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2017-02-12 の記事 - 2017-02-12
東京MXの番組「ニュース女子」(DHCシアターら制作)にて、沖縄に関するヘイトデマを垂れ流したとして問題になっている件。

MXテレビ番組をBPO審議へ

「ニュース女子」BPO審議へ 基地反対運動めぐる放送

私はBPOをそれほど信頼できる存在であるとは考えていませんが、それでも良識ある判断を期待せざるを得ません。
なお本件をめぐっては、「のりこえねっと」の辛氏の言動をあげつらうことで問題を正当化しようとする異様な主張も散見されますが、それで沖縄ヘイトデマの垂れ流し番組が容認されると本気で考えているのであれば、おかしいどころか狂っています
ちなみに、制作会社のDHCシアターの見解においては、なんと堂々と「基地反対派の言い分を聞く必要はないと考えます」と明言されています。

>そもそも法治国家である日本において、暴力行為や器物破損、不法侵入、不法占拠、警察官の顔写真を晒しての恫喝など数々の犯罪や不法行為を行っている集団を内包し、容認している基地反対派の言い分を聞く必要はないと考えます。

この理屈が成り立つならば、沖縄問題に限らず、人種や障害などへの差別、公害その他の国家の責任による病気や事故の賠償、政治への抗議、その他この世に存在するありとあらゆる問題について、抗議者のうちの誰かが不法行為を働いた事実があれば、あるいはそのような言いがかりをつけさえすれば、抗議側の言い分など一切聞かずに自由にデマを垂れ流して構わないということになります。
ついでにこちらも傑作。

>これら言論活動を言論の場ではなく一方的に「デマ」「ヘイト」と断定することは、メディアの言論活動を封殺する、ある種の言論弾圧であると考えます。

頭に「ある種の」と付いてはいるものの、言うに事欠いて「言論弾圧」とは。なぜこの手の人々はこういう言葉が大好きなのでしょう。言うまでもありませんが、これを「デマ」と指摘している人々は、言論活動によってデマであると非難しているのであり、DHCシアターに番組制作をやめさせたり同社作成の番組を放送させない公的な権力など有していませんので、どうあがいても「言論弾圧」などできようはずもありません。
仮にこのようなお粗末な理屈が成り立つならば、民主主義の法治国家における日本で展開されている抗議活動について、放送の伝播力を利用してデマを垂れ流すことこそ、ある種の卑劣な弾圧行為と言っていいでしょう。

ところで、問題となった番組の司会を務めていたのは長谷川幸洋氏であり、東京新聞・中日新聞論説副主幹を務める人物です。東京新聞側はこの件を「他メディアで起きたことではあっても責任と反省を深く感じています」「副主幹が出演していたことについては重く受け止め、対処します」としています。
しかし、長谷川氏本人の言い分はパターン通りのお粗末なものです。

東京新聞の「反省」、言論の自由侵害

東京新聞の論説主幹と私が話し合ったこと

DHCの「言論弾圧」に続いて出ました、伝家の宝刀「言論の自由」。もういい加減飽きてきたので、別の言い訳を考えてほしいものですが。
東京新聞がどうすれば「言論の自由」を侵害できるのか、という観点は先の繰り返しになるので見逃してあげるとして、言論の自由を守るためには、言論の自由の看板を使い捨てにしてデマやヘイトを垂れ流す連中とまず戦わなくてはならないことは言うまでもありません。

無論、会社が賛成と言っている問題に対し、単にその構成員が別の場所で反対と表明すること(あるいはその逆)自体は制限されるようなことではありません。それが他人の権利の侵害、人種や民族、障碍などに対する差別の扇動、犯罪の教唆といった行為である場合は別として、各人が何を主張しようと基本的には自由でしょう。
しかし本件の場合、まず番組は言論ではなくデマの垂れ流しが問題にされているのですから、主張の違い以前の問題です。氏によれば「論説副主幹を名乗ってテレビで発言したり意見を発表したのは、昨日今日に始まった話ではない。論説委員時代も含めれば、10年以上前からそうだ」「私はかねてから東京新聞と異なる主張をしてきた」そうですが、つまり単なる主張の違いに関しては、現に長らく問題とされてこなかったのであり、デマを垂れ流したから問題にされたとしか考えようがないのです。
そして、そのデマ垂れ流しによって何がなされたかといえば、沖縄ヘイトであり、他人の名誉を踏みにじる行為です。いくら主張は自由といっても、ヘイトを扇動していい自由、他人を踏みにじってもいい自由など存在しません(東京新聞は憲法が縛る対象ではありませんが、言論の自由なる言葉を振りかざされたからには持ち出すならば、憲法にすら「公共の福祉」は明記されています)。こんな蛮行がなされたとあっては、いくらなんでも東京新聞にとっては「本紙のこれまでの報道姿勢および社説の主張と異なる」ことでしょう。
それも、言論に無関係な会社なら「当該人物の主張は当社には関係ありません」で逃げ切れるかもしれませんが、言論機関である新聞社ともなれば、「テレビでデマを垂れ流し、ヘイト扇動行為にかかわった者は当社論説副主幹ですが、その主張は当社には関係ありません」で済まされては困りますし、そちらの方が「言論の自由」を預かる言論機関としての責任放棄です。
当然、会社の責任としても、また言論の自由を守る意味でも、厳正に対処することが必要なのです。