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2018-02-10 の記事 - 2018-02-10
台湾の被災地支援のための寄付金。現地に「一部しか届かない」はデマ

台湾の地震を受けた寄付金デマ 本人は誤り認め、謝罪「インターネットの怖さを痛感した」

レイシズムの拡散のために外国の災害まで利用しますか。断じて許しがたい蛮行です。
このような行為を許せば、被災地のための寄付金集めに支障が出ることが予想されますし、今後日本で災害が発生した時にレイシズムが垂れ流されれば、それは直ちに人命の危険につながります。
ちなみにこのツイート投稿者、以前から差別ツイートをしていたことも確認されており、これがレイシズムによるものであることは疑う余地もありません。誤りを認めるも何も、そもそも差別が最大の誤りなのです。メモ感覚で差別を垂れ流すことからして異常なのです。インターネットが怖いのではなく、差別こそが怖いものなのです。
最終的にこのツイートは削除されましたが、それまでに実に6万以上のリツイートがなされており、言うなればデマまき要員を6万人も集めてデマ拡散にあたったようなものです。重大性は計り知れませんし、その効果はもはや取り消すこともできません。

法的措置を検討している団体もあるといいますが、今後再びレイシズムに基づく災害デマが流れることがあれば、募金が滞るどころか人命すらも脅かすという前提のもと、いわば対災害活動の一環として各団体が徹底した法的措置を取ることを希望します。
本人は「悪意を多方面に拡散しようとしたものではございません」などとして謝罪はしていて、この上さらに法的に追い込むのは気の毒に見えるかもしれませんが、この人物はもともとレイシズム、すなわち理不尽な悪意によって何ら落ち度のない人々の尊厳と生命の安全を踏みにじってきていて、今回も海外の震災を利用してまでレイシズムの発信を試みたわけです。本気で善意が被災地に届いてほしいと考える人間であれば、そもそも災害を利用してレイシズムの発信などしません。今回の件がなければ、今後とも延々と人々を踏みにじり続けていたでしょう。
同情をしたいなら、このような本来同情の余地も何もない卑劣な差別加害者にではなく、本来の被害者である被差別者に対してすべきです。

日本において、差別は極めて手軽でリスクのない遊びであり、また商売です。立場の強い側が弱い側をどれほど全力でぶん殴っても、弱い側は反撃することさえおぼつきませんし、本来差別はマジョリティ側の問題であるはずなのに、ほとんどの強者の側は直接加担せずとも無視を決め込みます。さらには日本政府までもが完全に差別側であるという現実があります。
そして、レイシストにとっては遊び半分の行動であっても、それは被差別者の身の安全や生存権を著しく脅かし、最後にはヘイトクライムやジェノサイドとして結実することになります。日本はもはや相模原事件を経験していて、「そのようなことは発生し得るか」ではなく「次はいつ起こるか」の段階にあります。
ただ、事の重大性をレイシストに言って聞かせても仕方がありません。彼らははっきり言って、被差別者など別に死んでも構わない、あるいは死ねばいい、自分が人殺しとして裁かれるのは嫌だが、誰かがやってくれればいいとしか考えていないのです。無論、そのような日本社会の状況を変えていくことも大事でしょうが、相模原事件に対する社会の反応を見る限りは相当に遠い道で、現に目の前で被差別者が殴られている状態を止めることはできません。
有効な方法は一つ、差別という人命すらも脅かしかねない重大な行為に対し、それに見合うリスクをきっちり負わせることです。

かつてレイシストが街角で好き放題「死ね、殺せ」を連呼していた時、止める人々がいない間はその勢いは増す一方でした。好き放題差別をして遊んでも、全くリスクを負う必要がなかったためです。ところが、差別に怒った人々(しかもその多くは立場の弱い人々ではなく、マジョリティ側)が怒鳴り返してくるようになると、その規模は縮小していきました。差別という重大行為に対しては極めて不十分ながらも、一定のリスクを負わさせる状況となったためです。
「自分は死ね殺せとジェノサイドを扇動し、被差別者の生存権を脅かしていながら、ただ差別やめろと怒鳴り返されるだけでも差別をやめて引っ込んでしまう」、これは日本の差別の構図を非常に象徴的に表しています。
差別を食い止め、レイシズム垂れ流しにより重大な結末に至ることを阻止するには、制度や社会が差別に対してそれに見合うだけの高いリスクやペナルティを科すことが必要で、しかもそれは災害対策の一環としても非常に重要なのです。
募金を集めるだけが社会貢献ではなく、差別と戦うこともまた大事な社会貢献かつ対災害活動です。