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2018-08-18 の記事 - 2018-08-18
自称プラントハンターによる「星の王子さま バオバブの苗木」、大炎上により販売中止に

この件。プラントハンターを名乗る炎上芸人による「法には触れない」を悪用したモラルハザードが可視化された例でしたが、結局取り扱いは取りやめとなったようです。

通常、法律は社会の何もかもを取り締まるようにはできていません。それをやってしまうと自由が損なわれますし、社会にとって良いことはありません。ただ、「法にはいちいち書いていないが、すべきでないこと」は当然ながら存在します。
例えば、とあるファンドが法の抜け道をついて株を買い進め、グリーンメールを仕掛ける。ブログや動画でヘイトデマを垂れ流し、それを商売とする。ある出版社が著者に白人を起用して「ハク」をつけた上で、ヘイト本を売りさばく。法的に問題ないと称して男性の集団が女性専用車両に乗り込む嫌がらせをし、時には注意してきた女性を晒し上げ、それを動画にして視聴数を稼ぐ。著作権が切れた有名な物語を捻じ曲げて用い、炎上商法によって注目を集め、ただの苗木に物語代を乗せて高く売る。いずれも「(直ちには)法には触れない」案件です。
このようなモラルハザードが平然と横行すれば、それを法律や条例、あるいは自治体や企業・共同体の規則などで規制する必要が出てくる場合もあります。本来であれば良識で避けることができるのに、一部の不届き者がふざけたことをやるがためにシステム的に縛らざるを得なくなれば、それは社会にとっての損失です。といっても、日本では政府が完全にモラルハザードを起こしているので、それ以前の問題かもしれませんが。
したがって、法的に問題はなくとも、良識に反していたり、他人に対して不当な苦痛を与えるなど、公正性に反する場合には、市民の言論活動などによって止めることが必要になる場合もあります。分かりやすい成功例としては、レイシストへのカウンターやヘイト動画通報などを挙げることができるでしょう。いずれも根絶には至らずとも、その規模を大きく減じることには成功しています。

では今回のような炎上商法が行われた場合、どのように対抗するのが効果的なのか。私が知る限り、最も良いのは徹底的に炎上させて燃やし尽くしてしまうことです。
長谷川豊氏は「透析患者は殺せ」で炎上を仕掛けましたが、燃やし尽くされてレギュラー番組をすべて失い、しかも維新から出馬するも強い反発を呼ぶばかりで、結局落選。杉田水脈氏は安倍政権の本音担当として差別を垂れ流し、その異常思想によって名を売りにいった結果、徹底的に燃やされて自民党ですら形ばかりながら「指導」をすることになった上、「生産性」をめぐる余波は今なお続いています。
このプラントハンターを自称する炎上芸人はかつてクリスマスツリーでやらかしましたが、今回の件でももともと炎上必至のやり方に加え、以前の大炎上で作られたコークスに今回の炎が引火して高温化した側面もあり、徹底的に燃やされた結果として販売は中止。氏は「危険物件」として広く認知されるに至ったことでしょう。

NEWSの窓:メディア 差別と闘う 「どっちもどっち」は無し

おっしゃる通り。ただ、これを書いた人は分かっておられるとしても、分かっていない人間がこの新聞社内も含めてゴロゴロいるようですが

どっちもどっち論。マスメディア上で多く見られるのは、無理やりな両論併記であったり、「とされる」「とも取られかねない」といった「そう取る奴が悪い」と言わんばかりの表現であったり。また、どっちもどっち論を誘発する不正確な表現として「ヘイトスピーチ(憎悪表現)」も散々使用されてきました。これらがどれほど著しく公正性を毀損してきたことでしょうか。
例えば、最近でも杉田氏のLGBTヘイト、東京医科大学の女性差別など、日本で差別を見ない日はありませんが、これらはいずれもただの差別です。「差別と取られかねない」などではなく「差別」です。理由をつけようが何しようが、単なる差別です。そして、杉田発言についてしっかり許されないと明記しているのが、こちらは読売新聞の子ども用コーナーという笑えなさ。毎日といい読売といい、どうして子どもコーナーでは正しい説明が書けるのに、大人が読む部分では全く話にならないのか。
子どもに「それなら、許されない発言をしているような人や政党について、なぜメディアはまともに批判し戦おうとしないのか」と問われて、答えられるのでしょうか。

ここに「○○人を皆殺しにしろ」と主張する者がいます。そして、それに対して「そんなの許されるか」と反対する者がいます。これがどっちもどっちであるとしたら、ではその中間点はどこでしょうか。両論併記をするとしたら、その落としどころはどこでしょうか。「○○人を皆殺し」と「それは許されない」の間からどの点を選んだとしても、100%留保なしの「許されない」を選ばない限り、「○○人をある程度なら殺していい」ということにならざるを得ません
差別には明確な力関係の差が存在します。力関係の差がなければ差別にはなり得ず、差別問題を考える上では常にこれを念頭に置かなければなりません。
力関係が違う以上、差別の構図を放っておけば被差別者が一方的に蹂躙されます。ひ弱な子どもと老人が屈強なヤクザの大軍に絡まれ、必死で抵抗している、という場面があるとして、これを「ケンカはどっちもどっちだ」と放置しておけば弱い側が容易に蹂躙されるだけです。おまけに、この場合のヤクザとはすなわちマジョリティの力を背景にした存在であるわけですから、自分がマジョリティである限りは自分もヤクザに力を貸している側となります。
つまり、「止める」以外の選択肢はすべてヤクザに味方することと同義です。自分も差別に加わるか、どっちもどっち論などで中立を気取るかの違いは、自分もヤクザに手を貸して蹂躙を手伝うか、自分は手を下さずヤクザに汚れ仕事をやってもらうか、ただそれだけの差でしかありません。
さらに恐ろしいことに、マジョリティの一部はヤクザに襲われている弱い立場の人々が涙を流して耐えている間は「おお、ひどい話だ。かわいそうに」などと言ったりするくせに、彼らがもう殴られたくないからと抵抗したり身を守ろうとしたり、社会に苦境を訴えたりし始めた途端に「逆らうのか?生意気だ!でしゃばるな!」などと言い出したりします。要するに、被差別者が従順である限りは二級市民扱いくらいならしてやる、という極めて差別的な態度を取るわけです。
しかも現状で運よく特権階級側につくことができた名誉一級市民の被差別者が差別側に同調する、という地獄絵図もしばしば繰り広げられます。

こうしたものに対して、メディアは「NO」と言う責任があります。差別は差別であると述べ、差別者の攻撃と被差別者の抵抗を「どっちもどっち」にせず、不公正な両論併記は行わず、また従順であることを条件とした二級市民認定なども正しく差別と断じなければなりません。
しかし実際はどうでしょうか。立場の弱い人々を権力などの巨大な力から守るため、それに匹敵するほど大きな力を与えられてきたメディアが、権力や社会の差別と手を組み、強大な力を用いて弱い立場の人々を蹂躙する場面を、一体何度見せられたことでしょうか。新聞が強い者の味方をして弱い者を叩き、テレビで被差別者を面白おかしく蹂躙し、大手出版社さえも売れるからとヘイト本を出す絶望的な光景を、今までどれほど目にしてきたことでしょうか。それがマジョリティ側の人間から見ても最低劣悪な光景であるならば、マイノリティにとってはどれほどの恐怖や絶望でしょうか。
子どもコーナーに書かれる、すなわち子どもでも十分理解できるようなことを、大人はなぜできないのか。このような状況は恥も恥、子どもにも笑われてバカにされるほどの大恥だと考えるべきでしょう。

2018-08-11 の記事 - 2018-08-11
森氏、サマータイム再度要望 首相「内閣としても検討」

バカじゃないの?

捏造・改ざん・もみ消し・ヘイト、何でもありのこの異常な政党・内閣はいつもこれです。しかもオリンピック自体が老人の道楽同然に招致が開始された大義のないもので、こちらもまたロゴから競技場から何もかも大騒乱。現代日本におけるこの2つの巨大ゴミが合わされば、大惨事になることなど分かったようなもの
さすがに実際には導入されないと信じたいところですが、この内閣は国民を苦しめることであれば何をやってもおかしくありませんし、たとえ回避されてもこんなものが検討されることからしてどうかしています。

なお、本件については自民党・安倍内閣支持者のうち、これが実現されればあおりを食う人々の一部も真っ青になっている模様。今まで他者を踏みにじる行為、異常で全く道理に合わないやり方を平然と支持しておいて、自分が被弾すると分かった途端に大騒ぎですか。散々支持していながら、LGBTヘイトの直撃を食ったら騒ぎ出した勝間氏でもあるまいに、恥という概念がないのか(無論、今までの行いを反省して転向する人がいるならそれは歓迎です。まずは踏みにじってきた人々への真摯な謝罪と、自民や在特周辺やその他ヘイト勢力への明確な不支持表明、そして贖罪の開始は最低条件ですが)。
今まで散々やってきたように、どんな滅茶苦茶な政策でも何の疑問も持たずに支持でもしていればよろしい。他人の首にかけた縄は平気で引っ張ってきたのですから、自分の首に縄が巻かれた時にも同じようにすればよろしい。
自分が支持してきた内閣の異常行為によって大災厄がもたらされたとしても、まさか内閣の異常行為に反対してきた「反日」どもの手を借りたりなどしないでしょう。親愛なる内閣のために自分らだけでデスマーチでもなんでもして対処すればいい。それで力尽きたら、終戦の日コスプレ大会でおなじみの某神社にでも祭ってもらってはいかがか。
本来、サマータイムに反対する人は誰でも「味方」のはずですが、捏造・改ざん・もみ消し・差別などの不公正の山に対して怒るどころか支持していた人間が「味方」になったところで何の役にも立ちません。どうせ自分は被弾しないが被差別者・困窮者などが大いに苦しむ滅茶苦茶な案が出てきたら、そちらは大喜びで支持することでしょう。そういう輩などいるだけ邪魔ですし、手を組めば余計悪い方に進むだけです。

東京五輪が待ち遠しくない

この状況下でよくぞこのような見解を書いたものです。そして、書いてあることはいずれもごもっとも。

ただ私としては、やはり「かかわってくるな」ではなく「返上しろ」と言いたいところ。
自分という視点で考える場合、確かにオリンピックが自分に一切かかわってこなければそれで十分です(実際には不可能でしょうが)。私の知らないどこかで勝手にやって、私に一切迷惑をかけず、勝手に終わって勝手に後始末をしてくれればいい。報道も、オリンピックが好きな人にはスポーツチャンネルやスポーツ紙を見てもらい、一般のメディアでは政治などの問題を扱う時間を一切減らさない。競技は国ではなく選手の競争としてのみ扱い、国としての闘争心を煽るような報道はしない。そうである限り、私個人はそれで構いません。
ただし、社会的な観点から見るとそうはいきません。このオリンピックには大義も公正性もなく、よって返上するのが社会のために必要であるからです。
国民の支持をろくに得られない状況で老人の道楽同然に立候補し、招致には疑惑が付きまとい、アンダーコントロールなるデマまで吐き、安価な五輪と嘘を言い、ロゴで大モメ、競技場で大モメ、共謀罪など悪法成立に活用、被災地を利用して招致しておきながら被災地からリソースを奪うことになり、卑劣にも学徒動員までもくろみ、ボランティア駆り出しのために休暇をずらすやら大迷惑の連続で、しかもそのボランティアとやらは単なる無賃労働、そして今度はサマータイムだの何だの。そこに大義は何一つありませんし、自己満足連中と利権連中のバカげた机上の空論によって一般の人々が苦しむだけです。
そしてオリンピックが終われば、そこで生み出された多くの財政負担と、散々無理が通されたことによる制度及びモラルの崩壊により、焼け野原同然の未来が待っています。

自分のことだけでよければ、「かかわってくるな」は最も容易な答えです。しかし、社会の観点から考えるならば、オリンピックは返上するしかありません。
開催されてしまった場合の大災厄に比べれば大したことはない違約金でも何でも払い、オリンピック予算は地震・豪雨・台風の被災地に振り向けたり、人道的な避難所設営用の設備を整えたりすればいい。
国際社会に対しては恥だとしても、オリンピック招致決定からここまでに積み重ねてきた恥、そしてこれから積み重ねる恥を考えれば、こちらも大したことはありません。そもそも、捏造・改ざん・もみ消し・差別・歴史修正内閣が国を動かし、ヘイトデモやヘイト議員が横行し、土俵はおろか入試ですら堂々と女性差別がなされている現状を超えるほどの恥はないでしょう。
後は「もう始めたことだから」「今さら文句を言うな」と言い続けて焼け野原まで行くか、途中で踏みとどまるか、ただそれだけです。

2018-08-02 の記事 - 2018-08-02
杉田水脈議員に自民党が指導 「配慮欠く」と異例の見解

差別及び優生思想を垂れ流しておいて、処分ですらなく単なる指導ですか。しかもその内容もどこかで見たようなアレ。配慮を欠くだの不適切だのではなく、「LGBTに対する著しい偏見及び優生思想の両方に基づく極めて悪質な差別」です。LGBTヘイトと相模原事件の犯人の優生思想が合体した悪魔のような議員など辞職させるのが当たり前。そうなると自民党議員はほとんど辞めることにはなるでしょうが。
ともかく杉田氏は辞職、二階氏と「先輩方」も厳しく処分。それは最低限必要でしょう。

>石破茂・元幹事長や小泉進次郎・筆頭副幹事長が相次ぎ批判するなど、波紋が広がっていた。

ヘイト発言で気分が悪い中、ますます気分が悪くなります。杉田発言に対する人々の反応は早く、LGBTでない人も「差別を容認してはならない」「生産性の思想を放置すれば、問題はLGBTにとどまらない」として即刻LGBTと連帯、あっという間に抗議を作り上げました。
ただの市民がそれぞれ動き、抗議を作り上げたのに、自民党議員として一定の責任を持つであろうこの世襲坊やはその間一体何をしていたのか。抗議の声が激しくなったので石を投げてみせただけ。おかしいと考えているなら、問題が出始めた時点ですぐに頑としておかしいと主張し、党に対応を迫るのが当然ではありませんか。それでも党が全く対応せず、差別発言がどうしても許せないなら、考え方が全く異なるのだから離党しかない。
当然、氏はそのようなことは絶対にしません。実際には差別を許せないと考えているわけでも、差別政党である自民党と思想を異にするわけでもないからです。

二階氏「大げさ、この程度の発言で」 杉田水脈氏巡り

杉田もろとも辞職しろ、ゴミクズ以下の議員が。

ところで、やはり先日の自民党前抗議がかなりの効果をもたらしているようですが、これに東京レインボープライドが参加したのは、そもそも当然とはいえ画期的なことであったといえるでしょう。

レインボープライドのような運動体は、表面上の「政治性」を嫌う傾向にあります。それを明確にするよりは、曖昧のままで済ませた方が運動の広がりがよくなるという読みがあるためです。
その結果、運動が「政治的」にならないように細心の配慮するという、実は最も政治的な立ち位置の下にこうした運動体は存在してきました。
そもそも現代社会の人間にとって、その生活はそのまま政治に関わるものですし、ましてやLGBTの人権擁護と制度上の差別の撤廃を求める活動が「政治的」でないことなどできません。すなわち、その活動を「政治的」でないものとすること自体が極めて政治的な打算の上で成り立ち、政治的な方針として機能していたわけです。
そして、それは確かに途中まではある程度上手くいっていました。もともとマイノリティの中でもかなりの人口を持ち、多くの人が漠然と肯定するであろう「(性の)多様性」を題目とし、日本社会の中でも注目を築き上げてきたLGBTは、各自治体や企業・学校などにとっても無視のできない存在となり、徐々に権利を勝ち取ってきました。
これはいわば、主張する側と受ける側の双方が「政治性」にフタをするという非常に政治的な駆け引きの下でなされたものであり、LGBT運動体の側は政治的立場はさて置いて、とにかくLGBT差別解消を申し入れ、受け入れる自治体などの側も政治的立場はさて置いて、「多様性」や「人権」を題目として啓蒙活動を行ったり、制度を作ろうとしたりしてきました。
運動が進んでいくにつれ、この「大人の関係」が上手く回らなくなる(いずれ運動体の側は自らの「色」に自覚的になり、受け入れる側もより積極的な観点から差別解消に動くようになる必要がある)のは時間の問題でもありましたが、ともかく政治や自治体・企業・学校などの側としても、本音はどうあれ多様性や人権を表立って非難するわけにはいかず、とりあえずここまでは歯車がかみ合っていました。
しかし、ここで異常な政権である安倍政権の、しかもその異常思想を垂れ流すスピーカーとしての役割を持った杉田氏が、大変なことを言い出しました。彼らにとっては「多様性」も「人権」も、本音どころか建前の上ですら守る必要がないと考えているものですから、この場で「大人の関係」の構図は一瞬にして壊滅することとなりました。

こうなってしまっては、レインボープライドの側も決断を迫られます。そして、彼らは差別や人権、そしてその政治性などを十分理解している運動体のはずですから、抗議に参加しないことは、参加することよりもさらに政治的である事実を即座に認識したに違いありません。
例えば、政治家でも何でもないが影響力はある有名人なり企業・団体なりが強力なLGBT差別を垂れ流したとしましょう。そうすれば、LGBTの運動体はこれに抗議を出すでしょうし、一般にはそれが政治的と呼ばれることもありません。「透析患者は殺せ」の長谷川豊氏に関係団体が抗議を出したのと同じです。
ところが、それを垂れ流したのが自民党の議員であったならば、抗議することがその時点で「政治的」なものとなってしまい、自らを「政治的」ではないものと位置付けようとすれば抗議ができなくなってしまうのです。ただの有名人や団体などが相手なら抗議できるのに、それよりも責任が重く、実際に立法にかかわることができる議員へは抗議ができないとすれば実に本末転倒な話で、「政治的」ではないことの政治性をこれほど強く認識させられるものもありません。
結果、レインボープライドは抗議の道を選びました。妥当な判断でしょう。そしてまた、もはや「政治的ではない」という極めて政治的な立場を貫くことも不可能となった状況にとうとう直面したこれからが正念場であるといえるでしょう。

どのみち、それはいずれ必要な変化でした。
「LGBTの地位が向上するなら、それを訴える相手が人権を縮小しようとする勢力でもよい」「LGBTの地位は向上させるが、在日など他のマイノリティの差別問題にかかわれば政治的になるので関係しない」。LGBT運動を「政治的」ではないものとする代償が、このようなひずみを生んでいたのです。
例の「生産性」発言は、LGBTのみならず、障碍者やその他のマイノリティをはじめ、この社会のありとあらゆる人間に向けられた刃です。この腐りきった優生思想・差別思想を否定するのは、まさに人間や社会が持つ多様性に他なりません。
彼らが抗議で掲げたレインボーは、人種・民族・出自・その他あらゆる多様性の象徴であって、もはや単に性多様性のみを表すだけの記号ではないと信じます。
そして、これは本件だけに当てはまることではありません。「政治的」ではないという極めて強い政治性を帯びる様々なものは、いずれその皮肉な政治性と決別しなくてはならないのです。こと、政権与党が差別主義者として精力的に差別をまき散らす異常事態となってしまった現状においては、決してそれを避け続けることはできません。

2018-07-27 の記事 - 2018-07-27
LGBT:「生産性なし」自民・杉田議員の寄稿が炎上

さすがは事実上の当選保証によって自民党に引き入れられた自民党議員様。この上なく自民党を明確に体現していて、まさにゴミクズ以下の存在です。実際、ゴミクズは廃棄の必要があるなど負担になりますし、有害物質を含む場合すらありますが、能動的にヘイトを吐き散らして他人の尊厳を踏みにじり、その生命を危険にさらしたりはしません。比喩でもなんでもなく、杉田氏と自民党は本当に「ゴミクズ以下」なのです。
杉田氏の主張は相模原事件の犯人のそれと根底において全く変わるところがありません。しかも杉田氏によれば、大臣クラスの者も含めて先輩方から「間違ったことは言ってない」などと声をかけてもらえているとのこと。
悪質な差別主義者として知られる杉田氏を議員にし、差別推進の急先鋒として活用し、実際にヘイト発言をした時にも止めるどころか激励する。これが正真正銘の自民党の本音であるわけです。異常者の、異常者による、異常者のための政党であるとしか言いようがありません。
そして、相模原事件の犯人と同じことを平然と主張する議員や政党を未だ支持する人間がこの社会にいるという事実が、そのまま被差別者を恐怖させ、生命の危険につながることを、これほど分かりやすく示している事例もありません。自民党や安倍内閣に関しては、もはや支持すること自体が加害行為であると言っても過言ではないでしょう。
これに文句がある支持者がいるなら、今すぐ自民党や安倍内閣に抗議活動でも何でもして差別をやめさせたらいい。どうせそんな者などまずいないでしょうが。立憲民主党が小林よしのりを呼ぶ、相乗りをするなどの行為に出た時に激怒したり(なお私は、立憲民主党が小林よしのりを呼ぶような態度を改めない限りは同党を支持しませんし、比例票も入れていません)、共産党が募金デマを流されたのになあなあな態度を取るのに対して「ちゃんと訴えろ」と怒ったりと、各党の支持者は支持できないことにはきっちり怒っていますが、自民党支持者は自民党に差別をやめてもらっては困るわけですから。

LGBT:二階氏「人生観いろいろ」 杉田氏の寄稿静観

ほら、この通り。差別という他人の尊厳・人権を否定し排除する攻撃行為に及び、それも相模原事件の犯人と同じような選別思想を主張してみせた事実は、到底「人生観」で片づけられるものではありません。ところが、それは自民党にとっては「人生観」だと。やはり自民党は異常者の集団のようです。

あらゆる人には人権があり、人として尊重される権利があります。尊重されなくていい人間、排除されていい人間などいませんし、それを選別する権利を持つ人間もいません。
ただし、それにはただ1つ、「他人の人権を尊重し、それを踏みにじらない限り」という条件がつきます。
例えば、「○○(属性)の者を(相対的または絶対的に)尊重する必要はない」などとして、他者の尊厳を奪い去り、排除をしようとする人間が現れたとしましょう。
「○○」と「○○を排除しようとする者」、この両方を尊重することはできません。すなわち、「○○を○○という理由で排除する(例:障碍者を障碍者という理由で、LGBTをLGBTという理由で、他民族の人を他民族という理由で、女性を女性という理由で排除する)」か、「○○を排除する者を排除する」か、必ずどちらかを選ばなければなりません。
これに中立や妥協点はありません。例えば「○○を皆殺しにしろ」と「それは許されない」の中間点は「○○をある程度なら殺していい」ですし、妥協するなら「○○をこれくらいの人数までなら殺していいとして手打ちにしよう」となりますので、どのような点を中間点もしくは妥協点にしようとも、それはすべて排除側を尊重し、○○の側を否定することを意味します。
当然ながら、人を人として尊重しようとするならば、排除する者を排除することになるでしょう。障碍者・LGBT・特定の人種や民族・女性などはその属性を自分の意思でやめることはできませんし、それを理由に排除するなどというのは「死ね」と言われるも同然です。一方、排除する者が人として尊重されたいのであれば、今すぐ排除をやめて償いを始めればよいだけで、両者の立場は全く異なります(実際、反省を口にして改善に動き始めた元レイシストを、被差別者自身も含む反差別者が「まだ信用はしていない」と言いつつ気にかけて世話を焼くといった光景も、この社会では見ることができます。まさに暗黒時代の灯火のような光景です)。
「○○を○○という理由で排除する」ことを止めるためには、杉田氏や自民党連中、レイシストなどは排除されなければなりません。

はっきり言って、杉田氏や自民党をこのままにしておけば、この社会に存在するいかなる人間も無関係では済みません。彼らが「生産性がない」と認定しさえすれば、それがいかなる属性の人間であれ、どのような目に合わされてもおかしくないのですから。
例えば、平均値以下の人間であれば「相対的に生産性がない」とみなすことができるでしょうが、格差が非常に拡大したこの社会で、平均を上回れて「生産性がある」人間がどれだけいるでしょうか。あるいは、誰しもいずれ年老いますし、明日にも病気や交通事故で倒れ、障碍が残るかもしれません。地震や津波、豪雨などの災害によって生活を薙ぎ払われることもあり得ます。子を持たない人、持てない人、経済的に無理という人、すなわち生殖の面で「生産性がない」人も非常に多いでしょう。
こうして「生産性がない」人間を順番に排除していけば、それまでは「生産性がある」とされていた人の順番も間もなく回ってきます。ダルマ落としの1つ上のブロックが、一番下のブロックをゲラゲラ笑って、あるいは「お前がどうなろうと知ったことか」と言わんばかりの目で見ている、というのはなんとも滑稽な風景ではあります。
自民党が次に「生産性がない」認定をし、社会から排除しようとするのは誰か。あなたです。ホモセクシャルの人間が否定されようが、彼らが「生産性がない」認定されようが関係ない?あなたはダルマ落としではその1個上のブロックでしかありませんが、なぜ彼らを無視したり、笑えるのでしょうか?

