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雑記帳(過去ログ)
2017-11-18 の記事 - 2017-11-18
「保守速報」の記事掲載、差別と認定 地裁が賠償命じる

悪質な差別デマサイト・保守速報。あの安倍氏がシェアしたということからも、その悪質さ・レイシズムの扇動ぶりがどれほどのものかは分かろうというもの。
この判決は当然すぎるほど当然です。ただ、金額はゼロが1つか2つ足りないようですが。

ヘイトまとめサイトやフェイクニュースサイト、ヘイト動画、書籍、講演、芸能、あるいは政治家による支持拡大のための差別行為など、日本では多くのヘイト商売が幅を利かせています。
これらはかなりの利益が得られるようで、うかつにGoogleやYoutubeの日本語版など使おうものなら山ほどのヘイトサイトや動画に直面することは珍しくありません。書店でもヘイト本を目立つよう掲げる店は珍しくなく、果てはヘイト本一色のコーナーまで見かける場合もあるほどです。講談社がヘイト書籍を出版、それに対して書店関係者や社内からも批判の声が出ている、という記事もありました。
ただし、こうしたヘイトビジネスは錬金術ではありません。レイシズムが商売となって金に化けるとしたら、その分の負担を必ず誰かが被っているのです。

社会において差別が煽られたならば、それは社会の無用な分断と対立を招きます。これは言うまでもなく、社会全体にとっての大きな損失であり、その補填と修復には長い年月と莫大なコストがかかります。
また、差別はマイノリティを著しく恐怖させ、萎縮を招き、さらにはヘイトクライムの危険によってその生活をも脅かします。日本国内でも散々繰り返されてきた「○○人をぶっ殺せ」や、延々と続いてきた人種・障碍・性別などへの差別、そしていわばそれが形となった相模原事件を見ても明らかです。
そして最悪の場合、戦争や内乱、大量虐殺にまで至ることになり、差別被害者は言うに及ばず、そうでない人々に対してまでも取り返しがつかないほどの被害を与えます。差別がそれほどまでに恐ろしいものであることは過去にいくらでも示されており、したがって絶対に差別を認めてはならないのです。
すなわち、差別によって生じる混乱の中で自分に都合の良い部分のみをかすめ取り、それによって生まれるありとあらゆる膨大な負担を社会と差別被害者に全部押し付けることにより、無責任に自分だけは利益を得ようとする行為こそが、ヘイト商売であるといえるでしょう。
本来、個人の行為であっても到底許されるものではなく、まして企業や政治家がそれを率先して行うなど社会的責任上あってはならない話なのです。

差別において最も理不尽に被害を受け、直接的に生活を脅かされるのは差別被害者の方々です。そして、原告の李さんは極めて理不尽で差別的な攻撃のターゲットとなっていました。すなわち、被告の薄汚くあさましいレイシズム商売のために、膨大なまでの負担をもろにかぶらされていたと言うことができるでしょう。
加えて、裁判で争うならその負担も相当なものとなります。今回、被告側は控訴するといいますからなおのこと。これで200万円は全くケタが少なすぎるのです。

希望の党の小池代表辞任 身勝手さが拭えぬ結末だ

おっしゃる通り。皆様そうおっしゃいます。で、そのメディアの皆様が3極詐欺に加担したことについて、何か弁解の言葉はないのでしょうか
特に毎日新聞の場合、「3極の議席は」などと称して「自公」「希維」「共立社」に議席を分けて合計を表示していたほどなのですが、これぞまさに3極詐欺への100%の加担としか言いようがないもので、他人のことよりまず自分がやったことについて反省すべきではないでしょうか。

小池氏はもともと日本会議系レイシストであり、それも在特系団体の講演会にまで出るほどの筋金入りの差別主義者です。なぜか特段話題にもなっていない外国人参政権を、他のもっと優先度の高い問題を差し置いてあえて踏み絵に持ち出すなどした上、有名なレイシスト・歴史修正主義者の中山氏を事実上の当選保証とするような小池ヘイト党が、第3極としての「穏健な保守政党」であることなど決してあり得ません。
当然、メディアには小池氏が相当なレイシストであること、そしてこの政党がレイシズムを主軸とする差別極右政党であると報じる責任があったはずで、それを放棄したがゆえに一時的にでも3極詐欺が成り立ちかねない状況となっていたわけです。
私は「排除」発言で小池ヘイト党が失速したという論調には一切同意しません。ツーショット3万円だの、振り込め詐欺まがいの手法だの、もう政治団体を作りたいのか、それともコメディチームを作りたいのかと問いたくもなるような政党でしかなく、たまたまタイミング的に目立ったのが「排除」であるとみなすべきです。ただ、「排除」の姿勢が少なくとも失速の一因になったとするならば、それまでは氏が差別主義者、すなわち属性など本人の努力ではどうにもならないことに基づいて他人を社会から排除しようとする者であることが知れ渡っていなかったということですから、メディアの責任は重いと言わざるを得ません。
レイシストがメディアによってその正体を隠された上で勝利して重要なポストを得る、ということがマイノリティにとってどれほどの脅威になるか、まさか分からないわけではないでしょう。

そして、これは最初から3極詐欺にすぎないわけですから、泥舟であると露呈すれば小池氏がとっとと船を捨てて逃げだすことなど多くの人が予想していたでしょう。逃げ出した今になって文句を垂れるのであれば、最初から3極など大嘘であると報じておけばよかったのです。
今後またまた3極詐欺師が現れた時にも、今回や維新の時などと同じことを繰り返す気でしょうか。

2017-11-11 の記事 - 2017-11-11
差別を徹底放置し、おかげで災害のたびに差別デマが飛び交うなど毎度お騒がせのTwitter社。このまま問題の放置を続ければ、いずれ人命にかかわるような結果を招くと散々言われていたにもかかわらず、ほとんど野放しの状態が続いていました。
それで起こされたのが、先日のTwitter社前抗議です。これに先立ってTwitter社及び代表の笹本氏は、No Hateを願って対策を進めていくと表明しましたが、案の定差別はその後も徹底的に野放しにされ、そればかりか差別に対抗していた側の人々が連続して凍結される事態となり、ますます批判が高まっていました。
そして今回、とうとう座間9遺体事件が発覚します。直接差別と関係する事件ではないにせよ、かねてから予想されていた最悪の事態が現実のものとなってしまいました。無論、SNSがかなり普及した現代において、SNSを利用した犯罪を完全に防ぐことは極めて困難ですので、運営が精一杯管理責任を果たそうとしていたなら同情の余地はありますが、実際にはあからさまなヘイトスピーチについてすら管理責任を徹底放棄し続けていたのがTwitter社なわけです。
これを受けてか、Twitter社は大慌てで自殺などに関する規約を改訂します。泥縄とはこのことですし、そもそも以前までの規約でも対処ができなかったわけではないはずですから、なんともお粗末な話ではあります。規約よりもまずは管理責任放棄を反省すべきでしょう。
ただ、ここでようやく悪質な人種差別扇動者・高田誠のアカウントが凍結されるに至ります。

