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2018-04-22 の記事 - 2018-04-22
統幕3佐:議員罵倒 繰り返し「国民の敵」 処分検討

異常事態です。安倍氏が日本の何もかもをぶち壊しているのは周知の事実ですが、まさかここまでの事態に至るとは。

この問題の人物、自らの地位を名乗った上で、しかも国会議員に対して、堂々とあのような暴言を吐き散らしているわけです。そこに「このようなことをしてはならない」といった最低限の歯止めも、「自分の立場でこれをするのは国にとっても危機的なことだ」といった常識的な思考もありません。
もし「国民の敵」が政権を取ったら、この人物または類似の思想を持つ自衛隊幹部は何をするでしょうか。そして、小西氏または同様の考え方を持った「国民の敵」が自衛隊を指揮する立場になったなら?最悪の場合はクーデター、そうでなくとも命令拒否、妨害、わざと手を抜くなど、程度の差こそあれ何かしらの行動を取る可能性は十分あります。そして軍事力を持った組織において、それらはいずれも重大で破滅的な結果をもたらす恐れがあります。
さらに言えば、その「国民の敵」を支持している市民に対して、この手の人物はどのような態度を取るでしょうか。まさか市民に対してまで牙は向かないだろうと信じたいところですが、他人を「国民の敵」とみなそうものなら服務規定も文民統制の原則も何もかも無視し、それによって処分を受ける可能性があることすらも全く歯止めとならず、肩書を名乗った上で堂々と自らの欲望のままの行動を取る人物とあっては、何をしても不思議ではありません
さすがにデモや抗議活動の弾圧までは、少なくとも今すぐ行うことはないかもしれません。しかし、例えば災害救助・支援活動などの際、「国民の敵」の支持者とみなした相手を本気で救援しない、または不利益を与える、というようなことは十分に考えられます。
軍事力を保持した実力組織が、「こいつは助けるべき、こいつは国民の敵側だから助けなくて(不利益を負わせたり、後回しでも)よい」と市民の選別を始めたら、もう取り返しがつきません。国民の代表すらも選別するような者が、国民を選別するわけがないなどと信じる理由はありません。
そして当然のことながら、自衛隊内部にこの人物のような者が他にいないとは到底考えられません。安倍政権下で徹底的なまでにタガが外れてしまい、自衛隊そのものが(おそらく以前からその傾向はあったにしても、建前すら放棄してしまうほど)ヘイト化し、そうして地下にたまりにたまった汚物の一部が地表に顔を出した結果が今回の問題であると考える方が妥当です。

もはや現状の自衛隊は何をしても全くおかしくないとみなすべきでしょう。日本社会のタガを外した連中を一刻も早く政治の場から叩き出し、文民統制などの回復を行うことが求められます。

麻生氏「週刊誌、事実か定かでない」テレ朝セクハラ抗議
音声、「女性の声も」=セクハラ疑惑で麻生財務相

・被害者は名乗り出ろ
・もう少し大きな字で書いてもらった方が見やすいなと思った程度に読んだ
・名乗り出たからには、被害者の声も入れろ

おかしいと指摘を受けたら、ますます異常な言動によってその指摘もろとも踏みつぶす。これがいつもの安倍政権のやり方です。
そして恐ろしいことに、このやり方は今までであれば平然と機能していました。正しいことが全く通らなくなっていたのです。ではなぜこのようなやり方が機能したかといえば、国民のレベルがその程度であり、このような異常行為があっても支持率が下がらないか、あるいは上がっていた現実があるためです。
「最近になって5年分の膿が噴出してきた」といった意見は、半分は正しくて半分は間違っています。安倍内閣は最初から最後まで常にこの調子であって、今まではそれが適切に批判されていなかっただけに過ぎません。一見すると風車への突撃に見えるこの間抜けな麻生氏の弁も、実際には今まで散々やってきて何の問題も起きなかったことを今回もやっているだけです。5年にも渡る安倍政権の中で、極めて不十分ながらも問題が問題として扱われているのは今だけです。
今回の麻生氏のやり方を少しでも異常だとみなす者で、これまで内閣を支持したことがある者がいるならば、今までの自らの愚劣さを頭を叩き割る勢いで猛省すべきでしょう。その浅はかな加害者への加担行為のせいで、この何年かのうちに幾多の人々がこういう目にあわされ、踏みにじられてきたのです。安倍内閣や安倍親衛隊のターゲットにされた立場の弱い人々にとって、まさに「内閣支持率 = 自分を攻撃してくる可能性がある者の割合」に他ならず、それがとてつもない恐怖であることは想像するに余りあります。
性暴力被害者、外国ルーツの方々、森友で虐待された児童、その他たくさんの人々の苦痛の声を無視し、一緒になって彼らの頭を踏みにじった責任は到底贖いきれるものではありません。それも、被害者の頭を踏みにじる加害行為に興じる時には、「他にいい人がいない」という加担への責任逃れの言葉を口ずさむことまで忘れずに。
こんなもの言うまでもなく、今後はお天道様を仰ぎ、日向を歩くことすらも恥じ入らねばならないほどの、人として最低最悪の愚行です。

なお、私はいい加減、日本社会は「官僚は頭がいい」なる無根拠な印象論から脱却すべきと考えています。これがどれほど話の前提を狂わせていることでしょうか。
世の中には色々な人がいます。字が上手い人、縫物が上手い人、彫刻が上手い人、けん玉が上手い人、などなど。しかし、「けん玉が上手である」ことは頭がいいことを意味しませんし、同じく「試験で良い成績を取るのが上手である」ことは頭がいいことを意味しません。
けん玉が上手な人の中にも、頭がいい人も悪い人もいる。試験で良い成績を取るのが上手な人の中にも、頭がいい人もいれば悪い人もいる。それだけの話でしかありません。

2018-04-14 の記事 - 2018-04-14
女児土俵に上げず 静岡場所「ちびっこ相撲」

>力士が土俵上で子どもに稽古を付ける「ちびっこ相撲」に、毎年参加していた小学生の女児が参加できなかったことが分かった。

はい、この通り。異常行為に反対する声の高まりに対し、異常行為をぶち込んで叩き潰すという、安倍内閣と同様の方法で対抗してきました。
女性差別によって命にかかわる事態になった直後に、女児排除によって差別撤廃論に反撃を浴びせる感覚を見るに、もうこの連中は在特会とほとんど変わるところがありません。以前から劣悪な人種差別を散々見せられてきましたが、これが相撲協会というものの本性です。
こんな在特同然の差別推進集団に便宜などもってのほか。公益法人認定は即刻剥奪し、勝手に国技を名乗るのをやめさせ、このような差別集団の興業を公共放送で流すのもやめるべきです。
この連中が表立って興業を予告するたび、各地で大勢のカウンターに取り囲まれて徹底的な罵声を浴びせられる。それによってもはや日の当たる場所ではヘイト興業ができなくなる。本来これくらいの扱いを受けるのが当然ですし、それが正しい世の中の在り方です。

LGBTが気持ち悪い人の本音 「ポリコレ棒で葬られるの怖い」

散々批判されているこの記事。私もあきれ果て、「よくも2018年にもなって、こんなものを恥もなく公開できたものだ」と考えざるを得ませんでした。おかしな点はこちらで大体批判し尽くされているようですが、私からもいくつか。

まず、差別主義者とはどのような人格を持った人物なのか。中には「殺せ」デモに出るような者までいますが、彼らは一体何者なのか。これに対する答えは簡単で、「私たちの隣人」であり、「普通の人」であり、「いい人」です。
差別主義者が「私は差別主義者です」の札を首から下げて歩いてくれるのであれば苦労はしません。それなら避けるのも容易ですし、カウンターをかけるのも容易です。そうではなく、ただの人であることが重要で、かつ恐怖なのです。
気さくで社交的な理容師が、温厚で子ども好きの医師が、あるいは親切な飲食店のマスターが、例えば外国人やLGBTの問題となると豹変し、はさみを、薬品を、飲食物を持った怪物に変身するかもしれない。もしそうであれば、そんな人物に自分または家族の命を握られるのですから、マイノリティにとっては恐怖でしかありません。

大げさ?神経質?とんでもない。例えば内閣支持率。国家の根幹を揺るがす異常な問題が発覚してすら、実に3〜4割です。そして安倍内閣の支持者とは、すなわち「国家の根幹を破壊しようとも、差別内閣が続いてほしい者 + そこまで積極的ではなくとも、自分の利益のためなら被差別者が踏みにじられ、足蹴にされても一向に構わないとは考えている者 + 内閣の差別に平然と知らぬふりを決め込む者(もともと森友問題はヘイト問題であり、さらにあれほど大っぴらに中韓朝の憎悪扇動をしてきた内閣の差別思想を知らない者は実質存在し得ない)」の合計です。それも改ざん発覚前なら半数ほどの支持がありました。
早い話が、人々の半分が敵という状況です。子どもを遊ばせている時の公園の通行人、繁華街ですれ違う人々、電車に乗り合わせた人々、この半分が敵側であって、自分や家族が被差別者であるとバレればどんな攻撃を受けるか知れたものではないのです。道行く人の2人に1人が敵という恐ろしい状況を、ほとんどのマジョリティは想像することもありませんが、実はすぐ目の前に想像を絶する社会があるのです。
これこそが差別の恐怖です。それを、差別主義者と会ってみたら「拍子抜け」だの「ほっとした」だのと、普通の人、いい人である隣人が実は差別主義者であるかもしれない恐怖というものに関して、この記者が理解しているようには全く見えません。

さて、ではこのインタビューの男性は差別主義者なのか。言うまでもないことですが、間違いなく差別主義者です。
「差別主義者」とは何かというと、「差別思想を持っている者」ではありません。「差別的な言動をする者」のことです。たとえ全く差別思想を持っていなくても、差別的言説を垂れ流す者がいれば差別主義者です。一方、実は筋金入りの差別思想を持っていたとしても、それを一切言動に出すことがなく、差別解消のための活動に尽力したならば、差別主義者ではないどころか反差別者です。他人の内心など知りようがないのですから、その言動によって評価されるのは当然です。
被差別者を見て「気持ち悪い」と感じることは、別に差別ではありません。人間、自分にとって異質なものに対して警戒なり違和感なりを抱くのは仕方のないことで、それ自体を禁じることはできません。しかし、それを言葉や行動にした時点でそれは差別であり、その言動に伴う責任を取らなければなりません。
これは殺人や盗みなどと全く同じです。他人に殺意を抱くのは勝手ですが、それを実行に移したり、言葉にしたなら問題になります。会社の金庫に大金があるとして、これが手に入ったらなどと考えるのは勝手ですが、実際に盗んだり横領したり、あるいは盗むことを宣言したりすれば問題になります。それと何ら変わるところはありません。

そして極めつけはこれ。保毛尾田保毛男に関して、

>「後になって『あの時傷ついた人に気付けなかったあなたは罪人です』と言われると、『うち実家の花畑はキレイだなあ』と思っていたら、いきなり戦闘ヘリが飛んできて機銃掃射で荒らされる、みたいな気持ちになるんですよ」

実際には自分が被差別者を機銃掃射する側に立っていたのにこれ。そして被差別者が「もう無理です、これ以上撃たないでください」と訴えてきたら「人の花畑を機銃掃射で荒らすな!」なのですから、開いた口がふさがりません。
「子どものころ、朝鮮人が人々に取り囲まれていたぶられていた。当時はそれが意味するところもよく分からず、自分もつばを吐きかけてしまった」というような話を聞いたことがありますが、「それはよくないことだったのではないか?」と問われた時に「人の花畑を機銃掃射で荒らすな!」と言い立てるとしたら、これはもう筋金入りの差別主義者の域でしょう。

>「強迫観念として、ポリティカルコレクトネスに反してしまったら、僕の方が社会的に葬られるというのがあるんですよ」

痛みも苦しみも悲しみも感じ、傷つけば血も流す人々をぶん殴れば、反撃されても仕方がない(実際には「反撃」も正確ではなく、「身を守るために払いのけられる」くらいが正しい)ことも分からないらしいです。差別は人を傷つけ殺すことができる凶悪な殺戮兵器なのですから、そんなもの振り回して相手に防衛行動も何もされないと考える方がどうかしています。
そもそも「社会的に葬られる」とはどこの話でしょうか。現実にはテレビ局やら大手出版社やら有名人やらですら大っぴらにヘイトを垂れ流しまくり、しかも儲けているようですが。路上で死ね殺せと吐き散らした在特会の連中も未だ健在ですし。さらにはSNSも毎日毎日血も凍るようなヘイトのフルコースで、それでいてほぼ誰も葬られていません。
最近でそこそこ騒ぎになった差別案件といえば、例えば台湾募金ヘイトデマ騒動がありましたが、あれは他国の災害を利用し、卑劣な差別拡散をもくろみ、デマを垂れ流し、募金活動を妨害し、特定団体を誹謗中傷し、その後も差別と向き合わず嘘と言い逃れに終始した、数え役満モノのヘイトでした。それこそ、これくらい桁違いの異常行為でもなければ「葬られる」案件にすらならないのです。
その一方、人種差別・性被害などを告白した被害者たちはどのような目にあわされているでしょうか。何も悪いことをしていないのに踏みにじられ、社会的に圧殺されているのはまぎれもなく被差別者です。

こんなバカげた差別主義者の戯言に対し、この記者はあきれた応答をします。

>「じゃあもう怖いから、何も関わらない方がいいとなってしまう。でもそれじゃあ、苦しんでいる当事者に対する偏見は消えなくて、ますます当事者は苦しみますよね?」
>はい。それはたしかに、そうです。


「それはたしかに、そうです」?何を言っているのか。「そう考えるんなら、お前のような悪質な差別主義者はもう二度と関わらなくて結構。関わられるだけ有害で邪魔」とでも返答すればよろしい
この人物は、ヘテロセクシャル(異性愛者)・異性婚をしている人々、日本人、健常者などのマジョリティに対して、その属性に関することでいちいち何か関わっているのでしょうか。当然、関わってなどいないでしょう。であるならば、LGBTなどについてもそれらと同様に、いちいち関わらなければ結構。まずそれが差別解消の一歩です。
差別主義者に関わられなくて済めば、当事者の苦しみは縮小します。「いちいち差別はするな、許すな。あとは放っとけ」という簡単なことすら理解できずにいちいち関わってきては差別を垂れ流すから差別主義者なのですし、記者もそんなことすら理解できないから差別主義者の言い分を垂れ流すような記事を書いてしまうのです。

>「アンケートに書いたとおり、忖度(そんたく)して『差別はよくない。みんなで明るい未来をつくろう』と回答すれば、良かったのかもしれない。でも、それじゃあ本当の解決にならないですよね?」

実はそれでよいのです。
この差別主義者のような輩が何を考えていようと知ったことではありませんし、興味もありません。しかし、彼らが建前でも「差別はよくない」と言い、それに沿う言動をすれば差別はなくなり、問題は解決していきます。
繰り返し言いますが、被差別者について「気持ち悪い」と感じようが結構。差別的言動さえしなければ、実際にそのように考えているかいないかなど、他人にとっては知りようがなく、したがって何の意味も成さないのですから。
そういった内心の部分をどうにかするのは本人が勝手にやることであって、社会には何の関係も影響もありません。よって、それは本当の解決とは関係がありません。

>どうすればいいのか、簡単にこたえは出ません。
>ただ、「Bさんと会って、話して、よかったな」と思ったのは、たしかです。


で、これが締め。頭が痛くなります。20年前ならともかく、2018年にもなって差別問題を取材する記者がこれですか。
差別主義者の言い分を否定も留保もなく垂れ流し、「よかったな」。これでは「そうか、こんな記事を記者が書いて堂々と出しているということは、自分もここまでは言っていいのか」と人々に認識させ、差別を扇動することにしかなりません。差別扇動は差別扇動であって本人の思想は関係なく、つまり記者がそのような意図を持っているかいないかにかかわらず、この記事は差別扇動記事であると言わざるを得ません。
差別は極めて危険な爆発物かつ感染性汚染物であるのに、その扱い方をまともに学ぶこともなく、いい加減に扱って大爆発させたなら、それは記者の責任です。こんなことも分からないのなら、もう二度と安易に差別を取り扱うべきではありません。

2018-04-07 の記事 - 2018-04-07
女性差別、人種差別、そして「愛国」カルト。さすがは日本の国技といったところでしょうか。

本件は非常に恐ろしい要素が満載です。
相撲協会側は人の命が失われるかもしれない状況において、人命などより差別が大事という姿勢を示してみせました。これはベクトルこそ違えど、思想としては在特会やKKKなどと何ら変わるところがありません。差別はこれほどまでに堂々と、あれほどの衆人環境のど真ん中においてすら、平気で人を殺すのです。
しかも、女性蔑視はいわば「穢れ」の思想なわけですから、何か女性を排除するような合理的な理由があるわけではありません。「女は穢れている」「汚いから入るな」という子どものいじめのようなふざけた理屈を、信じがたいことに大の大人が平然と振りかざし、おまけにそれを人の命より優先しているのです。
さらに、彼らはこうした差別を「伝統」などの言葉によって正当化し、差別への反論を無効化しようとしています。通常の差別を社会を食い荒らす芋虫とするならば、「伝統」によって塗布された差別は、つまんで捨てられることのないよう毒のトゲを大量に付加された毛虫といったところでしょう。なおさら有害かつ卑劣であり、加えて今回のようにその「伝統」自体が攻撃力を持ち、人命を危険にさらすようになります。「伝統」なる言葉で塗布された差別は通常の差別よりもさらに強く非難され、即座に排除されなければなりません。
この他にも、相撲ではたびたび人種差別としか言いようがない問題が起こっている事実がありますし、舞の海や貴乃花が異常な思想に「感染」してしまっていることも知られています。
本件では差別アナウンスが批判されていますが、これは言うまでもなくアナウンスをした人物だけの責任などではなく、現在の相撲の在り方に構造的な問題があるからこそ発生したものです。例えば相撲が女性差別をしていなければ、このような問題が発生する余地は最初からありませんでした。相撲の構造自体をどうにかすることがなければ、似たような差別は今後いくらでも繰り返されるでしょう。