ところで、先日LGBTであることをカムアウトしていた勝間氏が、本件の自民党の対応について文句を言っているのを見かけました。経済系のヘイト党支持者が、差別したい系のヘイト党議員らに横っ面を張り飛ばされて怒っているというなんとも皮肉な展開に。
そんな党を散々支持してきた結果、今までどれだけのマイノリティがこの党と内閣にぶん殴られ、魂を殺されてきたか、これを機によくよく認識すればよろしい。といっても、それが認識できるなら、最初からこんなマヌケな有様にはなっていないかもしれませんが。この党が在日や困窮者などをぶん殴っている時点では喝采を送っていたら、次はLGBTである自分の番がやってきた。最初から起こるべくして起きたことではないですか。
ともかく、自分が張り飛ばされる番になってから文句を垂れても遅いのです。繰り返し言いますが、この次に排除されるのはあなたです。

2018-07-21 の記事 - 2018-07-21
小1男児が熱中症で死亡 校外学習中に「疲れた」訴え

相次ぐ学校熱中症問題。これらは直接的には厳しい気候によって引き起こされたものですが、実際には猛暑は問題が顕在化したきっかけにすぎません。
学校は事実上の治外法権であるというのが日本の常識であり、例えば街中で子どもを殴れば逮捕されるところを、学校内で教師が犯行に及べば大抵の場合は逮捕されない現実があるわけですが、これと厳しい気候条件がかみ合えば何が起こるか、容易に想像できようというものでしょう。
結果、体調不良の6歳児を炎天下に引き回して殺したり、校舎の周りを80周させるデスマーチを命じて殺そうとしたりといった大変な事態となり、さすがにこうなると学校の外に対して事実を公開せざるを得なくなり、外部から見ると異常としか言いようがない状況の一部がようやく表面化し、世間を唖然とさせることになるのです。

運動部のみんな、熱中症「無理」「もうダメだ」の勇気を

書かれていることは正しいにせよ、意味のない記事です。
なぜ学校で熱中症が起こるのか。「暑いから」ではなく「構造的な問題があるから」です。
差別やセクハラなどの問題にある程度詳しい人にとっては自明なのですが、このような場合には構造的な力関係の差が必ず背景にあり、それゆえにデスマーチの末に倒れるといった、普通に考えれば無理でダメなことが発生してしまうのです。
そしてこの場合、「被害者」側に呼び掛けることは良くて無意味、悪くて有害です。例えば差別ならマジョリティ側の問題ですから、被差別者に何かを要求してはいけませんし、セクハラなどの問題なら被害者本人が戦うことは当然自由ではあるものの、戦うことを強要する権利は誰にもありません。
また、本人が戦わなかったからといって侵害行為がより軽いとみなされることがあってもいけません。よくある「嫌ならなぜきっぱり拒絶しなかったのか?」はまさに被害者に責任を転嫁するワードでしかなく、「力関係のために拒絶できないから」に決まっています。
学校の熱中症問題もこれと同様です。記事を書いて切り込むのであれば、力関係の弱い「被害者」に「拒絶しろ」と言うのではなく、この力関係の構造にこそ切り込まなければならないのです。

今回の熱中症問題は、学校内で平然と行われている異常事態を表面化させるきっかけとなりました。
であるならば、熱中症への直接的な対策はもとより、この構造的な問題を解消していかなければ、似たような問題を今後とも何度でも繰り返すことになるでしょう。例えば根性論によるエアコン設置・稼働の否定は、別件でも根性論によるトラブルを引き起こすことが目に見えています。

「ニュース女子」で人権侵害、在日女性が「DHCテレビジョン」とジャーナリストを提訴へ

どこからどう見てもヘイトデマの塊である異常な放送をしていながら、不完全極まりない謝罪に至るまでにすらこれほど時間がかかりますか。

権力とは巨人のようなもので、その気になれば無力な個人など簡単に踏みつぶしてしまうことができます。そこでメディアには、彼らが暴走しないように監視し、万が一暴走した場合はそれを止めるため、巨人に匹敵するほどの力が与えられています。政府が沖縄や女性、朝鮮人などを踏みにじっているのに、メディアが一緒になって踏みにじるとはどういうことですか
同様に東京新聞も問題です。無論、会社の者が言論活動をすることは自由でしょうし、それが会社の方針と食い違っているからといっていちいち処分してはならないでしょう。それがデマやヘイトスピーチである場合を除いては。「東京・中日新聞論説副主幹」の肩書で箔をつけてヘイトデマの銃を乱射したのですから、責任ある企業としては厳しく対応しなければなりません。
あんなヘイトデマが何をまかり間違ってか電波に乗ってしまったのは、それ自体が驚愕すべきことですが、責任ある立場のはずのMXや東京新聞といったメディアがとことん誠実に対応しなかった事実はますます驚愕に値します。
DHCのようなヘイトデマ企業が発生してしまうのは、残念ながら完全には防ぎようがありません。その卑劣なヘイトデマを右から左に垂れ流し、まともな謝罪も対処もしないメディアの問題は極めて深刻です。

なお私は、表現の自由は公共の福祉による制限を受け、他の権利との兼ね合いの上でのみ認められるものと考えていますが、表現の自由を至上主義的に重んじるとすれば、実際にはこのようなヘイトデマこそ徹底的に非難し排除しなければなりません。
例えば、経済活動の自由が最大限尊重されるとして、「ニセ札を製造する自由」「良くて無意味、悪ければ危険物入りのニセ商品を偽って売る自由」は経済活動の自由として容認すべきでしょうか。それを問題視する人々に対して「ニセ札やニセ商品に文句があるならば、それをやめさせるのではなく、自分が正しいと考える経済活動によって勝負を挑めばいい」と反論することは適切でしょうか。経済活動が自由だからと、細菌兵器や破壊兵器などの殺戮兵器、危険なドラッグなどを売りさばくことは適切でしょうか。
経済活動としてニセ札やニセ商品の自由を認めれば、経済の信頼性が破壊されてそれ自体が成り立たなくなり、経済活動のためには殺戮兵器を売っても何をしてもいいとなれば社会自体が破壊されます。
表現の自由を守ろうとするなら、デマをまき散らし、人権を侵害し殺戮などの大惨事をも招くヘイトスピーチをまき散らすことには非常に厳しくなければならないのです。

2018-07-15 の記事 - 2018-07-15
豪雨災害。今回ばかりは自民党は少々失敗してしまったようです。

この場合の自民党にとっての最適解とは何か。無論、災害対応など放り出して外遊に行くことです。普通、そのようなことをすれば大批判を受けて政権の致命傷となりますが、残念ながらここは日本です。自国内だけでは飽き足らず、わざわざタイの救助された人々に対してまで自己責任論に基づく中傷をしなくては気が済まないような魑魅魍魎であふれた場所なのです。
文句を言ってくる者がいれば「災害を利用するな」とわめきたてて黙らせ、子分のレイシストどもにくだらないデマを垂れ流させ、被災地からの声として批判する者があればその個人をつるし上げて「攻撃指令」を出すことで黙らせ、かつそれを見せしめとすることで他の人も同様の発言をできないようにし(これは実際に世耕氏が実行)、最後に朝鮮辺りへのヘイトでも垂れ流せばよい(これも実際に片山氏が実行)のです。
少しでもまともな神経をした人々は、最初から安倍内閣など支持していませんから、まともな人々にますます嫌われたところで安倍氏としては痛くもかゆくもありません。一方、支持層であるレイシストは弱者いじめが大好きな連中なのですから、被災地など踏みつぶして喝采を受け、それに疑問を抱く数少ないレイシストにはエサ(差別)を提供してやれば万全です。
当然、謝罪すべきことなど最初から存在しません。批判してくる者がいるとすれば、それはすべて災害を利用した言いがかりであって、何一つ問題など存在しないのですから。
ところが、安倍氏は外遊を取りやめ、他の宴会参加議員も「誤解」を与えたなどとふざけた理由ではあるものの、陳謝らしき態度を取ってしまいました。ここは日本なのですから、異常なことを強弁した末に差別の一つも垂れ流せば簡単に片付いたところを、これは自民党にとって明らかな失敗であるといえるでしょう。

「在日朝鮮人だ」虚偽の投稿放置、ヤフーに削除命令

日本名物・在日認定。放置しておけば事実とされてしまいますし、かといって抗議したり裁判沙汰にでもしようものなら「在日朝鮮人とは恥なものらしい」などと言いがかりをつけられるという意味不明な状況なのですが、このような行為が許されない理由は以下の通り。

1.「在日朝鮮人」の語自体は単に属性を表す言葉でしかないが、レイシストはこれを属性を表す語ではなく悪口として使用しており、民族・国籍名を悪口の意で使うのだから著しいヘイトスピーチである。なお、民族・国籍名以外でも、単に同性愛であること、あるいは知的・発達・身体障害の有無を表すにすぎないはずの言葉が悪口として用いられることはしばしば行われており、いずれも当該属性に対する差別的言動である。
2.レイシストは「在日朝鮮人」の語を本来の意味ではなく悪口として用いているわけだから、これは発言を向けた相手に対する明確な誹謗中傷である。
3.単純にデマであるし、自分の本来の属性を否定され、別の属性であるかのようなデマを流されるのは、極めて非礼であって苦痛を受けるものである。例えば男性を女性、女性を男性扱いすることは一般に失礼とされる。
4.仮に本人が本当にその属性である場合でも、本人が公表したくないと考えている属性を勝手に公表してはならない。性的マイノリティのアウティングが代表例。ましてや、誰彼構わず「認定」して回るなどもってのほか。
今回の被害者は日本人で、国籍を証明できるので削除を求めることができたが、本当に在日であるならそれもできず、拡散を止める方法がない。現状の日本で在日朝鮮人であると発覚した場合、下手すると生命の危機にすらつながりかねないため、それを公表しないことには自己防衛としての意味がある。

要するに、在日認定というのは何がどうあっても問題で、絶対に許されない悪質な行為であるわけです。

>「人格的利益より、虚偽の事実を示した表現の自由を保護する理由は全くない」

全くその通りです。
ところで、今回はYahoo!が放置の責任を問われたわけですが、災害時デマの打ち消しに動いている人々を順番に凍結し、レイシストの差別は放置するどこぞのSNSに至ってはどれほどの責任があるでしょうか

〈時代の正体〉豪雨災害乗じ差別扇動 川崎の男性、デマツイート

ということで、どこぞのSNS。今回の豪雨でもしっかりヘイトデマが垂れ流され、しかも延々と放置されました

>ここ数年、災害のたびに会員制交流サイト(SNS)がヘイトとデマの「拡声器」として悪用されている。ツイッター社は利用規約でヘイト行為を禁じるが、違反投稿の削除などの対応は全く不十分。西日本豪雨でも「朝鮮人が暴動を起こすぞ。気をつけろ」「空き家とか崩れた家に入って窃盗しています。たぶん中国人です。見つけたら殺しましょう」と殺害を呼び掛けるツイートまでが放置され、拡散している。企業としての社会的責任の欠如は再三批判されても一向に改まらない。
(強調は引用者による)

もはや犯罪級でしょう。
いくらなんでも、このSNSにはさすがにつける薬がありません。ここで災害のたびになされている悪質な差別(虐殺)の扇動と、それに対する運営の事実上の加担姿勢、そしてデマの打ち消しを行う人々の方を次々と凍結していることなどを考えれば、重大な結果を招くのは時間の問題ですから、その前に会社をたたんで消え去ってくれることを願うばかりです。

2018-07-07 の記事 - 2018-07-07
女性政治家が晒されたここまでのネットハラスメント──なぜTwitter社はネトハラを放置するのか

ヘイトスピーチとアベノミクス=白井聡・京都精華大専任講師

今さら言うまでもありませんが、これらの記事に共通したり、合わせると読み取れることは次の2点。ほんのわずかでも知性や良識を持ち合わせている人ならば、まず間違いなくこの結論に至るということなのでしょう。

1.人種差別者、女性差別者、安倍支持者らはすべて同じ層の人物である。
2.Twitter社はほぼ意図的に差別を放置し、それに加担している。

日本の安倍支持者レイシストの異常性は世界にも知れ渡りつつあり(しかも海外で取り上げられるとわざわざ外国人に突撃をかまし、レイシスト大国・日本では通用しても外国では通用しない意味不明で異常な言説を並べ立て、自らそれを証明するおまけつき)、日本がもはや異常な領域に突入していることをつくづく認識させられます。

どこの国にもどうしようもない連中は一定数いるものです。路上で「○○人を殺せ」と吐き散らしたり、セクシズムに基づき女性に刑事事件となるような嫌がらせをしたり、デマブログを真に受けて懲戒請求を出したりする異常者の中の異常者は、どうあがいてもなくすことは困難でしょう。
ただ、日本において異常なのは、かなりの量の世論が土台となってそれを支えているという事実です。
つくづく述べていることですが、差別の対象となっている被差別者や困窮者にとって、世論調査での内閣支持率の数値はそのまま自分や家族を殺傷するかもしれない人間の数です。安倍内閣が差別を扇動していることはもはや常識ですし、文書改ざんからお友達の犯罪もみ消しから、カジノや無賃残業合法化や水道など政治に関してはボロボロ。国有財産をプレゼントした相手はヘイト教育を行っていたお友達。結局、この内閣には「差別」しかありません。
上記記事で触れられているように、強い経済政策の演出はそれ自体が諸外国ヘイトの道具として機能していますし、また日本の新自由主義は自己責任論と貧困者攻撃で構成されていますから、もともと差別と隣り合わせの存在です。事実、在特会は街頭でのヘイト活動の際、貧困を取り上げた番組に出演した高校生をも公然と中傷しています。
「差別」を第一の支持理由とするか、さすがに体裁が悪いので他の理由を取ってつけるかの違いはあれど、差別を踏まえることなくこの内閣を支持するのは不可能です。
そして日本社会は、かなりの数の国民からメディアなどまで総出で差別を推進することを選択しました。メディアや大手出版社までが異常な差別に立ち向かうどころかヘイトを作る側に回っていること、安倍氏のお友達のレイプ問題と被害者への異常な攻撃がBBCで報じられるのに日本メディアではほとんど無視されていることなどは、それを端的に物語っています。
要するに、実行犯は現状では一部でも、多数の人々(少なくとも内閣支持率と同数以上)が寄ってたかってそれを支えている、もっと言えば一部の実行犯に汚れ仕事をやらせて自分は潔白を気取っているのが日本なのです。
はっきり言って、安倍内閣や自民党を支持しておきながら潔白を気取っている連中に比べれば、それらに代わって実行犯となった挙句に訴えられて賠償金をたんまり支払う羽目になっている連中、街に出てきてはカウンターに容赦なく叱られて涙目になっている連中の方が、まだしも潔さという点ではマシです。

ところで、Twitterはもう差別増幅・ヘイトクライム製造装置としての役割を立派に、それも主体的に果たしていると考えて差し支えないでしょう。
私が恐れるのは、Twitterによって扇動された差別により、Twitterとは全く関係ない人生を送ってきた人がヘイトクライムの被害にあってしまうことです。そうした人にはTwitter社のためにリスクを背負わされる理由などみじんもなく、それこそ理不尽以外の何物でもありません。

2018-06-30 の記事 - 2018-06-30
私はサッカーに全く興味がありません。したがって、勝とうが負けようがすべては私とは一切交わることのない世界で起きたことであって、本来何の関係もありません。
が、しかし。日本が勝ち抜けてしまったのは非常に残念であると言わざるを得ません。
なぜか。災害と同様に、サッカーもヘイトに使われるのが日本の風物詩であるためです。
私はサッカーをヘイトに用いる連中が大嫌いです。同時に、サッカーの応援はしているくせに、そのサッカーによって引き起こされているヘイトに対処することもなく、見て見ぬふりをしている人々はもっと嫌いです。
花見でゴミをまき散らしたり、騒音を出したり、近隣住民の物を壊したり盗んだりという問題が起きれば、当然ながら近隣住民は憤るでしょうし、来年からは花見を禁止する措置が取られたとしても不思議ではありません。それに対して「マナーのない花見客がいたとしても、自分はそんなことしていない。花見の禁止は間違っている」などと言い立てても意味はありません。花見を禁止されるのが嫌ならば、少なくとも目の前でポイ捨てしている人間を見つけた場合に見て見ぬふりをしてはならないでしょうし、ゴミの清掃くらいはやるべきでしょう。
サッカーで増幅されたヘイトの被害にあうのは被差別者であり、後始末をするのは差別に反対する人々です。私のようにサッカーとは全く無縁の人間でも、後始末だけはしなくてはなりません。日本で起きたヘイトの始末は日本人が負うべき責任ですから、後始末をせねばならないのはまだしも仕方がないとしても、被差別者に至ってはとばっちりもいいところです。サッカーを応援するのは自由だが、最後まで責任を持ってくれの一言しかありません。

働き方改革法案 厚労委員長の解任決議案提出も与党は採決へ

>これに対し参議院野党第1党の国民民主党は「衆議院での審議時間を上回っており、採決の環境は整った」として受け入れる考えを示しましたが、立憲民主党などは、論点が残っており採決は認められないと主張しました。

国民民主党がいずれ対決を放棄して自民党をアシストすることは予想の範疇でしたが、よくもまあ。しかも、自民側の主張にも理がないとはいえないような問題で自民アシストに回るのならまだしも、結党早々にこんなインチキ法案でアシストに回るとは、絶望的なまでにセンスがありません。
その後の国民民主党の街宣では、怒りの声に対して「敵を見誤ってはならない」などと言っていたようですが、一番肝心なところで後ろから斬りかかってくる者はどう考えても最も厄介な敵です。
立憲野党はもう、国民民主党抜きでの選挙共闘体制を検討すべきでしょう。たとえ選挙で自民党に勝つことがより難しくなったとしても、共闘して国民民主党なんぞに議席を取らせてやったところで、自民党が取るのと「まったく」同じです。先の衆院選の時の小池ヘイト党と同等の存在とみなしてよいでしょう。違いがあるとすれば、小池ヘイト党がレイシズム志向型であるのに対し、国民民主党は新自由主義志向型である点だけです。
国民民主党のやり方に違和感を覚えている志ある所属議員は、早いところ立憲民主党に移ればよろしい。その残りは共闘相手ではなく打倒すべき相手でしかありません。

保守速報による在日女性への差別、高裁も認定 まとめは「2ちゃんと独立した別個の表現行為」

金額が少なすぎることを除けば、当然の判決です。
なにしろあの安倍氏がフェイスブックでシェアするようなサイトなのですから、そのヘイトの悪質さたるや推して知るべし。賠償がたった200万円程度では、桁が1つどころか2つほど足りません。
ただ、李信恵氏が苦痛をこらえ、多大な労力を割いて勝ち取ったこの判決は、今後の反差別のための大きなステップとなってくれることでしょう。