〈時代の正体〉桜井誠氏のツイッターアカウント凍結 元在特会会長で日本第一党党首|カナロコ|神奈川新聞ニュース

これほど当然のことがニュースとなるのがある意味すごいというべきか、本来即刻凍結しか考えられないようなアカウントがここまで野放しにされていたことには驚愕せざるを得ません。9人もの命が失われて立場が悪くならない限り、この程度の対処もできないのでしょうか。
ところがその後も、百田氏や高須氏をはじめとする著名なレイシストは野放しにされており、Twitter社にヘイトスピーチと戦う意志がないらしいことがうかがえます。

ちなみにTwitter社、今度は「認証バッジ」(著名な個人や企業について、そのアカウントが本物であることを示すマーク)について「重要度を示すものと受け止められてしまっている」からと認証受付の一時停止を表明しました。
誤解されてしまってお気の毒に、と言いたいところですが、バッジを取得したような著名レイシストはどんな差別をしようと容易には処断されないとなれば、バッジがある種の意味や効果を持つものとみなされてしまうのは当然でしょう。誤解されたくなければ、認証済みアカウントに対しても一般ユーザーと同程度の基準で、あるいは拡散力がある分だけ責任が重いとしてより厳格な基準で対応し、バッジが何の重要度も表さないということを態度で示せばよいのです。

こうして管理を散々放棄した結果、どうなるかというと、こうなります。

SNSの不適切書き込み、規制強化指示 閣僚会議で菅氏

よりにもよってレイシスト政党である自民党がしゃしゃり出てくるとなれば、これは危険な兆候となり得ます。絶対に反対と言いたいところです。
しかし、規制に反対しようにもTwitter社はあまりにも無責任すぎます。Twitter社に対して何の規制もかけずにいれば、まず確実に差別のプラットフォームとして機能し続け、再び取り返しのつかない結果を呼び込むことになるでしょう。
つくづく、Twitter社の責任は様々な意味であまりにも重いと言わざるを得ず、あらゆる点において極めて有害な企業であるとみなさないわけにはいきません。

2017-11-04 の記事 - 2017-11-04
民進新代表・大塚氏「政権交代を」 立民、希望と3党中心

立憲民主、希望の三党を中心に政権交代を目指す決意を語った」そうですが、共産党との連携には慎重とのこと。

希望の党 落選者座談会「民進のままなら当選できた」

こちらは小池ヘイト党に移って見事に落選した連中の負け惜しみです。

私が(元)民進党の議員や落選者にぞっとしているのは、彼らからは全くレイシズムに対する怒りや忌避、それに加担したことに対する罪悪感などが見て取れないことです。
小池氏は在特会関連団体の講演に出たり、関東大震災朝鮮人虐殺事件への追悼文送付をやめるような稀代のレイシストですし、踏み絵の内容からも分かるように小池ヘイト党もまたレイシスト政党です。このような政党に移ること、あるいは合併を承認するなどということは、悪魔に魂を売り、かつ被差別者の平穏を捧げものにするのと同じです。
危機を煽り立て、マイノリティへの憎悪を煮えたぎらせて支持を拡大するというやり方は、現在の自民党が散々やっていることです。それに対抗し、また対抗する人々のよりどころとなるのが、現状での野党の存在意義に他なりません。したがって、党勢を拡大したり、政権交代を目指すためにマイノリティを踏みにじるようなやり方は本末転倒で、そのような勢力を支持することはできません。
ところが、レイシズムの問題に対して多少の知識があれば分かり切っているようなことですら、(元)民進党所属者にとっては理解ができなかったようです。結果、小池ヘイト党は負けるべくして負けていながら、移籍者は負け惜しみ。あのようなヘイト政党を「日本に右でも左でもなく寛容な中道の政党を作るという希望の党の理念は間違ってなかったはずです」と評するのは、何かの冗談でしょうか。もっと先に反省すべきことがあるはずです。
また、民進党残留組もこの点については同様で、要約すると「共産党とは組めないが、差別政党とは組める」といったアベコベなことを言い出すわけです。どこまでふざけているのか、反共や党利に目がくらんで人間として優先すべきものすら見えなくなったのかと唖然とせざるを得ません。
仕掛け人の前原氏についても同様。私は「All for All」の理念は素晴らしいものであると考えますが、ところが小池ヘイト党はレイシスト政党です。それぞれ属性の異なる人々が「みんな」尊重しあう社会こそがダイバーシティであり、逆に特定の属性の人を「みんな」から排除するのがレイシズムです。この合流は「All for All」の理念に真っ向から反するものに他ならず、すなわち前原氏は「みんな」にはマイノリティを含まないと考えていることになります。
共産党と共闘していても勝てていなかったとか、ウジャウジャ言い訳を並べ立てているようですが、レイシストに魂とマイノリティの平穏な生活を売り渡そうとした行為について他に言うことはないのでしょうか。

なお私は、立憲民主党に関しても現状ではあまり信用していません。
確かに、レイシスト政党である小池ヘイト党、そことは組めるのに共産党とは組みたくないという民進党よりはずっとまともでしょう。しかし、理由はどうあれ小池ヘイト党との合流を許し、レイシストと手を組むことを許した責任は帳消しにはなりません。あれが被差別者や反差別者をどれだけ震え上がらせ絶望させたか、まさか分かっていないわけではないでしょう。
また、演説にレイシストの小林よしのりを呼んでくるなど、疑問を覚えざるを得ない行動もみられます(なお、私は先の選挙で比例をどうしようか迷っていましたが、この一件にあきれ返って今回は立憲民主党に入れないことを確定しました)。これでは現状で信用などできようはずもありません。

小泉氏「このままなら自民党必要ない」 政策決定巡り

ある政党の内部からこういう論が上がったら、マスコミから「内輪モメ」扱いをされて不信感を煽り立てられたり、あるいは政界に限らず、事件・事故・不祥事・芸能などにおいて、当事者・関係者が自分のことを棚に上げた物言いをしたところ火だるまにされたりした例というのは結構見てきた気がしますが、マスコミの皆様におかれましては、氏に対してだけは一切そのような扱いをなされあそばせないのでございましょうか。
それではさすがにあんまりでございますので、他のお方がおやらかしになられた時と同様になされあそばしていただきたく存じる次第にございます。

