も同然の「愛国」管理教育と、おぞましい人種差別意識を植え付けるような教育を、まだ分別のつかない子どもに対して「提供」する、ということになるでしょう。
はたから見れば狂っているようにしか見えませんが、これほど安倍内閣及び今の自民党の本質を明確に表している案件はありません。言うなれば、安倍内閣にとってはこれが汚職による土地提供の見返り、目的なのです。
また、加計問題や山口事件などこの内閣の汚職・異常行為はお友達案件の側面も持つ場合も多く、つまり「差別主義」「歴史修正主義」「縁故主義」などがこの内閣のキーワードとなります。
これらの価値観は自民党や日本会議などのヘイトカルトの根幹をなすもので、まずはそのあだ花である安倍内閣を打倒することは、現状で取れる中では最善の再発防止策の1つと考えることができます。逆に言えば、安倍内閣や自民党などのヘイトカルトを徹底的に追及することなしには、再発防止自体が不可能なのです。さらには、これだけの不正をやっても内閣一つ倒れないとなれば、ヘイトカルトに不正のフリーパスを提供するも同然です。
これは今回の教育介入問題を見ればすぐに分かります。内閣にとって都合が悪い人間が講師を務めたら与党議員が教育に介入し、講師への誹謗中傷をもって圧力をかけるなどといった行為はヘイトカルトの成せる業であり(圧力をかけた議員の言動を見れば一目瞭然で、まさに重度のヘイトカルト患者です)、文書改ざんが問題だから改ざんを防止する策を考えればOK、などと生ぬるいことを言っていては、別方面の汚職や不当介入などによって封じ込められたり、攻め落とされるだけです。

今回の文書改ざんは、仮に民主主義国家で発生したならば、発覚した瞬間に間違いなく内閣は吹き飛び、政権政党もひっくり返っているであろう、とてつもない一大事です。しかし、それほどの巨大事件ですらヘイトカルトの単なる一側面でしかなく、そのヘイトカルト政策を表に立って進めているのが安倍内閣と自民党です。
安倍政権を泥舟と見切って批判めいたことを口にしている者もいますが、異常すぎるヘイトカルトを実に5年も目前にしていて、それを問題と考えるなら行動できる時間はいくらでもあったはずで、それなのに一切何もしなかった結果としてこういう事態になっているわけですから、つまり今の自民党議員はただ1人の例外もなく全員が同類です。
ヘイトカルトを徹底的に追い詰め、弱体化させ、引きずりおろすことだけが、二度とこのような尋常ならざる問題を起こさせない唯一の方法です。

ところで、最近またも注目の籠池氏ですが、私はあのような拘束は明らかに不当であり、直ちにやめるべきと考えます。
無論、私は籠池氏を断じて許すことはできません。単に安倍政権の汚職にかかわった(森友問題では主役の一人ですが、安倍政権が汚職政権であることがはっきりしてきている以上、全体的に見れば「かかわった」くらいの表現が妥当でしょう)だけならまだしも、子どもたちを虐待し、さらにはレイシズムを植え付けていた最低最悪の行為は万死に値します。苦しんで死ねばいいと言わざるを得ませんし、それですら理由なく踏みにじられた幼児や被差別者の苦痛には全く及びません。
しかし、ヘイトカルトの権力が他人の人権を不当に踏みにじることを許すわけにはいきません。個人的な好き嫌いでそれを容認していれば、「裏切り者」の次には「反対してきて邪魔な奴」の番がやってくるでしょう。

2018-03-17 の記事 - 2018-03-17
汚職・改ざん事例が続々と。立憲主義無視の差別内閣がとうとう行き着くところに行き着きました。
これだけ民主主義を踏みにじる内閣で、しかもそれをかなりの国民が野放しにしていたとなれば、それはこういう結果にもなるだろうというものです。今さら驚くにも値しないどころか、案の定だから支持していた連中が落とし前つけろと言いたくもなりますが、本来あってはならない異常事態であることは確かです。
自民党や内閣は未だにトカゲの尻尾を切り捨てる公開ショーなどの茶番劇を行い、お粗末な責任逃れを繰り返していますが、一笑に付すべきくだらない行動であるのは言うまでもなく、最低でも安倍氏は必ず辞職させなければなりません。

私は安倍内閣の立憲主義否定や差別などあらゆる点に反対していますが、この際そのようなことは脇に置いて構いません。「汚職の末、文書改ざんの暴挙によって事実を改ざんし捏造しようとした内閣は崩壊する」という当たり前すぎることすら通らない国にしてはならないの一点において、安倍政権は崩壊しかあり得ません。
もしそれが実現できなかったらどうなるか。文書を改ざんしようが捏造しようが退陣の必要がない前例ができるわけですから、余程の物好きな政治家でもない限り、足元を揺るがしかねない文書などは改ざんした方が安全確実ということになります。
何やら主客が転倒したような話ですが、現に安倍氏は「私や妻が関係していたら総理も議員も辞める」と言っておいて、文書が改ざんされた結果として未だに辞めずにいるわけですから、実際そうなっています。
そして、少なくとも自民党及びその取り巻き政党の中に、「物好き」な政治家はいません。仮にそのような「物好き」政治家がいるのであれば、安倍政権下の立憲主義の破壊や身びいき汚職、差別主義の横行などに激怒し、離党するか、造反するか、党を割るか、何らかの行動をすでに取っているはずだからです。
それをしないということは、現政権の異常な方針や思想に共鳴しているか、あるいは保身のためならいくら日本がゆがめられようとも全く構わないと考えているか、そのどちらかでしかありません。その中には政府批判のポーズをしてみせるお調子者もいますが、そういう連中は今までにいくらでも行動の機会はあったのに何もしなかったわけですから、ただ姑息に立ち回っているだけです。
このような連中の正義感やら道徳意識などは、言うまでもなく一切信用に値しません。今後もこういった連中が政権を握り、しかも改ざんするのがリスクも高くなくてお得とみなしたならば、今回よりももっと上手く改ざんをやってのけるでしょう。
今後の日本政治に「改ざんは仮にバレようとも退陣の必要がなく、危なそうなネタがある時には改ざんがお得で合理的」という前例を残さないためには、安倍内閣を終わらせる以外の選択肢はないのです。

無論、本来の民主主義国家であれば即時退陣から逮捕までがセットであり、それでこそ「危ないネタがあっても、改ざんするのは割に合わない」として改ざんを強力にけん制でき、それがひいては文書や国への信頼にもつながりますが、今の日本は安倍政権などによって大きく崩壊しており、そのような当然のことすらもそうそう望めない世の中となっています。
たとえ安倍氏が退陣しても、氏が破壊した世の中の様々なものを復興するのは容易ではありません。外れてしまった差別のタガを単に戻すことでさえ、一筋縄でいくものではないでしょう。終戦時が焼け野原なら、これは精神的焼け野原と言っても過言ではありません。そして、もはや今の日本にその復興ができる力が残されているかどうかすら、私には分かりません。それ以前に、今後も日本社会がレイシズムに支配されてこのまま地獄まで突き進んでしまうかもしれませんし、あるいは小泉進次郎氏辺りが出てきてわずかに残ったものも全部売り払われ、物的にも精神的にも再起不能に陥ることになるかもしれません。
ただ、退陣すら実現できていない現段階ではまだまだ気が早い話ですが、安倍氏が日本のためにできる唯一にして最大の奉仕があるとすれば、それは逮捕されて国家や法への信頼を取り戻す最初のきっかけになることであると、私は考えています。