現在、ヘイトデマ商売界には激震が走っています。
というのも、弁護士の不当懲戒請求への反撃から派生して、YouTubeヘイト動画への大量通報活動が行われ、大量の動画・チャンネルが削除された上、違反とされることを恐れての自主削除をも引き起こす大戦果。ニコニコ動画がヘイト企業であるため、ヘイト動画自体をなくすことは難しいにせよ、少なくともYouTubeでヘイトを使って儲けることは困難になりました。
そこからさらに派生して、今度は保守速報などの差別デマサイトから広告をはがす活動がスタート。最初期に要望がなされたエプソンが優れた対応をしたことから弾みがつき、他の企業や広告会社も同様の対応をしたことから、ヘイトサイトから次々と広告が消えつつあります。

「こんな簡単で効果的な方法を、どうして今まで誰も気づかなかったのか」と考える人もいるかもしれませんが、実際にはこれと似たようなことはこれまでにも試みられてきました。ただ、今まではそれがことごとく上手くいかなかったのです。
ヘイトコメントなりヘイト動画なりをいくら通報しようと効果はなし。当然、ヘイトサイトに広告を出している企業に掛け合った人もいますが、「当社は差別はよくないと考えている」という模範解答的な返事が寄せられ、せいぜい契約期間終了後の対応を検討すると述べられるのみで、本当に検討がなされたのか、なされたとしてどのような効果があったのかも全く不明。当然、大勢に影響なし。
要望に関しても同様で、例えばYahoo!のコメント欄があまりにもヘイトまみれであることから、「まともに管理すべき。管理責任も負えないのならコメント欄は閉鎖すべき」と意見を送るなどしましたが、やはり効果は得られませんでした。Amazonなどといった著名な企業も含め、他の企業への要望も軒並み似たような結果に終わっています。なお、Twitter本社にも申し入れをしましたが、こちらは昔も今も将来も、何か対処をすることは永久にないでしょう。
現実の商業施設についても、街中のヘイトスピーチ現場の近隣に位置し、しかも外国人観光客によって大いに潤っている数店舗に対し、「これで外国人観光客が恐怖し、悪評が広まれば商業的なダメージも避けられない。せめて法務省のポスターを貼るなどしてほしい」と要望書を出したことがありますが、その返答は「差別はよくない。うちとしては何もしないけど」(要約)。なお、他の人は周辺の鉄道会社数社に同様の申し入れをしたようですが、ほぼ似たような結果であったようです。
こうした様々なことを今までに何人もの方々が行っていて、それでいて芳しい成果を得られたという話はほとんど聞いていません。
要するに、ヘイトスピーチがようやく社会問題として認知されてきた今だからこそ効果が生じているのであって、ほんの少し前までは鉄の壁にさえぎられていたのです。

そういう意味で、今回の判決の意義は非常に大きいものです。なにしろヘイトデマまとめサイトが200万円もの賠償命令を受け、おまけに「まとめているだけ」などの言い訳も明確に否定されているのですから。こうした事実はヘイトサイトとの契約企業などに要望を出す時に大いに役立ちますし、その事実を提示されてもなお不適当な対応ができる企業はあまり多くないでしょう。
すなわち、今回のYouTube・ヘイトデマサイト兵糧攻めの成功は、これまでの無数の人々による反差別行動の積み重ねなくしてはあり得なかったものですし、今回の裁判はその積み重ねの上にさらに大きな一歩を積み上げたわけです。
安倍氏や自民党、日本会議は、地道に差別の種をまき、肥料を施し、日本をおぞましい差別大国へと変貌させました(差別自体は昔から深刻ではあったが、街角で「○○人を殺せ」と叫び立てるようなデモが相次ぎ、一国の首相がヘイトデマサイトをシェアするような近年の状況はやはり異常)。対する反差別も、各地の大勢の人々による努力の末に、ようやく徐々に芽を出しつつあるのかもしれません。

2018-06-23 の記事 - 2018-06-23
大阪の地震で、またしても日本の風物詩が姿を現しました。ヘイトデマです。

地震でデマ情報拡散 “冷静に行動を”

災害時という社会が最も脆弱なタイミングを狙い、過去に虐殺を招いた実績さえある差別デマを流すのは、マイノリティの方々の生命を危険にさらし、人々や関係機関を混乱させて救助活動をも妨害する、極めて悪質な行為です。許容される余地は一切なく、厳しい対処がなされなくてはなりません。
ところが、災害のたびに毎回ヘイトデマや虐殺扇動行為の巷となり、それでありながら平時から何の対策も取らず、おまけに災害時にもほとんどデマを放置する、現代の流言飛語拡散装置たるSNS会社が存在します。Twitter社です。
しかも今回、ヘイトデマには「違反ではない」判定を下しながら、デマに抗議している有志には凍結などの措置を取るという異常行為にすら出ていることが確認されています。
無論、抗議側も必ずしも柔らかい言葉で注意しているわけではありませんが、災害の混乱時にヘイトデマを流す人間が強い言葉で非難されるのは当たり前です。それとも、災害時を狙ってヘイトデマを平然と垂れ流すような人間に対し、「お願いです、デマをやめてください」などと懇願しろとでもいうのでしょうか。デマをやめさせて削除させたり、他にデマを流そうとしている者を牽制したり、そのデマが拡散されないように手早く注意喚起するのが目的なのですから、それでは全く無意味です。
また、そもそもデマへの注意喚起と拡散阻止はTwitter社の仕事です。同社が急いでデマを削除し、デマを垂れ流すアカウントを処分し、公式に注意喚起を行うならば、有志がわざわざ時間と労力を割き、なぜか自分が凍結される危険を冒してまでデマに対処する必要はありません。

そして、その時にTwitter日本の代表の笹本氏は何をしていたかというと、サッカーがどうのこうの、ルイ・ヴィトンの広告がどうのこうの、サッカーでゴミを片づける日本のサポーターはスゴイ、などという実にどうでもいいことをツイートするばかりで、自分が代表を務めるSNSがヘイトデマの巷になっている事態への自覚はゼロ
こんなくだらないことをツイートする暇があるのなら、何なら口先だけでも「ヘイトデマを流したり、拡散するのはやめてください」「デマに対処するよう指示を出しました」などとアナウンスすればよいものを、それすらしようとしません。
netgeekの読者で、ヘイトスピーチに関する取材に対しては頓珍漢にもほどがあることを平然と語り、Twitter前抗議に出て改善を訴えていた在日の方にさえ愛想をつかされる、あの笹本氏に期待すべきことなど何一つありませんが、もう「差別はよくない」「自社のサービスを使って災害時ヘイトデマを流すことは許さない」といった建前を掲げる必要すらないと考えているようです。
ここまで来ると、もはや犯罪的な責任放棄企業と呼んでも間違いないでしょう。Twitter社がヘイトを放置して利益を得るために、Twitterとは全く縁もゆかりもない人が理不尽にも危険にさらされることを、私は強く危惧しています。

なお、災害時に悪質なヘイトデマが流れるのは日本の風物詩ですが、これは災害などの緊急時に何もない場所から突然出現するものではありません。普段から培養されていた差別の種が、災害時を好機として一気に芽を出しているに過ぎません。
例えば今回、災害が発生したのは大阪ということで、エセ政治学者の三浦氏が煽った「スリーパーセル」がヘイトデマの材料として用いられています。普段からこのようにしてエセ学者や悪質な番組がヘイトの地ならしをしているからこそ、災害時には容易にデマが発生し、しかもそれが一定の信頼性を帯びてしまうことになるのです。
この辺の事情はTwitterでも同様です。有事にこれ幸いとヘイトデマを垂れ流す連中は、その多くが普段から卑劣なヘイトを振りまいているレイシストです。
Twitter社は差別に対処する気を全く持っておらず、むしろ差別を培養して商売に用いている立場ですが、仮に同社が災害時に突如として差別はダメだと理解したとしても、おそらくヘイトデマに十分対処することは不可能でしょう。平時から培養し続けてきたレイシストが暴れ出しているのであって、災害時にだけ対処しても抑えきれるものではありません。
災害時の混乱に乗じたヘイトデマに対処するには、平時から差別の種をまくことを許さず、差別を封じ込めていくしかないのです。

普段から差別を許さず、ヘイトスピーチを取り締まることは、まさに社会という構造物における耐震工事です。災害に備え、平時より建物の耐震化、避難経路の確認、非常用物資の準備、ヘイトスピーチの撲滅などを行っておくことが極めて重要です。
そして、平時も有事もひたすらヘイトを煽り立て、それを止めようとする側を処分して回るTwitter社のような無責任ヘイト企業は、それによって取り返しがつかない事態を招く前に、一刻も早くこの社会から消滅することを望みます。

2018-06-17 の記事 - 2018-06-17
新潟県知事選。かなり絶望的な結果です。

無論、選挙結果自体が絶望的なのではありません。反差別者は今まで、「まさかあの自民がそこまではしないだろうし、する輩は党内が許さないだろう」に裏切られ、「いくら公明が権力の亡者になりさがっていても、さすがにそれは止めるだろう」に裏切られ、「民進がようやく野党共闘に動き始めた。ごく大まかな団結でいいから、差別に反対する軸を作れ」の矢先に小池ヘイト党への身売り。「差別議員を小池ヘイト党に引き取ってもらった立憲民主は対立軸を打ち出せるはず」は京都相乗りで打ち砕かれ、「小池ヘイト党や民進に所属せざるを得なかった志ある議員は立憲民主に加われ」の状況で国民民主党誕生。少々のことで絶望などしようがないわけです。
今回の選挙戦は予想よりもむしろ善戦していたほどですし、たかだか一敗でしかなく、いちいち嘆くようなことではありません。

では何が絶望的なのか。
今回、花角・自民党陣営は差別を全く隠そうとしていませんでした。自民党自体はもはや在特会と大して変わらない存在でしかなく、薄汚い差別主義者としての中身を「(伝統的な)自民」ブランドの服で覆い隠していただけでしたが、今回はとうとうその服さえも脱ぎ捨ててしまった感があります。
まず花角氏のTwitterアカウントはレイシストを何人もフォロー。露骨にもほどがありますし、政党色を隠してクリーンさをアピールしていたはずの花角陣営が、あえて自らに強烈な色をつける行為に出ることが驚きであり、それをすることが自身にとって有利になると考えた上での行動であったとしかみなしようがありません。
氏の応援に立った地元商工会の人物は「新潟に女性の知事はいらない」と演説。普通、このような発言は候補のイメージを下げるはずですし、陣営としてもこれが意に添わぬ発言であるなら「候補本人はこの発言を一切容認しない。極めて不適切であって、断じて許されない」などと必死でアナウンスするものですが、残念ながら花角氏の場合、このセクシズム発言が逆に票を増す方向に機能したことでしょうし、陣営もそれに自覚的であったものとみられます。
さらに、自民党は応援弁士としてどうしようもないデマレイシスト議員を何人も新潟に送り込みました。こうしたことからも、花角氏のヘイト戦略が陣営の暴走などではなく、自民党主導で明確に定められた方針であることが見て取れます。
また、これは花角陣営などが直接かかわったものではないのでしょうが、池田氏を貶めるために拉致問題を利用した卑劣なデマが、レイシストの手によって平然と垂れ流されました。たとえ陣営が直接かかわっていなかったとしても、レイシストを仲間にするというのはこういうことなのです。

この露骨なヘイト戦略については、さすがにあきれ果てて「自民党は新潟知事選を捨てたらしい。いくらなんでも人をバカにするにもほどがあるし、おそらく自滅するだろう」と楽観的な見方をする者もいましたが、一方で「いや、自民党はこれが効果的とみなしているからやっている。非常に厳しい選挙になる」と悲観的な見方をする者もいました。
私の見立ては後者でした。路上で「殺せ」を連呼する連中などいずれ消滅するだろうと楽観視していたら次々増加したことに始まり、書店や大手出版社にまでヘイトの浸食が及び、自民党がヘイトをすればするほど支持を集める構図など、到底信じられないような現実を散々見せつけられてきた以上、これを楽観視する要素はどこにも存在しないためです。
そして実際、悲観論は見事に的中します。
おそらく今後、今回のヘイト選挙の経験は自民党の選挙戦略に少なからず影響を与えることになります。安倍氏の支持率が下げ止まっていることを見ても、安倍氏や自民党の支持層はもう大半がレイシストであるとみなすべきで、レイシストでない層に手を広げても勝てるとは限らず、逆に徹底的にヘイトに振れば勝てることを実証してしまったのが今回の選挙であるわけです。
これからは自民党によってさらに露骨にヘイトが煽られ、社会はますますヘイト化し、多くの被差別者が踏みにじられることでしょう。たかだか野党の一敗などより、これこそが今回の選挙の結果がもたらす絶望的な点なのです。

では野党はどうすればいいのか。
レイシスト側のメディアなどはご丁寧にも野党の敗因分析をなさってくださっており、「野党が政権を批判していたので負けた」などと実に有難いアドバイスを提供しておられますが、普段あれだけ被差別者を徹底的に貶め、デマを垂れ流し、ヘイトを煽り立てている連中が、今回の知事選で急にスポーツマンシップに目覚め、野党のために一肌脱いで塩を送ってやろうなどと考えるわけがありません。
これはつまり「それをやられては困る」ということですから、国民民主党辺りがこれにつられて「現実的で建設的な対案路線の政治」などと散々言い尽くされて必ず失敗してきたことをまたしても言い出さないように注意しなければなりません。差別・文書改ざん・立憲主義の否定に温情も対案も存在し得ません。
ただし、このままで野党が勝てるかというと、やはり厳しいと言わざるを得ません。日本はおぞましいまでの差別大国であり、差別に反対する側を固めきっても差別側に勝つのは極めて困難です。しかし、だからといって自分も差別側に立つことは絶対に許されませんし、実際にそれをやれば小池ヘイト党の二の舞になるだけです。

はっきり言って、選挙の時に何かをするだけでは通用しません。普段から野党一丸となって全力で差別に対抗するしかありませんし、さもなくばジリ貧になるだけです。そして、何をやるべきなのかは差別カウンターや懲戒請求騒動が示してくれています。
レイシストは被差別者に対し、見るも聞くもおぞましいような異常な言動を平然と投げつけ、その命の存在や価値、生きる権利に至るまでも公然と否定し、人としておよそ許されざるような攻撃を仕掛けています。ところが、そこまで異常な暴挙に出る攻撃者でありながら、カウンターに激しく怒鳴りつけられたり、弁護士によって反撃を受けたりすれば、直ちに大狼狽して逃げ惑うような連中であることも判明しています。
であれば、野党が取るべき方法は1つ。まずは手始めに、デマやヘイトを垂れ流して不当な攻撃を仕掛けてくるレイシストに対し、刑事・民事による法的責任の追及を含めた徹底的で一切容赦のない反撃を浴びせることです。
これはそもそも、以前からその必要性を強く指摘されていたことです。レイシストは野党が反撃してこないのをいいことに、デマやヘイトで執拗に攻撃し、その延長線上で被差別者個人に対してもおぞましい攻撃を行っています。反撃できる力を持った者が反撃するのは社会の差別を減らすために必要な道であり、その者の社会的責任に他なりません。
自民党や日本会議らヘイト勢力は何年もかけて地道に差別の種をまき散らし、レイシストを培養してきました。結果、差別は空気のように当然に存在するものとなり、差別に加担しないことは政治的行為とみなされるという異常な社会となりました。野党もまた、レイシストを少しずつ押しつぶしていくという地道で面倒な努力を積み重ねてようやく、今すぐにとはいかなくても、徐々に有利な状況に立つことができるようになるのです。

民主主義の社会においては、より文化的で、より多様性を尊重し、より立憲主義を守る政治を選ぶことができます。その一方で、後で誰かのせいにしたり、騙されたなどと白々しいことを言わないのであれば、「苦しんで死ぬ」ことを選ぶのもまた自由です。言うまでもなく、差別に明るい未来はありません。被差別者の人権が無視され徹底的に踏みにじられる社会になったとして、被差別者以外の人権はきっちり守られる、などということは断じてあり得ません。
差別を一貫して否定しているにもかかわらず、その巻き添えを食うこちらとしてはたまったものではありませんが、それもまた社会の差別を止められなかったがための結果ですから、巻き込まれたとしても文句は言えないかもしれません。
ただし、その「苦しんで死ぬ」道を選んだ場合、まず最初に苦しんで死ぬ立場に追いやられるのは、外国籍などのため選挙権を持たない人々、あるいは障碍があるなどで選挙権を行使することに困難が伴う人々など、選挙によって自らの身を守る意思表示すらできない人々を含む、被差別者に他なりません。大日本帝国にせよナチスにせよ、差別で身を崩した国家は必ずそのような順序を経ています。
「苦しんで死ぬ」道を選ぶのは勝手ですが、「他人を苦しめて殺す」権利を持つ人間など存在しないのです。今回の知事選は、そういう意味で極めて理不尽な図式が一切隠し立てされずに顕在化した最初の選挙であったといえるでしょう。

2018-06-09 の記事 - 2018-06-09
アニメ化決定のラノベ、出荷停止 原作者が差別ツイート

人気ノベル:アニメ化中止 原作者の差別的発言を問題視

原作者の差別発言で主演声優全員一挙降板、「二度目の人生を異世界で」アニメ化中止で小説版は出荷停止に

上から下までおぞましい差別が横行する日本において、珍しく明るい兆しが見えるニュースです。
小説の筋書き自体がかなり問題のあるもののようで、この時点で嫌な予感しかしませんが、案の定作者の悪質なヘイトツイートが発掘され、結果として小説の出荷は停止され、アニメは声優が次々と降板した末に中止決定
こんな内容のものを販売する出版社、アニメ化しようとする関係者の価値観には理解しがたいものがありますし、倫理を問う以前に危機管理はどうなっているのかと強い疑念を持たざるを得ませんが、ともかく結局はこうなりました。
作者は「アニメ化も決定した人気作品の作家」から大転落。そもそもこんな危うい小説で一山当てられること自体がおかしい、というのはヘイト本が大売れする日本だから今に始まったことではないとして、ヘイトスピーチという不特定多数の人々の尊厳を踏みにじる行為に対しては、それなりの代償が伴うのは当然ですし、こんなものでは代償として全く足りません。たかだか小説の出荷停止とアニメ化中止ごときで釣り合うほど、人間の尊厳や人権は軽くありません。
自分がやった途方もない差別と向き合い、何が悪かったのか十分に理解した上で被差別者に謝罪、その上でまっとうな「二度目の人生」を差別が許されなくなった「現世界」で送るか、さもなくば二度と日向を歩くべきではありません。

ただ、今回の件は良い前例にはなるとしても、残念ながらこの程度の雑魚レイシストなら出版社もとっとと切り捨てるというだけの話でしかありません。
百田氏をはじめ、影響力が桁違いのどうしようもないレイシストがこれを上回るヘイトスピーチをしても、それどころか直接的に差別を扇動する本を執筆したとしても、まず切り捨てられることはありません。なにしろ講談社のような大手出版社までがヘイト本を喜んで刊行し、大手書店までもが喜んでレイシストのサイン会を企画するほどなのですから。
大物とみなされていようが、切ることによってそれなりのダメージがあろうが、レイシストが即刻切り捨てられるようになってようやく、少しはまともな社会になったと言うことができます。

ちなみに今回、またもTwitterが舞台なのですが、運営は社会的にこれだけ問題視されるようなヘイトスピーチを例によって今回も完全放置していたわけです。干されたヘイト野郎ともども、早いところ退場してはいかがでしょうか。公正な社会にこのような企業は不要です。

2018-06-02 の記事 - 2018-06-02
〈時代の正体〉「差別に触れさせたくない」ヘイト避け子どもイベント会場変更

>人種差別の扇動を繰り返し、川崎市のヘイトスピーチ対策の阻止を公言する極右活動家、瀬戸弘幸氏が6月3日に市教育文化会館(川崎区)で講演会を計画している問題で、同じ日の同時間帯に同会館で予定されていた子ども向けイベントの会場が急きょ変更されたことが28日、分かった。イベントを主催する川崎青年会議所(JC)は「差別し、人をおとしめる言葉を子どもたちに触れさせるわけにはいかない」と話している。

まず驚愕したのが「青年会議所」という部分。川崎のJCが比較的まともなのかもしれませんが、「宇予くん」やら、女体盛りやら、「ペットボトルが小さいから日本スゴイ」をやるやら、怒りを通り越して失笑するしかない「あの」JCが、ヘイトスピーチを嫌って会場変更したというのです。
JCならば全部腐っているとはいえないにしても、少なくともたびたびやらかしていて基本的な立ち位置は明らかになっているわけで、そこですらヘイトスピーチを嫌うというのは相当でしょう。
そして、JCであっても、しかもチラシなどで広報をした後でありながら、そのような判断を余儀なくされるほどならば、もっと差別とは無縁の人々にとってはどうでしょうか
これが差別の効果です。差別を野放しにすることは、それ自体がマイノリティの排除であると同時に、そうでない人々をも排除することになるのです。このことは、例えば不当懲戒請求問題で突如ターゲットにされた弁護士がいたことや、この川崎で起きた模造刀斬り付け事件、さかのぼっては関東大震災の虐殺で日本人も殺されたことなど、様々な事例が物語っています。
ちなみに今回、川崎市はレイシストに会場を貸し出す日時に、館内の他の空き施設を市民に貸し出すことを拒否する対応を取って批判を浴びました。リスクを避けるためとのことでしたが、市として差別主義者のためにそれ以外の人々を排除してしまったわけです。
差別を野放しにすれば、差別ではない側が追い散らされる。差別者か、差別者以外全員か、どちらか片方にお引き取りいただくしかないのです。