ところで、

>日本にイノベーションなんか生まれないですよ

このセリフ、最近別のところで見かけました。それがこちら。

「だから日本は少子化だ」三菱UFJモルガンから休職命令を受けた幹部が激白

>これで日本はイノベーションが生まれるわけがありません

言葉こそほぼ同じですが、あまりにも重さが違います。
自分も関係者のくせにしれっと他人事を気取って安全圏からキャンキャンわめく、最初からレールが引かれている世襲政治家と、断崖絶壁に直面した当事者たちの地の底からの叫び(保育所に落ちた、学費が無理だ、差別されて苦しい、などなど)、後者こそが人々の耳に届き、後者こそが政治の中心となり、後者のためにこそ動く社会であってほしいと、私は強く望みます。

2017-10-28 の記事 - 2017-10-28
東京オリンピックまであと1000日を切ったとか。私は、2040年の日本(そもそも存在しているのか分かりませんが)がまともなものであるためには、まず2020年のオリンピックを返上して総力を福祉や災害復興に向けることが必要と考えており、よって今後とも東京オリンピックの返上を強く主張します。
どこぞのミサイルでもあるまいに、足元に飢えている人がいるのに大金をかけてお祭り騒ぎなどして何が楽しいのでしょうか。

「髪染め強要で不登校」高3、大阪府を提訴

すさまじい話です。
「髪を染めるべからず」と求めるのならまだ理解はできます。髪や頭皮にダメージを与え、アレルギーを起こす場合もありますので、必要もないのに染めることは健康に悪影響を与えかねません。それが校則で定めるべきものかは置くとしても、そう求めることに全く合理性がないわけではありません。
ところが、この件の場合は染めていない者に対して染めることを強要するという滅茶苦茶すぎる経緯となっています。髪染めの制限は「髪を染めることは健康によくない」という合理的配慮の下に行われている限りにおいては分かるとして、髪染め強要には合理的理由が全く存在しません。
なぜそのような規則が必要なのかという「規則の精神」を完全に無視して、規則のために規則を振り回し、その果てに規則違反を強要するという、まさに学校内治外法権のお手本のような例です。

また、髪の色は生まれつきの属性であり、本人の努力ではどうにもならないものです。黒人の生徒に「肌を黄色くして来い。さもなくば来るな」と「指導」するようなもので、これは完全に属性に対する重大な差別と言わざるを得ません。
さらには

>教諭から「母子家庭だから茶髪にしているのか」と中傷されたり、指導の際に過呼吸で倒れ、救急車で運ばれたりしたこともあった。

と、生育環境までもを差別
このダイバーシティの重要性が高まる世の中にあって、このような「みんなと違うことは、自分に責任のない属性に基づくものであっても許さない」なる指導が常態化した学校で生徒たちが何を「習得」し、それを後にどのように「活用」するのかと考えると、気が重くなります。
今回の被害生徒当人に対してはもとより、このような教育の場で多様性の否定を「習得」したあらゆる生徒もまた虐待被害者であると言わざるを得ません。

>学校側は生徒の代理人弁護士に「たとえ金髪の外国人留学生でも規則で黒染めさせることになる」と説明している。

そういう思想の異常性が問題になっているのに、わざわざ穴を掘って自分で落ちて何がしたいのでしょう。

また、この学校に「地毛登録」制度は導入されていなかったようですが、これを採用している学校もあるとのことで、

>複数の大阪府立高校では、頭髪が生まれつき茶色い生徒に誤った指導をしないように、「地毛登録」と称する制度を導入している。登録自体を問題視する声もあるが、府教委は「導入は各校に任せており、実態は把握していない」としている。

だそうですが、生徒の人権を守るためと称しつつ、これ自体が問題です。
「特定の少数派属性ならば登録しろ」というのがどれほど異様な話か、少し考えれば分かりそうなものですが、それすら分からないのでしょうか。
東京都の一部でなされているという地毛証明書に関しても同様。証明の提出が任意ならよいという問題ではなく、属性を理由として不利益な取り扱いをされる可能性があること自体がおかしいのです。
そもそも、「髪を染めてはならない」というのが人権侵害をしてまで守らねばならないほど絶対的なルールなのであれば、原理上は髪を黒く染めるという校則違反をしている生徒がいるかもしれないのですから、公平を期すならそれも人権侵害してまで徹底調査しなければならないはずですが、そういう話は聞いたことがありません。
「黒い髪が正しい、それ以外は間違い・異常だ」、どう言いつくろおうが根底にあるのはこれでしかあり得ません。これを肌の色、あるいは人種民族などに置き換えてみれば、極めて恐ろしい思想であることがよく分かります。そのような思想に立脚したいかなる制度も「指導」も存在してはなりません。

「みんな肌の色も髪の色も違っていい。人種でも民族でも性的立場でも色々な属性の人がいるが、それによって差別されてはいけない」、学校がしっかり教えるべきはこれであって、属性の違う者を差別し同化を強要することでも、少数属性者の登録制度を設けて登録させることでもありません。

2017-10-23 の記事 - 2017-10-23
選挙ですが、そもそも立憲勢力には候補自体が足りないため、与党勝利は始める前から決まっていたようなものです。したがって、私は次の3点に注目していました。

1.小池ヘイト党の議席を削り、可能ならば立憲民主党が野党第一党となること
補完勢力が野党第一党でなければ改憲がやりづらくなりますし、所属議員が小池ヘイト党に見切りをつけて飛び出したり、分裂し壊滅する可能性が高くなります。参院民進も小池ヘイト党への合流を拒否しやすくなり、リベラル派を中心に立憲民主への合流、協力なども行われるようになってくるでしょう。
逆に、小池ヘイト党が十分な成果を出してしまった場合、党の求心力が増してしまうことは避けられません。

2.共産党の議席をある程度維持すること
共闘関係を成功させるには、一者が一方的に不利益を被らないことが求められます。誰かに負担だけを強いるような協力関係は必ず無理が出ます。

3.差別主義者・歴史修正主義者の落選
といっても、自民党はあちらもこちらも論外のレイシストばかりですからきりがありませんが。当選保証も同然の中山なりあき氏や杉田水脈氏はともかく、ひとまず最低でも長谷川豊氏をはじめとする「落選の可能性は十分だが、差別を武器に人気取りをもくろむ」タイプのレイシストが当選なり善戦なりしては困ります。
レイシスト政治家の存在は、政治による差別と差別扇動効果の両面において、被差別者の身の危険に直結します。

