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2017-04-23 の記事 - 2017-04-23
現状のヘイトまみれ、デマまみれ、脅威扇動の日本を見る限り、北朝鮮がどうたらこうたらと言うまでもなく、勝手に殺し合いでも始めて自滅するのではないかと冗談ではなく考えざるを得ない今日この頃。閣僚の発言、NHK経営委員をやっていた百田氏の発言、筒井氏の発言、しまいには強盗事件にかこつけた韓国人ヘイトなど、いくらなんでも異様すぎます。

J1:ガ大阪、旗や横断幕などの使用、無期限で全面禁止

>サッカーJ1・ガンバ大阪のサポーターがナチス親衛隊の「SSマーク」に酷似した応援旗を掲げた問題を受けてガ大阪は21日、アウェーを含む全ての公式戦で、ガ大阪を応援する旗や横断幕などの使用を無期限で全面禁止すると発表した。また、使用したサポーターグループを特定し、所属する60〜70人を無期限の入場禁止処分とした。

この手の問題に対し、断固たる措置で臨むのは当然です。

ナチスの意匠というのは非常に見栄えがします。それもそのはず、実際に見栄えを十分計算して作られているためです。そういった手段を駆使してナチスが権力を掌握した結果が、ユダヤ人や同性愛者などの虐殺、T4作戦、戦争などの悲劇であるのは周知の通りです。
ここまで計算して作りこんである以上、当時ナチスの意匠に引っかかった人が出てしまったことは、ある意味無理もないものではありました。
しかし、幸いにも現代人はナチスが何をもたらしたのかをよく知っています。したがって、現代におけるナチスの意匠は見えている落とし穴に等しいもので、落ちに行こうとでもしない限り落ちることはありません。それでも落ちる者がいるならば、歴史を知った上でわざと社会を落とし穴に投げ入れようとしている者か、あるいはろくに歴史を学びもせずに自分の欲望のまま過ちを繰り返そうとしている者か、このどちらかとなります。
「ナチスは悪だが、デザインが良いなら取り入れて何が悪い」なる教育勅語理論もしばしば見かけますが、全くバカげています。「ナチスは悪だが、○○は取り入れてもよい」を認めるならば、「ロゴ」の次は「服装」、次は「敬礼」といった具合に防波堤がじりじりと削り取られ、そのたびに社会におけるナチス的なものへの抵抗感や嫌悪感は徐々に薄れていき、いずれ「○○」には「T4作戦」か何かが入ることになるでしょう。大げさなと言うなかれ、見栄えのいいデザインを間口として思想の支持にまで至る受容のプロセスは、まさにナチスがかつてやってみせたことと全く同じです。
そして事実、日本のレイシストはナチスの旗を掲げて人種差別デモを行うなど、ナチスの意匠を実際に差別の場に投入しています。「デザインとナチス思想は別」と何百回と繰り返したところで、事実としてそうなっているのですから何の意味もありません。

この国ではすでに個人によるT4作戦が決行され、しかもそれを支持する者が大勢存在すること、有名アナウンサーが特定疾患患者へのシステムとしての殺害を扇動していることを忘れてはいけません。街角で平然と特定人種へのジェノサイドが扇動され、内閣の面々や都知事がそれを扇動した者たちと懇意であり、NHK経営委員まで務めた小説家がレイシズムをまき散らし、災害となればジェノサイドの扇動が飛び交う状態であることを忘れてはいけません。
すでに重大なヘイトクライムまで経験していながら、この国における差別への意識というのは恐ろしいほど軽いのです。障碍者の方々が何十人も殺傷されてなお、殺戮に理解を示すような人間は論外として、差別の重大性について「そんな大げさな」と言えてしまう人間が山のようにいるほど軽いのです。
現状、まだ社会にはかろうじて「差別は不公正でおかしいもの」という意識が残っていて、それが何とか表立った差別をある程度抑制する機能を果たしていますが、もし今後「差別はカッコ良いもの」となってしまったらどうなるか、想像したくもありません。
デザインがどうたらというお粗末な言い訳に惑わされることなく、ナチス的なものには断固として対抗していかなければなりません。