同性を愛するということ 勝間和代のカミングアウト

これを「本件に限っては支持する」とする人もいますが、私は全く支持しません。否定もしませんが。
現状の日本のファシズムは、外国ルーツの方々や障碍者、LGBTなどへの理不尽なレイシズムと、貧困や自己責任論といった新自由主義の2つによって支えられています。新自由主義によって苦境に陥った人々が、その怒りや不公平感をマイノリティに対してぶつけ、マイノリティを苦しめるような政策を含む新自由主義政策に拍手喝采し、新自由主義側はレイシズムを支持母体の1つとする、という構図は近年において延々と続いています。
勝間氏といえば、新自由主義寄りのファシズム側の人間です。LGBTについての言い分が妥当なものだからといって、他の属性への差別構造を作る政治を支持するような人間を、一体全体どうやって評価しろというのでしょう。これはまさにピンクウォッシュと同じ構図です。
本件に関しては、「LGBTであることは悪くないし、カミングアウトしたいならそれは自由なのでご勝手に。ただ、他の属性への差別構造とは手を切って不支持を表明し、差別を受けた人々に対して謝罪しない限り、評価には値しない」とすべきでしょう。
いい加減、稲田氏をはじめとする各地の魑魅魍魎が、マイノリティの中では一大勢力となったLGBTを利用しようとしていることについて、十分敏感になるべきです。あるマイノリティが懐柔されてレイシストやファシスト勢力の側につき、別のマイノリティ攻撃に利用されるならば、それこそ地獄絵図そのものです。

歪んだ正義感はなぜ生まれたのか…弁護士への大量懲戒請求にみる“カルト性”

背後にあるのはやはりこれ、ヘイトカルトです。

未だ一部には「レイシズム」と今回の「不当懲戒請求」を切り分ける動きがみられますが、これらは一体のものであって分離はできません。これを切り分けようとするのは、いわば「関東大震災の虐殺で、朝鮮人が殺されたのはヘイトクライムでも、間違って日本人が殺されたのはヘイトクライムとは一切無関係だ」と言い張るようなもので、論として全く意味を成しません。
本来なら攻撃を受けるような立場にないはずの北氏がとばっちりを食ったのは、まず攻撃対象の属性の人々が攻撃され、次いでその属性の人々を支持しているとみなされた人々の番がやってきて、北氏がそれに違和感を表明したら思想的に全く遠いはずの北氏の番がやってきた、という構図なのですから、これほどレイシズムの性質と脅威を端的に物語る図式もないでしょう。
当然、これは懲戒請求の制度にかかわる問題でもありません。相手が弁護士だから懲戒請求で攻撃しただけであって、別の立場の相手ならば別の方法で攻撃していたでしょう。
今回、標的にされた人々は大変な目にあわされたにせよ、生きて反撃もできています。しかし、問題のブログは民族浄化すらも扇動しているのです。もし本当に民族浄化のような事態に至ったならば、本来思想的にも標的とは遠いはずの北氏のような立場にある人も敵とされ、命をも脅かされます。そしてそれは、言うまでもなくレイシズムによるものです。

本件がヘイトカルトによってなされたものであると位置づけず、単なる懲戒制度の悪用または制度設計の問題であるとするならば、民族浄化扇動ブログの扇動に乗るような恐ろしい加害者らは「弁護士を攻撃すると面倒だ」「もっと匿名性の高い方法を使うべきだ」とだけ認識し、より立場が弱くて反撃できない人々を狙い、より安全な場所から、より熾烈な攻撃をかけるようになることでしょう。

2018-05-26 の記事 - 2018-05-26
日大の問題はまさに「日本しぐさ」とでも呼ぶべきもので、安倍政権が散々やってきたことやら、懲戒請求を扇動しておいて自分は請求を出さないことやらと類似した構図となっています。
メディアは権力と対峙する役割を果たすため、国民から多大な力を貸与されていますが、過ちは犯したもののそれを反省し、勇気を出して事情を話した前途ある若者の騒動に対しては、その強大な力を遠慮なく徹底的に行使するくせに、国家ぐるみで行われている大規模な日本しぐさはまともに報じないのはどういうわけでしょうか。
山口メンバーより山口安倍友メンバーの報道をすべきですし、新潟で遺族をいじめるならその力を国家的縁故主義汚職問題に対して使うべきですし、日大の日本しぐさを報じるなら国家ぐるみの日本しぐさを報じるのがメディアの役割です。

このところ、不当懲戒請求への反撃騒動から派生して、ヘイトスピーチを含むYouTube動画を大量に通報する「祭り」が行われ、大戦果を挙げている模様。
通報者の中にはいわゆる愉快犯(良いことなので「犯」は変ですが)もいれば、もともとヘイトスピーチの問題を深刻に考えていて通報に加わった人もいることでしょう。ともかく、これによってヘイト動画は大打撃を受け、いくつものヘイトチャンネルが規約違反によって閉鎖される結果となりました。
個人的にこのような「祭り」文化はあまり肯定できませんが、今回に限っては肯定的に評価しています。というのは、インターネットにせよヘイトデモにせよお笑いのネタにせよ、今まで「娯楽」として消費されてきたのは圧倒的にヘイトスピーチであり、アンチヘイトがある意味で娯楽として展開されることはかなり画期的であるからです。おまけに差別の通報という、いわばインターネット上のゴミ拾いとでも言うべき善良かつ王道の活動となっているのも良い点です。
格式張ってヘイトスピーチに反対しなくても、娯楽でも、笑いでも、祭りでも、身近なあらゆることが差別を許さない観点から行われる。これがまさに社会としての理想であり、真にレイシズムを許さない社会とはそういうものです。

ただ、YouTubeは通報によって削除するだけまだマシとはいえ、その罪は軽くないと言わざるを得ません。
今までYouTubeでは散々ヘイトスピーチ動画が垂れ流され、おまけにそれを日本のユーザーに対して「おすすめ」し、「韓国」「中国」の語や政治的・国際的な時事ワードなどで検索しようものなら地獄絵図という状況が続いていました。
私など、表示言語は英語、設定地域は英国、閲覧履歴は中国語の動画だけ、OSもブラウザも英語に設定していて、HTTP_ACCEPT_LANGUAGEではen-ukが先頭に出る状況でありながら、おそらく接続元が日本であるという一点だけで、DHCチャンネルやら各種ヘイト動画がおすすめとして表示されました。
大規模なサービスともなれば、すべてのヘイトスピーチを取り締まることは物理的に困難ではあるでしょう。しかしながら、有名なヘイト動画やヘイトチャンネルなどについては把握できないわけがなく、それらは大量の通報などなくても運営が責任をもって削除すべきものです。まして、それをユーザーに広くおすすめするなど論外で、これによってもともと差別とはかかわりがなかった人々も差別動画を見ることになり、ヘイトスピーチの拡散に大いに貢献したであろうことは想像に難くありません。
有名なチャンネルなどが堂々と差別を垂れ流しにしていれば、その拡散力は圧倒的なものとなりますし、他のユーザーにも「あんなに有名なチャンネルが差別をしても問題になっていないのだから、自分もやっていいに違いない」と認識させることになります。最低でも有名どころはしっかり取り締まるのは運営の社会的責任であって、その程度の責任も果たせないなら社会の害悪でしかなく、業務をたたんで撤退すべきです。

ただし、重ねて言いますが、YouTubeは通報によって削除やチャンネル凍結がなされただけまだマシです。どんなに悪質な、それこそ罰則付きのヘイトスピーチ禁止法がない日本ですら警察のご厄介になるようなヘイトスピーチでさえ、全く野放しにされているサービスが存在します。それも匿名掲示板ではなく、一応は責任ある世界的企業が運営しているはずのサービスで。

ヘイト投稿繰り返しか 書類送検

>川崎市に住む在日コリアンの女性に対し、ツイッターで差別をあおるヘイトスピーチや危害を加えるとする投稿を繰り返し行ったとして、50歳の男が脅迫の疑いで書類送検されたことが捜査関係者への取材で分かりました。

日本運営代表の笹本氏がnetgeekの愛読者であることでも有名なこのヘイト加担企業、まさに底なしです。
熊本で震災が発生した時には虐殺扇動を含むヘイトデマであふれかえり、多くの人が通報を行ったにもかかわらず、対応は異常に鈍い上に削除されたのはごく一部でしかなく、有志による火消し活動でなんとかデマの拡散を食い止めていた状況でした。そのくせ社内の話し合いで「いきものウィーク」の開催を決定して実行するなど、社内リソースは余っていたことがうかがえます。百歩譲って部署が違うのだとしても、「差別デマを流すな」といったアナウンスくらいはできたはずですし、また震災後も差別をまともに取り締まっておらず、反省は全く見られません。
ちなみに、「Twitter有料化」のデマが流れた時には公式アカウント自ら「おやめください」とアナウンスしています。災害時の虐殺扇動デマよりTwitter有料化デマの方をより重大とみなしているようです。
Twitter前抗議に参加し、自らマイクを握った在日の方は、その後の笹本氏の言い分に失望してTwitterを去りました。改善することはあり得ないと最初から確信していれば、わざわざ勇気を出して参加してマイクなど握らずとも最初から立ち去っていたでしょうが、Twitter日本に改善への期待を託し、案の定裏切られたわけです。
今後また何か災害が発生したならば、おそらくTwitterは再び災害時ヘイトデマの強力な拠点となるでしょう。懲戒請求のもとになったブログは民族浄化をあおっていましたが、そのようなヘイトを信じて実際に何らかの行動を起こすような連中が、この社会には少なからず潜んでいるのです。Twitterのヘイトデマは生命や生活に対する現実的な脅威に他なりません。
レイシストのレイシストによるレイシストのためのサービス、それがTwitterです。このような異常なヘイトサービスに、新聞社や企業のサイトなどの一次リンクから到達できることに驚愕せざるを得ません

今回の「祭り」は一定の意義があるものですが、本来起こる必要のないものであることを忘れてはいけません。本来そんなものがなくても差別は認められないのが当たり前であり、差別の取り締まりが「祭り」頼みになる現状がおかしいのです。
差別は人を殺します。また、日本(現代日本と大日本帝国の両方)やナチスを見ても分かるように、差別は国を滅ぼします。たとえ安倍政権を倒したり、自民党をどうにかできても、それを支持する3割以上の人間がいなくなることはありませんし、マイノリティは今後も社会の3割以上にいつ襲われるか分かったものではない恐怖とともに生活しなければなりません。
ヘイトスピーチに反対することが、今までのように辛く苦しく覚悟が必要な段階、特殊な思想や政治的立場とみなされる段階を超えて「娯楽」にまでなるのは素晴らしいことですから、こうして反差別が徐々にでも社会の日常となり、社会を構成する当然のものとなっていくことを期待します。

2018-05-18 の記事 - 2018-05-18
最近は一部のメディアが頑張っていて、「マスコミは圧力に負けるな」などと言っていたら、早速新潟の事件でメディアスクラムですか。権力とも戦える強大な力を無駄遣いして被害者側を踏みつけるなど、一体何を考えているのか。当然、その力で加害者側を攻撃するのもダメで、それは司法の仕事です。
私はお友達のレイプをもみ消したり、差別を扇動するような縁故主義汚職ヘイト政権を絶対に許すことができません。しかし、それは「犯罪被害者やその遺族を踏みにじらない」ということと根本的には同種の訴えです。ヘイト政権も被害者踏みにじりメディアも、どちらも公正な社会に対する著しい害悪でしかありません。

大量「懲戒請求」返り討ち 賠償請求や刑事告訴も

「時代を変える高揚感があった」 ヘイトと「日本スゴイ」で弁護士へ大量懲戒請求

当然の結末です。
むしろ政党やら報道機関やら大手企業やら、社会的責任と余力を持った存在がレイシストのデマや悪行を放置し続け、それによって成功体験を得てつけ上がった連中が個人を含めて様々な相手に嫌がらせを繰り返してきたわけですから、本来立ち上がるべきはそうした組織でした。弁護士の方々には業務と両立できる範囲で頑張っていただきたく存じます。

この手のレイシストは放っておくと何をしでかすか分かったものではない連中ですから、厳しい制裁にさらされなければならないのは当然ですが、同時に厳しい制裁こそが最大の温情でもあります。
今まで、レイシストへの直接対峙の方法として様々な行動が試みられ、一定の成果を上げてきました。カウンターはその最も広く行われている例で、街中で好き放題差別を楽しんできたレイシストたちは、これによって逆に自分たちが激しい罵声を浴びせられる立場となり、あっという間にカジュアルなレイシストの多くが姿を消してしまいました。
その他、レイシスト宅に家庭訪問して両親に事の次第を伝え、両親同席の上でレイシストを説教すること、あるいはレイシストの親御さんにお手紙を送ることなど、個別のケースごとにいくつかの試みがなされており、これらはいずれも成果を上げています。
これらの家庭訪問やお手紙で叱られたレイシストたちが改心したかどうかは定かではありませんが、少なくとも差別をすれば痛い目に合うと学習し、大っぴらな差別などできなくなっていれば、ヘイトブログを読んで懲戒請求を送る、などといった愚行は当然行わずに済んでいるでしょう。泥沼から引き上げてもらったわけです。

では、ヘイトブログを読んで真に受け、弁護士に対して懲戒請求をした連中についてはどうか。
どのような和解条件を提示するか、あるいは和解などせず提訴するかは各弁護士次第ですが、佐々木氏・北氏によって弁護士1人毎に5万円の和解条件が示され、他の何人かの弁護士もこれと類似の条件を提示しています。言うまでもなく、1人5万円というのはかなり親切で破格の条件です。もし不当懲戒請求1人当たり5万円程度の負担で、ヘイトブログを読んでヘイトを垂れ流すような性根を矯正するきっかけが得られるのであれば、授業料としては極めて安価と言っていいでしょう。
このような温情的な条件を提示されてもなお、あいつらは反日弁護士だから和解などしない、などと言い立てるような連中には、当然ながら裁判が待っています。そうなると経費や賠償もろもろで、和解の何倍から何十倍にもなる金銭的ダメージを負うことになります。
また、懲戒請求者の中には他人の名義を勝手に使った者がいるという話もあります。これが事実なら刑事事件になる可能性もあり、おまけに弁護士の一部は刑事方面からの追及にも乗り気であり、金銭ダメージだけでは済まなくなります。
ただ、実はそれですらかなり温情的な制裁であると言わなければなりません。

というのもこのヘイトブログ、民族浄化すら扇動しています。まともな考えもなしに懲戒請求などという危険極まりない行動を取ったり、気に入らない人間に対する外患誘致罪適用を主張する(早い話が、具体的な方法を挙げてこいつを殺せと言っている)異常者連中のこと、今後何らかのきっかけがあれば何をしても全く不思議ではないのは言うまでもありません。
以前、熊本の震災で「猟銃持っている家は自警団に加わるべき」などといった虐殺扇動が相次いだことがありましたが、物理的な話をするならば、銃の引き金を引くのは懲戒請求を出すよりずっと簡単です。「木の枝」をナタで切り落とすのさえ、懲戒請求よりも相当簡単です。
そして、もし民族浄化やら虐殺やら、そこまでいかなくてもヘイトクライムやらに手を染め始めれば、一番の被害者はその攻撃の対象となった人なのは言うまでもないとして、加害者の人生もまた崩壊します。当然、懲戒請求扇動の責任さえ取らないこのブログは、民族浄化の責任など絶対に取りません。
レイシズムにとらわれた人間の末路など、哀れなものです。ある者は障碍者など無価値などと決めつけ、単独犯として戦後日本最悪レベルの虐殺を行いました。ある者は朝鮮学校を襲撃し、1200万円以上の賠償を命じられました。ある者は朝鮮総連に発砲テロを起こし、前科を積み上げました。レイシストがどれほど苦しもうとも、それはすべて自業自得であって、自分に責任がない属性に基づき攻撃された被害者の苦しみに比べればないも同然のものですが、それでもそのバスの行先は地獄でしかありません。
たかだか1人5万円の和解金やら、提訴されての賠償やらで済むのであれば、まだ相当に安いのです。そのような機会も与えられないまま、民族浄化扇動ヘイトブログなどを信じて行くところまで行ってしまえば、もうその程度では済みません。ただ人生の破滅が待つのみです。
レイシストに対して厳しく当たることは、差別の蔓延を防ぎヘイトクライムなどのリスクを下げるのみならず、レイシスト自身に対する最大の温情であるといえるでしょう。

レイシストが更生した例、というのを軽々しく挙げることはできませんが、最近でも差別的な作品が大炎上した後、その作者が謝罪し、差別について学ぼうと努力を始めた例なら存在しています。これの結末が良いものとなるか、あるいは「やはりレイシストは予後不良だ」と言われることになるのか、それは分かりませんが。レイシストが1人でも減るのは社会にとっても良いことなので、良い結末が待っていることを願っています。
レイシストには懇切丁寧に穏やかに説明しても聞きはしません。それで聞くのであれば、最初からレイシストになどなっていないか、深みにはまらないうちに治癒しています。罵倒して叱りつけるなり、炎上させるなり、裁判沙汰にするなり、自分がやっていることの重大性に見合う(それでも全然足りませんが)衝撃をくれてやらない限り、目が覚めることすらないのです。それにより、たとえ形だけだとしても、差別から足を洗う者が出るならば万々歳です。
無論、それでもなおレイシストを続ける者も多いでしょうが、そういった輩にはやはり厳しい対処しかあり得ません。更生するつもりがないのであれば、間違っても反社会的行為やヘイトクライムに至ることができないよう、徹底的に追い詰めることこそが世のため人のためです。
また、「自分はこのブログに騙されていた」「洗脳されていた」などといった言い方をする連中にも、寛容さは全く不要です。民族浄化を訴える者に洗脳されていたなどと危なすぎることを平然と主張できる神経と幼稚さに驚きますし、そんな人間は歩く危険物以外の何者でもありません。自分が自分の意思で差別をやったことを認めて反省することさえできないのなら、そいつは今後いつ爆発しても不思議ではありません。

今回の件、弁護士の方々は大変でしょうが、極めて面白くて愉快な案件ではあります。そして、こういうのは遠慮なくどんどん指さして大笑いしてやるのが一番です。レイシストは皆に嘲笑される無様でみっともない存在、これが社会に「常識」として根付くことは大事です。
これで反訴などする筋金入りのおバカさんに至っては、法廷で在特会裁判並みの「愛国」的主張を並べ立て、裁判官を凍り付かせた上で厳しい判決が下るのを見ることができるかもしれません。インターネット上の妄想を現実世界に持ってきたらどうなるか。下手なショーより面白いものとなるでしょう。やはり大いに笑ってあげるべきです。
「相手がレイシストだからと笑いものにするのは間違いだ」「頭ごなしに叱るのは違うだろう」、そういった声によってレイシストに市民権を与えた結果、勘違いした者たちが次々とレイシストに合流し、むごたらしいヘイトスピーチがあちこちで見られるようになりました。結果、被害にあった人々はもとより、合流した者をも地獄行きのバスに押し込めることになりました。これでは誰のためにもなりません。
以前、下町ボブスレー騒動なるものがありましたが、その騒動自体では「下町」側に同情的としながらも、「下町」のアカウントが保守速報を肯定的に取り上げているのを知って激怒し、不支持を表明している人を見かけました。私は「下町」自体をくだらない存在としかみなしていませんが、そうした立場や思想などを超えてレイシストにはこのような態度を取るのが正解です。
レイシストという一点で即刻バカにされ、あざ笑われ、罵倒されて追い払われる。それが当たり前になればよいのです。

2018-05-11 の記事 - 2018-05-11
国民民主党が結党、62人参加 幹事長に古川元久氏

一体どこまでセンスのない人々なのか。

小池氏がろくでもないインチキ差別主義者であることは、反差別者を中心に多く指摘されていました。案の定、ツーショット3万円だの振り込め詐欺だのバカバカしいことをやり始める始末で、見掛け倒しのカス札でしかないことはすぐに露呈してしまいます。
普通はこのようなカス札など欲しがる者はいません。ところが前原氏は自らの反共主義を他のすべてに優先させ、なんとカス札1枚のために党を叩き売ってしまいます。市民も、共産党も、その他の立憲野党も、民進党の今までの体制も、それぞれ譲れない部分を譲り、泥水を飲んできたところを、前原氏は駄々をこねて自分だけは泥水を飲むのを嫌がり、党を売る道を選んだわけです。
民進党には差別に対抗し立憲主義を尊重する議員もそれなりに存在し、そうしたことから鼻をつまんで民進党を応援していた人々も少なくありませんでしたが、そうした人々は小池ヘイト党騒動に激怒します。一方で差別主義者にとっては、戦後最悪の差別政権・安倍政権を擁する自民党を支持すれば済む話で、いちいち小池ヘイト党などを支持する理由はありません。
小選挙区ではやむを得ず民進党に投票していた、差別に反対し立憲主義を尊重する人々と、小池氏を支持するような悪質な差別主義者、その両方を取り込もうとして見事に両方を失ったわけです。
その結果、最大野党を取り込んだ小池ヘイト党は最大野党ではなくなり、ないないづくしの立憲民主党が最大野党となるに至ります。これはすなわち、日本のかなりの人々が民主主義・立憲主義・反差別・多様性の尊重を求めていることを意味しています。

当然、野党再編はこの立憲民主党を軸として、最後まで民主主義と立憲主義の望みを捨てずに共闘を模索し続け、破壊される寸前であった民主主義を守った共産その他の立憲野党と手を取り合ったものでなくてはなりません。泥舟から逃げ出すつもりでわざわざ泥舟に乗り込み、立憲野党が死ぬ気で船を準備している横で悠々と出港し、見事に沈没した船などどうでもよろしい。
悪質な差別主義者・小池氏率いる小池ヘイト党に軽々しく移った連中に期待すべきことなどありません。積極的差別主義者ではない者も多いのでしょうが、それは要するに自分の利益になると考えれば即座に差別主義側に立つということですから、そういった連中はいつまた転向して差別主義者につくか分かったものではありません。
ただ現状、小選挙区や参院の一部選挙区で勝ち抜くためには候補者の一本化は必須であり、そうなると支持率も期待もほとんどない小池ヘイト党転向組やら、立憲民主の理念を嫌う民進残党の連中に花を持たせてやらなければならなくなる可能性があります。そいつらがいつ差別を始めるか、立憲主義を否定し始めるか分かったものではないというのに。当然、議席配分も支持の度合いに比べていびつなものとなるでしょう。
終わった政党の井戸の中での主導権争いは勝手にやればいいとして、選挙区によってはこれらの連中の名前を書いて投票せねばならない可能性すらあるのですから、正直うんざりです。こういうのが結果として政治不信を生み出し、図式を分かりづらくし、比例もろともの棄権を助長し、立憲野党の足までもを大いに引っ張っているのですから、一刻も早く消滅してもらえると助かります。