まず1ですが、準備期間もほとんどなく、刺客など小池ヘイト党の嫌がらせもあり、メディアも「3極」なるデタラメで人々を散々混乱させていたことを考えれば、期待以上と言ってもよい結果でしょう。ともかく、立憲民主党は危機的状況の中でも躍進を見せ、立憲主義破壊かつレイシスト勢力である小池ヘイト党を大きく揺るがし、野党第一党の座を奪ったのは大きいといえます。
2は十分ではありません。もともと議席を減らすことは予想されていましたが、もう少し幅を抑えたかったところ。
共産が一方的に身を削る図式であることがはっきりした以上、立憲民主党はきっちりそれに報い、しっかりした互助協力関係を迅速に構築していく必要があります。連合やら出戻り組やらに影響されて非共産をやるなどもってのほか。私は現状、立憲民主党をそれほど信用しておらず、これが信用に値するかどうかのひとまずの試金石になりそうです。
3は長谷川氏などは見事なまでの落選でしたが、自民党からは大量のレイシストが当選していますので、レイシズムは今後とも深刻な問題であり続けることでしょう。

その上で、今回勝利した政党を選ぶとすれば、私は小池ヘイト党と答えます。
確かに党はボロボロです。化けの皮もはがれました。鳴り物入りで登場し、しかも野党第一党の民進党を乗っ取っていながら野党第一党になることもできず、この程度の成果しか出せないのなら、党勢という観点からは大敗北とみなしても間違いはないでしょう。
しかし、この党は補完勢力としての役割は十分に果たし、与党を大勝させることに大いに貢献しました。この党が勝てば補完勢力の議席が増え、負けても自民党候補をアシストできるわけですから、いわば最初からほぼ負けのない勝負をしていたわけです。
実際に小池氏が何を考えていたのかは分かりません。補完勢力としてふるまうことが前提にあったのか、権力欲の方が先に立っていたのか。その両方、つまり「補完勢力として選挙をかく乱し、情勢が悪ければぬくぬくと知事の椅子に座り続け、よければ出馬して欲望も満たす」が正解かもしれません。ただ、いずれにせよ党が補完勢力としての役割を立派に果たしたことについては疑いようがありません。
なお、小池ヘイト党の凋落について「排除」発言が理由であるとする論も見かけますが、おそらくこれは正確ではありません。こうなることは最初から見えており、その不可避の流れの中で時期的にも内容的にも特に象徴的な図となったのが「排除」である、と考えるべきでしょう。

今回のMVPを選ぶとすれば、私は前原氏と答えます。
小池氏は補完勢力の代表としては大きな活躍を見せました。枝野氏は時間がない中で立憲民主党を作り上げ、これだけの成果を出したのは奇跡的ともいえます。志位氏ら共産党メンバーの熱意も高い評価に値するものです。
しかし、とにもかくにも選挙の流れを大きく変化させ、与党を極限までサポートして大勝を呼び込んだ人物といえば、前原氏をおいて他にはいません。

衆院選前の地方選挙の結果を見ても分かるように、野党共闘は徐々に成果を上げつつありました。安倍政権はかなり追い詰められており、共闘路線を継続深化させて勢力をきっちり伸ばしにいけば、政権打倒は十分に射程内に入っていました。今回は本当ならそういう堅実な選挙でした。
また、補完勢力として登場した小池ヘイト党はないないづくしで裏付けとなる力はなく、だからこそ民進党を飲み込む必要があったほどで、しかも肝心の看板もまた容易にメッキがはがれる程度のものでしかなかったのは、今回の騒動を見ての通りです。
ところが、少なくとも与党の決定的勝利にはブレーキをかける術が明確に見えていたこの状況にあって、前原氏は民進党を壊滅させ、野党共闘も事実上破滅に追いやります。その後なんとか立憲民主党が結党され、また他の立憲野党も共闘の望みを捨てなかったため、すんでのところで二大ヘイ党の危機だけは回避できましたが、結果として立憲政党だけではそもそも全く頭数が足りず、戦う前から与党及び立憲主義破壊・差別勢力の勝利が決まっている選挙戦となりました。
しかも、小池ヘイト党では共闘が破綻していますから、共闘による票が乗れば当選の見込みが十分あったであろう、一応は「身内」であるはずの元民進候補の息の根を止め、自民に議席を献上するおまけつき。
これほどまでに強力な政権への援護は、自民党の面々にも小池氏にも到底不可能です。安倍政権の延命と与党勝利に最も貢献し、戦局を「与党にとって逆風の戦い」から「戦う前からの与党の完全勝利」というほどにまで変えてしまった前原氏の功績は、他のいかなる人物による比肩も許さず、MVPと呼ぶにふさわしいものでしょう。

今回、前原氏に代表される魑魅魍魎が集う民進党勢力が壊滅し、一応の立憲主義勢力である立憲民主党が成立したこと、事実上の政権アシスト者や志なき者がわざわざ好き好んで踏み絵を踏み、泥舟に乗り込んでいったこと自体はマシな動きとはいえますが、緊急事態条項が通れば日本は終わりなのですから時期が時期です。
改憲をする場合には国民投票があるにせよ、緊急事態条項についてはその異常性に比して大した話題とはなっておらず、9条に注目を集めておいて直前で9条改正を引っ込められれば、立憲勢力にとってはもはやそれで「弾切れ」です。発議さえされれば比較的簡単に通ってしまうのではないかと危惧しています。
また、ヘイト勢力である与党が大勝したのに加え、やはりヘイト勢力である小池ヘイト党や維新も無視できない議席は取り、レイシストもかなり当選していることから、今後の日本社会におけるレイシズムの拡大も懸念され、それは被差別者の生活の安全に直結します。また、マイノリティが排除されていけばいつかは自分の番が来ますし、「協力者」とみなされればマジョリティも攻撃対象となりますので、誰もが無関係ではいられません。
つくづく、小池ヘイト党と前原氏が挙げた成果は想像もできないほど大きく、その手腕は見事であると認めざるを得ません。