私としては、大相撲などこれを機に消滅していただいても一向に構わないと考えています。というより、この有様なら直ちに消滅するのが世のため人のためです。
相撲というスポーツ興業自体には興味はありません。やりたければ勝手にやればいい。私とは特に関係のない存在ですので、それを特に応援しようという気はありませんが、かといって止めようとしたり、文句を言う気もありません。
ただし、それが女性差別・人種差別・日本会議カルト思想などを世の中に垂れ流し、社会に害毒をまき散らし、人命よりも差別に基づく内部規定を優先するような反社会的な存在であるならば、もはや黙って見ていることはできません
少なくとも、差別に加担したり、差別のために人命をも足蹴にする反社会的組織を国が優遇する、またはそう誤解させることがあってはならないわけですから、差別を一切撤廃しない限り、このヘイト興業が「国技」を名乗るのを認めてはなりませんし、公益法人として税制優遇などもあり得ません。また、女性を「穢れ」と位置づけ、その差別思想は人の命に勝ると考えるようなヘイト興業を放送することは、著しく不公正かつ差別の再拡散に他ならない行為ですから、公共放送がやっていいことではなく、こちらも一切廃止しなければなりません。
それでもなお伝統と称して差別を温存したいのであれば、差別を推進し人命を脅かす社会悪集団によるスポーツ興業として日陰で細々とやってもらえば結構。表に出てきたらバッシングを受け、反差別カウンターに徹底的に罵声を浴びせられるくらいが適切な扱いでしょう。差別・不公正を堂々と日向に出すわけにはいきません。

相撲協会は「女性は基本的に入ってはいけないが、緊急時は例外とする」のような狂った案でごまかそうとしてくる可能性がありますが、本件の原因が伝統の名を借りた女性差別である以上、それを廃止することだけが唯一の選択肢です。
大体、誰がどのような知見の下でそれを緊急である、したがって女性が土俵に入ることは仕方ない、などと判断するのでしょうか。
何なら、今回の件で女性排除のアナウンスをした人物に「あなたはこれを緊急事態と認識していながら、女性が土俵に入るくらいなら市長が死ねばいいと考えてあのようなアナウンスをしたのか?それとも、緊急事態であるという認識が十分でなかったのか?」と聞いてみるとよろしいでしょう。もし前者ならもはや論外も甚だしく、人命にゴミ以下の価値しか見出していないような運営をする国技とやらには消えてもらう以外の選択肢はないとして、おそらく後者と答えるはずです。
すなわち、緊急であるか否かを正しく判断もできないがためにこのような問題が起こったのに対し、緊急時のみ制限を緩める措置を取っても何の意味もありません
また、人命より差別を優先してしまった構造、つまり差別のために人を殺す可能性がある状況は、いくら緊急時の対応を定めようとも差別規定を廃止しない限り温存されます。
悪あがきはやめ、女性差別の廃止を決定するしかありません。

土俵に大量の塩まく 女性らが倒れた市長救命後 舞鶴

>女性らが救命活動した後の土俵に塩がまかれたことについて、日本相撲協会の尾車事業部長(元大関琴風)は5日、「女性軽視のようなことは全くない。(けがの)連鎖を防ぐためにまいた」と説明した。

こんなもの、もはや誰も信じる人はいないでしょう。
これを信じてもらおうとするのなら、方法はただ一つ。「女性は穢れで、土俵に入ってはいけない」と相撲協会側が考えているから「入った後に塩をまいた」とみなされているわけですから、女性差別規定を一切廃止することで相撲協会がそのような思想を取っていないことを証明し、これが女性軽視による塩まきではないと示せばよいのです。
逆に言えば、この期に及んでこれすらできないようなら塩をまいた理由も分かったようなものです。

今後、相撲協会は一切の女性差別規定を廃止することはもとより、人種差別を含めたあらゆる差別を一切許容しないことを宣言の上、理念や規約にそれを明記して遵守し、今までの差別を認め謝罪することがまず必要です。
また、相撲協会が最も神聖と位置付ける場所の土俵を使い、多数の女性に土俵に上がってもらうイベントを実施、この様子を一般及びメディアに公開することで「社会の公正が伝統と称する差別に勝った瞬間」を人々に印象付け、かつ差別温存勢力の意思を粉砕する、といった程度のアピールは最低限必要と考えます。
もしそれに対して抗議をする者があれば、相撲協会が公式に反論の上、大相撲は差別を一切許さないと宣言せねばなりません。その上で、差別が解消された状態を確実に維持するために、毎場所1度は観客がいる中で女性に土俵に上がってもらうようにすべきです。
伝統と称する差別など、今回の救助などのような「現実」や、組織の異常な内規による支配が及ばない状況、「伝統」を上書きする既成事実などに対しては全くの無力です。差別が「現実」によって可視化されたところで、その差別的・反社会的内規を世の中や国際社会の場に引きずり出し、差別を上書きする既成事実を積み重ねて壊滅させることが必要です。

2018-03-31 の記事 - 2018-03-31
ある刑事ドラマで、被害者Xが殺害される事件が発生しました。捜査の結果、犯行が可能な人物としてAとBが浮かび上がってきます。Bは大企業の社長、Aはその従業員です。
Aの身辺をいくら調べても、Xを殺害するような理由は全く存在しません。一方、BにとってXが存在することは極めて邪魔であり、Xが存在していると自分の地位が失われる状況にありました。したがって、今回の事件で最も得をしたのはBです。
ところが、ここでAが「この事件は全部自分がやったんだ」と言い張ってきます。しかし、捜査員がAに殺人などとという危険で大それたことをする動機を聞いても、Aは「言えない」の一点張り。それどころか、B社長のスキャンダルに関すること、社長夫人のことにすら、「言えない」を繰り返します。そして「B社長は関係ありません」とも。
Bの方は知らぬ存ぜぬ、自分には何にも関係ない、Aがやったんだろう、と言うばかりです。
このような場合、もう視聴者に真犯人や事件の構図を提示したも同然であり、ここからは「なぜAはBをそこまで必死にかばうのか」「どうやってBの自供なりを引き出すか」などに焦点が移ってきます。人情系の番組であれば、Bがごくわずかに持っている人間らしさに訴えかけ、最終的には忠実に自らをかばおうとするAのためにBが出頭する、といったような展開になるかもしれません。

佐川氏の証人喚問。失望したというのが大方の見方のようですが、以前にもあれだけ嘘や言い逃れを繰り返してきた者から、それもごくわずかの時間しかない中で、あれほどの情報を引き出したのは、私としては予想以上でした。
なぜ「財務省・佐川犯人説」「内閣は無関係」には全く説得力がないのか。内閣周辺こそが改ざんの受益者であって、財務省側にはそんな大それたことをするような理由が存在しないからです。では、もし本当に財務省が犯人、内閣は関係ないとして、それを国民に納得させるためにはどうすればいいか。財務省がどうしても改ざんをしなければならなかった理由をしっかり語ることが唯一の手段でした。
いくら安倍内閣が捏造内閣だからといって、佐川氏が喚問されるまでの短期間でストーリーを作り、国民が納得するような動機をでっちあげ、何ならそれに沿うように文書や記録を改ざんなり捏造なりし、おまけに職員によるリークも確実に行われないようにし、野党のどんな質問にも確実に返答できてボロも出ないようにする、などといったことは極めて困難ですから、佐川氏が財務省が改ざんをした納得いく理由を明確に語ったならば、そしてそれが過去の文書なり答弁なりと合致していたならば、かなり信憑性は高いと考えてよかったでしょう。
ところが、財務省が改ざんをした理由を説明すれば一発で済み、一瞬にして内閣の疑惑を晴らすことができるはずなのに、佐川氏は徹底的にだんまりを決め込みました。これは要するに、どうやってもそのようなものはないと証明しているも同じです。なお、もしかすると今後、捜査の中でなぜか降ってわいたように妙につじつまが合った動機が語られることがあるかもしれませんが、それはもはや信用に値しません。
内閣とは全く無関係の部分で財務省に改ざんが必要な大問題があり、それによる訴追を恐れて黙秘している、という可能性も成り立たないではありませんが、それなら内閣やら昭恵氏に関することについては何らやましい点がないわけですから、これらについて素直に証言するのは全く問題がないどころか、自らの証言の正しさを裏付け、内閣が無関係であることをより強く証明できるものとして、願ってもないとばかりに証言することでしょう。ところが実際にはこういった質問に対しても黙秘しているため、それもあり得ません。
「語らない」ことは「語る」ことと同じほどに物を言います。佐川氏の答弁は、総じて両手を広げて立ちはだかり、「ここには何もない、何もないからあっちへ行け」と言っているようなものと言わざるを得ず、泣き所や問題の根深さが浮き彫りになった喚問であったといえるでしょう。

ただ、このところ強引な「幕引き」の動きがあるのは気になるところです。
普通に考えて、あのような証言で幕引きなどというのは唖然として顎が外れそうなほど明後日の発想です。なにしろ、あれだけのことを「語らない」という方法で雄弁に語った証人喚問なのですから。
しかし、自民党や内閣にとって佐川氏の喚問の意味などどうでもよいのです。それこそ「今日は丑の日」でも「パンダの赤ちゃんが生まれました」でも何でもよく、とにかく適当なことをきっかけにしてメディアに報道をさせないようにすれば目的は達成されるわけです。この場合は佐川氏の証人喚問を媒体に使っただけのことであって、氏の受け答えなど実際には最初からほとんど関係なく、ただこれをきっかけにフェードアウトさせる、というレールが存在しているだけです。
例えばNHKではろくに問題を報道できない状況であることが内部告発によって示され、また本件を「改ざん」と述べることさえも徹底的に避け続けていましたが、そのような厳しい状況の中で最低限の報道がなされるだけでも支持率がこれほど落ちたのです。メディアが適切に機能していれば安倍内閣などとっくの昔に吹っ飛んでいたことを示す良い例であり、逆に言えば何でもいいのでとにかく適当なきっかけを作って問題をうやむやにすることが、内閣にとっては効果的であるわけです。
この内閣はこのやり方での成功体験を積み上げています。今回もそれが上手くいくと考えているのでしょう。そして私は、それを否定できるほど日本国民を信用していません。

2018-03-24 の記事 - 2018-03-24
前川講師問題:文部科学省から名古屋市教育委員会への要請メール

この問題。一体この内閣とこの党は日本をどこまで徹底的に腐らせているのか。想像するだけで気が遠くなります。

ところで、森友学園問題で文書改ざんを問題視する意見(改ざんが問題なのは当たり前であって、問題視しない者がいることが異常なのですが)の中には、大きく分けて2つの方向性があるようです。すなわち、「本件は安倍内閣や自民党の体質の問題であるので、徹底的に追及して内閣は最低でも退陣させ、自民党も追い込むべき」という意見と、「文書改ざんは仮に安倍内閣の出来事ではなくても問題なのだから、文書改ざんを二度と行わせないような事実解明と対策が最も重要である」という意見です。
どちらかを選ぶとすれば、私は前者です。というより、安倍内閣なるもの、自民党なるものを駆逐しない限り、あの手この手で似たような不正を行うことが可能であり、不正を二度と行わせないこと自体がおぼつかない、つまり再発防止のためにはまず前者の方向性で問題を追及することが避けて通れないと考えています。

もし森友学園問題が「学校長から賄賂を提供された政治家が、その学校のために国民の財産を不当に安く提供。それを隠蔽するために文書の改ざんが行われた」といったものであるならば、話は単純です。関係者にはしっかり責任を取らせた上で、このような金銭目的の汚職を困難にしたり、割に合わなくする対策を打てばよいわけです。
しかし、今回の安倍内閣・自民党の汚職事件はこういったありがちな汚職とは全く性質を異にしています。国民の財産の不当な提供は金銭などを目的としたものではなく、しかも隠蔽にしても金銭スキャンダルが発覚するとまずいから、というものではありません。
ではこの場合、安倍内閣の汚職によって土地が手に入ったことにより、森友学園側が「提供」するものは何か。児童虐待も同然の「愛国」管理教育と、おぞましい人種差別意識を植え付けるような教育を、まだ分別のつかない子どもに対して「提供」する、ということになるでしょう。
はたから見れば狂っているようにしか見えませんが、これほど安倍内閣及び今の自民党の本質を明確に表している案件はありません。言うなれば、安倍内閣にとってはこれが汚職による土地提供の見返り、目的なのです。
また、加計問題や山口事件などこの内閣の汚職・異常行為はお友達案件の側面も持つ場合も多く、つまり「差別主義」「歴史修正主義」「縁故主義」などがこの内閣のキーワードとなります。
これらの価値観は自民党や日本会議などのヘイトカルトの根幹をなすもので、まずはそのあだ花である安倍内閣を打倒することは、現状で取れる中では最善の再発防止策の1つと考えることができます。逆に言えば、安倍内閣や自民党などのヘイトカルトを徹底的に追及することなしには、再発防止自体が不可能なのです。さらには、これだけの不正をやっても内閣一つ倒れないとなれば、ヘイトカルトに不正のフリーパスを提供するも同然です。
これは今回の教育介入問題を見ればすぐに分かります。内閣にとって都合が悪い人間が講師を務めたら与党議員が教育に介入し、講師への誹謗中傷をもって圧力をかけるなどといった行為はヘイトカルトの成せる業であり(圧力をかけた議員の言動を見れば一目瞭然で、まさに重度のヘイトカルト患者です)、文書改ざんが問題だから改ざんを防止する策を考えればOK、などと生ぬるいことを言っていては、別方面の汚職や不当介入などによって封じ込められたり、攻め落とされるだけです。

今回の文書改ざんは、仮に民主主義国家で発生したならば、発覚した瞬間に間違いなく内閣は吹き飛び、政権政党もひっくり返っているであろう、とてつもない一大事です。しかし、それほどの巨大事件ですらヘイトカルトの単なる一側面でしかなく、そのヘイトカルト政策を表に立って進めているのが安倍内閣と自民党です。
安倍政権を泥舟と見切って批判めいたことを口にしている者もいますが、異常すぎるヘイトカルトを実に5年も目前にしていて、それを問題と考えるなら行動できる時間はいくらでもあったはずで、それなのに一切何もしなかった結果としてこういう事態になっているわけですから、つまり今の自民党議員はただ1人の例外もなく全員が同類です。
ヘイトカルトを徹底的に追い詰め、弱体化させ、引きずりおろすことだけが、二度とこのような尋常ならざる問題を起こさせない唯一の方法です。

ところで、最近またも注目の籠池氏ですが、私はあのような拘束は明らかに不当であり、直ちにやめるべきと考えます。
無論、私は籠池氏を断じて許すことはできません。単に安倍政権の汚職にかかわった(森友問題では主役の一人ですが、安倍政権が汚職政権であることがはっきりしてきている以上、全体的に見れば「かかわった」くらいの表現が妥当でしょう)だけならまだしも、子どもたちを虐待し、さらにはレイシズムを植え付けていた最低最悪の行為は万死に値します。苦しんで死ねばいいと言わざるを得ませんし、それですら理由なく踏みにじられた幼児や被差別者の苦痛には全く及びません。
しかし、ヘイトカルトの権力が他人の人権を不当に踏みにじることを許すわけにはいきません。個人的な好き嫌いでそれを容認していれば、「裏切り者」の次には「反対してきて邪魔な奴」の番がやってくるでしょう。

2018-03-17 の記事 - 2018-03-17
汚職・改ざん事例が続々と。立憲主義無視の差別内閣がとうとう行き着くところに行き着きました。
これだけ民主主義を踏みにじる内閣で、しかもそれをかなりの国民が野放しにしていたとなれば、それはこういう結果にもなるだろうというものです。今さら驚くにも値しないどころか、案の定だから支持していた連中が落とし前つけろと言いたくもなりますが、本来あってはならない異常事態であることは確かです。
自民党や内閣は未だにトカゲの尻尾を切り捨てる公開ショーなどの茶番劇を行い、お粗末な責任逃れを繰り返していますが、一笑に付すべきくだらない行動であるのは言うまでもなく、最低でも安倍氏は必ず辞職させなければなりません。

私は安倍内閣の立憲主義否定や差別などあらゆる点に反対していますが、この際そのようなことは脇に置いて構いません。「汚職の末、文書改ざんの暴挙によって事実を改ざんし捏造しようとした内閣は崩壊する」という当たり前すぎることすら通らない国にしてはならないの一点において、安倍政権は崩壊しかあり得ません。
もしそれが実現できなかったらどうなるか。文書を改ざんしようが捏造しようが退陣の必要がない前例ができるわけですから、余程の物好きな政治家でもない限り、足元を揺るがしかねない文書などは改ざんした方が安全確実ということになります。
何やら主客が転倒したような話ですが、現に安倍氏は「私や妻が関係していたら総理も議員も辞める」と言っておいて、文書が改ざんされた結果として未だに辞めずにいるわけですから、実際そうなっています。
そして、少なくとも自民党及びその取り巻き政党の中に、「物好き」な政治家はいません。仮にそのような「物好き」政治家がいるのであれば、安倍政権下の立憲主義の破壊や身びいき汚職、差別主義の横行などに激怒し、離党するか、造反するか、党を割るか、何らかの行動をすでに取っているはずだからです。
それをしないということは、現政権の異常な方針や思想に共鳴しているか、あるいは保身のためならいくら日本がゆがめられようとも全く構わないと考えているか、そのどちらかでしかありません。その中には政府批判のポーズをしてみせるお調子者もいますが、そういう連中は今までにいくらでも行動の機会はあったのに何もしなかったわけですから、ただ姑息に立ち回っているだけです。
このような連中の正義感やら道徳意識などは、言うまでもなく一切信用に値しません。今後もこういった連中が政権を握り、しかも改ざんするのがリスクも高くなくてお得とみなしたならば、今回よりももっと上手く改ざんをやってのけるでしょう。
今後の日本政治に「改ざんは仮にバレようとも退陣の必要がなく、危なそうなネタがある時には改ざんがお得で合理的」という前例を残さないためには、安倍内閣を終わらせる以外の選択肢はないのです。

無論、本来の民主主義国家であれば即時退陣から逮捕までがセットであり、それでこそ「危ないネタがあっても、改ざんするのは割に合わない」として改ざんを強力にけん制でき、それがひいては文書や国への信頼にもつながりますが、今の日本は安倍政権などによって大きく崩壊しており、そのような当然のことすらもそうそう望めない世の中となっています。
たとえ安倍氏が退陣しても、氏が破壊した世の中の様々なものを復興するのは容易ではありません。外れてしまった差別のタガを単に戻すことでさえ、一筋縄でいくものではないでしょう。終戦時が焼け野原なら、これは精神的焼け野原と言っても過言ではありません。そして、もはや今の日本にその復興ができる力が残されているかどうかすら、私には分かりません。それ以前に、今後も日本社会がレイシズムに支配されてこのまま地獄まで突き進んでしまうかもしれませんし、あるいは小泉進次郎氏辺りが出てきてわずかに残ったものも全部売り払われ、物的にも精神的にも再起不能に陥ることになるかもしれません。
ただ、退陣すら実現できていない現段階ではまだまだ気が早い話ですが、安倍氏が日本のためにできる唯一にして最大の奉仕があるとすれば、それは逮捕されて国家や法への信頼を取り戻す最初のきっかけになることであると、私は考えています。