なお、自民党はもはや保守とは到底呼べない異常なヘイトカルト政党であるため見失いがちですが、立憲民主党自体はかなりギリギリの保守リベラルです。小林よしのりと懇意にするだの、横浜市長選で林氏の応援に行く者がいるだの、京都で与党と相乗りするだの、しばしば反レイシスト・反ファシストにとって開いた口がふさがらないような行動を取るのはそういうわけです。
これらの行動には不信感しかありませんし、いずれも大失態であると言わざるを得ません。特に小林よしのりと組んでいるのは論外以下で、氏と手を切らない限り、私は戦略的に必要な場合以外で立憲民主党に投票することはありません。
ただ、こういったどう考えてもアウトな例はともかくとして、支持を集めたり入党の門戸を広げるため、差別や民主主義の否定、立憲主義の破壊をしない範囲(本来、これが「保守」。これを踏み越えるならレイシストやファシスト、極右)で可能な限り根を広げようとすれば、ある程度縁石の上を歩くような状況になってしまうのは必然の結果なのでしょう。
このような縁石を歩く政党よりもなお自民側に寄るのならば、ヘイトカルト政党とならないでいることは困難です。稀代のレイシスト・小池氏が率いようとした小池ヘイト党はまさにその見本ですし、立憲民主党にすら理念的に合流できないというのはすなわち、そういうことなのです。

「万年野党なら立憲へ」=あいさつでは連携呼び掛け−国民・大塚氏

何ならもう立憲民主党も共産党もこいつら放っておいて、選挙区情勢次第では対立候補を立ててもいいのでは?
二大ヘイ党体制が現実のものとなった時、立憲主義や国民主権はおろか、マイノリティが日本社会で平穏に生きて暮らすことすらも風前の灯火となりました。その火をかろうじて絶やさなかったのは、共産党など既存の立憲野党と立憲民主党、それを支えた市民たちでした。ふざけた小池ヘイト党合流騒動などにより、マイノリティの命の灯火を平然と踏み消そうとしていた連中が、自らの差別加担を謝罪するどころか偉そうなことを言うなど、吐き気がします。
いくら共闘が重要だからといって、こんな奴らに票を投じたくありません。安倍一派と小池に寝返った一派、どちらか好きなヘイト勢にマイノリティを襲うための武器(票)をプレゼントしろと言われたら、比例のみ投票すら考慮に入れます。

なお、ヘイトカルト政党が登場する時によく出てくる決まり文句の「現実的な安全保障」とやらは「差別を許さない世の中など現実には無理だから差別させろ」に、「寛容・穏健保守」は「在特会ほど露骨ではない差別」に、「自民党とは違う保守」は「自民党とやや違った層を差別します」に、「建設的対案路線」は「自民党と張り合って差別します」に、「リベラル右派」は「自由に差別」に、「あの党は左に寄りすぎ」は「あの党にも差別をさせるぞ」に読み替えると理解が容易になります。

2018-05-05 の記事 - 2018-05-05
先日YouTubeを開いた時のこと。
基本的に私は、YouTubeでは中国語と英語以外のコンテンツを見ることはありません。やむを得ない理由で日本語の動画を見る場合には別のブラウザを用い、汚染されることを避けています。また、言語や位置情報は英語・英国に設定してあります。
ところが、なぜか"Recommended"などとして、DHCのヘイト動画や福田氏のセクハラ音声に難癖をつける動画をおすすめしてくるではありませんか。所在地設定を英国にしていて、日本語の動画を一切再生せず、おまけに中国語の動画を多く見ているユーザーに対してすらこれですか
日本語設定にして、所在地を日本にして、日本語の動画を見る人はどのような地獄を見せられることやら。たまたま動画を見に来た人が感染してしまい、やがて他人の尊厳を踏みにじる者の1人になるのかと考えると、頭が痛くなります。

内閣府サイト:ヘイトスピーチや誹謗中傷野放し

特段驚くには値しません。

無論、これはとんでもないことで、絶対に許されてはなりません。言うなれば「国営保守速報」とでも呼ぶべきものを、ヘイトスピーチが社会問題化した後でさえ内閣府がgo.jpドメインで運営し、今どきSNSですら削除されてもおかしくないような異常な差別を垂れ流しにしていたのですから。
それも、どれほど滅茶苦茶で異常な意見でも全部掲載するというならまだしも(それはそれで国営匿名掲示板ということですから大問題ですが)、不適切なものは掲載しないと宣言した上でこれなのです。
そして実際、かなり多くの「愛国者」は日本語を適切に使うことができないのに、記載されている意見は内容はともかく文意としては明瞭なものが多く、しかも「愛国者」は意味不明で理解不能な投稿、テーマとは全く関係のない投稿などを乱発するのが日常茶飯事であるのに、そういうものがサイトを埋め尽くしていないことを考えると、意味不明な投稿の除去と校閲・修正が行われた可能性は高く、全部そのまま掲載という運用にはなっていないとみなすのが自然です。
これを異常と呼ばずして、何を異常と呼ぶべきでしょうか。

しかしながら、今の日本の政権は安倍政権です。差別とデマとデタラメのみで構成された、戦後最低最悪のヘイト政権です。国営保守速報が運営されていたことは不思議でもなんでもなく、仮に運営されていなければそちらの方が驚愕に値したことでしょう。
本件もまた、差別政権のゴミ屋敷からまた1つゴミが見つかった、というだけでしかありません。
それよりもむしろ、次から次へと差別が湧いて出てくる異常な政権を肯定する者が未だ3割以上も存在することの方が恐怖です。マイノリティにとって、世の中の10人のうち3人以上の者が自分や家族に何をしてくるか分かったものではないというのは現実的な脅威ですし、マジョリティにとってみても、例えば自然災害後の混乱時などにヘイトクライムが起きそうになったとして、それを止めようとすれば、あるいは自分がマイノリティとみなされれば10人中3人以上が何をしてきてもおかしくないということですから、極めて恐ろしい状況なのです。

ところで、一部には「リベラル寄りの意見も記載されている」ことを理由として、本件の重大性を矮小化しようとする論が存在するようですが、それは言うまでもなく一切成り立ちません。
本件でなされたのは、特定の人種などに対する差別扇動、及び特定の人物を処刑しろなどと扇動する行為です。リベラル寄りの意見も掲載されていれば、差別扇動や殺害扇動の効果はなくなるとでもいう気でしょうか。無論、そんなものを記載したところで、それが差別扇動の効果を消滅させることなど全くありません。
差別は人の魂を殺し、そして実際に人を殺します。この国営保守速報は被差別者の魂と尊厳を踏みにじっているのであり、そうやって被差別者をグリグリと踏みにじりながらリベラルな意見も読み上げたとしても、踏みにじられている側からすれば何の意味もありません。

内閣府サイト、公開中止に ヘイトや誹謗中傷を放置との指摘が相次ぐ

>また、過去の投稿のチェック体制については、「当時の担当官ら複数の目を通していた」ことを明らかにした。
>「明らかに間違えている誤字脱字などを、一部修正することもあった」というが、2016年度に休止した事業であり、すでに担当が変わっているため、詳細は不明という。


やはりそうですか。
複数の目が内容をチェックしているとして、全員があのような差別を妥当であると判断することは、普通に考えればあり得ません。あれはもう、立場だの政治的思想だの以前の問題です。
そして実際、問題になった後にこのコンテンツは削除されました。まともな国政モニター事業なら意見を削除する必要はないわけで、担当者も本件が言い逃れのしようもない不適切案件であると認識しているということです。
差別が誤って1件だけ混入してしまった、あるいは差別かどうか判断が難しいものが含まれていたというならまだしも、どこからどう見てもアウトなものがいくつも記載されているとあっては、見落としの可能性もありません。
とすれば、可能性は1つ。ああいう差別を記載することが「方針」であった、としか考えようがありません。方針に基づいてあえて差別を記載し、あえてgo.jpドメインで差別を拡散し、あえてそれを行政に反映させようとしていた、結果的にそうなったのではなく正真正銘の国営保守速報というわけです。

こうしてまた、異常事態が正常に行われていたことが発覚しました。日本社会ではもう、異常なことが正常となってしまった状態が何年も続いています。そしてそれにより、日々の平穏な生活を脅かされている人々、尊厳を踏みにじられている人々がいます。
日本社会はいつまでこのようなことを続けるのでしょうか。

2018-04-28 の記事 - 2018-04-28
朝鮮半島の融和。素晴らしいことです。おそらく今後とも困難は多いはずですが、その一歩がまずは重要なのです。
ところで個人的には、あれだけ危機的であった情勢が急激に融和に向かった理由として、安倍政権の韓国版と言っていい朴政権が倒れたことと同時に、韓朝米中の各国が「日本は融和を破壊したがっていて、日本を外せば融和は成立し得る」と気づいたことにあるのではないかと考えています。
一歩前進すれば「自分の圧力のおかげ」と威張り散らし、一歩後退すればほら見たことかと高笑いする。そういう愚者の声など今後とも一切聞くことなく、たとえ一時的に後退する局面があったとしても、平和に向けて着実に進んでほしいと願っています。

下村氏「メディアは国家をつぶす」 与党内でも批判

私はこの「日本のメディアは日本国家をつぶす」という言い分にはある意味大いに賛同します。
公文書改ざんを大本営発表の通りに「書き換え」と言い張る。権力監視や社会正義のため、権力に対抗可能なほど強大な力を預けられているにもかかわらず、その圧倒的な力を権力と一緒になって社会的弱者や被害者に向け、力のない彼らを情け容赦なく踏みにじり、差別を垂れ流して被差別者を足蹴にする。困窮者の過失をあげつらったり、過失がなくても貶めるのを正義と称し、権力の巨悪は無視する。「山口メンバー」には大騒ぎし、より重大な案件の「山口安倍友メンバー」にはだんまりを決め込む。
自民党と並んで日本を滅ぼす腐れ外道であるとみなして差し支えないでしょう。

ところで、このところ失言に事欠かない自民党ですが、一番驚いているのは言った本人たちでしょう。
これまでは言えば言うほど支持率が上がっていたのに、なぜか言うと非難されるようになってしまったのです。危機的状況の中で失言が増えたのではありません。これと同等のことが散々なされてきて、大勢の人々が踏みにじられてきていたのに、何ら問題視されていなかっただけなのです。
やはり抵抗のすべをほとんど持たない立場の弱い人々を強大な政府・与党が踏みにじってすら、立場の弱い人々の側に立つことを拒むどころか、しばしば一緒になって踏みにじりに行っていたメディアの責任は重いと言わざるを得ません。

昭恵夫人、ヘイト集団「在特会」関係者主催の「安倍政権がんばれデモ」に応援メッセージを送ってしまう

はい、この通り。

よく「昭恵案件」などと言われたり、昭恵氏の奔放ぶりに政権が振り回されているような印象を受けますが、実は昭恵氏こそが安倍政権の忠実な「鏡」です。
例えば森友問題は典型的なお友達案件ですが、ただのお友達案件ならよくある汚職にすぎません。子どもたちを虐待し、差別を垂れ流す異常な教育であるがゆえに、安倍氏の肩入れを受けて汚職が行われ、学校が作られる直前まで行ってしまったという点こそ重要なのです。
昭恵氏が善意の人間というのも間違っています。仮に善意があるのなら、虐待を受けている児童たちを見れば憤り、差別を見れば激怒し、それらを止める方向に動くのが、理論以前の感覚の問題としても当然であるからです。ところが森友といい今回の件といい、そろいもそろって差別や虐待を肯定する方向のものとなっており、その逆に熱心であったという話は出てきません。子どもや被差別者が踏みにじられるのを見て喜ぶ「善意」などあってはたまりません。
要するに、昭恵氏というのは現政権を最も色濃く反映した存在なのです。安倍氏周辺では昭恵氏への不満がくすぶっているともいいますが、昭恵氏は開き直ったかのように行動し、内閣は悪事がバレると誰かを尻尾に据えて切り捨てるパフォーマンスをする、という違いがあるだけで、理念自体はさして変わりません。それどころか、安倍内閣が落ち目となるまでの間は、昭恵氏は内閣別動隊と言ってもいい存在であったことでしょう。
悪夢の人種差別内閣・安倍内閣。その首相夫人にふさわしい悪質な人種差別者が昭恵氏である。夫婦そろって、ヘラヘラと笑いながら被差別者をいくらでも踏みにじることができ、それに良心の呵責を感じることなどいささかもない人物である。ただそれだけです。

>ツイートに名前の出てくる西村斉は在特会の京都支部長にして、在特会の桜井誠(本名:高田誠)前代表が代表を務める日本第一党京都本部本部長。そして京都朝鮮学校襲撃事件というヘイトクライムの主犯であり、ロート製薬強要事件、徳島県教組業務妨害事件の主犯として実刑判決も受けた人物です。
>なお、上述した昭恵夫人のメッセージ読み上げ動画もこの西村斉の公式YouTubeチャンネルにアップされたものです。


西村斉についてはちょうどニュースが出ています。

ヘイトに名誉毀損罪初適用 在特会元幹部を在宅起訴

まさに旬の人物といったところですか。稀代の人種差別首相の夫人だけあって、その選別能力は素晴らしいの一言です。

安倍内閣の手によって、差別は「許されないもの」から「その辺で普通に見かけるもの」となり、日本社会は不気味な存在へと変貌してしまいました。被差別者が被差別者とバレるやいなや、親切で丁寧だった隣人が、あるいは何十何百とすれ違う通りすがりの人々が、何をしてきたとしてもおかしくないのがこの社会なのです。
内閣もろとも一刻も早く表舞台から退場していただき、大事に至る前に「差別は許されない」という最低限の常識を急いで取り戻さなくてはなりません。

2018-04-22 の記事 - 2018-04-22
統幕3佐:議員罵倒 繰り返し「国民の敵」 処分検討

異常事態です。安倍氏が日本の何もかもをぶち壊しているのは周知の事実ですが、まさかここまでの事態に至るとは。

この問題の人物、自らの地位を名乗った上で、しかも国会議員に対して、堂々とあのような暴言を吐き散らしているわけです。そこに「このようなことをしてはならない」といった最低限の歯止めも、「自分の立場でこれをするのは国にとっても危機的なことだ」といった常識的な思考もありません。
もし「国民の敵」が政権を取ったら、この人物または類似の思想を持つ自衛隊幹部は何をするでしょうか。そして、小西氏または同様の考え方を持った「国民の敵」が自衛隊を指揮する立場になったなら?最悪の場合はクーデター、そうでなくとも命令拒否、妨害、わざと手を抜くなど、程度の差こそあれ何かしらの行動を取る可能性は十分あります。そして軍事力を持った組織において、それらはいずれも重大で破滅的な結果をもたらす恐れがあります。
さらに言えば、その「国民の敵」を支持している市民に対して、この手の人物はどのような態度を取るでしょうか。まさか市民に対してまで牙は向かないだろうと信じたいところですが、他人を「国民の敵」とみなそうものなら服務規定も文民統制の原則も何もかも無視し、それによって処分を受ける可能性があることすらも全く歯止めとならず、肩書を名乗った上で堂々と自らの欲望のままの行動を取る人物とあっては、何をしても不思議ではありません
さすがにデモや抗議活動の弾圧までは、少なくとも今すぐ行うことはないかもしれません。しかし、例えば災害救助・支援活動などの際、「国民の敵」の支持者とみなした相手を本気で救援しない、または不利益を与える、というようなことは十分に考えられます。
軍事力を保持した実力組織が、「こいつは助けるべき、こいつは国民の敵側だから助けなくて(不利益を負わせたり、後回しでも)よい」と市民の選別を始めたら、もう取り返しがつきません。国民の代表すらも選別するような者が、国民を選別するわけがないなどと信じる理由はありません。
そして当然のことながら、自衛隊内部にこの人物のような者が他にいないとは到底考えられません。安倍政権下で徹底的なまでにタガが外れてしまい、自衛隊そのものが(おそらく以前からその傾向はあったにしても、建前すら放棄してしまうほど)ヘイト化し、そうして地下にたまりにたまった汚物の一部が地表に顔を出した結果が今回の問題であると考える方が妥当です。

もはや現状の自衛隊は何をしても全くおかしくないとみなすべきでしょう。日本社会のタガを外した連中を一刻も早く政治の場から叩き出し、文民統制などの回復を行うことが求められます。

麻生氏「週刊誌、事実か定かでない」テレ朝セクハラ抗議
音声、「女性の声も」=セクハラ疑惑で麻生財務相

・被害者は名乗り出ろ
・もう少し大きな字で書いてもらった方が見やすいなと思った程度に読んだ
・名乗り出たからには、被害者の声も入れろ

おかしいと指摘を受けたら、ますます異常な言動によってその指摘もろとも踏みつぶす。これがいつもの安倍政権のやり方です。
そして恐ろしいことに、このやり方は今までであれば平然と機能していました。正しいことが全く通らなくなっていたのです。ではなぜこのようなやり方が機能したかといえば、国民のレベルがその程度であり、このような異常行為があっても支持率が下がらないか、あるいは上がっていた現実があるためです。
「最近になって5年分の膿が噴出してきた」といった意見は、半分は正しくて半分は間違っています。安倍内閣は最初から最後まで常にこの調子であって、今まではそれが適切に批判されていなかっただけに過ぎません。一見すると風車への突撃に見えるこの間抜けな麻生氏の弁も、実際には今まで散々やってきて何の問題も起きなかったことを今回もやっているだけです。5年にも渡る安倍政権の中で、極めて不十分ながらも問題が問題として扱われているのは今だけです。
今回の麻生氏のやり方を少しでも異常だとみなす者で、これまで内閣を支持したことがある者がいるならば、今までの自らの愚劣さを頭を叩き割る勢いで猛省すべきでしょう。その浅はかな加害者への加担行為のせいで、この何年かのうちに幾多の人々がこういう目にあわされ、踏みにじられてきたのです。安倍内閣や安倍親衛隊のターゲットにされた立場の弱い人々にとって、まさに「内閣支持率 = 自分を攻撃してくる可能性がある者の割合」に他ならず、それがとてつもない恐怖であることは想像するに余りあります。
性暴力被害者、外国ルーツの方々、森友で虐待された児童、その他たくさんの人々の苦痛の声を無視し、一緒になって彼らの頭を踏みにじった責任は到底贖いきれるものではありません。それも、被害者の頭を踏みにじる加害行為に興じる時には、「他にいい人がいない」という加担への責任逃れの言葉を口ずさむことまで忘れずに。
こんなもの言うまでもなく、今後はお天道様を仰ぎ、日向を歩くことすらも恥じ入らねばならないほどの、人として最低最悪の愚行です。

なお、私はいい加減、日本社会は「官僚は頭がいい」なる無根拠な印象論から脱却すべきと考えています。これがどれほど話の前提を狂わせていることでしょうか。
世の中には色々な人がいます。字が上手い人、縫物が上手い人、彫刻が上手い人、けん玉が上手い人、などなど。しかし、「けん玉が上手である」ことは頭がいいことを意味しませんし、同じく「試験で良い成績を取るのが上手である」ことは頭がいいことを意味しません。
けん玉が上手な人の中にも、頭がいい人も悪い人もいる。試験で良い成績を取るのが上手な人の中にも、頭がいい人もいれば悪い人もいる。それだけの話でしかありません。

2018-04-14 の記事 - 2018-04-14
女児土俵に上げず 静岡場所「ちびっこ相撲」

>力士が土俵上で子どもに稽古を付ける「ちびっこ相撲」に、毎年参加していた小学生の女児が参加できなかったことが分かった。

はい、この通り。異常行為に反対する声の高まりに対し、異常行為をぶち込んで叩き潰すという、安倍内閣と同様の方法で対抗してきました。
女性差別によって命にかかわる事態になった直後に、女児排除によって差別撤廃論に反撃を浴びせる感覚を見るに、もうこの連中は在特会とほとんど変わるところがありません。以前から劣悪な人種差別を散々見せられてきましたが、これが相撲協会というものの本性です。
こんな在特同然の差別推進集団に便宜などもってのほか。公益法人認定は即刻剥奪し、勝手に国技を名乗るのをやめさせ、このような差別集団の興業を公共放送で流すのもやめるべきです。
この連中が表立って興業を予告するたび、各地で大勢のカウンターに取り囲まれて徹底的な罵声を浴びせられる。それによってもはや日の当たる場所ではヘイト興業ができなくなる。本来これくらいの扱いを受けるのが当然ですし、それが正しい世の中の在り方です。

LGBTが気持ち悪い人の本音 「ポリコレ棒で葬られるの怖い」

散々批判されているこの記事。私もあきれ果て、「よくも2018年にもなって、こんなものを恥もなく公開できたものだ」と考えざるを得ませんでした。おかしな点はこちらで大体批判し尽くされているようですが、私からもいくつか。

まず、差別主義者とはどのような人格を持った人物なのか。中には「殺せ」デモに出るような者までいますが、彼らは一体何者なのか。これに対する答えは簡単で、「私たちの隣人」であり、「普通の人」であり、「いい人」です。
差別主義者が「私は差別主義者です」の札を首から下げて歩いてくれるのであれば苦労はしません。それなら避けるのも容易ですし、カウンターをかけるのも容易です。そうではなく、ただの人であることが重要で、かつ恐怖なのです。
気さくで社交的な理容師が、温厚で子ども好きの医師が、あるいは親切な飲食店のマスターが、例えば外国人やLGBTの問題となると豹変し、はさみを、薬品を、飲食物を持った怪物に変身するかもしれない。もしそうであれば、そんな人物に自分または家族の命を握られるのですから、マイノリティにとっては恐怖でしかありません。

