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2017-12-02 の記事 - 2017-12-02
Twitterの徹底した差別加担姿勢により、結局こういうことになりました。

〈時代の正体〉さらばツイッター ある在日コリアンの決別宣言

神奈川新聞らしい良記事です。クローズアップ現代での笹本氏の発言を知った者の怒りを非常によく代弁しています。語り口には怒りがにじみ、昨年の笹本氏インタビュー時のような期待感はありません。

この在日コリアンの方は以前のTwitter社前抗議に参加し、同社に「助けてください」と呼びかけていたのですから、その時点では当然、Twitterには改善の余地があると考えていたことになります。ところが今回、この方はTwitterに別れを告げたわけです。その失望と無念さは察するに余りあるものでしょう。
私はあの抗議が行われた時点で、この方の最後の期待は絶対に裏切られることになるであろうとほぼ確信していて、その時点でもいたたまれない気分でしたが、それでもこのような結末となってしまったのは残念の極みです。

Twitterにはもはや「嫌なら見なければいい」は全く通用しません。それどころか、「嫌でも立ち向かわなければならない」状況にすら入っています。
笹本氏はすでに、Twitter社も社会の一部であって、社会の構成員として差別に取り組む、という責任・立場を完全放棄する姿勢を明確にしました。もともとTwitter社や笹本氏が一切差別に対処する気がないのは知られたことでしたが、もう口先だけですら「差別は決して許さない」と言う必要性を感じていないわけです。
当然、このままなら今後とも次々にレイシズムを培養し、いわれなき憎悪を増幅させ、それを現実社会に対して拡散する装置としての役目を積極的に果たしていくことになるでしょう。なにしろ笹本氏は事実上、Twitterがサービスを差別の踏み台にされている「被害者」なのではなく、自らが差別を止める役割を主体的に担うことを拒否し、拡散を続けるという「加害者」の立場であることを堂々と宣言済みなのです。
そして、差別が嫌いな人がそれを「見ない」ことは何の解決にもなりません。その先に待つのは言うまでもなく、重大なヘイトクライムであるためです。悪意の殺人鬼がナイフを振り上げているのを見て、恐怖のあまり目を閉じたとしても、殺人鬼は決して消滅しません。何らかの行動によって阻止しない限り、殺人を止めることはできません。
無論、差別はもともとマジョリティの問題ですから、被差別当事者には立ち向かう責務はありません。マジョリティがこれに立ち向かわなければなりません。

もし笹本氏の発言が人々に誤って受け取られてしまっているなら、あるいはNHKによって最も力点を置いた部分をカットされてしまったなら、笹本氏やTwitter日本運営はいくらでも本来の意図を説明することができます。また、口だけではなく態度で示すこともできます。しかし彼らは、今になっても釈明らしきものを行う気配さえ見せていません。
自社が差別に加担し推進しているかのように社会に受け取られることは、差別を容認しないまともな企業や社長にとって、信念・評判の両面から到底受け入れがたいものであるはずです。ましてや、Twitterといえば以前から差別が問題となっているサービスでもあり、大きなイメージダウンは避けられません。したがって、もしこれが誤解であるなら釈明がなされないことは極めて考えにくいと言わざるを得ません。
「差別への積極的な加担」、これが現状のTwitterの事実上公式な立場であるわけです。

野放しにしてはならないのは、もはや「差別ツイート」ではありません。マジョリティの責任として、Twitter社を野放しにしておいてはいけないのです。