2018-03-10 の記事 - 2018-03-10
BPO:「ニュース女子」人権侵害認定 辛さんの名誉毀損

「ネットのデマを社会に拡散した」 ニュース女子で「人権侵害」の団体が見解

〈時代の正体〉ニュース女子「人権侵害」認定 差別の存在も示唆

この最低最悪の卑劣なヘイトデマ番組が被差別当事者にどれほど深刻なダメージを与え、また日本社会をどれほど劣化させたのか。想像するに余りあります。

DHCに関しては、もう在特会と同じくくりで構わないでしょう。この手のレイシストがインターネット上で散々垂れ流してきたヘイトデマとほぼ同等のデマを、公共の電波を使って垂れ流したのがDHCです。
このような存在自体がヘイトの連中に対して良心に訴えたところで仕方がなく、「DHC制作の番組は差別まみれの反社会的な事故物件であると周知し、どのテレビ局からもDHCのヘイト番組が垂れ流されないようにする」のが妥当な対応となるでしょう。
また、DHCの製品を使用した場合、その売り上げは基地負担に苦しむ沖縄の人々を踏みにじったり、人種的マイノリティの身の安全を奪ったりするための原資に用いられるわけですから、彼らを間接的に踏みにじっているのと同じです。それも、DHCの行動は日本企業によくある「差別の放置」「黙認」などですらなく、愚劣なヘイトデマによる能動的な攻撃行為です。そのような異常で不当な攻撃行為には一切手を貸すべきではないということを、多数の人々に知ってほしいと考えます。

そうなると問題はMXですが、ここの姿勢については

>MXはこの問題をめぐり、訂正や謝罪をしていない。
>代理人の金竜介弁護士は、「MX側はうっかり放送してしまった、で済むわけではない。是正する機会はいつでもあった。人権を回復する機会もあった。しかしそれを一度もしていない」と批判。


この一文だけで十分でしょう。

やや微妙な問題であったり、十分な知識がなければなかなか見抜けない専門的な誤りがあったというならまだしも、ここまであからさまで異常なヘイトデマが垂れ流されてしまうなど到底考えられないことで、垂れ流したテレビ局の責任も厳しく問われるべきものです。
しかし、時に到底あり得ないようなミスですら犯してしまうのが人間というものですから、このような失態も原理的には発生し得るものであって、大事なのはその後と言うこともできるでしょう。
命にかかわるような危険な商品を誤って出荷してしまった食品・機械・自動車などのメーカーがあるとして、そうした企業がまともならば、どのような対処をするでしょうか。おそらく急いで商品を回収し、この商品は危険であるので使用しないようにと周知、被害者に対しては真摯に謝罪するなどの方法で、できるだけ被害を食い止めようと動くのではないでしょうか。無論、これは自社生産のみならず、誰がどう見ても欠陥商品と一目で分かるようなOEM供給を受けた場合でも同様です。
今回、MXはヘイトクライムにつながるような危険極まりないデマをばらまきました。それへの批判は放映後すぐの段階で大量になされており、しかもそれらの批判が正当なものであることはその後のBPOの結論を見ても分かります。すなわち、MXには事後処理を行うための時間がたっぷり与えられていたのです。
もしMXが最低限の良識を持ち合わせた企業であれば、「出荷」されてしまった「商品」への責任、すなわち放送内容がデマであることを徹底的に通知し、火消しをしてそれ以上の延焼を回避、被害者である辛氏及び沖縄で基地負担に苦しむ人々に対して納得いくような謝罪をする程度のことはとっくに行っていたでしょう。そうして徹底的にデマ報道を否定していれば、加害者は居直って被害者が逃亡せざるを得なくなるという最悪の状況は避けられたかもしれませんし、日本社会が発砲テロに至るほどまでに劣化するのも食い止められたかもしれません。
経緯はどうあれ放映をしてしまった以上、求められていたのはむしろ事後処理であり、その点でMXは現状で到底信用できるものではないと言わざるを得ません。メディアとして社会に強い影響力を持ちながら、自身の「商品」に最低限の責任を持つことさえできない放送局など社会には不要です。

先日の三浦氏による差別扇動行為にしてもそうですが、テレビで平然とこのような悪質極まりない差別扇動がなされるなど、もうタガも何もあったものではありません。ところが、未だにヘイトと親和的な内容であったり、ヘイト出演者などを使う番組は後を絶ちません。
こうした行為は、マイノリティの平穏な生活や生命の安全を脅かすばかりか、結局はマスメディアの自滅にしかつながりません。大手出版社でありながらヘイト商売に手を染めた某社にしてもそうですが、こんなものは自分の足を食っているようなものです。ヘイト商売によって無から大きな利益を生み出していると考えているなら甘いというもので、言論のプラットフォームという極めて貴重なものを解体して売りさばいているから、それなりの利益が出ているだけに過ぎません。
もういい加減、バカげたことはやめるべきですし、そうした方針を取らない関係各社は自分の土台までもを売りさばかれる前に、それをしている者を堂々と批判すべきです。

2018-03-03 の記事 - 2018-03-03
台湾地震募金デマ:軽はずみで投稿炎上 個人情報も暴かれ

台湾地震募金デマ:投稿男性との一問一答

同情を誘うような記事内容となっていますが、このデマ野郎にはなおさら強い憤りを覚えます。

善意で書いたつもりが、間違って受け取られてしまって危機的状況に陥った。単にそれだけなら大いに同情の余地はあるでしょう。しかし、デマ野郎は以前からレイシズムによって罪なき被差別者を踏みにじっており、この件もその延長線上でやらかした問題であることを忘れてはいけません。差別に善意などありません。単なる悪意の塊です。
ましてや問題のツイートでは、他国の災害にまで便乗してヘイトデマを垂れ流そうとしたのです。まさにレイシズムのなれの果ての模範的な見本で、このデマ野郎が災害時ヘイトデマを平然と垂れ流すような人格の持ち主であることがうかがえます。そして災害時のヘイトデマは、平時よりもいっそう重大な問題の発生につながります。どこをどう同情すればよいのでしょうか。
もし同情するのなら、このデマ野郎のように災害を利用したヘイトすらもいとわぬ人物により、日ごろから踏みにじられている罪なき被差別者に対してすれば結構
おまけに、記事中でデマ野郎は差別について何ら謝罪をしていません。この件でしっかり反省をするとしたら、自らのレイシズムに向き合うことは絶対に避けて通れないはずですし、そうなると自らの差別を反省し謝罪せずにはいられないはずですが、それが全く出てこないのは一体どういうわけでしょうか。

>男性に批判が押し寄せてきた。一昨年の熊本地震の際に<ライオンが逃げた>とデマを投稿した人物が偽計業務妨害容疑で逮捕された事件を踏まえ、<逮捕ざまあ>や<毎日震えてんのか? 裁判所でせいぜいしょうもない言い訳でもせぇや>など罵倒の言葉が並ぶ。

記事に取り上げられないほど度が過ぎた暴言があった可能性はありますが、ここで例示されている程度なら行いに比べて相当生ぬるい罵倒では。差別、すなわち本人の責任によらない属性によって他人を傷つける暴挙と、デマというこれまた謂れなき卑劣な攻撃、さらには災害を利用するという人として最悪の方法、これらの合わせ技によって他者を踏みにじった結果、自分に責任がある行いに対して罵声が返ってくるのは、全く問題視するようなことではないでしょう。

>「誰でも誤った情報を軽はずみに流し、人を傷つける可能性はある。そうすると私のような目に遭う。そのことだけは多くの人に知ってほしい」

これは確かですが、やはり「差別」が抜けています。誤った情報を流す以前の問題として、この件において最も重要な要素は差別で、差別は人をズタズタに傷つけます。このデマ野郎は問題のデマを流す以前からそれをやっていたのです。

>−−今回の投稿も過去にツイッターで朝鮮人への差別的な発言などがあったことも掘り起こされ、「ネトウヨ」とされた。政治的思想が今回の投稿に影響したのではないか。

>◆私は少なくとも左寄りの人間ではないですし、日本をおとしめるような投稿は「どうかな」と思いますし、陥れようとする人も嫌いです。

>しかし、過去の発言の中には軽率な面がありました。私がたたかれるのはそれだけのことをしてしまったので仕方ないですし、たたく気持ちも分かります。でも、普段の投稿は趣味の競馬に関することや好きな声優に関するものがほとんどです。過去の2万以上のツイートの中から二つほどを切り取られて、並べられ、イメージを作られてしまった面もあるかもしれないと思います。


デマ野郎らしい卑怯な大嘘です。実際には2つ程度ではなく、数からして間違っています。以前にどこぞの政治家が「(安保を合憲とする学者が)たくさんいる」と発言し、誰か問われると3人だけだった、ということがありましたが、どうもこの手の人々にとって計測可能な数字は2までで、3以上は勘定不可能になってしまうようです。
また、ツイートの中では「チョン」などと蔑称を使って韓国・朝鮮人をバカにするなどしており、これを差別的な発言でないと言い張ることは不可能です。イメージを作られたなどという事実はなく、このデマ野郎は明確な人種差別主義者です。言い逃れの余地はありません。
一番重要な人種差別について、散々傷つけてきた被差別者に「ごめんなさい」の一言も言えないどころか、すぐにバレるようなその場限りの嘘をついて逃げている以上、おそらくこのデマ野郎は今後、「反省」を生かして自分に火が回らないよう工夫することはあっても、差別をやめることはないでしょう。
海外の災害を利用して海外ルーツの人々を差別するなどという、日本の恥そのものの行為をしておきながら、一応は反省を語る場であるこのインタビューで平然とこういう恥知らずな発言ができてしまうことからしても、まさに救いようがないヘイトデマ野郎です。
ヘイトデマ野郎の人格が腐りきっていることは別に意外でもなんでもありませんが、新聞が補足もなしに加害者の大嘘をそのまま掲載するのは極めて不適切です。これが嘘であることは証拠も残っている明白な事実ですから、最低でも嘘は嘘であると書き加えた上で報じるのが報道の責任ですし、本来ならこの点を徹底的に追及すべきでした。

また、下村健一・白鴎大客員教授によれば

>「おもちゃの鉄砲だと思って気楽に引き金を引いたら、撃った後に突如ミサイルに変わり、はるかかなたへ飛んでいく。本人はぼうぜんと見送るしかない」

とのことですが、ここでもやはり「差別」が抜けています。差別はおもちゃの鉄砲ではなく、少なくとも機関銃やミサイル、ひどい場合は原爆を超えるほどの被害をもたらす凶悪な殺戮兵器です。ミサイルランチャーの引き金を引いたら、実際にミサイルが発射されただけのことです。そして、ミサイルと分かっていてミサイルを発射した以上、その責任を問われるのも非難を浴びるのも当然です。
今まではたまたまミサイルが誰にも直撃しなかったが、今回は災害時を狙いすまして撃ったらしっかり直撃して大騒ぎになった。それで「そんなつもりじゃなかった」などという言い訳が通用するわけがありません。
ただの勘違いやミス、善意の失敗によって結果的に嘘を発信してしまうことと、差別という最も理不尽で卑劣な悪意を前提とするヘイトデマを垂れ流すことでは、まず入り口からして全く別物で、同じ前提を適用することはできないのですから、きっぱり区別して考えなければなりません。

無論、相手がデマ野郎であろうとも、本人が一切記載していない個人情報を必要もなく(*)暴くのは、誤って他人の情報が拡散されるリスクとも隣り合わせですし、よくありません。一方、仮に個人情報を自主公開していて、それを使われただけなら「暴く」ではありませんから、特に問題とはみなしません。記事からは前者のように取れますが、このデマ野郎が何を言っても信用できませんので、ここの判断は保留としておきます。
ただ、暴きはよくないとしても、はっきり言ってこのデマ野郎の苦痛など知ったことではありません。差別デマ野郎がどれほどの苦痛を味わおうと、それは自分が蒔いた種であって、自分に責任がないことで最大限の苦痛を味わわされている被差別者には遠く及びません。

(*)先の発砲テロ、あるいはこのデマ野郎のように災害さえも活用してヘイトデマを垂れ流す輩を見れば分かるように、レイシストは被差別者を攻撃するためなら平然と異常な行動を取ります。そこに良識による歯止めなどありません。被差別者にとってこれは大変な恐怖であり、飲食店、医療機関、理髪店などの利用は特に恐ろしいといいます。
これを理由とするレイシストの個人情報の拡散・共有を「必要」と呼べるかどうかについては議論の余地があるにせよ、レイシストから自分や家族の身を守るため、大変な暴挙に出ておきながら差別について全く反省のない最悪レベルのレイシストの情報はあってほしいと主張する人がいても、私はそれを頭ごなしに否定することはできません。

とにもかくにも、「偉そうなことは今までの差別を全部謝罪し、差別に対する贖罪を始めてから言え」の一言。
とりあえず、このデマ野郎は厳正な法的措置によってたっぷり損害賠償を請求されればよいのではないでしょうか。差別の贖罪をしない限り、今後とも罵声を浴び続け、一生日向を歩けないくらいでも大いに結構。かねてから差別を行い、挙句の果てに他国の災害さえも利用してヘイトデマを流し、今なお嘘をついて言い逃れを図る者など、地獄を味わってすらなお生ぬるいです。

2018-02-25 の記事 - 2018-02-25
Googleがトップページでくだらないアニメーションを延々続けていて、開くたびにリソースを食い荒らされて困り果てたため、Chrome(冒険・探索用の位置付け)ではJavaScriptを基本的に切っておいて、どうしてもJavaScriptが必要な場面ではブラウザの使い分けで対処することにしました。アドオンも併用していますが、ブラウザを切り替えた方が安全確実。
あのGoogleでさえ、不特定多数のユーザーに対して出会い頭スクリプト攻撃を仕掛けているほどなのです。ましてや検索して知らないサイトを開くとなればなおさらで、たとえ有名企業のサイトを開く場合であろうとも全く信用できません。
この状況下では、基本的に探索用ブラウザではJavaScriptを切っておき、どうしてもJavaScriptが必要な場合、または乱用はなされていないと信頼できるサイトに限り、個別にJavaScriptをONにしたブラウザで開くのが、身を守る上で唯一の解であると言わざるを得ません。
ユーザーも開発者も誰も得をしない。すべての人を不幸にする言語だと誰もが分かっているのにやめられない(*)。それがJavaScriptです。
ユーザーと開発者の両方が、JavaScriptという呪詛の言語から解放される日が来ますように。

(*)JavaScriptの名誉のために言っておくと、これは別にJavaScriptが悪いのではありません。ややマニアックな実験的言語として存続する分には、むしろ楽しくて発想転換ができる言語としてそれなりに愛されていたでしょう。どう考えても特性からして無理がある分野に引きずり出され、手軽で実験的な代わりに低機能かつ堅牢さゼロであるのに重荷を背負わされ、デファクトスタンダードにされてしまったのが悪夢なのです。
その結果、どっちつかずでプロトタイプ指向だかオブジェクト指向だか意味が分からない異様な構文をドカドカ上乗せされ、世にも汚らしい上に何がしたいのか分からない言語にされてしまい、フレームワークが現れては消え現れては消え。実にバカげている上に非生産的であり、JavaScriptとしてもいい迷惑でしょう(?)。

朝鮮総連本部発砲、逮捕の1人は右翼活動家

桂田智司といえば、少しでもレイシズムを問題視している人なら誰でも知っています。「鶴橋大虐殺」の父親です。
とうとう現代型レイシズムが銃テロ犯罪にまで至り、ついにここまで来たかと戦慄します。次に銃弾を浴びるのは何でしょうか。あるいは、「誰」でしょうか。被差別者はいつまで、「次に奴らの銃口が向くのは自分の家族かもしれない」と不安な日々を送らなければならないのでしょうか。銃を所持していて、被差別者への理不尽な殺意を隠さず、実際に発砲もしてみせるようなテロリストや、その行為を義挙などとして称賛するような連中相手に、どうやって気を付ければよいのでしょうか。
この、目の前で連鎖的に次から次へと社会のタガが外れていく様は、もう恐怖でしかありません。
もはや「さすがにここまではやらないだろう」は通用しません。レイシズムに基づくジェノサイドは、明日にでも起こり得る状況にあります。そしてそれは、差別を一切放置してきた日本のマジョリティの責任に他なりません。

上級レイシストは差別の垂れ流しを商売とし、本屋に入ればヘイト書籍まみれ、SNSはヘイトまみれ、政治家は差別で人気稼ぎ、どこを見ても差別の山。では、自称学者レイシストは何を対価に自分を売り込み、政治家は何をテコに人気取りをしているのでしょうか。あるいは、ヘイト本屋やヘイト放置SNSは何を売って利益を出しているのでしょうか。書籍やサービスなどでしょうか。
確かに表面上はそうですが、実際に彼らが売り払っているのは、被差別者の身の安全と平穏な暮らしに他なりません。また、差別によって被差別者が危険にさらされるような社会は、関東大震災虐殺やルワンダの虐殺を見ての通り、マジョリティまでもが殺されるような社会です。すなわち、これは誰にとっても他人事ではなく、社会全体の安全を毀損します。
当然のことながら、被差別者の身の安全と社会の安全を勝手に売り払う「自由」を持つ者などどこにもいません。このようなことは断じて許されてはならず、マジョリティの責任で止めなければならないのです。

はっきり言って、レイシズムに立ち向かうのは命がけです。対峙する相手は「○○人を殺せ」と本気で言い散らしているような連中であり、しかもそうした連中がいきなり拳銃を出してきても決して不思議ではないことが、今回改めて示されました。
しかし、それがマジョリティの最低限の責務です。マジョリティが生み出した怪物が人の命を脅かしている以上、マイノリティを盾にして隠れるのではなく、マジョリティである限りは前に出なければなりません。