2017-10-14 の記事 - 2017-10-14
二大ヘイ党の危機の中で誕生した立憲民主党ですが、私は大いに期待しています。その一方、全く期待していません。
政党をレストランに例えるなら、立憲民主党の食事は食べることができ、かつ食べても倒れないものであってほしいと私は考えます。そういう意味で、この党には大いに期待しています。一方、味の方はこの際まずくても仕方がなく、少しでもおいしいメニューがあれば儲けものと考えています。そういう意味で、この党には全く期待していません。
レストランにおける食用可能な食事とは、すなわち政治では「立憲主義の尊重」「レイシズムの推進をしない」ことを意味します。これらは本来なら最低限度の条件であって、それすら守れない政党は猛毒入りの食事を提供するレストランと同様にみなされるべきものです。
ところが現状、その当然のことすら守れない政党が議席の多くを占めようとしています。したがって、味はともかく食べることはできるメニューを提供する政党を応援する必要があるのです。

ただ、私は立憲民主党を含む立憲野党、または今後結集するかもしれない立憲主義勢力には頑張ってほしいと考えていますが、そうした勢力が二大政党となることは特に望みません。それどころか、協力関係と選挙制度の両面で二大政党に限らない形を追求してほしいと考えています。
二大政党制とはすなわち、ポピュリズムの政治です。性質上も制度上も、風を起こし人気を得た方が1割2割の支持を獲得すれば大勝することができます。
ポピュリズム政治が絶対に悪だとまでは言いませんが、こと日本においてこれが極めて悪い方向に作用したのは間違いありません。なぜなら、日本におけるポピュリズムとは人種差別主義であったためです。まずは在特会に支持が集まったのを皮切りに、今までは一応まともとされていた政治勢力がそれに参入し、どの勢力がどれだけ派手に、残酷に、徹底的に、狡猾に、公に、差別できるかどうかを競い合うような状況となってしまったのです。
日本で適切な二大政党制が定着する可能性があったかどうかでいえば、絶対なかったとまでは言い切れません。民主党が政権を取った後、自民党が経団連政治を反省し、社会福祉や多様性を訴える方向にかじを切っていれば、そして民主党もその方面から競い合うようになっていれば、そして両者とも絶対に差別を容認しなければ、あるいはもう少し健全な政治があったかもしれません。
しかし、現実の自民党が選んだ道は「ヘイト化」でした。結果、自民党はたちまちのうちに中道保守政党から排外主義レイシスト政党へとその姿を変貌させ、しかも悪いことに民主・民進はそれに追随しようとする勢力と差別を拒む勢力が綱引きをする状況に陥ってしまい、全く明確なポジションが取れなくなります。民進党のそうした立場を象徴するのが、例の国籍問題問題に関する署名付き怪文書などをはじめとする自党代表差別です。
そうして政治が差別主義を推し進める中、投票者は選挙において決断を迫られることになります。すなわち、小選挙区において二大勢力のうちまだしも差別がマシな方を選ぶか、または確実に死票になると分かっていても差別とは無縁な者に入れるか、そのどちらかを選ばねばならないのです。
戦略的投票からすれば、前者を選ぶことこそが適切な投票行動とはなります。しかし、それは一応の差別勢力に投票することでもあり、差別ポピュリズムを止める方向には作用しません(実際、今回の件ではその党の人間の多くをヘイト政党に持っていかれる結果となりました)。かといって後者を選べば、差別の度合いが高い方を落とすための票がその分死票となってしまい、結局は差別政党がより有利になりますから、やはり差別が激化することになります。
実際には差別に反対する人々もかなり存在することは、参院選における有田氏の得票などを見ても分かります。選挙制度などの関係上、それを民意として示す方法が極めて限られてしまっているのです。

こうした流れはよく「右傾化」といった言葉で説明されますが、私はそれでは適切ではなく、「レイシスト化」の言葉を使うのが適切であると考えています(レイシスト政党を「極右」と呼ぶなら、極右化とは言い換えられるでしょうが)。
なぜなら、これが右傾化ならば「差別は日本の恥である。誇りある日本のため、断じて差別は許さない」「強い日本経済のためには、観光業その他の産業を邪魔し、日本の評判を落とす差別など不要」という意見が保守の間から生まれてきて本流の主張となるか、少なくとも差別勢力と十分張り合えるだけの力を持っていなければおかしいためです。
ところが、日本ではほとんどそのような流れにはなっていません。これはすなわち、日本における自称「保守」はほとんどレイシズム・排外主義とイコールであるか、または我が身を「保守」するためなら差別主義にでも何にでも魂を売るか、そのどちらかでしかないことを意味しています。否定する者もいるかもしれませんが、反差別の市民とリベラル議員が体を張って差別に対抗していたその時に、たかだか身内の暴走すらも止められなかった「保守派」とやらがそれを否定するなら噴飯ものです。
無論、その「レイシスト化」の源流自体はずっと昔から存在していたはずで、最近はそれが平然と表に出るようになっただけではあります。しかし、犯罪をやりたいと考える者が多くても、実際に犯罪が起きない都市は犯罪都市ではなく、犯罪がなされるようになった都市を犯罪都市と呼ぶように、レイシズムを平気で表に出せる社会状況はやはりレイシスト化していると表現するに足るものです。

これらのあだ花が、自民党とその補完勢力である小池ヘイト党による二大ヘイ党で、しかも同様に補完勢力である維新は「透析患者は殺せ」でおなじみの長谷川豊を立てるなど、国籍・民族・難民・貧困・性別・性的立場・難病などヘイトよりどりみどり、おぞましい限りの状況です。
しかも今回、自民党・小池ヘイト党(または維新)・共産党の構図となった選挙区も結構あり、前者2つはレイシスト、かといって共産候補では強い区でない限り死票となる可能性が高い、という頭の痛すぎる選挙戦です。民進ならまだ差別に徹底して対抗する人々が党内におり、鼻をつまむこともできましたが、小池ヘイト党は完全なるレイシスト政党かつ補完勢力ですからまた話は別です。
やはり自分の票をレイシストの武器にはできないので死票と知りつつ共産にするか、小池ヘイト党が元民進議員を抱えきれなくなって破綻することに賭けてあえてレイシストに武器を渡すか、あるいは小池ヘイト党より自民党の方が少しはマシと考えてレイシストに武器を渡すか、そのような実に非建設的な投票行動を取らざるを得なくなっています。
なお、私はこの構図ならば確実に共産を選びます。自民党と小池ヘイト党がレイシスト政党である以上は戦略的投票にこだわる意味はなく、そうした政治ごっこのために何の罪もないマイノリティの身の安全を勝手に売り払うわけにはいきません。死票として捨てられた民意となってしまうのでしょうが、仕方ありません。