大げさ?神経質?とんでもない。例えば内閣支持率。国家の根幹を揺るがす異常な問題が発覚してすら、実に3〜4割です。そして安倍内閣の支持者とは、すなわち「国家の根幹を破壊しようとも、差別内閣が続いてほしい者 + そこまで積極的ではなくとも、自分の利益のためなら被差別者が踏みにじられ、足蹴にされても一向に構わないとは考えている者 + 内閣の差別に平然と知らぬふりを決め込む者(もともと森友問題はヘイト問題であり、さらにあれほど大っぴらに中韓朝の憎悪扇動をしてきた内閣の差別思想を知らない者は実質存在し得ない)」の合計です。それも改ざん発覚前なら半数ほどの支持がありました。
早い話が、人々の半分が敵という状況です。子どもを遊ばせている時の公園の通行人、繁華街ですれ違う人々、電車に乗り合わせた人々、この半分が敵側であって、自分や家族が被差別者であるとバレればどんな攻撃を受けるか知れたものではないのです。道行く人の2人に1人が敵という恐ろしい状況を、ほとんどのマジョリティは想像することもありませんが、実はすぐ目の前に想像を絶する社会があるのです。
これこそが差別の恐怖です。それを、差別主義者と会ってみたら「拍子抜け」だの「ほっとした」だのと、普通の人、いい人である隣人が実は差別主義者であるかもしれない恐怖というものに関して、この記者が理解しているようには全く見えません。

さて、ではこのインタビューの男性は差別主義者なのか。言うまでもないことですが、間違いなく差別主義者です。
「差別主義者」とは何かというと、「差別思想を持っている者」ではありません。「差別的な言動をする者」のことです。たとえ全く差別思想を持っていなくても、差別的言説を垂れ流す者がいれば差別主義者です。一方、実は筋金入りの差別思想を持っていたとしても、それを一切言動に出すことがなく、差別解消のための活動に尽力したならば、差別主義者ではないどころか反差別者です。他人の内心など知りようがないのですから、その言動によって評価されるのは当然です。
被差別者を見て「気持ち悪い」と感じることは、別に差別ではありません。人間、自分にとって異質なものに対して警戒なり違和感なりを抱くのは仕方のないことで、それ自体を禁じることはできません。しかし、それを言葉や行動にした時点でそれは差別であり、その言動に伴う責任を取らなければなりません。
これは殺人や盗みなどと全く同じです。他人に殺意を抱くのは勝手ですが、それを実行に移したり、言葉にしたなら問題になります。会社の金庫に大金があるとして、これが手に入ったらなどと考えるのは勝手ですが、実際に盗んだり横領したり、あるいは盗むことを宣言したりすれば問題になります。それと何ら変わるところはありません。

そして極めつけはこれ。保毛尾田保毛男に関して、

>「後になって『あの時傷ついた人に気付けなかったあなたは罪人です』と言われると、『うち実家の花畑はキレイだなあ』と思っていたら、いきなり戦闘ヘリが飛んできて機銃掃射で荒らされる、みたいな気持ちになるんですよ」

実際には自分が被差別者を機銃掃射する側に立っていたのにこれ。そして被差別者が「もう無理です、これ以上撃たないでください」と訴えてきたら「人の花畑を機銃掃射で荒らすな!」なのですから、開いた口がふさがりません。
「子どものころ、朝鮮人が人々に取り囲まれていたぶられていた。当時はそれが意味するところもよく分からず、自分もつばを吐きかけてしまった」というような話を聞いたことがありますが、「それはよくないことだったのではないか?」と問われた時に「人の花畑を機銃掃射で荒らすな!」と言い立てるとしたら、これはもう筋金入りの差別主義者の域でしょう。

>「強迫観念として、ポリティカルコレクトネスに反してしまったら、僕の方が社会的に葬られるというのがあるんですよ」

痛みも苦しみも悲しみも感じ、傷つけば血も流す人々をぶん殴れば、反撃されても仕方がない(実際には「反撃」も正確ではなく、「身を守るために払いのけられる」くらいが正しい)ことも分からないらしいです。差別は人を傷つけ殺すことができる凶悪な殺戮兵器なのですから、そんなもの振り回して相手に防衛行動も何もされないと考える方がどうかしています。
そもそも「社会的に葬られる」とはどこの話でしょうか。現実にはテレビ局やら大手出版社やら有名人やらですら大っぴらにヘイトを垂れ流しまくり、しかも儲けているようですが。路上で死ね殺せと吐き散らした在特会の連中も未だ健在ですし。さらにはSNSも毎日毎日血も凍るようなヘイトのフルコースで、それでいてほぼ誰も葬られていません。
最近でそこそこ騒ぎになった差別案件といえば、例えば台湾募金ヘイトデマ騒動がありましたが、あれは他国の災害を利用し、卑劣な差別拡散をもくろみ、デマを垂れ流し、募金活動を妨害し、特定団体を誹謗中傷し、その後も差別と向き合わず嘘と言い逃れに終始した、数え役満モノのヘイトでした。それこそ、これくらい桁違いの異常行為でもなければ「葬られる」案件にすらならないのです。
その一方、人種差別・性被害などを告白した被害者たちはどのような目にあわされているでしょうか。何も悪いことをしていないのに踏みにじられ、社会的に圧殺されているのはまぎれもなく被差別者です。

こんなバカげた差別主義者の戯言に対し、この記者はあきれた応答をします。

>「じゃあもう怖いから、何も関わらない方がいいとなってしまう。でもそれじゃあ、苦しんでいる当事者に対する偏見は消えなくて、ますます当事者は苦しみますよね?」
>はい。それはたしかに、そうです。


「それはたしかに、そうです」?何を言っているのか。「そう考えるんなら、お前のような悪質な差別主義者はもう二度と関わらなくて結構。関わられるだけ有害で邪魔」とでも返答すればよろしい
この人物は、ヘテロセクシャル(異性愛者)・異性婚をしている人々、日本人、健常者などのマジョリティに対して、その属性に関することでいちいち何か関わっているのでしょうか。当然、関わってなどいないでしょう。であるならば、LGBTなどについてもそれらと同様に、いちいち関わらなければ結構。まずそれが差別解消の一歩です。
差別主義者に関わられなくて済めば、当事者の苦しみは縮小します。「いちいち差別はするな、許すな。あとは放っとけ」という簡単なことすら理解できずにいちいち関わってきては差別を垂れ流すから差別主義者なのですし、記者もそんなことすら理解できないから差別主義者の言い分を垂れ流すような記事を書いてしまうのです。

>「アンケートに書いたとおり、忖度(そんたく)して『差別はよくない。みんなで明るい未来をつくろう』と回答すれば、良かったのかもしれない。でも、それじゃあ本当の解決にならないですよね?」

実はそれでよいのです。
この差別主義者のような輩が何を考えていようと知ったことではありませんし、興味もありません。しかし、彼らが建前でも「差別はよくない」と言い、それに沿う言動をすれば差別はなくなり、問題は解決していきます。
繰り返し言いますが、被差別者について「気持ち悪い」と感じようが結構。差別的言動さえしなければ、実際にそのように考えているかいないかなど、他人にとっては知りようがなく、したがって何の意味も成さないのですから。
そういった内心の部分をどうにかするのは本人が勝手にやることであって、社会には何の関係も影響もありません。よって、それは本当の解決とは関係がありません。

>どうすればいいのか、簡単にこたえは出ません。
>ただ、「Bさんと会って、話して、よかったな」と思ったのは、たしかです。


で、これが締め。頭が痛くなります。20年前ならともかく、2018年にもなって差別問題を取材する記者がこれですか。
差別主義者の言い分を否定も留保もなく垂れ流し、「よかったな」。これでは「そうか、こんな記事を記者が書いて堂々と出しているということは、自分もここまでは言っていいのか」と人々に認識させ、差別を扇動することにしかなりません。差別扇動は差別扇動であって本人の思想は関係なく、つまり記者がそのような意図を持っているかいないかにかかわらず、この記事は差別扇動記事であると言わざるを得ません。
差別は極めて危険な爆発物かつ感染性汚染物であるのに、その扱い方をまともに学ぶこともなく、いい加減に扱って大爆発させたなら、それは記者の責任です。こんなことも分からないのなら、もう二度と安易に差別を取り扱うべきではありません。

2018-04-07 の記事 - 2018-04-07
女性差別、人種差別、そして「愛国」カルト。さすがは日本の国技といったところでしょうか。

本件は非常に恐ろしい要素が満載です。
相撲協会側は人の命が失われるかもしれない状況において、人命などより差別が大事という姿勢を示してみせました。これはベクトルこそ違えど、思想としては在特会やKKKなどと何ら変わるところがありません。差別はこれほどまでに堂々と、あれほどの衆人環境のど真ん中においてすら、平気で人を殺すのです。
しかも、女性蔑視はいわば「穢れ」の思想なわけですから、何か女性を排除するような合理的な理由があるわけではありません。「女は穢れている」「汚いから入るな」という子どものいじめのようなふざけた理屈を、信じがたいことに大の大人が平然と振りかざし、おまけにそれを人の命より優先しているのです。
さらに、彼らはこうした差別を「伝統」などの言葉によって正当化し、差別への反論を無効化しようとしています。通常の差別を社会を食い荒らす芋虫とするならば、「伝統」によって塗布された差別は、つまんで捨てられることのないよう毒のトゲを大量に付加された毛虫といったところでしょう。なおさら有害かつ卑劣であり、加えて今回のようにその「伝統」自体が攻撃力を持ち、人命を危険にさらすようになります。「伝統」なる言葉で塗布された差別は通常の差別よりもさらに強く非難され、即座に排除されなければなりません。
この他にも、相撲ではたびたび人種差別としか言いようがない問題が起こっている事実がありますし、舞の海や貴乃花が異常な思想に「感染」してしまっていることも知られています。
本件では差別アナウンスが批判されていますが、これは言うまでもなくアナウンスをした人物だけの責任などではなく、現在の相撲の在り方に構造的な問題があるからこそ発生したものです。例えば相撲が女性差別をしていなければ、このような問題が発生する余地は最初からありませんでした。相撲の構造自体をどうにかすることがなければ、似たような差別は今後いくらでも繰り返されるでしょう。

私としては、大相撲などこれを機に消滅していただいても一向に構わないと考えています。というより、この有様なら直ちに消滅するのが世のため人のためです。
相撲というスポーツ興業自体には興味はありません。やりたければ勝手にやればいい。私とは特に関係のない存在ですので、それを特に応援しようという気はありませんが、かといって止めようとしたり、文句を言う気もありません。
ただし、それが女性差別・人種差別・日本会議カルト思想などを世の中に垂れ流し、社会に害毒をまき散らし、人命よりも差別に基づく内部規定を優先するような反社会的な存在であるならば、もはや黙って見ていることはできません
少なくとも、差別に加担したり、差別のために人命をも足蹴にする反社会的組織を国が優遇する、またはそう誤解させることがあってはならないわけですから、差別を一切撤廃しない限り、このヘイト興業が「国技」を名乗るのを認めてはなりませんし、公益法人として税制優遇などもあり得ません。また、女性を「穢れ」と位置づけ、その差別思想は人の命に勝ると考えるようなヘイト興業を放送することは、著しく不公正かつ差別の再拡散に他ならない行為ですから、公共放送がやっていいことではなく、こちらも一切廃止しなければなりません。
それでもなお伝統と称して差別を温存したいのであれば、差別を推進し人命を脅かす社会悪集団によるスポーツ興業として日陰で細々とやってもらえば結構。表に出てきたらバッシングを受け、反差別カウンターに徹底的に罵声を浴びせられるくらいが適切な扱いでしょう。差別・不公正を堂々と日向に出すわけにはいきません。

相撲協会は「女性は基本的に入ってはいけないが、緊急時は例外とする」のような狂った案でごまかそうとしてくる可能性がありますが、本件の原因が伝統の名を借りた女性差別である以上、それを廃止することだけが唯一の選択肢です。
大体、誰がどのような知見の下でそれを緊急である、したがって女性が土俵に入ることは仕方ない、などと判断するのでしょうか。
何なら、今回の件で女性排除のアナウンスをした人物に「あなたはこれを緊急事態と認識していながら、女性が土俵に入るくらいなら市長が死ねばいいと考えてあのようなアナウンスをしたのか?それとも、緊急事態であるという認識が十分でなかったのか?」と聞いてみるとよろしいでしょう。もし前者ならもはや論外も甚だしく、人命にゴミ以下の価値しか見出していないような運営をする国技とやらには消えてもらう以外の選択肢はないとして、おそらく後者と答えるはずです。
すなわち、緊急であるか否かを正しく判断もできないがためにこのような問題が起こったのに対し、緊急時のみ制限を緩める措置を取っても何の意味もありません
また、人命より差別を優先してしまった構造、つまり差別のために人を殺す可能性がある状況は、いくら緊急時の対応を定めようとも差別規定を廃止しない限り温存されます。
悪あがきはやめ、女性差別の廃止を決定するしかありません。

土俵に大量の塩まく 女性らが倒れた市長救命後 舞鶴

>女性らが救命活動した後の土俵に塩がまかれたことについて、日本相撲協会の尾車事業部長(元大関琴風)は5日、「女性軽視のようなことは全くない。(けがの)連鎖を防ぐためにまいた」と説明した。

こんなもの、もはや誰も信じる人はいないでしょう。
これを信じてもらおうとするのなら、方法はただ一つ。「女性は穢れで、土俵に入ってはいけない」と相撲協会側が考えているから「入った後に塩をまいた」とみなされているわけですから、女性差別規定を一切廃止することで相撲協会がそのような思想を取っていないことを証明し、これが女性軽視による塩まきではないと示せばよいのです。
逆に言えば、この期に及んでこれすらできないようなら塩をまいた理由も分かったようなものです。

今後、相撲協会は一切の女性差別規定を廃止することはもとより、人種差別を含めたあらゆる差別を一切許容しないことを宣言の上、理念や規約にそれを明記して遵守し、今までの差別を認め謝罪することがまず必要です。
また、相撲協会が最も神聖と位置付ける場所の土俵を使い、多数の女性に土俵に上がってもらうイベントを実施、この様子を一般及びメディアに公開することで「社会の公正が伝統と称する差別に勝った瞬間」を人々に印象付け、かつ差別温存勢力の意思を粉砕する、といった程度のアピールは最低限必要と考えます。
もしそれに対して抗議をする者があれば、相撲協会が公式に反論の上、大相撲は差別を一切許さないと宣言せねばなりません。その上で、差別が解消された状態を確実に維持するために、毎場所1度は観客がいる中で女性に土俵に上がってもらうようにすべきです。
伝統と称する差別など、今回の救助などのような「現実」や、組織の異常な内規による支配が及ばない状況、「伝統」を上書きする既成事実などに対しては全くの無力です。差別が「現実」によって可視化されたところで、その差別的・反社会的内規を世の中や国際社会の場に引きずり出し、差別を上書きする既成事実を積み重ねて壊滅させることが必要です。

2018-03-31 の記事 - 2018-03-31
ある刑事ドラマで、被害者Xが殺害される事件が発生しました。捜査の結果、犯行が可能な人物としてAとBが浮かび上がってきます。Bは大企業の社長、Aはその従業員です。
Aの身辺をいくら調べても、Xを殺害するような理由は全く存在しません。一方、BにとってXが存在することは極めて邪魔であり、Xが存在していると自分の地位が失われる状況にありました。したがって、今回の事件で最も得をしたのはBです。
ところが、ここでAが「この事件は全部自分がやったんだ」と言い張ってきます。しかし、捜査員がAに殺人などとという危険で大それたことをする動機を聞いても、Aは「言えない」の一点張り。それどころか、B社長のスキャンダルに関すること、社長夫人のことにすら、「言えない」を繰り返します。そして「B社長は関係ありません」とも。
Bの方は知らぬ存ぜぬ、自分には何にも関係ない、Aがやったんだろう、と言うばかりです。
このような場合、もう視聴者に真犯人や事件の構図を提示したも同然であり、ここからは「なぜAはBをそこまで必死にかばうのか」「どうやってBの自供なりを引き出すか」などに焦点が移ってきます。人情系の番組であれば、Bがごくわずかに持っている人間らしさに訴えかけ、最終的には忠実に自らをかばおうとするAのためにBが出頭する、といったような展開になるかもしれません。

佐川氏の証人喚問。失望したというのが大方の見方のようですが、以前にもあれだけ嘘や言い逃れを繰り返してきた者から、それもごくわずかの時間しかない中で、あれほどの情報を引き出したのは、私としては予想以上でした。
なぜ「財務省・佐川犯人説」「内閣は無関係」には全く説得力がないのか。内閣周辺こそが改ざんの受益者であって、財務省側にはそんな大それたことをするような理由が存在しないからです。では、もし本当に財務省が犯人、内閣は関係ないとして、それを国民に納得させるためにはどうすればいいか。財務省がどうしても改ざんをしなければならなかった理由をしっかり語ることが唯一の手段でした。
いくら安倍内閣が捏造内閣だからといって、佐川氏が喚問されるまでの短期間でストーリーを作り、国民が納得するような動機をでっちあげ、何ならそれに沿うように文書や記録を改ざんなり捏造なりし、おまけに職員によるリークも確実に行われないようにし、野党のどんな質問にも確実に返答できてボロも出ないようにする、などといったことは極めて困難ですから、佐川氏が財務省が改ざんをした納得いく理由を明確に語ったならば、そしてそれが過去の文書なり答弁なりと合致していたならば、かなり信憑性は高いと考えてよかったでしょう。
ところが、財務省が改ざんをした理由を説明すれば一発で済み、一瞬にして内閣の疑惑を晴らすことができるはずなのに、佐川氏は徹底的にだんまりを決め込みました。これは要するに、どうやってもそのようなものはないと証明しているも同じです。なお、もしかすると今後、捜査の中でなぜか降ってわいたように妙につじつまが合った動機が語られることがあるかもしれませんが、それはもはや信用に値しません。
内閣とは全く無関係の部分で財務省に改ざんが必要な大問題があり、それによる訴追を恐れて黙秘している、という可能性も成り立たないではありませんが、それなら内閣やら昭恵氏に関することについては何らやましい点がないわけですから、これらについて素直に証言するのは全く問題がないどころか、自らの証言の正しさを裏付け、内閣が無関係であることをより強く証明できるものとして、願ってもないとばかりに証言することでしょう。ところが実際にはこういった質問に対しても黙秘しているため、それもあり得ません。
「語らない」ことは「語る」ことと同じほどに物を言います。佐川氏の答弁は、総じて両手を広げて立ちはだかり、「ここには何もない、何もないからあっちへ行け」と言っているようなものと言わざるを得ず、泣き所や問題の根深さが浮き彫りになった喚問であったといえるでしょう。

ただ、このところ強引な「幕引き」の動きがあるのは気になるところです。
普通に考えて、あのような証言で幕引きなどというのは唖然として顎が外れそうなほど明後日の発想です。なにしろ、あれだけのことを「語らない」という方法で雄弁に語った証人喚問なのですから。
しかし、自民党や内閣にとって佐川氏の喚問の意味などどうでもよいのです。それこそ「今日は丑の日」でも「パンダの赤ちゃんが生まれました」でも何でもよく、とにかく適当なことをきっかけにしてメディアに報道をさせないようにすれば目的は達成されるわけです。この場合は佐川氏の証人喚問を媒体に使っただけのことであって、氏の受け答えなど実際には最初からほとんど関係なく、ただこれをきっかけにフェードアウトさせる、というレールが存在しているだけです。
例えばNHKではろくに問題を報道できない状況であることが内部告発によって示され、また本件を「改ざん」と述べることさえも徹底的に避け続けていましたが、そのような厳しい状況の中で最低限の報道がなされるだけでも支持率がこれほど落ちたのです。メディアが適切に機能していれば安倍内閣などとっくの昔に吹っ飛んでいたことを示す良い例であり、逆に言えば何でもいいのでとにかく適当なきっかけを作って問題をうやむやにすることが、内閣にとっては効果的であるわけです。
この内閣はこのやり方での成功体験を積み上げています。今回もそれが上手くいくと考えているのでしょう。そして私は、それを否定できるほど日本国民を信用していません。

2018-03-24 の記事 - 2018-03-24
前川講師問題:文部科学省から名古屋市教育委員会への要請メール

この問題。一体この内閣とこの党は日本をどこまで徹底的に腐らせているのか。想像するだけで気が遠くなります。

ところで、森友学園問題で文書改ざんを問題視する意見(改ざんが問題なのは当たり前であって、問題視しない者がいることが異常なのですが)の中には、大きく分けて2つの方向性があるようです。すなわち、「本件は安倍内閣や自民党の体質の問題であるので、徹底的に追及して内閣は最低でも退陣させ、自民党も追い込むべき」という意見と、「文書改ざんは仮に安倍内閣の出来事ではなくても問題なのだから、文書改ざんを二度と行わせないような事実解明と対策が最も重要である」という意見です。
どちらかを選ぶとすれば、私は前者です。というより、安倍内閣なるもの、自民党なるものを駆逐しない限り、あの手この手で似たような不正を行うことが可能であり、不正を二度と行わせないこと自体がおぼつかない、つまり再発防止のためにはまず前者の方向性で問題を追及することが避けて通れないと考えています。