2018-02-17 の記事 - 2018-02-17
Googleがトップページにアニメーションらしきものを持ってきているため、重い作業中に検索をする(プログラミング関連でリソースを使いつつ、分からないことを検索するなど)場合などはひどい目にあい、大変に迷惑している今日この頃。変換や入力言語の切り替えなどを経る場合には地獄度がさらに倍増します。もう適当に"a"でも何でも検索してトップページから逃れ、結果ページから改めて検索ワードを考えて打ち込んで検索しています。
JavaScriptをONにしている限り、こういう出会い頭の嫌がらせ、あるいはサーバー側の実装が問題なのに大抵クライアントサイドが迷惑をこうむるXSSなど、様々な攻撃行為から逃れることができません。ところがOFFにすると、今度はJavaScriptがOFFでは機能しない、または機能しないと言っても過言ではないほど不便化するサイトがあるという別パターンの嫌がらせを食います。
JavaScriptのおかげでこれは便利、というサイトは実のところほとんどなく、大半が作成側の自己満足。何の気なしにポインタ動かすといきなり展開してくるメニューだとか、人が内容を読んだりリンクをクリックしようとしていたら突如上の方で何かが読み込まれて位置がずれるページだとか、検索窓に候補を表示したいらしいものの、検索するとしばしば入力が固まる入力ボックスだとか、迷惑千万です。余程特殊な例を除き、例えばAjaxなど何の役に立つのでしょうか。ブラウザの履歴に残らない分、ただ不便なだけ。フレームワークの都合?利用者には関係ない。
特に一番下まで表示すると続きが自動的に読み込まれるあれ、どうすればあそこまでひどい仕組みを考案できるのでしょう。次以降の部分が履歴に残らないわ、下の方にあったのを後から容易に表示できないわ、読んでいくたびに重くなっていくわ、続きを読む気がない時にもいちいち読み込むわ、一旦閉じて続きを読むことはできないわ、もう最悪。
安全性、機能性、そのくせ回りくどいだけで堅牢ではない言語仕様(糖衣構文は増えていますが、所詮は糖衣構文。元の意味を理解し、かつ糖衣構文の理解も必要な二度手間でしかない)などなど、見る側としても、書く側としても、ありとあらゆる意味でJavaScriptは滅亡してほしいです。

三浦瑠麗氏、ワイドナショーでの発言に批判殺到 三浦氏は「うがった見方」と反論

あまりにもふざけた発言であり、絶対に許すことはできません。怒髪天を衝くとはこのことです。

街頭で「殺せ」デモに対抗している人々は、自分が相手の気を引き付けて代わりに暴言を浴びることによって差別を減らし、また周囲の人々や被差別当事者、子どもたちなどに差別の刃が飛ばないよう、必死にかき消しや周知活動を行っています。
また、対抗者は単に差別デモに対して抗議するだけでなく、相互理解や交流の活動に参加したり、説明会などを行ったり、身近な差別を減らそうとしたり、様々な方法で地道に差別を解消しようと行動しています。
それこそ砂漠に木の芽を植えるような地道な作業ですが、日本全国に拡散し根付いてしまった差別に対抗するには、このような地道な行動が必要なのです。
そうして、差別が数十人、数百人の人々にも届かないよう、誰かを傷つけないよう、気が遠くなるような地道な努力を積み重ね、何とかそれが少しずつ功を奏してきたという矢先、とんでもないことが起こります。
自称学者の三浦瑠麗氏が、在特会が疑心暗鬼を誘うような言葉そのままの差別、不逞鮮人・井戸毒デマの現代版を、テレビで何十万、何百万もの人々に向けて垂れ流したのです。
こういう「人間のクズ」という言葉以外では適切な表現のしようがない外道の一言により、多くの人々が積み重ねてきた地道な努力の成果は一発で吹き飛ばされ、その上に何百倍ものお釣りが来ます。もうバカバカしくなりますし、どこまでふざけているのかと怒りに震えます。

三浦氏は批判を受けた後、定番の「差別と言う人が差別」論法に逃げており、間違いなく確信犯であることをうかがわせます。当然のことながら、自分が干し草に向かって火を放っておいて、批判に対して「干し草に火を投げたからと、それで火が起こると考えるのは、お前らが放火魔だからだ」なる言い訳をしても通用するわけがありません。
そして実際、この発言によって扇動された者の存在も確認されています。今後、路上のヘイトスピーチでこの発言が活用される可能性もあります。また、被差別当事者の中にはこの発言に不安を覚えていると明確に述べている者もいます。三浦氏が放った差別の炎は、現に日本社会に山のように積まれている差別の干し草にしっかり燃え移っているのです。
そしてこの炎は、今この瞬間にどれほど多くの人がデマだから信じるなと呼びかけたとしても、あたかもそのような真実があるかのごとく地下で拡散され続け、今後災害なり外交的緊張なり、何らかのきっかけがあった時に爆発することになるでしょう。
無論、発言が全く意図しない方向に取られてしまい、干し草に火をつけてしまうことはあり得ます。したがって、原理上は三浦氏が差別を全く意図しなかった可能性もゼロではありません。ただし、それなら氏は自分の行いによる結果を反省し、また目の色を変えて率先して火消しに走っているはずで、自分の発言が意図に反して差別の扇動に使われることがないよう努力するのが当然です。
ところが、氏は「差別と言う人が差別」論法に逃げた上に自らのヘイトデマをデイリーメールをソースにして正しいと強弁する始末で、差別を食い止める努力など全く見られません。例の発言をもとに差別意識を燃え上がらせている者に「私はそんな意図で発言していない。それは間違っている。絶対にやめてくれ」と言って回るでもなければ、不安を抱えている被差別者に「許されない発言をしました。二度としません。すみませんでした」と言うでもありません。
また、いちいち説明するまでもないことですが、特定の人種・民族の方々に対する差別を扇動するデマを垂れ流す「安全保障の議論」など、一切できる必要はありません。それどころか、災害のたびに差別扇動デマが垂れ流される現状を見ての通り、差別扇動デマは災害時や有事の安全保障に対する重大な脅威であって、本気で安全保障を考えるなら即座に否定されるべきものです。
要するに、氏は日本社会の差別の干し草に火を放てば何が起こるか分かっていて、それを効率よく利用したわけです。

そして同時に、このようなルワンダのラジオの再現のようなことを平気でやってのけたテレビ局にも怒りを禁じ得ません。
それも、生放送でついうっかり、というのならまだ分かりますが、これは収録番組です。テレビ局もまた、この悪質な差別扇動表現を確信犯的に世の中に垂れ流したのです。街頭のヘイトスピーチに抗議する人々が、数十、数百の人々が差別の直撃を受けないよう苦心している頭上で、在特会の主張とほとんど変わらないような言い分を肯定的に垂れ流し、一瞬のうちに数十万、数百万の人を扇動してみせたわけです。
先日も「ニュース女子」なるデマ番組をBPOが厳しく批判したばかりであるのに、これは一体全体どういうことなのでしょうか。ヘイトデマを次から次に垂れ流すことが報道の役割とでも言う気でしょうか。それをやったルワンダで何が起きたのかも知らないのでしょうか。
この件でメディアがどのように動くのか、BPOが判断をするのか、するとして妥当な判断を下せるのかは分かりません。たとえBPOが何らかの判断をするにしても、それは差別というものの伝播力・拡散力を鑑みた上では、非常に遅々としたものになるでしょう。
ただ一つ言えるのは、三浦氏のような悪質な差別扇動者を今後も使い続け、今回の番組またはその類似番組のような差別扇動フェイク番組を今後とも放送し続けるのであれば、それは報道の自滅以外の何物でもない、ということです。

本件は「さすがにそこまではしないだろう」というタガを、軽々と虚空の彼方まで弾き飛ばしました。インターネットや街頭のヘイトデモにはジェノサイドの扇動があふれかえり、書店にも異様な本が並ぶような社会ですが、さすがにマスメディアがルワンダのラジオの役割を果たすことはないだろうという漠然とした信頼感は、本件によって完全に消し飛びました。
本件は「社会の絶対に超えてはならない線」をあらゆる面で1から100まで超えています。本件を1%でも肯定することは、線を超えることを肯定するのと同義でしかありません。

2018-02-10 の記事 - 2018-02-10
台湾の被災地支援のための寄付金。現地に「一部しか届かない」はデマ

台湾の地震を受けた寄付金デマ 本人は誤り認め、謝罪「インターネットの怖さを痛感した」

レイシズムの拡散のために外国の災害まで利用しますか。断じて許しがたい蛮行です。
このような行為を許せば、被災地のための寄付金集めに支障が出ることが予想されますし、今後日本で災害が発生した時にレイシズムが垂れ流されれば、それは直ちに人命の危険につながります。
ちなみにこのツイート投稿者、以前から差別ツイートをしていたことも確認されており、これがレイシズムによるものであることは疑う余地もありません。誤りを認めるも何も、そもそも差別が最大の誤りなのです。メモ感覚で差別を垂れ流すことからして異常なのです。インターネットが怖いのではなく、差別こそが怖いものなのです。
最終的にこのツイートは削除されましたが、それまでに実に6万以上のリツイートがなされており、言うなればデマまき要員を6万人も集めてデマ拡散にあたったようなものです。重大性は計り知れませんし、その効果はもはや取り消すこともできません。

法的措置を検討している団体もあるといいますが、今後再びレイシズムに基づく災害デマが流れることがあれば、募金が滞るどころか人命すらも脅かすという前提のもと、いわば対災害活動の一環として各団体が徹底した法的措置を取ることを希望します。
本人は「悪意を多方面に拡散しようとしたものではございません」などとして謝罪はしていて、この上さらに法的に追い込むのは気の毒に見えるかもしれませんが、この人物はもともとレイシズム、すなわち理不尽な悪意によって何ら落ち度のない人々の尊厳と生命の安全を踏みにじってきていて、今回も海外の震災を利用してまでレイシズムの発信を試みたわけです。本気で善意が被災地に届いてほしいと考える人間であれば、そもそも災害を利用してレイシズムの発信などしません。今回の件がなければ、今後とも延々と人々を踏みにじり続けていたでしょう。
同情をしたいなら、このような本来同情の余地も何もない卑劣な差別加害者にではなく、本来の被害者である被差別者に対してすべきです。

日本において、差別は極めて手軽でリスクのない遊びであり、また商売です。立場の強い側が弱い側をどれほど全力でぶん殴っても、弱い側は反撃することさえおぼつきませんし、本来差別はマジョリティ側の問題であるはずなのに、ほとんどの強者の側は直接加担せずとも無視を決め込みます。さらには日本政府までもが完全に差別側であるという現実があります。
そして、レイシストにとっては遊び半分の行動であっても、それは被差別者の身の安全や生存権を著しく脅かし、最後にはヘイトクライムやジェノサイドとして結実することになります。日本はもはや相模原事件を経験していて、「そのようなことは発生し得るか」ではなく「次はいつ起こるか」の段階にあります。
ただ、事の重大性をレイシストに言って聞かせても仕方がありません。彼らははっきり言って、被差別者など別に死んでも構わない、あるいは死ねばいい、自分が人殺しとして裁かれるのは嫌だが、誰かがやってくれればいいとしか考えていないのです。無論、そのような日本社会の状況を変えていくことも大事でしょうが、相模原事件に対する社会の反応を見る限りは相当に遠い道で、現に目の前で被差別者が殴られている状態を止めることはできません。
有効な方法は一つ、差別という人命すらも脅かしかねない重大な行為に対し、それに見合うリスクをきっちり負わせることです。

かつてレイシストが街角で好き放題「死ね、殺せ」を連呼していた時、止める人々がいない間はその勢いは増す一方でした。好き放題差別をして遊んでも、全くリスクを負う必要がなかったためです。ところが、差別に怒った人々(しかもその多くは立場の弱い人々ではなく、マジョリティ側)が怒鳴り返してくるようになると、その規模は縮小していきました。差別という重大行為に対しては極めて不十分ながらも、一定のリスクを負わさせる状況となったためです。
「自分は死ね殺せとジェノサイドを扇動し、被差別者の生存権を脅かしていながら、ただ差別やめろと怒鳴り返されるだけでも差別をやめて引っ込んでしまう」、これは日本の差別の構図を非常に象徴的に表しています。
差別を食い止め、レイシズム垂れ流しにより重大な結末に至ることを阻止するには、制度や社会が差別に対してそれに見合うだけの高いリスクやペナルティを科すことが必要で、しかもそれは災害対策の一環としても非常に重要なのです。
募金を集めるだけが社会貢献ではなく、差別と戦うこともまた大事な社会貢献かつ対災害活動です。

2018-02-03 の記事 - 2018-02-03
Windows 10 17074に関して色々書いていましたが、9割がた書いたところでメモ帳が落ちました。どうにも不安定なのですが、そもそもPreviewを入れる以前から一部のUWPアプリケーション(例えばCortanaやGroove Music、Edge)に関してはやたら安定性がなかったため、Preview以前の問題としてそういうものと考えた方がよさそうです。

・Edge
全く使い勝手が向上する気配が見えません。もうMicrosoftはブラウザを捨てているのかと推測したくもなりますが、その割にやたらEdgeを推してくるので意味が分かりません。
Chromeに対抗したければ、Chromeの貧弱な機能と壊滅的なUIを攻めるのが一番です。Chromeのデッドコピーなどを作成して、一体誰がChromeからわざわざそちらに乗り換えようと考えるでしょうか。Chromeの登場以来、かなり劣化してしまったFirefoxにしてもそうですが、Chromeの牙城を少しでも突き崩したいならChromeとは似ても似つかないものを作るしかないのです。

・Cortana
未だに"Cortana Language"から好きな言語を選択することができません。このマルチリンガルが当たり前の世の中にあって、サインアウトすることなしには別の言語が使えないのですから、遅れているにもほどがあります。
先日はGoogleのトップも「テレサ・テン生誕65周年」になっていましたが、それで「月亮代表我的心」辺りが聞きたくなっても、Cortanaからは(言語・地域設定を変更してサインインし直さない限り)再生することさえできません。
音声認識精度の低さも相変わらず。マイクが安物なのもありますが、Googleの音声検索機能ではそれなりに認識してくれるため、Cortanaの精度にも問題があることは確かなようです。


どうしてこういう言葉だけはしっかり認識できるのでしょうね。

・IIS
私は普段、テスト及び個人的なWebプログラムを動かすためにApacheを使用していますが、PCの再起動後に突如として404エラーが出るようになりました。しかもなぜかIISからエラーが出ています。この環境でIISを使用した覚えはなく、全く不可解です。しかもApacheに関しては、ポート80を取られたため起動すらできなくなってしまった様子。
調べてみたところ、原因は"World Wide Web Publishing Service"が起動する設定となっていたためと判明し、これを無効化することで元通りとなりました。
勝手にこういうことをされては困るのですが。

・その他
特定の古いアプリケーションにて、キー入力後にしばしば一切操作を受け付けなくなる(フリーズではなく応答はしている。ただ操作を受け付けない)現象が発生しています。今のところ回復方法が分からず、強制終了するしかありません。これで何度かデータを吹き飛ばしました。
現状、この問題は日本語IMEを使用している場合に起こっており(ちなみにソフトウェアは日本語版)、英語キーボードに設定している場合には問題を経験していません。

2018-01-27 の記事 - 2018-01-27
Windows 10 Fall Creators Updateには全く魅力を感じないものの、いずれアップデートしなければそれはそれでまずいと考えていましたが、こんなものにアップグレードするくらいならと、いっそWindows Insiderで次バージョンのSlow Previewを得ることにしました。
ところが、ここで困った事態に。設定の"Update & Security"から"Windows Insider Program"を開いて"Get Started"を押すと、アカウントをInsider Programに登録するように促される、というところまでは良いとして、問題はその登録後。何をしようが同じメッセージで登録を促され、"Register"ボタンを押すとInsider Programのサイトに飛ばされ、そこでは登録しろと言われるばかりで、何をどうやってもインストールの工程まで進めない状況となりました。
このような場合、一番ありそうなのが登録したつもりで登録できていないことですが、実際には登録完了のメールまで来ているため、それはあり得ません。
当初、サイトの構成が異常なほど悪いのかとも考えていましたが、探してみると通常なら登録後に"Windows Insider Program"で次の工程に進めるものらしいと判明。どうもおかしなトラブルに遭遇しているらしいと分かりました。
それで解決方法ですが、こちらの記事が参考になりました。Insider Programを利用するためにはトラブルを検索して解決方法を探し、レジストリを編集しなければならないとは、初心者がうっかり登録するのを避ける備えは万端といったところですか。

ちなみに私が取った解決方法は、レジストリ エディタで"HKEY_LOCAL_MACHINE\SOFTWARE\Microsoft\WindowsSelfHost\Applicability"を開き、"EnablePreviewBuilds"の名前で32ビットDWORD値を作成、値を00000002に設定するだけ。これで"Windows Insider Program"がまともに開けるようになりました。
ここからは正常動作時と同じように設定すればよく、どのリリースを入手するか(FastかSlowか)などを設定しておきます。しばらくするとWindows UpdateでPreview Releaseを入手可能となり、通常のUpdate同様にインストールを行うことができました。

にしても、Windows as a Serviceはいいとして、全く魅力ないWindowsを押し付けられるのは困りもの。私自身はWindows 10 UIの携帯電話端末風のチープなデザインにうんざりしていて、同時にUWPの携帯電話端末に引きずられたような不自由な仕様にも相当嫌気がさしていて、Windows Phoneの失敗を機にこの辺の負債にばっさり切り込んでくれないものかと考えています。
Chromeの登場以来のブラウザ劣化競争にしてもそうですが、「ある会社・組織が、端末の性能の限界などやむを得ざる理由から、従来よりチープまたは低性能だがそれを感じさせにくいデザインの製品を作る→それがウケたため、それを良いものと勘違いした他社が、本来制約がない環境下なのにデザインを真似る→業界全体が一斉に劣化する」のパターンは本当に困ります。
JavaScriptのように「こんなものはダメだとみんな分かっているが、分かっていてもやめられない」(もともと堅牢でもなんでもなく用途に向いていないものがデファクトスタンダード化→みんな対応せざるを得ない→資源が積み上がり、過去資源のくびきから抜け出せない→安全性や堅牢さ、性能などの点で問題が続々噴出→対処に屋上屋、近代化のメッキを塗りたくるも汚くなるばかり、さらに後方互換性の維持などで余計に意味不明化→どう考えても新しく適切なのを作った方が何倍も効率的なのに泥沼化)現象はx86を持ち出せば通じるとして、こういうのはどう表すのが適切でしょうか。

2018-01-20 の記事 - 2018-01-20
多言語対応のコードに使用する目的で、ドットを打っていくつかの国・地域のデフォルメ旗を作ってみる。用途上、正確さより分かりやすさ重視です。


(並びはアルファベット順)

なお、英/米・中・日以外は全く使う予定はありません。
言語は国と一対一の関係ではないわけで、本来は国・地域の旗で表すのは全く正しくないのでしょうが、当該言語を使えない人、英語による言語表記を知らない人、言語コードを知らない人など、誰が見た場合でも一目で理解できる方法で言語を表す手段が他にないのが困りものです。