そして、レイシズムは誰にとっても決して他人事ではありません。「透析患者は殺せ」であったり、相対的貧困を取り上げた番組に出た当事者が攻撃の標的にされたりすることからも分かるように、外国にルーツがある者の排除、障碍者の排除などが終わった後に待っているのは、病気や貧困などに苦しむ人々に対する排除です。
その過程で、LGBTの権利向上など何らかのパフォーマンスを並行しつつ排外主義化を進める可能性もありますが、これは「ピンクウォッシュ」と呼ばれる手法です。実際、こうした切り崩しや分断の手法はポピュリズムの王道と言ってもいいものです。ある属性の人々が差別されパージされる社会など、その他の属性の人々にとっても安全で平和な社会ではあり得ません。
日本においてレイシズムは常に軽視されてきましたが、沖縄いじめや貧困者叩きなどの源流は要するにこれですし、国家を戦争や摩擦に至らしめ、「非国民」の排除に走らせるのもまたこれですから、いい加減に最大のテーマの1つとして本気で立ち向かっていかなければ、そう遠くないうちに国や生活を食われることになるでしょう。
したがって、私としては二大政党を志向するよりマイノリティの声も無駄にならないような選挙制度こそが望ましいと考えていて、かつ各々が得意分野を持つ反ヘイト勢力が連合を組んで事に当たるような政治状況が、現状で可能な範囲としては最もまともであろうと考えています。

2017-10-07 の記事 - 2017-10-07
Ryzenの語を使ってクロスワードを組みたくなったので組み立て、組んだはいいものの捨てるのはもったいないので問題を作り、ECMAScriptで適当にプログラムを書いて動作するクロスワードに仕立ててみる。実にいい加減ですが、プログラムを書く人間などこんなもの。

Coffee Spring Crossword

そういう動機のため、設問は技術関連(動機が動機なので、どちらかといえばハードウェア)が多めです。古いのから新しいのまで。クロスワードはその性質上、答えが分かる問題はそのまま別の問題のヒントになるので、あえて色々バラけさせています。
特に理由はありませんが、なんとなく問題を切り替えられる仕様として実装したため、もともとの問題(通常)に加えて練習問題と大きめの問題をついでに作成し、さらにおまけとして技術系の知識がない人でも挑戦できる問題も作っておきました。
なお、名前は以前にJavaで書いたCoffee Crossword(なぜCoffeeかというと、Javaだから)と、このほど登場したCoffee Lakeを掛け合わせた洒落です。どうでもいいですが。

で、一番楽しかったのは問題をプログラムコード化するためのGroovyコードを書いた時、という無残ぶり。
やはりECMAScriptは嫌いです。あらゆる点で私が求めるものの正反対。進化速度はなかなかのものですが、いくら進化しようと焼け石に水。
私があまりこの手のを書かなくなったのは、Javaは過去のものとなり、Flashも終点が定められ、それでいて代替技術としてしっくりくるものがないため、というのがかなり大きいです。

2017-09-29 の記事 - 2017-09-29
日本人として現代に生まれ、日本に育ち、日本で選挙権を手にした、という日本のマジョリティにとって、選挙権とは実に「軽い」権利です。ただ口を開けているだけでも、成人年齢に達しさえすれば勝手に転がり込んできますし、誰が適当か考えて紙に候補者名・政党名を書いて入れればいい。ただそれだけのものです。
しかし、日本にはそんな「軽い」権利をも持つことができない、または原理上は持っていても行使することが困難な人々もいます。
例えば、様々な理由により日本で暮らしている外国籍の人、こと在日韓国・朝鮮人といった人々は、日本人として生まれたならば口を開けていても当たり前に手に入る権利を有していません。あるいは、知的・精神的障碍を持っている人の中には、「選挙制度を理解し、誰が適切か考えた上で一票を投じる」ということが困難な人も存在するでしょう。
そして、政治が差別主義や排外主義に傾いた時に、直ちに生活の平穏を脅かされ、命の危険にさらされることになるのが、まさにその彼らのようなマイノリティなのです。これはナチスなどの歴史も証明していますし、今の日本でも現在進行形でなされています。
彼らは「投票」という最も直接的な民主主義の手段によって、自らに降りかかる危険を回避することさえできません。ただ口を開けていても投票権が得られ、それを行使できる人々の投票行動によって、自らの生活が脅かされるかどうか、生命の安全が脅かされるかどうかが変わってしまうのです。
したがって、私はそうした人々に恥じないような投票行動をしなければならないと考えていますし、それはまた権利を持ち行使できる者の務めでもあると考えています。

私が野党共闘を支持し応援してきたのはなぜか。言うまでもなく、「立憲主義の尊重」は大きな理由の一つです。立憲主義が守られなければ国民の権利など容易に踏みにじられてしまいますし、さらには緊急事態条項が通れば日本は終わります。それをさせないための手段として、野党共闘は極めて重要な手段であると位置づけられるものでした。
そしてもう一つ、私が重視するものとして「多様性の尊重」があります。
人種、民族、肌の色、性別、性的指向、障碍の有無などにかかわらず、あらゆる属性の人々が尊重され、平穏な生活を送れ、差別されることのない社会。ヘイト政党の自民党では絶対に実現できないことであり、一方で野党内には自党の党首すら平気で差別してみせたレイシストもいるものの、有田氏のように差別問題に取り組んできた人もまた存在しており、私が野党共闘を支持する極めて強い動機となっていました。
差別政党に投票することは、すなわち自分の票が被差別者を攻撃するための武器の材料となり、被差別者を殺傷することを意味します。したがって、差別政党に投票することは絶対にあってはならず、多様性を尊重する政党が勢力を結集することが重要となっていたのです。

自民党はどうしようもないヘイト政党ですが、小池氏もまたそれに相当するレイシストです。「朝鮮人を殺せ」と叫びたてる在特系団体が行った講演会に出たばかりか、関東大震災朝鮮人虐殺の歴史修正まで試みるほどで、熊本の震災で虐殺扇動デマが大量に流された社会情勢を考えれば、極めて現実的な危機です。このような人物に力を与えることは、すなわち被差別者の生命に対する重大な脅威です。
野党共闘の目的は、「多様性を尊重する社会を作り、立憲主義を回復する」ことです。それを実現する手段として自民党政権を倒すことは避けて通れませんが、自民党政権を倒すのが目的なのではありません。被差別者の平穏や生命を脅かす政治が続くのであれば意味がありませんし、差別者へのブレーキとなるべきものが別の差別者のアクセルに姿を変えるなど悪夢そのものです。
多様性を尊重する多くの人々は、二大ヘイ党(しかも実態は補完勢力)など望んではいません。それは、力不足でもとりあえず野党が選択肢や歯止めとなる余地はあった「一強」状態よりもさらに最悪で、被差別者の平穏がより容易に脅かされる社会に他なりません。そして当然、これが緊急事態条項にまで至れば日本は終わります。
皮肉なことですが、「安倍政権を打倒するための合流」とやらが逆に安倍政権を打倒する意義を失わせてしまう結果となっています。