もし森友学園問題が「学校長から賄賂を提供された政治家が、その学校のために国民の財産を不当に安く提供。それを隠蔽するために文書の改ざんが行われた」といったものであるならば、話は単純です。関係者にはしっかり責任を取らせた上で、このような金銭目的の汚職を困難にしたり、割に合わなくする対策を打てばよいわけです。
しかし、今回の安倍内閣・自民党の汚職事件はこういったありがちな汚職とは全く性質を異にしています。国民の財産の不当な提供は金銭などを目的としたものではなく、しかも隠蔽にしても金銭スキャンダルが発覚するとまずいから、というものではありません。
ではこの場合、安倍内閣の汚職によって土地が手に入ったことにより、森友学園側が「提供」するものは何か。児童虐待も同然の「愛国」管理教育と、おぞましい人種差別意識を植え付けるような教育を、まだ分別のつかない子どもに対して「提供」する、ということになるでしょう。
はたから見れば狂っているようにしか見えませんが、これほど安倍内閣及び今の自民党の本質を明確に表している案件はありません。言うなれば、安倍内閣にとってはこれが汚職による土地提供の見返り、目的なのです。
また、加計問題や山口事件などこの内閣の汚職・異常行為はお友達案件の側面も持つ場合も多く、つまり「差別主義」「歴史修正主義」「縁故主義」などがこの内閣のキーワードとなります。
これらの価値観は自民党や日本会議などのヘイトカルトの根幹をなすもので、まずはそのあだ花である安倍内閣を打倒することは、現状で取れる中では最善の再発防止策の1つと考えることができます。逆に言えば、安倍内閣や自民党などのヘイトカルトを徹底的に追及することなしには、再発防止自体が不可能なのです。さらには、これだけの不正をやっても内閣一つ倒れないとなれば、ヘイトカルトに不正のフリーパスを提供するも同然です。
これは今回の教育介入問題を見ればすぐに分かります。内閣にとって都合が悪い人間が講師を務めたら与党議員が教育に介入し、講師への誹謗中傷をもって圧力をかけるなどといった行為はヘイトカルトの成せる業であり(圧力をかけた議員の言動を見れば一目瞭然で、まさに重度のヘイトカルト患者です)、文書改ざんが問題だから改ざんを防止する策を考えればOK、などと生ぬるいことを言っていては、別方面の汚職や不当介入などによって封じ込められたり、攻め落とされるだけです。

今回の文書改ざんは、仮に民主主義国家で発生したならば、発覚した瞬間に間違いなく内閣は吹き飛び、政権政党もひっくり返っているであろう、とてつもない一大事です。しかし、それほどの巨大事件ですらヘイトカルトの単なる一側面でしかなく、そのヘイトカルト政策を表に立って進めているのが安倍内閣と自民党です。
安倍政権を泥舟と見切って批判めいたことを口にしている者もいますが、異常すぎるヘイトカルトを実に5年も目前にしていて、それを問題と考えるなら行動できる時間はいくらでもあったはずで、それなのに一切何もしなかった結果としてこういう事態になっているわけですから、つまり今の自民党議員はただ1人の例外もなく全員が同類です。
ヘイトカルトを徹底的に追い詰め、弱体化させ、引きずりおろすことだけが、二度とこのような尋常ならざる問題を起こさせない唯一の方法です。

ところで、最近またも注目の籠池氏ですが、私はあのような拘束は明らかに不当であり、直ちにやめるべきと考えます。
無論、私は籠池氏を断じて許すことはできません。単に安倍政権の汚職にかかわった(森友問題では主役の一人ですが、安倍政権が汚職政権であることがはっきりしてきている以上、全体的に見れば「かかわった」くらいの表現が妥当でしょう)だけならまだしも、子どもたちを虐待し、さらにはレイシズムを植え付けていた最低最悪の行為は万死に値します。苦しんで死ねばいいと言わざるを得ませんし、それですら理由なく踏みにじられた幼児や被差別者の苦痛には全く及びません。
しかし、ヘイトカルトの権力が他人の人権を不当に踏みにじることを許すわけにはいきません。個人的な好き嫌いでそれを容認していれば、「裏切り者」の次には「反対してきて邪魔な奴」の番がやってくるでしょう。

2018-03-17 の記事 - 2018-03-17
汚職・改ざん事例が続々と。立憲主義無視の差別内閣がとうとう行き着くところに行き着きました。
これだけ民主主義を踏みにじる内閣で、しかもそれをかなりの国民が野放しにしていたとなれば、それはこういう結果にもなるだろうというものです。今さら驚くにも値しないどころか、案の定だから支持していた連中が落とし前つけろと言いたくもなりますが、本来あってはならない異常事態であることは確かです。
自民党や内閣は未だにトカゲの尻尾を切り捨てる公開ショーなどの茶番劇を行い、お粗末な責任逃れを繰り返していますが、一笑に付すべきくだらない行動であるのは言うまでもなく、最低でも安倍氏は必ず辞職させなければなりません。

私は安倍内閣の立憲主義否定や差別などあらゆる点に反対していますが、この際そのようなことは脇に置いて構いません。「汚職の末、文書改ざんの暴挙によって事実を改ざんし捏造しようとした内閣は崩壊する」という当たり前すぎることすら通らない国にしてはならないの一点において、安倍政権は崩壊しかあり得ません。
もしそれが実現できなかったらどうなるか。文書を改ざんしようが捏造しようが退陣の必要がない前例ができるわけですから、余程の物好きな政治家でもない限り、足元を揺るがしかねない文書などは改ざんした方が安全確実ということになります。
何やら主客が転倒したような話ですが、現に安倍氏は「私や妻が関係していたら総理も議員も辞める」と言っておいて、文書が改ざんされた結果として未だに辞めずにいるわけですから、実際そうなっています。
そして、少なくとも自民党及びその取り巻き政党の中に、「物好き」な政治家はいません。仮にそのような「物好き」政治家がいるのであれば、安倍政権下の立憲主義の破壊や身びいき汚職、差別主義の横行などに激怒し、離党するか、造反するか、党を割るか、何らかの行動をすでに取っているはずだからです。
それをしないということは、現政権の異常な方針や思想に共鳴しているか、あるいは保身のためならいくら日本がゆがめられようとも全く構わないと考えているか、そのどちらかでしかありません。その中には政府批判のポーズをしてみせるお調子者もいますが、そういう連中は今までにいくらでも行動の機会はあったのに何もしなかったわけですから、ただ姑息に立ち回っているだけです。
このような連中の正義感やら道徳意識などは、言うまでもなく一切信用に値しません。今後もこういった連中が政権を握り、しかも改ざんするのがリスクも高くなくてお得とみなしたならば、今回よりももっと上手く改ざんをやってのけるでしょう。
今後の日本政治に「改ざんは仮にバレようとも退陣の必要がなく、危なそうなネタがある時には改ざんがお得で合理的」という前例を残さないためには、安倍内閣を終わらせる以外の選択肢はないのです。

無論、本来の民主主義国家であれば即時退陣から逮捕までがセットであり、それでこそ「危ないネタがあっても、改ざんするのは割に合わない」として改ざんを強力にけん制でき、それがひいては文書や国への信頼にもつながりますが、今の日本は安倍政権などによって大きく崩壊しており、そのような当然のことすらもそうそう望めない世の中となっています。
たとえ安倍氏が退陣しても、氏が破壊した世の中の様々なものを復興するのは容易ではありません。外れてしまった差別のタガを単に戻すことでさえ、一筋縄でいくものではないでしょう。終戦時が焼け野原なら、これは精神的焼け野原と言っても過言ではありません。そして、もはや今の日本にその復興ができる力が残されているかどうかすら、私には分かりません。それ以前に、今後も日本社会がレイシズムに支配されてこのまま地獄まで突き進んでしまうかもしれませんし、あるいは小泉進次郎氏辺りが出てきてわずかに残ったものも全部売り払われ、物的にも精神的にも再起不能に陥ることになるかもしれません。
ただ、退陣すら実現できていない現段階ではまだまだ気が早い話ですが、安倍氏が日本のためにできる唯一にして最大の奉仕があるとすれば、それは逮捕されて国家や法への信頼を取り戻す最初のきっかけになることであると、私は考えています。

2018-03-10 の記事 - 2018-03-10
BPO:「ニュース女子」人権侵害認定 辛さんの名誉毀損

「ネットのデマを社会に拡散した」 ニュース女子で「人権侵害」の団体が見解

〈時代の正体〉ニュース女子「人権侵害」認定 差別の存在も示唆

この最低最悪の卑劣なヘイトデマ番組が被差別当事者にどれほど深刻なダメージを与え、また日本社会をどれほど劣化させたのか。想像するに余りあります。

DHCに関しては、もう在特会と同じくくりで構わないでしょう。この手のレイシストがインターネット上で散々垂れ流してきたヘイトデマとほぼ同等のデマを、公共の電波を使って垂れ流したのがDHCです。
このような存在自体がヘイトの連中に対して良心に訴えたところで仕方がなく、「DHC制作の番組は差別まみれの反社会的な事故物件であると周知し、どのテレビ局からもDHCのヘイト番組が垂れ流されないようにする」のが妥当な対応となるでしょう。
また、DHCの製品を使用した場合、その売り上げは基地負担に苦しむ沖縄の人々を踏みにじったり、人種的マイノリティの身の安全を奪ったりするための原資に用いられるわけですから、彼らを間接的に踏みにじっているのと同じです。それも、DHCの行動は日本企業によくある「差別の放置」「黙認」などですらなく、愚劣なヘイトデマによる能動的な攻撃行為です。そのような異常で不当な攻撃行為には一切手を貸すべきではないということを、多数の人々に知ってほしいと考えます。

そうなると問題はMXですが、ここの姿勢については

>MXはこの問題をめぐり、訂正や謝罪をしていない。
>代理人の金竜介弁護士は、「MX側はうっかり放送してしまった、で済むわけではない。是正する機会はいつでもあった。人権を回復する機会もあった。しかしそれを一度もしていない」と批判。


この一文だけで十分でしょう。

やや微妙な問題であったり、十分な知識がなければなかなか見抜けない専門的な誤りがあったというならまだしも、ここまであからさまで異常なヘイトデマが垂れ流されてしまうなど到底考えられないことで、垂れ流したテレビ局の責任も厳しく問われるべきものです。
しかし、時に到底あり得ないようなミスですら犯してしまうのが人間というものですから、このような失態も原理的には発生し得るものであって、大事なのはその後と言うこともできるでしょう。
命にかかわるような危険な商品を誤って出荷してしまった食品・機械・自動車などのメーカーがあるとして、そうした企業がまともならば、どのような対処をするでしょうか。おそらく急いで商品を回収し、この商品は危険であるので使用しないようにと周知、被害者に対しては真摯に謝罪するなどの方法で、できるだけ被害を食い止めようと動くのではないでしょうか。無論、これは自社生産のみならず、誰がどう見ても欠陥商品と一目で分かるようなOEM供給を受けた場合でも同様です。
今回、MXはヘイトクライムにつながるような危険極まりないデマをばらまきました。それへの批判は放映後すぐの段階で大量になされており、しかもそれらの批判が正当なものであることはその後のBPOの結論を見ても分かります。すなわち、MXには事後処理を行うための時間がたっぷり与えられていたのです。
もしMXが最低限の良識を持ち合わせた企業であれば、「出荷」されてしまった「商品」への責任、すなわち放送内容がデマであることを徹底的に通知し、火消しをしてそれ以上の延焼を回避、被害者である辛氏及び沖縄で基地負担に苦しむ人々に対して納得いくような謝罪をする程度のことはとっくに行っていたでしょう。そうして徹底的にデマ報道を否定していれば、加害者は居直って被害者が逃亡せざるを得なくなるという最悪の状況は避けられたかもしれませんし、日本社会が発砲テロに至るほどまでに劣化するのも食い止められたかもしれません。
経緯はどうあれ放映をしてしまった以上、求められていたのはむしろ事後処理であり、その点でMXは現状で到底信用できるものではないと言わざるを得ません。メディアとして社会に強い影響力を持ちながら、自身の「商品」に最低限の責任を持つことさえできない放送局など社会には不要です。

先日の三浦氏による差別扇動行為にしてもそうですが、テレビで平然とこのような悪質極まりない差別扇動がなされるなど、もうタガも何もあったものではありません。ところが、未だにヘイトと親和的な内容であったり、ヘイト出演者などを使う番組は後を絶ちません。
こうした行為は、マイノリティの平穏な生活や生命の安全を脅かすばかりか、結局はマスメディアの自滅にしかつながりません。大手出版社でありながらヘイト商売に手を染めた某社にしてもそうですが、こんなものは自分の足を食っているようなものです。ヘイト商売によって無から大きな利益を生み出していると考えているなら甘いというもので、言論のプラットフォームという極めて貴重なものを解体して売りさばいているから、それなりの利益が出ているだけに過ぎません。
もういい加減、バカげたことはやめるべきですし、そうした方針を取らない関係各社は自分の土台までもを売りさばかれる前に、それをしている者を堂々と批判すべきです。

2018-03-03 の記事 - 2018-03-03
台湾地震募金デマ:軽はずみで投稿炎上 個人情報も暴かれ

台湾地震募金デマ:投稿男性との一問一答

同情を誘うような記事内容となっていますが、このデマ野郎にはなおさら強い憤りを覚えます。

善意で書いたつもりが、間違って受け取られてしまって危機的状況に陥った。単にそれだけなら大いに同情の余地はあるでしょう。しかし、デマ野郎は以前からレイシズムによって罪なき被差別者を踏みにじっており、この件もその延長線上でやらかした問題であることを忘れてはいけません。差別に善意などありません。単なる悪意の塊です。
ましてや問題のツイートでは、他国の災害にまで便乗してヘイトデマを垂れ流そうとしたのです。まさにレイシズムのなれの果ての模範的な見本で、このデマ野郎が災害時ヘイトデマを平然と垂れ流すような人格の持ち主であることがうかがえます。そして災害時のヘイトデマは、平時よりもいっそう重大な問題の発生につながります。どこをどう同情すればよいのでしょうか。
もし同情するのなら、このデマ野郎のように災害を利用したヘイトすらもいとわぬ人物により、日ごろから踏みにじられている罪なき被差別者に対してすれば結構
おまけに、記事中でデマ野郎は差別について何ら謝罪をしていません。この件でしっかり反省をするとしたら、自らのレイシズムに向き合うことは絶対に避けて通れないはずですし、そうなると自らの差別を反省し謝罪せずにはいられないはずですが、それが全く出てこないのは一体どういうわけでしょうか。

>男性に批判が押し寄せてきた。一昨年の熊本地震の際に<ライオンが逃げた>とデマを投稿した人物が偽計業務妨害容疑で逮捕された事件を踏まえ、<逮捕ざまあ>や<毎日震えてんのか? 裁判所でせいぜいしょうもない言い訳でもせぇや>など罵倒の言葉が並ぶ。

記事に取り上げられないほど度が過ぎた暴言があった可能性はありますが、ここで例示されている程度なら行いに比べて相当生ぬるい罵倒では。差別、すなわち本人の責任によらない属性によって他人を傷つける暴挙と、デマというこれまた謂れなき卑劣な攻撃、さらには災害を利用するという人として最悪の方法、これらの合わせ技によって他者を踏みにじった結果、自分に責任がある行いに対して罵声が返ってくるのは、全く問題視するようなことではないでしょう。

>「誰でも誤った情報を軽はずみに流し、人を傷つける可能性はある。そうすると私のような目に遭う。そのことだけは多くの人に知ってほしい」

これは確かですが、やはり「差別」が抜けています。誤った情報を流す以前の問題として、この件において最も重要な要素は差別で、差別は人をズタズタに傷つけます。このデマ野郎は問題のデマを流す以前からそれをやっていたのです。

>−−今回の投稿も過去にツイッターで朝鮮人への差別的な発言などがあったことも掘り起こされ、「ネトウヨ」とされた。政治的思想が今回の投稿に影響したのではないか。

>◆私は少なくとも左寄りの人間ではないですし、日本をおとしめるような投稿は「どうかな」と思いますし、陥れようとする人も嫌いです。

>しかし、過去の発言の中には軽率な面がありました。私がたたかれるのはそれだけのことをしてしまったので仕方ないですし、たたく気持ちも分かります。でも、普段の投稿は趣味の競馬に関することや好きな声優に関するものがほとんどです。過去の2万以上のツイートの中から二つほどを切り取られて、並べられ、イメージを作られてしまった面もあるかもしれないと思います。


デマ野郎らしい卑怯な大嘘です。実際には2つ程度ではなく、数からして間違っています。以前にどこぞの政治家が「(安保を合憲とする学者が)たくさんいる」と発言し、誰か問われると3人だけだった、ということがありましたが、どうもこの手の人々にとって計測可能な数字は2までで、3以上は勘定不可能になってしまうようです。
また、ツイートの中では「チョン」などと蔑称を使って韓国・朝鮮人をバカにするなどしており、これを差別的な発言でないと言い張ることは不可能です。イメージを作られたなどという事実はなく、このデマ野郎は明確な人種差別主義者です。言い逃れの余地はありません。
一番重要な人種差別について、散々傷つけてきた被差別者に「ごめんなさい」の一言も言えないどころか、すぐにバレるようなその場限りの嘘をついて逃げている以上、おそらくこのデマ野郎は今後、「反省」を生かして自分に火が回らないよう工夫することはあっても、差別をやめることはないでしょう。
海外の災害を利用して海外ルーツの人々を差別するなどという、日本の恥そのものの行為をしておきながら、一応は反省を語る場であるこのインタビューで平然とこういう恥知らずな発言ができてしまうことからしても、まさに救いようがないヘイトデマ野郎です。
ヘイトデマ野郎の人格が腐りきっていることは別に意外でもなんでもありませんが、新聞が補足もなしに加害者の大嘘をそのまま掲載するのは極めて不適切です。これが嘘であることは証拠も残っている明白な事実ですから、最低でも嘘は嘘であると書き加えた上で報じるのが報道の責任ですし、本来ならこの点を徹底的に追及すべきでした。

また、下村健一・白鴎大客員教授によれば

>「おもちゃの鉄砲だと思って気楽に引き金を引いたら、撃った後に突如ミサイルに変わり、はるかかなたへ飛んでいく。本人はぼうぜんと見送るしかない」

とのことですが、ここでもやはり「差別」が抜けています。差別はおもちゃの鉄砲ではなく、少なくとも機関銃やミサイル、ひどい場合は原爆を超えるほどの被害をもたらす凶悪な殺戮兵器です。ミサイルランチャーの引き金を引いたら、実際にミサイルが発射されただけのことです。そして、ミサイルと分かっていてミサイルを発射した以上、その責任を問われるのも非難を浴びるのも当然です。
今まではたまたまミサイルが誰にも直撃しなかったが、今回は災害時を狙いすまして撃ったらしっかり直撃して大騒ぎになった。それで「そんなつもりじゃなかった」などという言い訳が通用するわけがありません。
ただの勘違いやミス、善意の失敗によって結果的に嘘を発信してしまうことと、差別という最も理不尽で卑劣な悪意を前提とするヘイトデマを垂れ流すことでは、まず入り口からして全く別物で、同じ前提を適用することはできないのですから、きっぱり区別して考えなければなりません。

無論、相手がデマ野郎であろうとも、本人が一切記載していない個人情報を必要もなく(*)暴くのは、誤って他人の情報が拡散されるリスクとも隣り合わせですし、よくありません。一方、仮に個人情報を自主公開していて、それを使われただけなら「暴く」ではありませんから、特に問題とはみなしません。記事からは前者のように取れますが、このデマ野郎が何を言っても信用できませんので、ここの判断は保留としておきます。
ただ、暴きはよくないとしても、はっきり言ってこのデマ野郎の苦痛など知ったことではありません。差別デマ野郎がどれほどの苦痛を味わおうと、それは自分が蒔いた種であって、自分に責任がないことで最大限の苦痛を味わわされている被差別者には遠く及びません。

(*)先の発砲テロ、あるいはこのデマ野郎のように災害さえも活用してヘイトデマを垂れ流す輩を見れば分かるように、レイシストは被差別者を攻撃するためなら平然と異常な行動を取ります。そこに良識による歯止めなどありません。被差別者にとってこれは大変な恐怖であり、飲食店、医療機関、理髪店などの利用は特に恐ろしいといいます。
これを理由とするレイシストの個人情報の拡散・共有を「必要」と呼べるかどうかについては議論の余地があるにせよ、レイシストから自分や家族の身を守るため、大変な暴挙に出ておきながら差別について全く反省のない最悪レベルのレイシストの情報はあってほしいと主張する人がいても、私はそれを頭ごなしに否定することはできません。

とにもかくにも、「偉そうなことは今までの差別を全部謝罪し、差別に対する贖罪を始めてから言え」の一言。
とりあえず、このデマ野郎は厳正な法的措置によってたっぷり損害賠償を請求されればよいのではないでしょうか。差別の贖罪をしない限り、今後とも罵声を浴び続け、一生日向を歩けないくらいでも大いに結構。かねてから差別を行い、挙句の果てに他国の災害さえも利用してヘイトデマを流し、今なお嘘をついて言い逃れを図る者など、地獄を味わってすらなお生ぬるいです。

2018-02-25 の記事 - 2018-02-25
Googleがトップページでくだらないアニメーションを延々続けていて、開くたびにリソースを食い荒らされて困り果てたため、Chrome(冒険・探索用の位置付け)ではJavaScriptを基本的に切っておいて、どうしてもJavaScriptが必要な場面ではブラウザの使い分けで対処することにしました。アドオンも併用していますが、ブラウザを切り替えた方が安全確実。
あのGoogleでさえ、不特定多数のユーザーに対して出会い頭スクリプト攻撃を仕掛けているほどなのです。ましてや検索して知らないサイトを開くとなればなおさらで、たとえ有名企業のサイトを開く場合であろうとも全く信用できません。
この状況下では、基本的に探索用ブラウザではJavaScriptを切っておき、どうしてもJavaScriptが必要な場合、または乱用はなされていないと信頼できるサイトに限り、個別にJavaScriptをONにしたブラウザで開くのが、身を守る上で唯一の解であると言わざるを得ません。
ユーザーも開発者も誰も得をしない。すべての人を不幸にする言語だと誰もが分かっているのにやめられない(*)。それがJavaScriptです。
ユーザーと開発者の両方が、JavaScriptという呪詛の言語から解放される日が来ますように。