2018-01-13 の記事 - 2018-01-13
慰安婦問題の件。私はどちらかといえば、日本側よりも韓国側の立場を理解します。
というのも、この近辺の自民党国会議員(現職、しかも親戚と懇意)が泣く子も黙るほどの歴史修正主義者であり、日韓合意の際にも光の速さで問題を「蒸し返し」たためです。
さすがに日韓合意で「蒸し返さない」と確約したそばから蒸し返すようなこの自民党の大ベテランを、よもや政府・与党が放置する選択肢はないはずで、いくらなんでもきっちり反論なり処分なりしないわけがないだろうと、皮肉半分、本気半分で見ていましたが、言うまでもなく全く何の対処もなされることはなく、この人物は未だにに南京や慰安婦などで歴史修正主義を吐き散らしています。先の選挙時の広報にすら、南京・慰安婦に関して歴史修正主義を行うらしいことが堂々と明記されていたほどです。
そして私は、この即刻の「蒸し返し」を見た瞬間、もともと土台の危うかった日韓合意が確実に失敗するであろうことを完全に確信し、こんなものを見せつけられた以上、実際に失敗した時にはどうあがいても日本政府の肩を持つことはできないと認識するよりありませんでした。
そして実際、予想した通りの結果になりました。

・与党関係者を含む日本の歴史修正主義者がやりたい放題に問題を蒸し返し、政府や与党がそれを平然と放置する場面を見せられた以上、見たもののうち都合の悪い部分だけを忘却して韓国を一方的に非難できるほど、私は器用ではありません。
・これを見なかったことにできない以上、日本側が蒸し返すのはいいが、韓国側が蒸し返すのは許さない、という論を臆面もなく主張できるほど、私の面の皮は厚くありません。
・仮に「政府が公式に蒸し返しさえしなければ、政府・与党関係者を含む者がいくら蒸し返してもよい」という理屈なら、政府・与党の構成員やその意を受けた者が蒸し返し放題ですから、合意の意味はなくなります。また、日本側はすでに民間団体の慰安婦像に文句をつけるなど、政府によらない行為についても相手側のものだけは問題にしている事実があります。
・韓国側に問題がないという立場は取りません。合意のプロセスなどを中心に、韓国側にも問題があったのは事実ですから、双方とも批判されるべき点があります。しかし、日本の世論は今までの日本側の蒸し返しをろくに批判してきていませんから、ここでまず韓国を批判するのは公正ではありません。批判するのなら、まず日本でなされた歴史修正をきっちり批判し、しかる後に韓国側の批判も行うのが妥当です。
・まずは政府・与党関係者による歴史修正・蒸し返し・セカンドレイプ行為を厳正に処分するなど強い姿勢で臨み、政府・与党外の蒸し返しにも政府としてしっかり反論し否定することが、とりあえず一方の合意当事者である日本政府として最低限の責任です。相手に合意を守れと言いたければ、まず自分がこれをするしかありません。

本件はいい加減、二国間の外交問題というよりは、日本の歴史修正主義・差別主義という内政問題、また人権問題に対する意識の低さの投影であると認識すべき時でしょう。
仮に本件で韓国を「黙らせる」ことができたとして、今度はアジア各国や世界を相手にはじから負け確定の歴史修正戦争を仕掛けていく気でしょうか。どこぞの歴史修正ヘイト連中が言うところの「歴史戦」なる主張を見る限り、ありそうな話ではありますが。
そしてそれは結局、「The Facts」やなでしこアクションのメール爆撃、サンフランシスコの姉妹都市問題など、山ほどの実例を見ての通り、自国の名誉を徹底的に毀損し、品位を極限まで貶めることにしかなりません。また、これによって国内の人権意識がますます後退すれば、誰にとっても暮らしにくい社会になっていくだけです。事実、もはや現在の日本の人種・障碍などへの差別、セカンドレイプ行為などは、完全に常軌を逸した水準にあります。
本件を「韓国との対立」ではなく「国内の歴史修正主義・差別主義・人権の毀損との対立」と再定義できるかどうか。結局はこれにかかっています。そして私は、今の日本にそれができると期待するほど、現状の日本を信用してはいません。

2018年のごあいさつ - 2018-01-01
                              namespace   y2018{
                              class P{    static
                              int year      = 2018
                              ; public      static
                              char cc(        int c,
                              int m=0)        {int a
                              =c+year*
                              m;return
    (char)a;} static void p(char c){System.Console.Write(c);
    }static void wtipt(){ System.Console.Read();}static void
    Main(string[]a){char[]w=new char[4];w[3]=cc(-5-(year>>6)
    ,12);w[2]=cc(w[3]-0xa6,1);w[1]=cc(w[2]+10000);w[0]=cc(w[
    1]-((3<<7)                +7));int
    []b;b=new                 int [5];
    b[0]=year                 *2+11;b[          2]=b[0]-
    128;b[4]=                 b[0];b[1          ]=(3<<8)
    +77;b[3]=                  0x600+b[         1]; char
    s=cc(45<<                  2,6);int         n=0;for(
    int f=0;f<2;f++){for(int     l=0;l<b.       Length*2
    ;l++){int y=l/2; for(int     i=14;i>=       0;i-=1){
    int z=i;z-=(f==0?i/4:0);      bool v=(  i%4!=3||
    f!=0)&&(b[y]&(1<<z))!=0;      for(long  d=0;d<2;
    d++){p(v                        ?w[n%4]:s);n
    +=v?1:0;                        }}p('\n');}b
    =new int                          [7];b[1]
    =2+(2<<4                          );b[2]=b
  [0]=year                        *8+b[1]+12;b
  [6]=year                        /2*9+6;b[5]=
  b[6]/2+b                     [1]*2-3; b[3]=b[1
  ]+b[5];b                     [4]=b[3] +b[1]-6;
  for(long                 lf=0;lf<2;     lf++){p(    '\n');
  }}string                 m=""+year;     int gi=(    1<<8)-
  (1<< 3);             gi+=year/2           ;char gc  =cc(gi
  ,13);w[0             ]=gc;w[2]=           s;for(int i=3;i>
0;i-=2){         int h=(i+1                 )%4;char pr=w[i]
;w[i]=w[         h];w[h]=pr                 ;}for(long i=0;w
.Length>     i;i++){m+=                       w[i];} System.
Console.     WriteLine(                       m);wtipt();}}}
あけましておめでとうございます。
2018年 元旦

2017-12-30 の記事 - 2017-12-30
先日CRI(China Radio International)を聞いていたら、BGMに大航海時代2のエンディング曲らしきものが流れてビックリ。
そんなこんなの2017年の年末、皆様いかがお過ごしでしょうか。私はこんな風です。



(1)Anno 1404。AnnoシリーズでもAnno 2070と並んで評価が高い(なお、現在最新作の2205はこれらほど良い評価を得られていない)。欧州文化と中東文化の出会いをテーマとしており、トランプの蛮行が地域を混乱させている今だからこそ染み入るものがある一作。

(2)Tropico 4。Tropicoシリーズの中では人気の一作。冷戦期の情勢を皮肉たっぷりに描いている。そのため文章が結構難しいのだが、施設などの説明文を読むだけでもいちいち面白い。

(3)Caravaneer 2。2014年にリリースされているが、Dolland Truffleなるキャラクターが出てくる(しかも奴隷商人)ほど風刺のきいた作品。

(4)Kohctpyktop。パズルとして至高の一品。これをやらずに死ぬのはもったいないほどの傑作なのだが、取っ付きが悪すぎて適正な評価をされていない不遇の作品。

いずれも少々古いですが、そのうち簡単な紹介か説明でも書いてみたいものです。Tropicoは別として、日本語圏であまり知られていないのはもったいない。

さて、この雑記プログラムはShift_JISしか扱えないため使い続けるにはもともと不適ですし、サイト自体もいい加減書き換えねばと延々考えているところですが、そうこうしているうちに2018年に。
一番の問題はサーバー負荷への懸念。こんなサイトでも以前にサーバー業者から負荷の注意メールを頂戴したことがあり、なかなか身動きが取れないのです。実装したい機構はいずれも技術的には全く問題なく、今すぐにでも書き始められるものの、負荷を考えると迷うものばかり(ちなみに言語ブログには私が当面必要とする機能を詰め込んだため、実際はあれを使えば済みますが、例によって負荷が怖い)。
いっそローカルで書いて、FTPでちまちま転送した方がマシでは、とも考えてみたり。2018年にもなって。

2017-12-24 の記事 - 2017-12-24
ここ最近であちらこちらのメディアからインタビューされ、悪い意味で時の人なTwitter代表・笹本氏。

ツイッタージャパン・笹本代表取締役一問一答 利用者急増で改良後手に/ヘイトスピーチ「線引き困難」

かつてトップページにヘイトツイートをバンバン掲載し拡散していた時代に始まり、今に至るまで散々差別への加担行為を続けているTwitter社ですが、代表がこれではそうなるのも当然といいましょうか。笹本氏は日本のレイシズムにおいて最も有害な人物の一人と言っても過言ではないでしょう。

ヘイトスピーチか否かの線引きが難しいケースというのは確かにあります。仮に同じ文章であっても、文脈や発言者の立場などによって意味が正反対となる場合すらあるのが言葉というものですから、ヘイトスピーチかそうでないかを確実に切り分けることは極めて困難です。
したがって、笹本氏の主張は確かに正しいのです。ただし、もしTwitterが「これは明らかに黒」といったケースについては全部きっちり対応していて、もはや線引きが困難なものしか残っていない場合に限っては
実際のTwitterは、どこをどう見てもヘイトスピーチでしかあり得ないような書き込みをも野放しにしており、それゆえに強い批判を受けています。はっきり言って、現状のTwitterが差別に対処する上で、線引きの問題といった高度な物事を考える必要など全くありません。差別で入れ食いの状態なのですから、明らかにヘイトスピーチでしかないものを片っ端から処理すればよいのです。
明確な差別扇動表現は、差別扇動効果があるか否かさえ判断困難な表現と比較し、読んで字のごとくより高い扇動効果を持っています。最終的には境界線上のヘイトの問題にも取り組む必要があるにせよ、とりあえずは明確なヘイトを取り締まるだけでも、差別扇動の勢いを弱める効果は十分に期待できます。
逆に、どこからどう見ても明確なヘイトを放置するならば、それはヘイトの集客装置かつ培養装置として機能します。その結果、いざ災害などの混乱が発生した時に、あからさまな差別デマやジェノサイドの扇動が大量になされることになり、人命に多大な危険をもたらします。
現状のTwitterが線引きとは無関係の状況である以上、線引きがどうこうというのは差別に対処したくないがための言い逃れにすぎません。熊本の震災をはじめとして、様々な局面で危機的な事態が実際に発生している状況にありながら、笹本氏はこれをあえて放置しているのです。

笹本氏はまた、利用者増によって手が回らないということを主張しています。
そんなものは自社の責任で面倒を見られる範囲を大きく超えた異常なサービス展開をするのが悪いのであって、それで自社がダメージを受けるならまだしも、全く無関係の他人に被害を押し付けているのですから、まさに同社の無責任な体質を裏付けるような言い分ではあります。
ただ、実際には無責任にサービスを展開したのではなく、最初から差別に対処する気がないというのが正解でしょう。
TwitterなどのSNSにおいて、有名人は抜群の拡散力を持っています。有名人の差別は一般人のそれに比べて圧倒的な扇動効果を持ち、さらには「有名人がここまで言っているのだから、自分もここまでは言っていい」とみなされれば歯止めが外れてしまうことから、いわば差別の先導役として機能し、差別のトーンを激化させる効果もあります。
リソースが足りない中で大きな効果を上げたければ、こうした有名人を厳しく処分するのが最も効率的です。悪質な有名レイシストは今までに散々差別を繰り返しているわけですから、規約に基づき処分をする上で障害となるものは何もなく、人手もほとんど不要で今すぐにでも行うことができます。おまけに運営の差別への対抗姿勢を強く発信できる効果まであります。差別をなくそうと本当に考えているのなら、やらない理由がありません。
しかし、Twitterはむしろそれを頑なに避けています。すなわち、利用者増で対応しきれないというのは仮に事実であっても無責任極まりないことですが、実際にはそれすらも単なる言い逃れでしかないと考えるよりありません。

果てはこういうことを言い出します。

>「僕らは何かを統制していく存在ではなく、線引きは非常に難しい。ただ、ツイッターがなくなっても、(ヘイトスピーチなどの)問題はなくならない。どうやってこれをなくしていくか、ツイッターがみんなで語り合える場になれば本当はいいと思っている」

何を寝ぼけたことを言っているのでしょうか。ルワンダ千の丘自由ラジオが「このラジオがなくなっても、ヘイトスピーチはなくならない」と言って差別を垂れ流し続けているも同然。
確かにTwitterがなくなってもヘイトスピーチはなくなりませんが、Twitterが培養し増幅し拡散した差別によって苦しめられたり、生命を脅かされる人が出ることはなくなります
現状、Twitterは災害時ジェノサイド扇動などにおいて先頭を走っている存在に他ならず、ルワンダのラジオにも近い役割を果たしつつあります。その脅威は決して小さなものではありません。また座間遺体事件を見ても分かるように、Twitterが殺人の媒体となり得ることもすでに証明されています。Twitterがなくなった場合、たとえそれで問題がなくならなくても、問題に対する大きな前進となるのは間違いありません。
しまいには、たかだか差別はダメと示すことすらできず、被差別者が退会を余儀なくされているような場で、差別をどうやってなくすか語り合えばいいとふざけたことを言う。何かの冗談でしょうか。

ちなみに現在、Twitterは2018年に向けてユーザーからの要望を受け付けているようです。しかし、差別を何とかしろと何年も前から指摘されていますが、何とかしたことは一度もありません

2017-12-16 の記事 - 2017-12-16
「完パケ」見ず放送...「ニュース女子」にBPOが指摘した6つの問題

ニュース女子制作会社、「中傷に屈しない」の見解変えず

あの悪質なデマ・フェイクニュース番組に対し、BPOの検証委員会から「重大な放送倫理違反があった」という意見書が出されました。あれで違反がない、または軽微だなどという結論が出せるわけがなく、当然の結果でしょう。

マスメディアはいい加減、大事な「報道の自由」を毀損させず、放送または活字メディアとしての信頼性を保つためには、自らが厳格に襟を正し、報道においてデマやヘイトを垂れ流す者は厳しく非難し否定することが必要であると自覚すべきです。
報道とは自由・寛容であるべきものですが、寛容主義というのはすなわち、不寛容に対して徹底的に不寛容であることを意味します。不寛容に対して寛容な姿勢を取るならば、その不寛容によって寛容が壊滅させられるためです。不寛容に対しては不寛容を、報道の自由の悪用に対しては自由でないとする姿勢を取らなければ、結局は不寛容や悪用に自分の首をもぎ取られることになるでしょう。

既存メディアはしばしば、インターネットなどと比較した場合の自らの報道の信頼性を強調します。現代の日本のインターネット上にはデマまとめサイト、デマ動画などが山ほど転がっており、およそありとあらゆるコンテンツがヘイトに汚染されているのを見る限り、これはある程度は正しいといえるでしょう。
ただし、産経新聞のようにまとめサイトも同然の記事を発信する、あるいは今回のMXテレビのようにインターネット上のヘイト動画と同等のデマ映像を垂れ流すということを続けていけば、それはもはや好き放題にレイシズムを垂れ流すまとめサイトと何ら変わらないものと成り下がります。
そうなれば最後、もはやインターネットのヘイトまとめに対する既存報道の優位性などはどこにも存在しなくなります。今回の「ニュース女子」なるフェイクニュースは、まさにその一歩となり得るほど悪質でデマにまみれた番組であったといえるでしょう。
そして、この期に及んでなおデマやヘイトをメディア全体で断固として否定できないのであれば、そのまま一歩を踏み出してしまうことになるのです。

報道の自由を大事にしたいのであれば、報道関係者にはその自由を保つような努力が求められます。
報道に対する権力の介入は適切でない事態を招くため、報道には自らが高い倫理を課し、BPOという自主的な審査機構がある。それ自体は良いことです。しかし、報道が倫理を捨て去ってしまい、しかもBPOも適切な判断ができなかったり、BPOの判断を放送局が重視しなかったりといった状況となれば、権力がその対処をする必要に迫られる、あるいは対処をするという口実を得られるようになりますから、報道の自由は損なわれていきます。
報道には巨大な力が与えられているのですから、その圧倒的なまでの力を使って被差別者や困窮者、犯罪被害者などを踏みにじりに行くようなことがあってはなりません。力が与えられているのは権力監視や弱者の権利の保護のためであると自覚した上での報道もできず、それを弱い者いじめにしか使わないのであれば、そのような力はいずれ剥奪される結果にしかなりませんし、また剥奪された方が人々のためです。
なお私は、BPOに関しても全く信用していません。「ニュース女子」は何をどう考えようとも異常なものですから、違反以外の意見は出しようがないとして、「保毛尾田保毛尾」問題を「バラエティーの表現の自由の範囲内」で片づけてしまうことからも、放送という強大な力によって差別や偏見を拡散し、報道の力をあらぬ方向に行使してしまった事態への危機感は全く見えません。

今後、放送メディアで今回の「ニュース女子」のようなデマ・フェイクニュース番組が報道されることがあってはなりませんし、あらゆるメディア関係者は本件を明確に、かつ目立つ形で非難すべきでしょう。
また、報道が差別や困窮者攻撃に加担するなどもってのほか、差別が社会的力関係の差を利用したものである以上は自称中立や両論併記も差別への加担という前提に立ち、人種・性別・LGBT・沖縄などあらゆる属性に対する差別を明確に否定する必要があります。
報道によるデマの垂れ流し、差別の垂れ流しや事実上の容認は、対象者の人権を著しく既存するのみならず、報道の自由や信頼に対する挑戦であるとみなすべきものであって、各メディアはそれらと戦わねばなりません。それすらまともにできないのであれば、報道の自由など自壊するだけです。

2017-12-09 の記事 - 2017-12-09
今年の流行語大賞。

インスタ映え
そういう言葉があることは知っていますが、言葉として流行したのでしょうか
ちなみに私、SNSで下手に反応を得るとうんざりするタチで、したがってどのようなSNSを使っても全く長続きしません。やってみて少しすれば単純に面白くなくなり、本でも読んでいた方がよっぽど有意義なので二度とログインしなくなることの繰り返し。したがって、これは私には永久に縁のなさそうな言葉です。
なお、差別の培養装置として機能していて、トップも差別を事実上容認しているTwitterだけは、事情からやむを得ず登録したものの、アカウント放置では済まさずきっちり登録抹消しています。

忖度
親分「あいつを生かしておくとろくなことにならねえ。そろそろ始末をつけなきゃならんな」
手下「では始末しておきましょうか」
親分「ああ?わしは何にも言うとらんぞ。お前らが勝手にやる分には止めようもないがなあ」
と、こういうことを表す美しい日本語・忖度。責任の所在があいまいになり、本来責任を問われるべき者(事実上の指示者で、多くの場合は受益者)の責任が問われなくなるわけですから、何なら「責任ロンダリング」とでも言い換えるのがよいかもしれません。

35億
知りませんでした。で、流行語とのことですが、これはどのような状況でどうやって使う言葉なのですか?