結局、共闘を訴える人々、投票者、非日本会議系野党の全員が飲んでみせた泥水を、前原氏は自分だけは最後まで飲もうとせずに逃げ続け、とうとう党すらもぶち壊したわけです。それも、被差別者の身の安全と立憲主義を日本会議系レイシストに献上するというおまけをつけ、労働者の生命を献上しようとした連合までがグルになって。
自分が泥水を飲むのが嫌だからと、人々が汗を流し泥水を飲んで生み出してきた成果を横取りし、他人の生命や平穏、人権を勝手に売り渡して逃れるような者など、政治家どころか人間としてクズ以下です。断じて許すことはできません。

この騒動、切り捨てられる可能性がある民進党リベラル派、しかも反差別に尽力していた人までもがあまりにすんなり合意し、しかもその歯切れも悪いことから、何か計画を持っている可能性はあり、もう一波乱あってもおかしくはありません。ただし、投票までにそれが分からない限り、何かがあるかもしれないという理由でレイシスト政党に票を投じることはできません。
私は小選挙区・比例区ともに二大ヘイト政党のどちらにも投票するつもりはありませんし、多様性を尊重する社会のためにその両方を打倒すべき存在と位置付けます。小選挙区でも非日本会議系野党候補、あるいは小池ヘイト党を蹴った候補を選ぶでしょう。
基本的に私は鼻をつまんで戦略的投票を行いますが、差別政党に「マシ」は存在しません。どちらに入れても自分の票が被差別者を殺傷する武器にされてしまうのなら、死票になってもまともな候補に投じた方がマシです。

2017-09-24 の記事 - 2017-09-24
実にくだらない解散劇ですが、解散名大喜利には「地獄の沙汰も金(キム)次第解散」でも挙げておきましょうか。
北朝鮮の脅威とやらを大騒ぎすれば国民は簡単に騙せると考えていて、それで勝利すれば「世論はこれらを問題とみなしていない」として森友・加計問題を葬ってしまうことでしょう。あれだけの問題を起こしてもなお追及ができなくなるのであれば、今後は国家の私物化でも何でもし放題です。国民は極限までなめられているのです。
もし本当に北朝鮮が差し迫った脅威であるならば、この時期に特に必要もない解散をすることは到底あり得ないはずで、すなわち政府は北朝鮮を大した脅威であるとは考えていません。そのくせ脅威だ危機だと大騒ぎ。もしこれで多くの議席を押さえられれば、緊急事態条項のごり押しが始まることでしょう。そしてその緊急事態条項では、緊急事態であるから衆議院を解散しなくてもいいということになっています。
もはや意味が分からないを通り越して、異常の域に達しています。そして、ひとたび緊急事態条項が通れば日本はそれで終わりです。意味不明な解散をするほど余裕たっぷりの政権が散々北朝鮮の脅威を煽り立てるのを前にすれば、緊急事態条項がどう使われるのかなど説明する必要もないでしょう。

ただ、自民党がもはやただのヘイト政党であって、人間として最低限の常識を適用して考えるのさえバカバカしい存在であることは今さら言うまでもありません。現状ではその異常な政党が民主主義の喉元に短刀を突きつけている状態であり、機が来たと見れば彼らは何のためらいもなく民主主義の喉笛をかき切ることでしょう。とにかく緊急事態条項が通ってしまえば何もかも終わりですから、まずは改憲の野望を阻止しなければなりません。
したがって、問題はそれに対抗する立場であるはずの野党、それも民進党なのですが、こちらもまたあまりに頭が痛いと言わざるを得ません。

野党共闘を応援する市民たちは、民進党を応援したところで何一つ自分の利益にはならず、それどころか民進党は期待をぶち壊しにするようなことばかりやっているにもかかわらず、それでも民進党候補を勝利させようと汗を流しています。毎回のように後足で砂をかけられ、泥を浴びせられ、それでも立憲主義の回復や多様性が尊重される社会の実現のために泥水を飲んでいるわけです。
野党共闘の意義を理解して野党候補に投票している市民たちは、毎回毎回共闘を台無しにするようなことばかり言い、果ては自党の党首すらも差別する民進党の姿勢に大いに憤っていますが、その怒りを飲み込み、しかも政策的に不満がある場合でも泥水を飲んで民進党候補に投票しています。
日本会議系ではない野党は、民進党のほとんど横暴とも言っていいような一方的な要求に答え、自党候補を国会に送るチャンスを捨ててまで民進党候補への一本化に協力するなどしています。民進党が共闘を否定するような暴言を吐いても、共闘のために尽力しています。毎度のように煮え湯を飲まされ、それでも泥水を飲んでいるのです。
では民進党はどうか。代表選の段階でもある程度予想されていたことですが、前原氏は早速、共産党を含む野党共闘に対し、控えめに言っても積極的とは言いがたい姿勢を取っています。共闘支持の市民が泥水を飲み、有権者が泥水を飲み、他の野党も泥水を飲んでいるのに、自分だけはきれいな水しか飲みたくないと駄々をこねるなら、勝てるものも勝てません
無論、大人の事情で共闘を表立って言えないという部分はあるのでしょうが、そんなものは外部の人間には何の関係もありません。いかなる理由によるものであれ、話をろくに進展させることができないのであれば、成果を出せないことに変わりはありません。
なぜ自民党が、それも改憲のためには議席を減らしたくないはずなのに、疑惑隠しであることがバレバレな自爆的解散など行えるのか。十分な野党共闘が成立する可能性が低く、したがって野党は民意の受け皿とはならず、さほど脅威とみなす必要はないと考えられていることが、要因の一つに挙げられるでしょう。
これは要するに、前原氏は「選挙に勝つこと」や「大義を実現すること」などよりも、反共だかハンバーグだか知りませんが、自身の個人的な好き嫌いの方を優先するであろうと読まれているわけです。
本来、野党共闘は2015年の時点で成立させ、ここまでで十分戦える姿勢を構築しておくべきものでした。あの時点でしっかり手を取り合い、その後に内閣の悪行がようやく報道されるに至ったならば、今ごろは善戦する下地が整っていたはずなのです。
ところが、2年経ってすらノロノロとして共闘一つまともに実現できず、その間にとうとう民主主義に王手をかけられてしまっているのに、未だこの状態です。目の色を変えて死力を尽くそうともせず、自分だけは泥水を飲むことを避け続け、それでどうして民意の受け皿になれるというのでしょうか。