(*)JavaScriptの名誉のために言っておくと、これは別にJavaScriptが悪いのではありません。ややマニアックな実験的言語として存続する分には、むしろ楽しくて発想転換ができる言語としてそれなりに愛されていたでしょう。どう考えても特性からして無理がある分野に引きずり出され、手軽で実験的な代わりに低機能かつ堅牢さゼロであるのに重荷を背負わされ、デファクトスタンダードにされてしまったのが悪夢なのです。
その結果、どっちつかずでプロトタイプ指向だかオブジェクト指向だか意味が分からない異様な構文をドカドカ上乗せされ、世にも汚らしい上に何がしたいのか分からない言語にされてしまい、フレームワークが現れては消え現れては消え。実にバカげている上に非生産的であり、JavaScriptとしてもいい迷惑でしょう(?)。

朝鮮総連本部発砲、逮捕の1人は右翼活動家

桂田智司といえば、少しでもレイシズムを問題視している人なら誰でも知っています。「鶴橋大虐殺」の父親です。
とうとう現代型レイシズムが銃テロ犯罪にまで至り、ついにここまで来たかと戦慄します。次に銃弾を浴びるのは何でしょうか。あるいは、「誰」でしょうか。被差別者はいつまで、「次に奴らの銃口が向くのは自分の家族かもしれない」と不安な日々を送らなければならないのでしょうか。銃を所持していて、被差別者への理不尽な殺意を隠さず、実際に発砲もしてみせるようなテロリストや、その行為を義挙などとして称賛するような連中相手に、どうやって気を付ければよいのでしょうか。
この、目の前で連鎖的に次から次へと社会のタガが外れていく様は、もう恐怖でしかありません。
もはや「さすがにここまではやらないだろう」は通用しません。レイシズムに基づくジェノサイドは、明日にでも起こり得る状況にあります。そしてそれは、差別を一切放置してきた日本のマジョリティの責任に他なりません。

上級レイシストは差別の垂れ流しを商売とし、本屋に入ればヘイト書籍まみれ、SNSはヘイトまみれ、政治家は差別で人気稼ぎ、どこを見ても差別の山。では、自称学者レイシストは何を対価に自分を売り込み、政治家は何をテコに人気取りをしているのでしょうか。あるいは、ヘイト本屋やヘイト放置SNSは何を売って利益を出しているのでしょうか。書籍やサービスなどでしょうか。
確かに表面上はそうですが、実際に彼らが売り払っているのは、被差別者の身の安全と平穏な暮らしに他なりません。また、差別によって被差別者が危険にさらされるような社会は、関東大震災虐殺やルワンダの虐殺を見ての通り、マジョリティまでもが殺されるような社会です。すなわち、これは誰にとっても他人事ではなく、社会全体の安全を毀損します。
当然のことながら、被差別者の身の安全と社会の安全を勝手に売り払う「自由」を持つ者などどこにもいません。このようなことは断じて許されてはならず、マジョリティの責任で止めなければならないのです。

はっきり言って、レイシズムに立ち向かうのは命がけです。対峙する相手は「○○人を殺せ」と本気で言い散らしているような連中であり、しかもそうした連中がいきなり拳銃を出してきても決して不思議ではないことが、今回改めて示されました。
しかし、それがマジョリティの最低限の責務です。マジョリティが生み出した怪物が人の命を脅かしている以上、マイノリティを盾にして隠れるのではなく、マジョリティである限りは前に出なければなりません。

2018-02-17 の記事 - 2018-02-17
Googleがトップページにアニメーションらしきものを持ってきているため、重い作業中に検索をする(プログラミング関連でリソースを使いつつ、分からないことを検索するなど)場合などはひどい目にあい、大変に迷惑している今日この頃。変換や入力言語の切り替えなどを経る場合には地獄度がさらに倍増します。もう適当に"a"でも何でも検索してトップページから逃れ、結果ページから改めて検索ワードを考えて打ち込んで検索しています。
JavaScriptをONにしている限り、こういう出会い頭の嫌がらせ、あるいはサーバー側の実装が問題なのに大抵クライアントサイドが迷惑をこうむるXSSなど、様々な攻撃行為から逃れることができません。ところがOFFにすると、今度はJavaScriptがOFFでは機能しない、または機能しないと言っても過言ではないほど不便化するサイトがあるという別パターンの嫌がらせを食います。
JavaScriptのおかげでこれは便利、というサイトは実のところほとんどなく、大半が作成側の自己満足。何の気なしにポインタ動かすといきなり展開してくるメニューだとか、人が内容を読んだりリンクをクリックしようとしていたら突如上の方で何かが読み込まれて位置がずれるページだとか、検索窓に候補を表示したいらしいものの、検索するとしばしば入力が固まる入力ボックスだとか、迷惑千万です。余程特殊な例を除き、例えばAjaxなど何の役に立つのでしょうか。ブラウザの履歴に残らない分、ただ不便なだけ。フレームワークの都合?利用者には関係ない。
特に一番下まで表示すると続きが自動的に読み込まれるあれ、どうすればあそこまでひどい仕組みを考案できるのでしょう。次以降の部分が履歴に残らないわ、下の方にあったのを後から容易に表示できないわ、読んでいくたびに重くなっていくわ、続きを読む気がない時にもいちいち読み込むわ、一旦閉じて続きを読むことはできないわ、もう最悪。
安全性、機能性、そのくせ回りくどいだけで堅牢ではない言語仕様(糖衣構文は増えていますが、所詮は糖衣構文。元の意味を理解し、かつ糖衣構文の理解も必要な二度手間でしかない)などなど、見る側としても、書く側としても、ありとあらゆる意味でJavaScriptは滅亡してほしいです。

三浦瑠麗氏、ワイドナショーでの発言に批判殺到 三浦氏は「うがった見方」と反論

あまりにもふざけた発言であり、絶対に許すことはできません。怒髪天を衝くとはこのことです。

街頭で「殺せ」デモに対抗している人々は、自分が相手の気を引き付けて代わりに暴言を浴びることによって差別を減らし、また周囲の人々や被差別当事者、子どもたちなどに差別の刃が飛ばないよう、必死にかき消しや周知活動を行っています。
また、対抗者は単に差別デモに対して抗議するだけでなく、相互理解や交流の活動に参加したり、説明会などを行ったり、身近な差別を減らそうとしたり、様々な方法で地道に差別を解消しようと行動しています。
それこそ砂漠に木の芽を植えるような地道な作業ですが、日本全国に拡散し根付いてしまった差別に対抗するには、このような地道な行動が必要なのです。
そうして、差別が数十人、数百人の人々にも届かないよう、誰かを傷つけないよう、気が遠くなるような地道な努力を積み重ね、何とかそれが少しずつ功を奏してきたという矢先、とんでもないことが起こります。
自称学者の三浦瑠麗氏が、在特会が疑心暗鬼を誘うような言葉そのままの差別、不逞鮮人・井戸毒デマの現代版を、テレビで何十万、何百万もの人々に向けて垂れ流したのです。
こういう「人間のクズ」という言葉以外では適切な表現のしようがない外道の一言により、多くの人々が積み重ねてきた地道な努力の成果は一発で吹き飛ばされ、その上に何百倍ものお釣りが来ます。もうバカバカしくなりますし、どこまでふざけているのかと怒りに震えます。

三浦氏は批判を受けた後、定番の「差別と言う人が差別」論法に逃げており、間違いなく確信犯であることをうかがわせます。当然のことながら、自分が干し草に向かって火を放っておいて、批判に対して「干し草に火を投げたからと、それで火が起こると考えるのは、お前らが放火魔だからだ」なる言い訳をしても通用するわけがありません。
そして実際、この発言によって扇動された者の存在も確認されています。今後、路上のヘイトスピーチでこの発言が活用される可能性もあります。また、被差別当事者の中にはこの発言に不安を覚えていると明確に述べている者もいます。三浦氏が放った差別の炎は、現に日本社会に山のように積まれている差別の干し草にしっかり燃え移っているのです。
そしてこの炎は、今この瞬間にどれほど多くの人がデマだから信じるなと呼びかけたとしても、あたかもそのような真実があるかのごとく地下で拡散され続け、今後災害なり外交的緊張なり、何らかのきっかけがあった時に爆発することになるでしょう。
無論、発言が全く意図しない方向に取られてしまい、干し草に火をつけてしまうことはあり得ます。したがって、原理上は三浦氏が差別を全く意図しなかった可能性もゼロではありません。ただし、それなら氏は自分の行いによる結果を反省し、また目の色を変えて率先して火消しに走っているはずで、自分の発言が意図に反して差別の扇動に使われることがないよう努力するのが当然です。
ところが、氏は「差別と言う人が差別」論法に逃げた上に自らのヘイトデマをデイリーメールをソースにして正しいと強弁する始末で、差別を食い止める努力など全く見られません。例の発言をもとに差別意識を燃え上がらせている者に「私はそんな意図で発言していない。それは間違っている。絶対にやめてくれ」と言って回るでもなければ、不安を抱えている被差別者に「許されない発言をしました。二度としません。すみませんでした」と言うでもありません。
また、いちいち説明するまでもないことですが、特定の人種・民族の方々に対する差別を扇動するデマを垂れ流す「安全保障の議論」など、一切できる必要はありません。それどころか、災害のたびに差別扇動デマが垂れ流される現状を見ての通り、差別扇動デマは災害時や有事の安全保障に対する重大な脅威であって、本気で安全保障を考えるなら即座に否定されるべきものです。
要するに、氏は日本社会の差別の干し草に火を放てば何が起こるか分かっていて、それを効率よく利用したわけです。

そして同時に、このようなルワンダのラジオの再現のようなことを平気でやってのけたテレビ局にも怒りを禁じ得ません。
それも、生放送でついうっかり、というのならまだ分かりますが、これは収録番組です。テレビ局もまた、この悪質な差別扇動表現を確信犯的に世の中に垂れ流したのです。街頭のヘイトスピーチに抗議する人々が、数十、数百の人々が差別の直撃を受けないよう苦心している頭上で、在特会の主張とほとんど変わらないような言い分を肯定的に垂れ流し、一瞬のうちに数十万、数百万の人を扇動してみせたわけです。
先日も「ニュース女子」なるデマ番組をBPOが厳しく批判したばかりであるのに、これは一体全体どういうことなのでしょうか。ヘイトデマを次から次に垂れ流すことが報道の役割とでも言う気でしょうか。それをやったルワンダで何が起きたのかも知らないのでしょうか。
この件でメディアがどのように動くのか、BPOが判断をするのか、するとして妥当な判断を下せるのかは分かりません。たとえBPOが何らかの判断をするにしても、それは差別というものの伝播力・拡散力を鑑みた上では、非常に遅々としたものになるでしょう。
ただ一つ言えるのは、三浦氏のような悪質な差別扇動者を今後も使い続け、今回の番組またはその類似番組のような差別扇動フェイク番組を今後とも放送し続けるのであれば、それは報道の自滅以外の何物でもない、ということです。

本件は「さすがにそこまではしないだろう」というタガを、軽々と虚空の彼方まで弾き飛ばしました。インターネットや街頭のヘイトデモにはジェノサイドの扇動があふれかえり、書店にも異様な本が並ぶような社会ですが、さすがにマスメディアがルワンダのラジオの役割を果たすことはないだろうという漠然とした信頼感は、本件によって完全に消し飛びました。
本件は「社会の絶対に超えてはならない線」をあらゆる面で1から100まで超えています。本件を1%でも肯定することは、線を超えることを肯定するのと同義でしかありません。

2018-02-10 の記事 - 2018-02-10
台湾の被災地支援のための寄付金。現地に「一部しか届かない」はデマ

台湾の地震を受けた寄付金デマ 本人は誤り認め、謝罪「インターネットの怖さを痛感した」

レイシズムの拡散のために外国の災害まで利用しますか。断じて許しがたい蛮行です。
このような行為を許せば、被災地のための寄付金集めに支障が出ることが予想されますし、今後日本で災害が発生した時にレイシズムが垂れ流されれば、それは直ちに人命の危険につながります。
ちなみにこのツイート投稿者、以前から差別ツイートをしていたことも確認されており、これがレイシズムによるものであることは疑う余地もありません。誤りを認めるも何も、そもそも差別が最大の誤りなのです。メモ感覚で差別を垂れ流すことからして異常なのです。インターネットが怖いのではなく、差別こそが怖いものなのです。
最終的にこのツイートは削除されましたが、それまでに実に6万以上のリツイートがなされており、言うなればデマまき要員を6万人も集めてデマ拡散にあたったようなものです。重大性は計り知れませんし、その効果はもはや取り消すこともできません。

法的措置を検討している団体もあるといいますが、今後再びレイシズムに基づく災害デマが流れることがあれば、募金が滞るどころか人命すらも脅かすという前提のもと、いわば対災害活動の一環として各団体が徹底した法的措置を取ることを希望します。
本人は「悪意を多方面に拡散しようとしたものではございません」などとして謝罪はしていて、この上さらに法的に追い込むのは気の毒に見えるかもしれませんが、この人物はもともとレイシズム、すなわち理不尽な悪意によって何ら落ち度のない人々の尊厳と生命の安全を踏みにじってきていて、今回も海外の震災を利用してまでレイシズムの発信を試みたわけです。本気で善意が被災地に届いてほしいと考える人間であれば、そもそも災害を利用してレイシズムの発信などしません。今回の件がなければ、今後とも延々と人々を踏みにじり続けていたでしょう。
同情をしたいなら、このような本来同情の余地も何もない卑劣な差別加害者にではなく、本来の被害者である被差別者に対してすべきです。

日本において、差別は極めて手軽でリスクのない遊びであり、また商売です。立場の強い側が弱い側をどれほど全力でぶん殴っても、弱い側は反撃することさえおぼつきませんし、本来差別はマジョリティ側の問題であるはずなのに、ほとんどの強者の側は直接加担せずとも無視を決め込みます。さらには日本政府までもが完全に差別側であるという現実があります。
そして、レイシストにとっては遊び半分の行動であっても、それは被差別者の身の安全や生存権を著しく脅かし、最後にはヘイトクライムやジェノサイドとして結実することになります。日本はもはや相模原事件を経験していて、「そのようなことは発生し得るか」ではなく「次はいつ起こるか」の段階にあります。
ただ、事の重大性をレイシストに言って聞かせても仕方がありません。彼らははっきり言って、被差別者など別に死んでも構わない、あるいは死ねばいい、自分が人殺しとして裁かれるのは嫌だが、誰かがやってくれればいいとしか考えていないのです。無論、そのような日本社会の状況を変えていくことも大事でしょうが、相模原事件に対する社会の反応を見る限りは相当に遠い道で、現に目の前で被差別者が殴られている状態を止めることはできません。
有効な方法は一つ、差別という人命すらも脅かしかねない重大な行為に対し、それに見合うリスクをきっちり負わせることです。

かつてレイシストが街角で好き放題「死ね、殺せ」を連呼していた時、止める人々がいない間はその勢いは増す一方でした。好き放題差別をして遊んでも、全くリスクを負う必要がなかったためです。ところが、差別に怒った人々(しかもその多くは立場の弱い人々ではなく、マジョリティ側)が怒鳴り返してくるようになると、その規模は縮小していきました。差別という重大行為に対しては極めて不十分ながらも、一定のリスクを負わさせる状況となったためです。
「自分は死ね殺せとジェノサイドを扇動し、被差別者の生存権を脅かしていながら、ただ差別やめろと怒鳴り返されるだけでも差別をやめて引っ込んでしまう」、これは日本の差別の構図を非常に象徴的に表しています。
差別を食い止め、レイシズム垂れ流しにより重大な結末に至ることを阻止するには、制度や社会が差別に対してそれに見合うだけの高いリスクやペナルティを科すことが必要で、しかもそれは災害対策の一環としても非常に重要なのです。
募金を集めるだけが社会貢献ではなく、差別と戦うこともまた大事な社会貢献かつ対災害活動です。

2018-02-03 の記事 - 2018-02-03
Windows 10 17074に関して色々書いていましたが、9割がた書いたところでメモ帳が落ちました。どうにも不安定なのですが、そもそもPreviewを入れる以前から一部のUWPアプリケーション(例えばCortanaやGroove Music、Edge)に関してはやたら安定性がなかったため、Preview以前の問題としてそういうものと考えた方がよさそうです。

・Edge
全く使い勝手が向上する気配が見えません。もうMicrosoftはブラウザを捨てているのかと推測したくもなりますが、その割にやたらEdgeを推してくるので意味が分かりません。
Chromeに対抗したければ、Chromeの貧弱な機能と壊滅的なUIを攻めるのが一番です。Chromeのデッドコピーなどを作成して、一体誰がChromeからわざわざそちらに乗り換えようと考えるでしょうか。Chromeの登場以来、かなり劣化してしまったFirefoxにしてもそうですが、Chromeの牙城を少しでも突き崩したいならChromeとは似ても似つかないものを作るしかないのです。

・Cortana
未だに"Cortana Language"から好きな言語を選択することができません。このマルチリンガルが当たり前の世の中にあって、サインアウトすることなしには別の言語が使えないのですから、遅れているにもほどがあります。
先日はGoogleのトップも「テレサ・テン生誕65周年」になっていましたが、それで「月亮代表我的心」辺りが聞きたくなっても、Cortanaからは(言語・地域設定を変更してサインインし直さない限り)再生することさえできません。
音声認識精度の低さも相変わらず。マイクが安物なのもありますが、Googleの音声検索機能ではそれなりに認識してくれるため、Cortanaの精度にも問題があることは確かなようです。


どうしてこういう言葉だけはしっかり認識できるのでしょうね。

・IIS
私は普段、テスト及び個人的なWebプログラムを動かすためにApacheを使用していますが、PCの再起動後に突如として404エラーが出るようになりました。しかもなぜかIISからエラーが出ています。この環境でIISを使用した覚えはなく、全く不可解です。しかもApacheに関しては、ポート80を取られたため起動すらできなくなってしまった様子。
調べてみたところ、原因は"World Wide Web Publishing Service"が起動する設定となっていたためと判明し、これを無効化することで元通りとなりました。
勝手にこういうことをされては困るのですが。

・その他
特定の古いアプリケーションにて、キー入力後にしばしば一切操作を受け付けなくなる(フリーズではなく応答はしている。ただ操作を受け付けない)現象が発生しています。今のところ回復方法が分からず、強制終了するしかありません。これで何度かデータを吹き飛ばしました。
現状、この問題は日本語IMEを使用している場合に起こっており(ちなみにソフトウェアは日本語版)、英語キーボードに設定している場合には問題を経験していません。

2018-01-27 の記事 - 2018-01-27
Windows 10 Fall Creators Updateには全く魅力を感じないものの、いずれアップデートしなければそれはそれでまずいと考えていましたが、こんなものにアップグレードするくらいならと、いっそWindows Insiderで次バージョンのSlow Previewを得ることにしました。
ところが、ここで困った事態に。設定の"Update & Security"から"Windows Insider Program"を開いて"Get Started"を押すと、アカウントをInsider Programに登録するように促される、というところまでは良いとして、問題はその登録後。何をしようが同じメッセージで登録を促され、"Register"ボタンを押すとInsider Programのサイトに飛ばされ、そこでは登録しろと言われるばかりで、何をどうやってもインストールの工程まで進めない状況となりました。
このような場合、一番ありそうなのが登録したつもりで登録できていないことですが、実際には登録完了のメールまで来ているため、それはあり得ません。
当初、サイトの構成が異常なほど悪いのかとも考えていましたが、探してみると通常なら登録後に"Windows Insider Program"で次の工程に進めるものらしいと判明。どうもおかしなトラブルに遭遇しているらしいと分かりました。
それで解決方法ですが、こちらの記事が参考になりました。Insider Programを利用するためにはトラブルを検索して解決方法を探し、レジストリを編集しなければならないとは、初心者がうっかり登録するのを避ける備えは万端といったところですか。

ちなみに私が取った解決方法は、レジストリ エディタで"HKEY_LOCAL_MACHINE\SOFTWARE\Microsoft\WindowsSelfHost\Applicability"を開き、"EnablePreviewBuilds"の名前で32ビットDWORD値を作成、値を00000002に設定するだけ。これで"Windows Insider Program"がまともに開けるようになりました。
ここからは正常動作時と同じように設定すればよく、どのリリースを入手するか(FastかSlowか)などを設定しておきます。しばらくするとWindows UpdateでPreview Releaseを入手可能となり、通常のUpdate同様にインストールを行うことができました。

にしても、Windows as a Serviceはいいとして、全く魅力ないWindowsを押し付けられるのは困りもの。私自身はWindows 10 UIの携帯電話端末風のチープなデザインにうんざりしていて、同時にUWPの携帯電話端末に引きずられたような不自由な仕様にも相当嫌気がさしていて、Windows Phoneの失敗を機にこの辺の負債にばっさり切り込んでくれないものかと考えています。
Chromeの登場以来のブラウザ劣化競争にしてもそうですが、「ある会社・組織が、端末の性能の限界などやむを得ざる理由から、従来よりチープまたは低性能だがそれを感じさせにくいデザインの製品を作る→それがウケたため、それを良いものと勘違いした他社が、本来制約がない環境下なのにデザインを真似る→業界全体が一斉に劣化する」のパターンは本当に困ります。
JavaScriptのように「こんなものはダメだとみんな分かっているが、分かっていてもやめられない」(もともと堅牢でもなんでもなく用途に向いていないものがデファクトスタンダード化→みんな対応せざるを得ない→資源が積み上がり、過去資源のくびきから抜け出せない→安全性や堅牢さ、性能などの点で問題が続々噴出→対処に屋上屋、近代化のメッキを塗りたくるも汚くなるばかり、さらに後方互換性の維持などで余計に意味不明化→どう考えても新しく適切なのを作った方が何倍も効率的なのに泥沼化)現象はx86を持ち出せば通じるとして、こういうのはどう表すのが適切でしょうか。

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