Jアラート
近年型のレイシズムを煽り立てるため、異様に不自然な状況で使われた茶番劇開演ブザー。結果、在日朝鮮人への敵意が煽られるなど、災害(近年の日本では、何らかの災害が発生するたびにレイシズムやジェノサイドの扇動が行われている)と類似の効果を得るに至っています。
また、一部の自治体ではミサイル避難訓練と称した頭抱えごっこがなされており、これもまた近年型レイシズムに油を注ぐものとして機能しています。
現代日本の状況においては、ミサイルよりもレイシズムで死傷者が出る可能性の方がずっと高いと言わざるを得ません。

睡眠負債
この指摘に多くの国民が目を覚まされた」とのことですが、国民の目が覚まされても仕方がないのです。十分な睡眠を取りたくない人はほとんどいないわけで、それでも睡眠が取れない理由は本人の責任ではない部分が大きいと考えるべきでしょう。

ひふみん
ずいぶん昔の人なのでは、と考えていましたが、何やら最近また流行ったのだとか。

フェイクニュース
これまた近年のレイシズムとは切っても切れない関係にあるワードです。
日本ではまとめサイトなどがヘイトデマを平然と垂れ流しており、これらは全く報道らしい体裁すら取っていないにもかかわらず、複数の政治家や首相までもが悪質なヘイトまとめサイトの保守速報をシェアするという蛮行に出ているほど。なお、李信恵さんがこのヘイトデマサイトを相手取って裁判を起こし、賠償を命じる判決が出たのは久々に明るいニュースでした。
ちなみに、報道サイトの体裁を取ったものとしてはnetgeekなどがありますが、Twitter日本法人代表の笹本氏がここの記事をリツイートしていたことは最低限のメディアリテラシーを持つ人々を唖然とさせました。ここまでメディアリテラシーが低い人物が代表なのであれば、あの惨状も納得できるといいましょうか。
政治家といいSNS企業の代表といい、一体どうなっているのやら。

プレミアムフライデー
流行語大賞のサイト上でも「キャンペーンの効果はほとんど得られず、しかし連呼されたこの言葉だけはめざましい勢いで広まっている」とバッサリ。

魔の2回生
確かにおかしい連中が多いのは事実です。しかし、トップの異常さに比べればこの程度はかわいいもの。この2回生の「駄々」が支持率急落をもたらしたとのことですが、下っ端が駄々をこねれば支持率が下がり、トップがそれとは比べ物にならないほどおぞましい行動を取っても大したダメージにならないのであれば、その状況は異常としか言いようがないのです。

〇〇ファースト
これもまた近年のレイシズムを象徴する言葉です。
政治活動の名を借りた差別扇動の道具として立ち上げられた、在特会系の政治団体がまさに「日本第一党」。
在特関連団体の講演に立ったり、関東大震災朝鮮人虐殺への追悼文送付を拒否した稀代のレイシスト・小池氏が「都民ファースト」を立ち上げ、若狭氏が「日本ファーストの会」なるあまりにもそのまますぎる政治団体を立ち上げたのも周知の通りです。
結局、小池氏による二大ヘイ党の動きは失速し、若狭氏も見事に転倒することとなりました。これ自体は喜ばしいことですが、野党をかく乱する目的は十分に果たされており、最大最悪のレイシスト政党は野放しの状態となっています。

9.98
記録樹立、おめでとうございます。が、しかし。これ、流行語なのですか?誰がどのような状況でどうやって使うべき言葉なのでしょうか。「今年の出来事」としてこの言葉を出すのならまだ分かりますが、「流行語」というなら流行した言葉でなければならないはず。ですがこの言葉、どう考えても使いどころが全く分かりません。

29連勝
記録樹立、おめでとうございます。以下同文。

以下、候補語についていくつか。

アウフヘーベン
こういう適当な言葉で煙に巻くようなことを繰り返した挙句に、行き着いたのがあの惨状。マスコミ関係者でも誰でも、「バカじゃないの?」と一言差し上げてやればよかったのでは。

AIスピーカー
分かるようでよく分からないもの。なお私は所持していません。
正直、音声認識機能自体がかゆいところに手が届かない代物。Cortanaの場合、ボイスコマンドを持ったアプリケーションを自分用に作りさえすれば、使い方によっては結構便利なのですが、AIスピーカーでそういう力技はPCよりもさらに難しそうですし。

ちーがーうーだーろー!
どこで使われたのか分からない「流行語」とは対照的に、これは使いどころ自体は十分ある言葉。ただ事情が事情だけに、なのかは知りませんが、受賞語には入らなかったようです。

ワンオペ育児
「睡眠負債」とセットでどうぞ。個人の問題に矮小化されがちな社会問題。

ユーチューバー
言葉としては今さら感がぬぐえませんが、日本語YouTube(に限らないかもしれませんが)がゴミだらけになった理由の1つがこれなのでは。
うかつに言語を日本語に設定しようものなら、薄汚いヘイト動画や存在意義が分からない動画がずらり。言語を英語に設定して外国の動画ばかり見ていたら、とりあえずゴミをおすすめされることは少なくなりましたが、日本語の動画を見る必要がある時には別ブラウザを使用し、汚染されないように気をつけています。
結果、中国語や英語などの動画を見るChrome、日本語動画を見てゴミを押し付けられるリスクを引き受けるFirefox、音楽などの再生用のEdgeと、3つのブラウザを使い分ける羽目に。なんとかしてください。

2017-12-02 の記事 - 2017-12-02
Twitterの徹底した差別加担姿勢により、結局こういうことになりました。

〈時代の正体〉さらばツイッター ある在日コリアンの決別宣言

神奈川新聞らしい良記事です。クローズアップ現代での笹本氏の発言を知った者の怒りを非常によく代弁しています。語り口には怒りがにじみ、昨年の笹本氏インタビュー時のような期待感はありません。

この在日コリアンの方は以前のTwitter社前抗議に参加し、同社に「助けてください」と呼びかけていたのですから、その時点では当然、Twitterには改善の余地があると考えていたことになります。ところが今回、この方はTwitterに別れを告げたわけです。その失望と無念さは察するに余りあるものでしょう。
私はあの抗議が行われた時点で、この方の最後の期待は絶対に裏切られることになるであろうとほぼ確信していて、その時点でもいたたまれない気分でしたが、それでもこのような結末となってしまったのは残念の極みです。

Twitterにはもはや「嫌なら見なければいい」は全く通用しません。それどころか、「嫌でも立ち向かわなければならない」状況にすら入っています。
笹本氏はすでに、Twitter社も社会の一部であって、社会の構成員として差別に取り組む、という責任・立場を完全放棄する姿勢を明確にしました。もともとTwitter社や笹本氏が一切差別に対処する気がないのは知られたことでしたが、もう口先だけですら「差別は決して許さない」と言う必要性を感じていないわけです。
当然、このままなら今後とも次々にレイシズムを培養し、いわれなき憎悪を増幅させ、それを現実社会に対して拡散する装置としての役目を積極的に果たしていくことになるでしょう。なにしろ笹本氏は事実上、Twitterがサービスを差別の踏み台にされている「被害者」なのではなく、自らが差別を止める役割を主体的に担うことを拒否し、拡散を続けるという「加害者」の立場であることを堂々と宣言済みなのです。
そして、差別が嫌いな人がそれを「見ない」ことは何の解決にもなりません。その先に待つのは言うまでもなく、重大なヘイトクライムであるためです。悪意の殺人鬼がナイフを振り上げているのを見て、恐怖のあまり目を閉じたとしても、殺人鬼は決して消滅しません。何らかの行動によって阻止しない限り、殺人を止めることはできません。
無論、差別はもともとマジョリティの問題ですから、被差別当事者には立ち向かう責務はありません。マジョリティがこれに立ち向かわなければなりません。

もし笹本氏の発言が人々に誤って受け取られてしまっているなら、あるいはNHKによって最も力点を置いた部分をカットされてしまったなら、笹本氏やTwitter日本運営はいくらでも本来の意図を説明することができます。また、口だけではなく態度で示すこともできます。しかし彼らは、今になっても釈明らしきものを行う気配さえ見せていません。
自社が差別に加担し推進しているかのように社会に受け取られることは、差別を容認しないまともな企業や社長にとって、信念・評判の両面から到底受け入れがたいものであるはずです。ましてや、Twitterといえば以前から差別が問題となっているサービスでもあり、大きなイメージダウンは避けられません。したがって、もしこれが誤解であるなら釈明がなされないことは極めて考えにくいと言わざるを得ません。
「差別への積極的な加担」、これが現状のTwitterの事実上公式な立場であるわけです。

野放しにしてはならないのは、もはや「差別ツイート」ではありません。マジョリティの責任として、Twitter社を野放しにしておいてはいけないのです。

2017-11-25 の記事 - 2017-11-25
もはやレイシストの掃きだめと化しているTwitterですが、今度はクローズアップ現代で代表・笹本氏が語った見解が批判を浴びています。

>ヘイト自体は残念ながら、僕らの社会の一つの側面だと思う。それ自体がないものだとしてしまっても、実際にはあるわけですから、それ自体を認識しなくて社会が変わらなくなるよりは、それはそれで、ひとつあるということを認識して、社会全体が変えていくことになればと思います。

もう3周分は遅れているといいますか、未だにこの程度の見解でしかない人間などこの国には決して珍しいわけではありませんが、よりにもよってTwitter日本の代表がこのレベルのことを堂々と語るのですから驚愕を通り越して笑うしかありません。
笹本氏が無知ゆえにこれを言っているとすれば、その無知は人を殺します。このような人間はSNSの代表の座など預かるべきではありません。一方、何もかも分かった上での確信犯ならばますますタチが悪いと言わざるを得ません。
しかも単に建前かリップサービスとしてでも「差別は一切許さない。厳格に対処する」と言い切る必要すらないと考えているらしいのがまた、問題の深刻さをいっそう浮き彫りにしています。
なお、一企業として差別への対処に限界があるというなら、面倒を見られる範囲でのみサービスを提供すべきです。自社の能力を無視したサービス拡大を行い、被差別者や社会に多大な迷惑をかけるなど、同情の余地もない悪徳企業でしかありません。

確かに、ヘイト自体は社会の一つの側面です。日本社会の構成員である限り、誰もが日本社会のヘイトの責任を負っており、自分を社会のヘイトとは無関係の存在と位置付けることはできません。
また、ヘイトはマジョリティからマイノリティに対してその立場の差を利用して行われるものですから、差別はマジョリティの問題であって、差別に立ち向かう時にその中心となるのはマジョリティ側の人間でなくてはなりません。
まさにそれが、「善人の沈黙」が加担に他ならない理由です。
したがって、日本社会を構成するあらゆる人、ことマジョリティに位置する人にはヘイトと戦う責任があります。まして、メディアやSNSのように拡散力のある媒体であったり、そうした言論空間を提供しようとするならば、その影響力は単なる一般人の比ではありません。当然、社会に存在する媒体としてそれだけ大きな責任を負わなくてはならないのは言うまでありません。
ところが、笹本氏は社会の一部として率先して差別問題に徹底的に取り組むと明言するどころか、この本来ならばまともな理念を「自分たちが差別を放置する理由」にすり替え、その責任をすべて社会に転嫁してしまっているのです。もはや天地がひっくり返ったような理屈でしかなく、唖然とするしかありません。
これはまさに、ヘイトによって自分だけは利益をかすめ取り、それによって生じるコストはすべて社会と被差別者に押し付けるやり方と言えるでしょう。Twitter日本法人代表のご立派な見解は、保守速報などのヘイト商売と何一つとして変わるところはありません。

差別は人を殺します。これは関東大震災朝鮮人虐殺事件やナチス、ルワンダの虐殺など多くの事実が物語っていますし、現代日本でも相模原事件が昨年発生したばかりです。そして、熊本での震災時にもTwitter上には虐殺扇動を含むデマが大量に流され、デマに踊らされて自警行為をしようとした者まで現れました。無論、Twitterはこれらの「社会の一つの側面」をほとんど放置し続け、利用者有志がデマ拡散阻止や注意喚起を必死で行って何とか食い止めていました。
差別とは人を殺すものであり、また実際に災害時にTwitterで虐殺扇動まで行われた以上、ヘイトはもう「殺人」や「虐殺」に極めて近い位置にあるものと認識しなくてはなりません。当然、笹本氏はTwitter上で虐殺扇動があったこと、さらには先日の座間遺体事件で実際にTwitterが殺人の媒体として機能したことなどは知っているわけですから、それを踏まえた上で例の発言をしていることになります。
すなわち、「被差別者が殺されないよりは、殺された方がそれが認識される。社会が変えていけばいい」、これが笹本氏の言葉が意味するところです。こんな訳の分からない理屈のため、一方的にその生命を危険にさらされる被差別者の立場はどこにあるのでしょうか
それも、現実社会に被害が至るとなれば、もはや被差別者またはその協力者と認識された者の誰が被害にあうか分かりません。Twitterとは全くかかわりのない生活を送ってきた人が、Twitter発のヘイトによって生命の危険にさらされ、訳も分からず殺されるかもしれないのです。これほどふざけた話があるでしょうか。笹本氏にそんなことを決める権利があるのでしょうか。

なお、笹本氏の発言は「臭いものには蓋でいいのか」という反差別への実に古典的な反論の類型なのですが、実はこれは有効な手立てです。差別というのは拡散し伝播し再生産されるもので、また大っぴらに差別がなされることで「ここまではやっていいのか」という認識が生まれて社会のタガも外れていきますから、蓋をすることでかなり差別が抑えられるのです。
例えば現代的な多くの都市には、廃棄物や汚物などを運搬し処理する機構が備えられています。無論、それをしたからといって廃棄物や汚物が出なくなるわけではなく、これも「臭いものには蓋」でしかありませんが、この機構がなければ都市は不衛生になり、悪臭が漂い、有害物質が漏れ出し、疫病が大流行することになります。
廃棄物が平然と投棄される状態になれば、「そうか、投棄してもおとがめなしか」ということでさらにゴミが集まり、より不衛生で有害な状態となります。また、不衛生な環境によって疫病が蔓延すれば感染者が増え、そこからますます感染が広がっていきます。
現代的な都市は、「蓋」によってそれらの問題を解消しているわけです。無論、ゴミを減らしたりリサイクルをしたりする工夫は必要となりますが、それらは蓋をなくす理由にはなりませんし、まずは蓋をしなくては安全に暮らすことさえ難しいのです。
差別もこれと同様で、「蓋」によってその危険性や伝播力を大幅に軽減することができます。笹本氏のやっていることは、被差別者の家に危険な感染性の汚物や毒劇物を含む廃棄物などを投げ込み、「社会に汚物や廃棄物はあるんだから、ないことにしてはいけない」と強弁しているようなものです。

今後ともTwitterは、日本における主要なヘイト拡散装置としてレイシズムを社会に拡散し続ける気なのでしょう。もし大災害が起きれば、熊本の時と全く同じように虐殺扇動の媒体として機能することでしょう。多大な怒りと失望を禁じ得ません。

2017-11-18 の記事 - 2017-11-18
「保守速報」の記事掲載、差別と認定 地裁が賠償命じる

悪質な差別デマサイト・保守速報。あの安倍氏がシェアしたということからも、その悪質さ・レイシズムの扇動ぶりがどれほどのものかは分かろうというもの。
この判決は当然すぎるほど当然です。ただ、金額はゼロが1つか2つ足りないようですが。

ヘイトまとめサイトやフェイクニュースサイト、ヘイト動画、書籍、講演、芸能、あるいは政治家による支持拡大のための差別行為など、日本では多くのヘイト商売が幅を利かせています。
これらはかなりの利益が得られるようで、うかつにGoogleやYoutubeの日本語版など使おうものなら山ほどのヘイトサイトや動画に直面することは珍しくありません。書店でもヘイト本を目立つよう掲げる店は珍しくなく、果てはヘイト本一色のコーナーまで見かける場合もあるほどです。講談社がヘイト書籍を出版、それに対して書店関係者や社内からも批判の声が出ている、という記事もありました。
ただし、こうしたヘイトビジネスは錬金術ではありません。レイシズムが商売となって金に化けるとしたら、その分の負担を必ず誰かが被っているのです。

社会において差別が煽られたならば、それは社会の無用な分断と対立を招きます。これは言うまでもなく、社会全体にとっての大きな損失であり、その補填と修復には長い年月と莫大なコストがかかります。
また、差別はマイノリティを著しく恐怖させ、萎縮を招き、さらにはヘイトクライムの危険によってその生活をも脅かします。日本国内でも散々繰り返されてきた「○○人をぶっ殺せ」や、延々と続いてきた人種・障碍・性別などへの差別、そしていわばそれが形となった相模原事件を見ても明らかです。
そして最悪の場合、戦争や内乱、大量虐殺にまで至ることになり、差別被害者は言うに及ばず、そうでない人々に対してまでも取り返しがつかないほどの被害を与えます。差別がそれほどまでに恐ろしいものであることは過去にいくらでも示されており、したがって絶対に差別を認めてはならないのです。
すなわち、差別によって生じる混乱の中で自分に都合の良い部分のみをかすめ取り、それによって生まれるありとあらゆる膨大な負担を社会と差別被害者に全部押し付けることにより、無責任に自分だけは利益を得ようとする行為こそが、ヘイト商売であるといえるでしょう。
本来、個人の行為であっても到底許されるものではなく、まして企業や政治家がそれを率先して行うなど社会的責任上あってはならない話なのです。

差別において最も理不尽に被害を受け、直接的に生活を脅かされるのは差別被害者の方々です。そして、原告の李さんは極めて理不尽で差別的な攻撃のターゲットとなっていました。すなわち、被告の薄汚くあさましいレイシズム商売のために、膨大なまでの負担をもろにかぶらされていたと言うことができるでしょう。
加えて、裁判で争うならその負担も相当なものとなります。今回、被告側は控訴するといいますからなおのこと。これで200万円は全くケタが少なすぎるのです。