なお、自民党も公明党も権力のためなら泥水程度は平気で飲んでみせます。自民は権力維持のためなら手段を選ばず、本来なら考え方の違うはずの公明とも平気で組んでみせていますし、改憲のためなら誰とでも組むでしょう。また、公明は権力のためなら「平和の党」なる理念をいくらでも足蹴にして踏みにじることができます。
市民も、有権者も、他の野党も、民主主義と立憲主義を守り、多様性を尊重する社会の実現のため、全員が泥水を飲んでみせました。後は民進党が飲むか飲まないかだけです。
安倍氏や日本会議のように、戦後日本に対する強い憎悪と、周辺諸国などに対するドス黒い差別感情で動いているような者たちですら、憎しみのために目の色を変えて動けば日本を終了寸前にまで追い込んでしまえることが、現在目の前で示されています。
立憲主義を守り、政権の国家の私物化を止め、多様性を尊重する社会を作る。実に重要なことですから、そのために本気を見せ、目の色を変えてみろと言っているのです。

2017-09-16 の記事 - 2017-09-16
〈時代の正体〉「差別ツイート野放しやめて」ツイッター社前で抗議集会

もし私がこの集会に文句をつけるなら、Twitterが作為的に差別を放置していることがほぼ確実な以上、「差別ツイート野放しやめて」「差別の道具になりたくないよ」などといった甘ったるい主張ではあまりにも手ぬるい、というものになるでしょうが、「差別ツイートを踏みつけにするのは異常だ」なるナイーブすぎる反応をする者さえ見かけるのは頭が痛い限りです。
差別が常日頃から被害者を踏みつけにしていて、そればかりか災害のたびに差別・虐殺扇動が発生したり、実際に障碍者の殺戮まで引き起こしてしまった現状において、差別にはまともに向き合おうともせず、紙切れを踏むことにはいちいち目くじらを立てるなどとは、どこまでのんきで価値基準が破綻しているのかとあきれ果てます。

現状、Twitterの差別拡散力はおそらく相当な水準にあります。
日本語版のトップページは、ここ最近でこそ認証アカウントを中心にするなど多少はマシな仕様となったようですが、ほんの少し前(私が知る限りでは1年以内は確実)まではヘイトデマを垂れ流すアカウントやら、他国を蔑称で呼んでいるような露骨なヘイトツイートやらが堂々と記載されていました。
トップページといえばサイトの顔であり、しかもログインしない(ユーザーが選んだものを表示しているわけではない)状態でこれですから、不特定多数のアクセス者がこのようなヘイトを見せられていたことになります。SNSなどのサービスにおいて問題のある書き込みがなされることは避けようがありませんが、それをピックアップしてトップページに掲載するとなると話は別で、これはもう運営による差別の拡散以外の何物でもありません。
トップページすらこの惨状となっていたほどですから、中身となるとむごたらしいの一言です。まさに差別の見本市、悪意のゴミ捨て場といった状況であり、おぞましいツイートをいくらでも見つけることができます。しかも運営はそれを取り締まる気を全く持っていません
一応、アリバイ作りのつもりなのか、どうでもいい差別アカウントが凍結されることはあるようですが、それ以上にひどい差別発言を繰り返していて影響力も段違いな有名ヘイトアカウントはほぼ野放しとなっています。それでいて、差別に反論したアカウントが処分された例はしばしば報告されています。
差別は本人の意思や行為とは無関係な「属性」に対する攻撃であり、また立場の差を利用して反撃が難しい相手を痛めつけるものです。行為に対する批判、対等な立場同士の言い合いなどとは全くわけが違います。この概念をまともに理解していないような運営が、どうやって言論空間を管理できるというのでしょうか。

その結果として当然に発生するのが、現実社会に対する脅威です。
Twitterにおいては、災害のたびに差別扇動、ひどい時には虐殺扇動を含む悪質なデマが垂れ流されることが恒例行事となっています。熊本の震災では、「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」などの関東大震災時に実際に虐殺を発生させた、効果が実証済みの殺人デマを流す者が大量に発生しましたし、猟銃を持っている者は自警団に加わるよう呼び掛けるツイートまで存在したほどです。
実際、被災地のレイプ多発デマを真に受け、自警に乗り込もうとした者の存在も確認されています。しかも、レイシストはその人物を煽り立てて差別デマまで吹き込む始末で、一歩間違えば何が起きてもおかしくありませんでした。
日本社会はすでに障碍者殺戮事件という稀代のヘイトクライムを体験しており、もはや「起きるかどうか」ではなく「次はいつ起こるのか」の段階です。熊本その他の災害で特に何も起きなかったのは運が良かったからでしかなく、災害時・平時を問わず常にヘイトクライムと隣り合わせの状況にあります。政府が火消をするどころかJアラート遊びをして差別意識を煽っている現状ではなおさらです。
そして、Twitter社はこういった差別扇動に対し、全くと言っていいほど有効な手を打っていませんし、本気で対処するつもりもありません。熊本の震災でも多数の差別・虐殺扇動デマが放置され、有志が拡散しないよう呼び掛けたり、投稿者に対して法的な責任が及ぶ可能性をちらつかせて削除させたりといった活動で、できるだけ被害を押しとどめていたような状態でした。ちなみにその間、Twitter日本運営はいきものウィークなる企画に現を抜かしていました。
Twitter社の差別放置姿勢が生み出しているのは、現実の人々の生命や生活に対する脅威です。そして、自らの生命や平穏な生活をもってTwitterの差別放置の代償を払わなければならないのは、今までTwitterとは何の縁もゆかりもなく生きてきた無関係の人かもしれないのです。

水原希子出演のCMに「日本人を使え」など差別ツイート サントリーとTwitterに聞いた

こうなるのは当然というものでしょう。企業もいい加減、このような差別企業に広告を出すと余計な問題を抱えることになると認識した方がよいのではないでしょうか。
なお、Twitterの「対処している」が全くのでまかせであることは、有力ヘイトアカウントが野放しであることを見れば分かります。さすがにスポンサーの手前、一部を削除するなりしてポーズくらい見せようとはするでしょうが、それだけでは所詮ポーズであって実質的な意味はありません。