希望の党の小池代表辞任 身勝手さが拭えぬ結末だ

おっしゃる通り。皆様そうおっしゃいます。で、そのメディアの皆様が3極詐欺に加担したことについて、何か弁解の言葉はないのでしょうか
特に毎日新聞の場合、「3極の議席は」などと称して「自公」「希維」「共立社」に議席を分けて合計を表示していたほどなのですが、これぞまさに3極詐欺への100%の加担としか言いようがないもので、他人のことよりまず自分がやったことについて反省すべきではないでしょうか。

小池氏はもともと日本会議系レイシストであり、それも在特系団体の講演会にまで出るほどの筋金入りの差別主義者です。なぜか特段話題にもなっていない外国人参政権を、他のもっと優先度の高い問題を差し置いてあえて踏み絵に持ち出すなどした上、有名なレイシスト・歴史修正主義者の中山氏を事実上の当選保証とするような小池ヘイト党が、第3極としての「穏健な保守政党」であることなど決してあり得ません。
当然、メディアには小池氏が相当なレイシストであること、そしてこの政党がレイシズムを主軸とする差別極右政党であると報じる責任があったはずで、それを放棄したがゆえに一時的にでも3極詐欺が成り立ちかねない状況となっていたわけです。
私は「排除」発言で小池ヘイト党が失速したという論調には一切同意しません。ツーショット3万円だの、振り込め詐欺まがいの手法だの、もう政治団体を作りたいのか、それともコメディチームを作りたいのかと問いたくもなるような政党でしかなく、たまたまタイミング的に目立ったのが「排除」であるとみなすべきです。ただ、「排除」の姿勢が少なくとも失速の一因になったとするならば、それまでは氏が差別主義者、すなわち属性など本人の努力ではどうにもならないことに基づいて他人を社会から排除しようとする者であることが知れ渡っていなかったということですから、メディアの責任は重いと言わざるを得ません。
レイシストがメディアによってその正体を隠された上で勝利して重要なポストを得る、ということがマイノリティにとってどれほどの脅威になるか、まさか分からないわけではないでしょう。

そして、これは最初から3極詐欺にすぎないわけですから、泥舟であると露呈すれば小池氏がとっとと船を捨てて逃げだすことなど多くの人が予想していたでしょう。逃げ出した今になって文句を垂れるのであれば、最初から3極など大嘘であると報じておけばよかったのです。
今後またまた3極詐欺師が現れた時にも、今回や維新の時などと同じことを繰り返す気でしょうか。

2017-11-11 の記事 - 2017-11-11
差別を徹底放置し、おかげで災害のたびに差別デマが飛び交うなど毎度お騒がせのTwitter社。このまま問題の放置を続ければ、いずれ人命にかかわるような結果を招くと散々言われていたにもかかわらず、ほとんど野放しの状態が続いていました。
それで起こされたのが、先日のTwitter社前抗議です。これに先立ってTwitter社及び代表の笹本氏は、No Hateを願って対策を進めていくと表明しましたが、案の定差別はその後も徹底的に野放しにされ、そればかりか差別に対抗していた側の人々が連続して凍結される事態となり、ますます批判が高まっていました。
そして今回、とうとう座間9遺体事件が発覚します。直接差別と関係する事件ではないにせよ、かねてから予想されていた最悪の事態が現実のものとなってしまいました。無論、SNSがかなり普及した現代において、SNSを利用した犯罪を完全に防ぐことは極めて困難ですので、運営が精一杯管理責任を果たそうとしていたなら同情の余地はありますが、実際にはあからさまなヘイトスピーチについてすら管理責任を徹底放棄し続けていたのがTwitter社なわけです。
これを受けてか、Twitter社は大慌てで自殺などに関する規約を改訂します。泥縄とはこのことですし、そもそも以前までの規約でも対処ができなかったわけではないはずですから、なんともお粗末な話ではあります。規約よりもまずは管理責任放棄を反省すべきでしょう。
ただ、ここでようやく悪質な人種差別扇動者・高田誠のアカウントが凍結されるに至ります。

〈時代の正体〉桜井誠氏のツイッターアカウント凍結 元在特会会長で日本第一党党首|カナロコ|神奈川新聞ニュース

これほど当然のことがニュースとなるのがある意味すごいというべきか、本来即刻凍結しか考えられないようなアカウントがここまで野放しにされていたことには驚愕せざるを得ません。9人もの命が失われて立場が悪くならない限り、この程度の対処もできないのでしょうか。
ところがその後も、百田氏や高須氏をはじめとする著名なレイシストは野放しにされており、Twitter社にヘイトスピーチと戦う意志がないらしいことがうかがえます。

ちなみにTwitter社、今度は「認証バッジ」(著名な個人や企業について、そのアカウントが本物であることを示すマーク)について「重要度を示すものと受け止められてしまっている」からと認証受付の一時停止を表明しました。
誤解されてしまってお気の毒に、と言いたいところですが、バッジを取得したような著名レイシストはどんな差別をしようと容易には処断されないとなれば、バッジがある種の意味や効果を持つものとみなされてしまうのは当然でしょう。誤解されたくなければ、認証済みアカウントに対しても一般ユーザーと同程度の基準で、あるいは拡散力がある分だけ責任が重いとしてより厳格な基準で対応し、バッジが何の重要度も表さないということを態度で示せばよいのです。

こうして管理を散々放棄した結果、どうなるかというと、こうなります。

SNSの不適切書き込み、規制強化指示 閣僚会議で菅氏

よりにもよってレイシスト政党である自民党がしゃしゃり出てくるとなれば、これは危険な兆候となり得ます。絶対に反対と言いたいところです。
しかし、規制に反対しようにもTwitter社はあまりにも無責任すぎます。Twitter社に対して何の規制もかけずにいれば、まず確実に差別のプラットフォームとして機能し続け、再び取り返しのつかない結果を呼び込むことになるでしょう。
つくづく、Twitter社の責任は様々な意味であまりにも重いと言わざるを得ず、あらゆる点において極めて有害な企業であるとみなさないわけにはいきません。

2017-11-04 の記事 - 2017-11-04
民進新代表・大塚氏「政権交代を」 立民、希望と3党中心

立憲民主、希望の三党を中心に政権交代を目指す決意を語った」そうですが、共産党との連携には慎重とのこと。

希望の党 落選者座談会「民進のままなら当選できた」

こちらは小池ヘイト党に移って見事に落選した連中の負け惜しみです。

私が(元)民進党の議員や落選者にぞっとしているのは、彼らからは全くレイシズムに対する怒りや忌避、それに加担したことに対する罪悪感などが見て取れないことです。
小池氏は在特会関連団体の講演に出たり、関東大震災朝鮮人虐殺事件への追悼文送付をやめるような稀代のレイシストですし、踏み絵の内容からも分かるように小池ヘイト党もまたレイシスト政党です。このような政党に移ること、あるいは合併を承認するなどということは、悪魔に魂を売り、かつ被差別者の平穏を捧げものにするのと同じです。
危機を煽り立て、マイノリティへの憎悪を煮えたぎらせて支持を拡大するというやり方は、現在の自民党が散々やっていることです。それに対抗し、また対抗する人々のよりどころとなるのが、現状での野党の存在意義に他なりません。したがって、党勢を拡大したり、政権交代を目指すためにマイノリティを踏みにじるようなやり方は本末転倒で、そのような勢力を支持することはできません。
ところが、レイシズムの問題に対して多少の知識があれば分かり切っているようなことですら、(元)民進党所属者にとっては理解ができなかったようです。結果、小池ヘイト党は負けるべくして負けていながら、移籍者は負け惜しみ。あのようなヘイト政党を「日本に右でも左でもなく寛容な中道の政党を作るという希望の党の理念は間違ってなかったはずです」と評するのは、何かの冗談でしょうか。もっと先に反省すべきことがあるはずです。
また、民進党残留組もこの点については同様で、要約すると「共産党とは組めないが、差別政党とは組める」といったアベコベなことを言い出すわけです。どこまでふざけているのか、反共や党利に目がくらんで人間として優先すべきものすら見えなくなったのかと唖然とせざるを得ません。
仕掛け人の前原氏についても同様。私は「All for All」の理念は素晴らしいものであると考えますが、ところが小池ヘイト党はレイシスト政党です。それぞれ属性の異なる人々が「みんな」尊重しあう社会こそがダイバーシティであり、逆に特定の属性の人を「みんな」から排除するのがレイシズムです。この合流は「All for All」の理念に真っ向から反するものに他ならず、すなわち前原氏は「みんな」にはマイノリティを含まないと考えていることになります。
共産党と共闘していても勝てていなかったとか、ウジャウジャ言い訳を並べ立てているようですが、レイシストに魂とマイノリティの平穏な生活を売り渡そうとした行為について他に言うことはないのでしょうか。

なお私は、立憲民主党に関しても現状ではあまり信用していません。
確かに、レイシスト政党である小池ヘイト党、そことは組めるのに共産党とは組みたくないという民進党よりはずっとまともでしょう。しかし、理由はどうあれ小池ヘイト党との合流を許し、レイシストと手を組むことを許した責任は帳消しにはなりません。あれが被差別者や反差別者をどれだけ震え上がらせ絶望させたか、まさか分かっていないわけではないでしょう。
また、演説にレイシストの小林よしのりを呼んでくるなど、疑問を覚えざるを得ない行動もみられます(なお、私は先の選挙で比例をどうしようか迷っていましたが、この一件にあきれ返って今回は立憲民主党に入れないことを確定しました)。これでは現状で信用などできようはずもありません。

小泉氏「このままなら自民党必要ない」 政策決定巡り

ある政党の内部からこういう論が上がったら、マスコミから「内輪モメ」扱いをされて不信感を煽り立てられたり、あるいは政界に限らず、事件・事故・不祥事・芸能などにおいて、当事者・関係者が自分のことを棚に上げた物言いをしたところ火だるまにされたりした例というのは結構見てきた気がしますが、マスコミの皆様におかれましては、氏に対してだけは一切そのような扱いをなされあそばせないのでございましょうか。
それではさすがにあんまりでございますので、他のお方がおやらかしになられた時と同様になされあそばしていただきたく存じる次第にございます。

ところで、

>日本にイノベーションなんか生まれないですよ

このセリフ、最近別のところで見かけました。それがこちら。

「だから日本は少子化だ」三菱UFJモルガンから休職命令を受けた幹部が激白

>これで日本はイノベーションが生まれるわけがありません

言葉こそほぼ同じですが、あまりにも重さが違います。
自分も関係者のくせにしれっと他人事を気取って安全圏からキャンキャンわめく、最初からレールが引かれている世襲政治家と、断崖絶壁に直面した当事者たちの地の底からの叫び(保育所に落ちた、学費が無理だ、差別されて苦しい、などなど)、後者こそが人々の耳に届き、後者こそが政治の中心となり、後者のためにこそ動く社会であってほしいと、私は強く望みます。

2017-10-28 の記事 - 2017-10-28
東京オリンピックまであと1000日を切ったとか。私は、2040年の日本(そもそも存在しているのか分かりませんが)がまともなものであるためには、まず2020年のオリンピックを返上して総力を福祉や災害復興に向けることが必要と考えており、よって今後とも東京オリンピックの返上を強く主張します。
どこぞのミサイルでもあるまいに、足元に飢えている人がいるのに大金をかけてお祭り騒ぎなどして何が楽しいのでしょうか。

「髪染め強要で不登校」高3、大阪府を提訴

すさまじい話です。
「髪を染めるべからず」と求めるのならまだ理解はできます。髪や頭皮にダメージを与え、アレルギーを起こす場合もありますので、必要もないのに染めることは健康に悪影響を与えかねません。それが校則で定めるべきものかは置くとしても、そう求めることに全く合理性がないわけではありません。
ところが、この件の場合は染めていない者に対して染めることを強要するという滅茶苦茶すぎる経緯となっています。髪染めの制限は「髪を染めることは健康によくない」という合理的配慮の下に行われている限りにおいては分かるとして、髪染め強要には合理的理由が全く存在しません。
なぜそのような規則が必要なのかという「規則の精神」を完全に無視して、規則のために規則を振り回し、その果てに規則違反を強要するという、まさに学校内治外法権のお手本のような例です。

また、髪の色は生まれつきの属性であり、本人の努力ではどうにもならないものです。黒人の生徒に「肌を黄色くして来い。さもなくば来るな」と「指導」するようなもので、これは完全に属性に対する重大な差別と言わざるを得ません。
さらには

>教諭から「母子家庭だから茶髪にしているのか」と中傷されたり、指導の際に過呼吸で倒れ、救急車で運ばれたりしたこともあった。

と、生育環境までもを差別
このダイバーシティの重要性が高まる世の中にあって、このような「みんなと違うことは、自分に責任のない属性に基づくものであっても許さない」なる指導が常態化した学校で生徒たちが何を「習得」し、それを後にどのように「活用」するのかと考えると、気が重くなります。
今回の被害生徒当人に対してはもとより、このような教育の場で多様性の否定を「習得」したあらゆる生徒もまた虐待被害者であると言わざるを得ません。

>学校側は生徒の代理人弁護士に「たとえ金髪の外国人留学生でも規則で黒染めさせることになる」と説明している。

そういう思想の異常性が問題になっているのに、わざわざ穴を掘って自分で落ちて何がしたいのでしょう。

また、この学校に「地毛登録」制度は導入されていなかったようですが、これを採用している学校もあるとのことで、

>複数の大阪府立高校では、頭髪が生まれつき茶色い生徒に誤った指導をしないように、「地毛登録」と称する制度を導入している。登録自体を問題視する声もあるが、府教委は「導入は各校に任せており、実態は把握していない」としている。

だそうですが、生徒の人権を守るためと称しつつ、これ自体が問題です。
「特定の少数派属性ならば登録しろ」というのがどれほど異様な話か、少し考えれば分かりそうなものですが、それすら分からないのでしょうか。
東京都の一部でなされているという地毛証明書に関しても同様。証明の提出が任意ならよいという問題ではなく、属性を理由として不利益な取り扱いをされる可能性があること自体がおかしいのです。
そもそも、「髪を染めてはならない」というのが人権侵害をしてまで守らねばならないほど絶対的なルールなのであれば、原理上は髪を黒く染めるという校則違反をしている生徒がいるかもしれないのですから、公平を期すならそれも人権侵害してまで徹底調査しなければならないはずですが、そういう話は聞いたことがありません。
「黒い髪が正しい、それ以外は間違い・異常だ」、どう言いつくろおうが根底にあるのはこれでしかあり得ません。これを肌の色、あるいは人種民族などに置き換えてみれば、極めて恐ろしい思想であることがよく分かります。そのような思想に立脚したいかなる制度も「指導」も存在してはなりません。

「みんな肌の色も髪の色も違っていい。人種でも民族でも性的立場でも色々な属性の人がいるが、それによって差別されてはいけない」、学校がしっかり教えるべきはこれであって、属性の違う者を差別し同化を強要することでも、少数属性者の登録制度を設けて登録させることでもありません。

2017-10-23 の記事 - 2017-10-23
選挙ですが、そもそも立憲勢力には候補自体が足りないため、与党勝利は始める前から決まっていたようなものです。したがって、私は次の3点に注目していました。

1.小池ヘイト党の議席を削り、可能ならば立憲民主党が野党第一党となること
補完勢力が野党第一党でなければ改憲がやりづらくなりますし、所属議員が小池ヘイト党に見切りをつけて飛び出したり、分裂し壊滅する可能性が高くなります。参院民進も小池ヘイト党への合流を拒否しやすくなり、リベラル派を中心に立憲民主への合流、協力なども行われるようになってくるでしょう。
逆に、小池ヘイト党が十分な成果を出してしまった場合、党の求心力が増してしまうことは避けられません。

2.共産党の議席をある程度維持すること
共闘関係を成功させるには、一者が一方的に不利益を被らないことが求められます。誰かに負担だけを強いるような協力関係は必ず無理が出ます。

3.差別主義者・歴史修正主義者の落選
といっても、自民党はあちらもこちらも論外のレイシストばかりですからきりがありませんが。当選保証も同然の中山なりあき氏や杉田水脈氏はともかく、ひとまず最低でも長谷川豊氏をはじめとする「落選の可能性は十分だが、差別を武器に人気取りをもくろむ」タイプのレイシストが当選なり善戦なりしては困ります。
レイシスト政治家の存在は、政治による差別と差別扇動効果の両面において、被差別者の身の危険に直結します。

まず1ですが、準備期間もほとんどなく、刺客など小池ヘイト党の嫌がらせもあり、メディアも「3極」なるデタラメで人々を散々混乱させていたことを考えれば、期待以上と言ってもよい結果でしょう。ともかく、立憲民主党は危機的状況の中でも躍進を見せ、立憲主義破壊かつレイシスト勢力である小池ヘイト党を大きく揺るがし、野党第一党の座を奪ったのは大きいといえます。
2は十分ではありません。もともと議席を減らすことは予想されていましたが、もう少し幅を抑えたかったところ。
共産が一方的に身を削る図式であることがはっきりした以上、立憲民主党はきっちりそれに報い、しっかりした互助協力関係を迅速に構築していく必要があります。連合やら出戻り組やらに影響されて非共産をやるなどもってのほか。私は現状、立憲民主党をそれほど信用しておらず、これが信用に値するかどうかのひとまずの試金石になりそうです。
3は長谷川氏などは見事なまでの落選でしたが、自民党からは大量のレイシストが当選していますので、レイシズムは今後とも深刻な問題であり続けることでしょう。

その上で、今回勝利した政党を選ぶとすれば、私は小池ヘイト党と答えます。
確かに党はボロボロです。化けの皮もはがれました。鳴り物入りで登場し、しかも野党第一党の民進党を乗っ取っていながら野党第一党になることもできず、この程度の成果しか出せないのなら、党勢という観点からは大敗北とみなしても間違いはないでしょう。
しかし、この党は補完勢力としての役割は十分に果たし、与党を大勝させることに大いに貢献しました。この党が勝てば補完勢力の議席が増え、負けても自民党候補をアシストできるわけですから、いわば最初からほぼ負けのない勝負をしていたわけです。
実際に小池氏が何を考えていたのかは分かりません。補完勢力としてふるまうことが前提にあったのか、権力欲の方が先に立っていたのか。その両方、つまり「補完勢力として選挙をかく乱し、情勢が悪ければぬくぬくと知事の椅子に座り続け、よければ出馬して欲望も満たす」が正解かもしれません。ただ、いずれにせよ党が補完勢力としての役割を立派に果たしたことについては疑いようがありません。
なお、小池ヘイト党の凋落について「排除」発言が理由であるとする論も見かけますが、おそらくこれは正確ではありません。こうなることは最初から見えており、その不可避の流れの中で時期的にも内容的にも特に象徴的な図となったのが「排除」である、と考えるべきでしょう。

今回のMVPを選ぶとすれば、私は前原氏と答えます。
小池氏は補完勢力の代表としては大きな活躍を見せました。枝野氏は時間がない中で立憲民主党を作り上げ、これだけの成果を出したのは奇跡的ともいえます。志位氏ら共産党メンバーの熱意も高い評価に値するものです。
しかし、とにもかくにも選挙の流れを大きく変化させ、与党を極限までサポートして大勝を呼び込んだ人物といえば、前原氏をおいて他にはいません。

衆院選前の地方選挙の結果を見ても分かるように、野党共闘は徐々に成果を上げつつありました。安倍政権はかなり追い詰められており、共闘路線を継続深化させて勢力をきっちり伸ばしにいけば、政権打倒は十分に射程内に入っていました。今回は本当ならそういう堅実な選挙でした。
また、補完勢力として登場した小池ヘイト党はないないづくしで裏付けとなる力はなく、だからこそ民進党を飲み込む必要があったほどで、しかも肝心の看板もまた容易にメッキがはがれる程度のものでしかなかったのは、今回の騒動を見ての通りです。
ところが、少なくとも与党の決定的勝利にはブレーキをかける術が明確に見えていたこの状況にあって、前原氏は民進党を壊滅させ、野党共闘も事実上破滅に追いやります。その後なんとか立憲民主党が結党され、また他の立憲野党も共闘の望みを捨てなかったため、すんでのところで二大ヘイ党の危機だけは回避できましたが、結果として立憲政党だけではそもそも全く頭数が足りず、戦う前から与党及び立憲主義破壊・差別勢力の勝利が決まっている選挙戦となりました。
しかも、小池ヘイト党では共闘が破綻していますから、共闘による票が乗れば当選の見込みが十分あったであろう、一応は「身内」であるはずの元民進候補の息の根を止め、自民に議席を献上するおまけつき。
これほどまでに強力な政権への援護は、自民党の面々にも小池氏にも到底不可能です。安倍政権の延命と与党勝利に最も貢献し、戦局を「与党にとって逆風の戦い」から「戦う前からの与党の完全勝利」というほどにまで変えてしまった前原氏の功績は、他のいかなる人物による比肩も許さず、MVPと呼ぶにふさわしいものでしょう。

今回、前原氏に代表される魑魅魍魎が集う民進党勢力が壊滅し、一応の立憲主義勢力である立憲民主党が成立したこと、事実上の政権アシスト者や志なき者がわざわざ好き好んで踏み絵を踏み、泥舟に乗り込んでいったこと自体はマシな動きとはいえますが、緊急事態条項が通れば日本は終わりなのですから時期が時期です。
改憲をする場合には国民投票があるにせよ、緊急事態条項についてはその異常性に比して大した話題とはなっておらず、9条に注目を集めておいて直前で9条改正を引っ込められれば、立憲勢力にとってはもはやそれで「弾切れ」です。発議さえされれば比較的簡単に通ってしまうのではないかと危惧しています。
また、ヘイト勢力である与党が大勝したのに加え、やはりヘイト勢力である小池ヘイト党や維新も無視できない議席は取り、レイシストもかなり当選していることから、今後の日本社会におけるレイシズムの拡大も懸念され、それは被差別者の生活の安全に直結します。また、マイノリティが排除されていけばいつかは自分の番が来ますし、「協力者」とみなされればマジョリティも攻撃対象となりますので、誰もが無関係ではいられません。
つくづく、小池ヘイト党と前原氏が挙げた成果は想像もできないほど大きく、その手腕は見事であると認めざるを得ません。

2017-10-14 の記事 - 2017-10-14
二大ヘイ党の危機の中で誕生した立憲民主党ですが、私は大いに期待しています。その一方、全く期待していません。
政党をレストランに例えるなら、立憲民主党の食事は食べることができ、かつ食べても倒れないものであってほしいと私は考えます。そういう意味で、この党には大いに期待しています。一方、味の方はこの際まずくても仕方がなく、少しでもおいしいメニューがあれば儲けものと考えています。そういう意味で、この党には全く期待していません。
レストランにおける食用可能な食事とは、すなわち政治では「立憲主義の尊重」「レイシズムの推進をしない」ことを意味します。これらは本来なら最低限度の条件であって、それすら守れない政党は猛毒入りの食事を提供するレストランと同様にみなされるべきものです。
ところが現状、その当然のことすら守れない政党が議席の多くを占めようとしています。したがって、味はともかく食べることはできるメニューを提供する政党を応援する必要があるのです。

ただ、私は立憲民主党を含む立憲野党、または今後結集するかもしれない立憲主義勢力には頑張ってほしいと考えていますが、そうした勢力が二大政党となることは特に望みません。それどころか、協力関係と選挙制度の両面で二大政党に限らない形を追求してほしいと考えています。
二大政党制とはすなわち、ポピュリズムの政治です。性質上も制度上も、風を起こし人気を得た方が1割2割の支持を獲得すれば大勝することができます。
ポピュリズム政治が絶対に悪だとまでは言いませんが、こと日本においてこれが極めて悪い方向に作用したのは間違いありません。なぜなら、日本におけるポピュリズムとは人種差別主義であったためです。まずは在特会に支持が集まったのを皮切りに、今までは一応まともとされていた政治勢力がそれに参入し、どの勢力がどれだけ派手に、残酷に、徹底的に、狡猾に、公に、差別できるかどうかを競い合うような状況となってしまったのです。
日本で適切な二大政党制が定着する可能性があったかどうかでいえば、絶対なかったとまでは言い切れません。民主党が政権を取った後、自民党が経団連政治を反省し、社会福祉や多様性を訴える方向にかじを切っていれば、そして民主党もその方面から競い合うようになっていれば、そして両者とも絶対に差別を容認しなければ、あるいはもう少し健全な政治があったかもしれません。
しかし、現実の自民党が選んだ道は「ヘイト化」でした。結果、自民党はたちまちのうちに中道保守政党から排外主義レイシスト政党へとその姿を変貌させ、しかも悪いことに民主・民進はそれに追随しようとする勢力と差別を拒む勢力が綱引きをする状況に陥ってしまい、全く明確なポジションが取れなくなります。民進党のそうした立場を象徴するのが、例の国籍問題問題に関する署名付き怪文書などをはじめとする自党代表差別です。
そうして政治が差別主義を推し進める中、投票者は選挙において決断を迫られることになります。すなわち、小選挙区において二大勢力のうちまだしも差別がマシな方を選ぶか、または確実に死票になると分かっていても差別とは無縁な者に入れるか、そのどちらかを選ばねばならないのです。
戦略的投票からすれば、前者を選ぶことこそが適切な投票行動とはなります。しかし、それは一応の差別勢力に投票することでもあり、差別ポピュリズムを止める方向には作用しません(実際、今回の件ではその党の人間の多くをヘイト政党に持っていかれる結果となりました)。かといって後者を選べば、差別の度合いが高い方を落とすための票がその分死票となってしまい、結局は差別政党がより有利になりますから、やはり差別が激化することになります。
実際には差別に反対する人々もかなり存在することは、参院選における有田氏の得票などを見ても分かります。選挙制度などの関係上、それを民意として示す方法が極めて限られてしまっているのです。

こうした流れはよく「右傾化」といった言葉で説明されますが、私はそれでは適切ではなく、「レイシスト化」の言葉を使うのが適切であると考えています(レイシスト政党を「極右」と呼ぶなら、極右化とは言い換えられるでしょうが)。
なぜなら、これが右傾化ならば「差別は日本の恥である。誇りある日本のため、断じて差別は許さない」「強い日本経済のためには、観光業その他の産業を邪魔し、日本の評判を落とす差別など不要」という意見が保守の間から生まれてきて本流の主張となるか、少なくとも差別勢力と十分張り合えるだけの力を持っていなければおかしいためです。
ところが、日本ではほとんどそのような流れにはなっていません。これはすなわち、日本における自称「保守」はほとんどレイシズム・排外主義とイコールであるか、または我が身を「保守」するためなら差別主義にでも何にでも魂を売るか、そのどちらかでしかないことを意味しています。否定する者もいるかもしれませんが、反差別の市民とリベラル議員が体を張って差別に対抗していたその時に、たかだか身内の暴走すらも止められなかった「保守派」とやらがそれを否定するなら噴飯ものです。
無論、その「レイシスト化」の源流自体はずっと昔から存在していたはずで、最近はそれが平然と表に出るようになっただけではあります。しかし、犯罪をやりたいと考える者が多くても、実際に犯罪が起きない都市は犯罪都市ではなく、犯罪がなされるようになった都市を犯罪都市と呼ぶように、レイシズムを平気で表に出せる社会状況はやはりレイシスト化していると表現するに足るものです。

これらのあだ花が、自民党とその補完勢力である小池ヘイト党による二大ヘイ党で、しかも同様に補完勢力である維新は「透析患者は殺せ」でおなじみの長谷川豊を立てるなど、国籍・民族・難民・貧困・性別・性的立場・難病などヘイトよりどりみどり、おぞましい限りの状況です。
しかも今回、自民党・小池ヘイト党(または維新)・共産党の構図となった選挙区も結構あり、前者2つはレイシスト、かといって共産候補では強い区でない限り死票となる可能性が高い、という頭の痛すぎる選挙戦です。民進ならまだ差別に徹底して対抗する人々が党内におり、鼻をつまむこともできましたが、小池ヘイト党は完全なるレイシスト政党かつ補完勢力ですからまた話は別です。
やはり自分の票をレイシストの武器にはできないので死票と知りつつ共産にするか、小池ヘイト党が元民進議員を抱えきれなくなって破綻することに賭けてあえてレイシストに武器を渡すか、あるいは小池ヘイト党より自民党の方が少しはマシと考えてレイシストに武器を渡すか、そのような実に非建設的な投票行動を取らざるを得なくなっています。
なお、私はこの構図ならば確実に共産を選びます。自民党と小池ヘイト党がレイシスト政党である以上は戦略的投票にこだわる意味はなく、そうした政治ごっこのために何の罪もないマイノリティの身の安全を勝手に売り払うわけにはいきません。死票として捨てられた民意となってしまうのでしょうが、仕方ありません。

そして、レイシズムは誰にとっても決して他人事ではありません。「透析患者は殺せ」であったり、相対的貧困を取り上げた番組に出た当事者が攻撃の標的にされたりすることからも分かるように、外国にルーツがある者の排除、障碍者の排除などが終わった後に待っているのは、病気や貧困などに苦しむ人々に対する排除です。
その過程で、LGBTの権利向上など何らかのパフォーマンスを並行しつつ排外主義化を進める可能性もありますが、これは「ピンクウォッシュ」と呼ばれる手法です。実際、こうした切り崩しや分断の手法はポピュリズムの王道と言ってもいいものです。ある属性の人々が差別されパージされる社会など、その他の属性の人々にとっても安全で平和な社会ではあり得ません。
日本においてレイシズムは常に軽視されてきましたが、沖縄いじめや貧困者叩きなどの源流は要するにこれですし、国家を戦争や摩擦に至らしめ、「非国民」の排除に走らせるのもまたこれですから、いい加減に最大のテーマの1つとして本気で立ち向かっていかなければ、そう遠くないうちに国や生活を食われることになるでしょう。
したがって、私としては二大政党を志向するよりマイノリティの声も無駄にならないような選挙制度こそが望ましいと考えていて、かつ各々が得意分野を持つ反ヘイト勢力が連合を組んで事に当たるような政治状況が、現状で可能な範囲としては最もまともであろうと考えています。

2017-10-07 の記事 - 2017-10-07
Ryzenの語を使ってクロスワードを組みたくなったので組み立て、組んだはいいものの捨てるのはもったいないので問題を作り、ECMAScriptで適当にプログラムを書いて動作するクロスワードに仕立ててみる。実にいい加減ですが、プログラムを書く人間などこんなもの。

Coffee Spring Crossword

そういう動機のため、設問は技術関連(動機が動機なので、どちらかといえばハードウェア)が多めです。古いのから新しいのまで。クロスワードはその性質上、答えが分かる問題はそのまま別の問題のヒントになるので、あえて色々バラけさせています。
特に理由はありませんが、なんとなく問題を切り替えられる仕様として実装したため、もともとの問題(通常)に加えて練習問題と大きめの問題をついでに作成し、さらにおまけとして技術系の知識がない人でも挑戦できる問題も作っておきました。
なお、名前は以前にJavaで書いたCoffee Crossword(なぜCoffeeかというと、Javaだから)と、このほど登場したCoffee Lakeを掛け合わせた洒落です。どうでもいいですが。

で、一番楽しかったのは問題をプログラムコード化するためのGroovyコードを書いた時、という無残ぶり。
やはりECMAScriptは嫌いです。あらゆる点で私が求めるものの正反対。進化速度はなかなかのものですが、いくら進化しようと焼け石に水。
私があまりこの手のを書かなくなったのは、Javaは過去のものとなり、Flashも終点が定められ、それでいて代替技術としてしっくりくるものがないため、というのがかなり大きいです。

2017-09-29 の記事 - 2017-09-29
日本人として現代に生まれ、日本に育ち、日本で選挙権を手にした、という日本のマジョリティにとって、選挙権とは実に「軽い」権利です。ただ口を開けているだけでも、成人年齢に達しさえすれば勝手に転がり込んできますし、誰が適当か考えて紙に候補者名・政党名を書いて入れればいい。ただそれだけのものです。
しかし、日本にはそんな「軽い」権利をも持つことができない、または原理上は持っていても行使することが困難な人々もいます。
例えば、様々な理由により日本で暮らしている外国籍の人、こと在日韓国・朝鮮人といった人々は、日本人として生まれたならば口を開けていても当たり前に手に入る権利を有していません。あるいは、知的・精神的障碍を持っている人の中には、「選挙制度を理解し、誰が適切か考えた上で一票を投じる」ということが困難な人も存在するでしょう。
そして、政治が差別主義や排外主義に傾いた時に、直ちに生活の平穏を脅かされ、命の危険にさらされることになるのが、まさにその彼らのようなマイノリティなのです。これはナチスなどの歴史も証明していますし、今の日本でも現在進行形でなされています。
彼らは「投票」という最も直接的な民主主義の手段によって、自らに降りかかる危険を回避することさえできません。ただ口を開けていても投票権が得られ、それを行使できる人々の投票行動によって、自らの生活が脅かされるかどうか、生命の安全が脅かされるかどうかが変わってしまうのです。
したがって、私はそうした人々に恥じないような投票行動をしなければならないと考えていますし、それはまた権利を持ち行使できる者の務めでもあると考えています。

私が野党共闘を支持し応援してきたのはなぜか。言うまでもなく、「立憲主義の尊重」は大きな理由の一つです。立憲主義が守られなければ国民の権利など容易に踏みにじられてしまいますし、さらには緊急事態条項が通れば日本は終わります。それをさせないための手段として、野党共闘は極めて重要な手段であると位置づけられるものでした。
そしてもう一つ、私が重視するものとして「多様性の尊重」があります。
人種、民族、肌の色、性別、性的指向、障碍の有無などにかかわらず、あらゆる属性の人々が尊重され、平穏な生活を送れ、差別されることのない社会。ヘイト政党の自民党では絶対に実現できないことであり、一方で野党内には自党の党首すら平気で差別してみせたレイシストもいるものの、有田氏のように差別問題に取り組んできた人もまた存在しており、私が野党共闘を支持する極めて強い動機となっていました。
差別政党に投票することは、すなわち自分の票が被差別者を攻撃するための武器の材料となり、被差別者を殺傷することを意味します。したがって、差別政党に投票することは絶対にあってはならず、多様性を尊重する政党が勢力を結集することが重要となっていたのです。

自民党はどうしようもないヘイト政党ですが、小池氏もまたそれに相当するレイシストです。「朝鮮人を殺せ」と叫びたてる在特系団体が行った講演会に出たばかりか、関東大震災朝鮮人虐殺の歴史修正まで試みるほどで、熊本の震災で虐殺扇動デマが大量に流された社会情勢を考えれば、極めて現実的な危機です。このような人物に力を与えることは、すなわち被差別者の生命に対する重大な脅威です。
野党共闘の目的は、「多様性を尊重する社会を作り、立憲主義を回復する」ことです。それを実現する手段として自民党政権を倒すことは避けて通れませんが、自民党政権を倒すのが目的なのではありません。被差別者の平穏や生命を脅かす政治が続くのであれば意味がありませんし、差別者へのブレーキとなるべきものが別の差別者のアクセルに姿を変えるなど悪夢そのものです。
多様性を尊重する多くの人々は、二大ヘイ党(しかも実態は補完勢力)など望んではいません。それは、力不足でもとりあえず野党が選択肢や歯止めとなる余地はあった「一強」状態よりもさらに最悪で、被差別者の平穏がより容易に脅かされる社会に他なりません。そして当然、これが緊急事態条項にまで至れば日本は終わります。
皮肉なことですが、「安倍政権を打倒するための合流」とやらが逆に安倍政権を打倒する意義を失わせてしまう結果となっています。

結局、共闘を訴える人々、投票者、非日本会議系野党の全員が飲んでみせた泥水を、前原氏は自分だけは最後まで飲もうとせずに逃げ続け、とうとう党すらもぶち壊したわけです。それも、被差別者の身の安全と立憲主義を日本会議系レイシストに献上するというおまけをつけ、労働者の生命を献上しようとした連合までがグルになって。
自分が泥水を飲むのが嫌だからと、人々が汗を流し泥水を飲んで生み出してきた成果を横取りし、他人の生命や平穏、人権を勝手に売り渡して逃れるような者など、政治家どころか人間としてクズ以下です。断じて許すことはできません。

この騒動、切り捨てられる可能性がある民進党リベラル派、しかも反差別に尽力していた人までもがあまりにすんなり合意し、しかもその歯切れも悪いことから、何か計画を持っている可能性はあり、もう一波乱あってもおかしくはありません。ただし、投票までにそれが分からない限り、何かがあるかもしれないという理由でレイシスト政党に票を投じることはできません。
私は小選挙区・比例区ともに二大ヘイト政党のどちらにも投票するつもりはありませんし、多様性を尊重する社会のためにその両方を打倒すべき存在と位置付けます。小選挙区でも非日本会議系野党候補、あるいは小池ヘイト党を蹴った候補を選ぶでしょう。
基本的に私は鼻をつまんで戦略的投票を行いますが、差別政党に「マシ」は存在しません。どちらに入れても自分の票が被差別者を殺傷する武器にされてしまうのなら、死票になってもまともな候補に投じた方がマシです。

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