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2018-02-17 の記事 - 2018-02-17
Googleがトップページにアニメーションらしきものを持ってきているため、重い作業中に検索をする(プログラミング関連でリソースを使いつつ、分からないことを検索するなど)場合などはひどい目にあい、大変に迷惑している今日この頃。変換や入力言語の切り替えなどを経る場合には地獄度がさらに倍増します。もう適当に"a"でも何でも検索してトップページから逃れ、結果ページから改めて検索ワードを考えて打ち込んで検索しています。
JavaScriptをONにしている限り、こういう出会い頭の嫌がらせ、あるいはサーバー側の実装が問題なのに大抵クライアントサイドが迷惑をこうむるXSSなど、様々な攻撃行為から逃れることができません。ところがOFFにすると、今度はJavaScriptがOFFでは機能しない、または機能しないと言っても過言ではないほど不便化するサイトがあるという別パターンの嫌がらせを食います。
JavaScriptのおかげでこれは便利、というサイトは実のところほとんどなく、大半が作成側の自己満足。何の気なしにポインタ動かすといきなり展開してくるメニューだとか、人が内容を読んだりリンクをクリックしようとしていたら突如上の方で何かが読み込まれて位置がずれるページだとか、検索窓に候補を表示したいらしいものの、検索するとしばしば入力が固まる入力ボックスだとか、迷惑千万です。余程特殊な例を除き、例えばAjaxなど何の役に立つのでしょうか。ブラウザの履歴に残らない分、ただ不便なだけ。フレームワークの都合?利用者には関係ない。
特に一番下まで表示すると続きが自動的に読み込まれるあれ、どうすればあそこまでひどい仕組みを考案できるのでしょう。次以降の部分が履歴に残らないわ、下の方にあったのを後から容易に表示できないわ、読んでいくたびに重くなっていくわ、続きを読む気がない時にもいちいち読み込むわ、一旦閉じて続きを読むことはできないわ、もう最悪。
安全性、機能性、そのくせ回りくどいだけで堅牢ではない言語仕様(糖衣構文は増えていますが、所詮は糖衣構文。元の意味を理解し、かつ糖衣構文の理解も必要な二度手間でしかない)などなど、見る側としても、書く側としても、ありとあらゆる意味でJavaScriptは滅亡してほしいです。

三浦瑠麗氏、ワイドナショーでの発言に批判殺到 三浦氏は「うがった見方」と反論

あまりにもふざけた発言であり、絶対に許すことはできません。怒髪天を衝くとはこのことです。

街頭で「殺せ」デモに対抗している人々は、自分が相手の気を引き付けて代わりに暴言を浴びることによって差別を減らし、また周囲の人々や被差別当事者、子どもたちなどに差別の刃が飛ばないよう、必死にかき消しや周知活動を行っています。
また、対抗者は単に差別デモに対して抗議するだけでなく、相互理解や交流の活動に参加したり、説明会などを行ったり、身近な差別を減らそうとしたり、様々な方法で地道に差別を解消しようと行動しています。
それこそ砂漠に木の芽を植えるような地道な作業ですが、日本全国に拡散し根付いてしまった差別に対抗するには、このような地道な行動が必要なのです。
そうして、差別が数十人、数百人の人々にも届かないよう、誰かを傷つけないよう、気が遠くなるような地道な努力を積み重ね、何とかそれが少しずつ功を奏してきたという矢先、とんでもないことが起こります。
自称学者の三浦瑠麗氏が、在特会が疑心暗鬼を誘うような言葉そのままの差別、不逞鮮人・井戸毒デマの現代版を、テレビで何十万、何百万もの人々に向けて垂れ流したのです。
こういう「人間のクズ」という言葉以外では適切な表現のしようがない外道の一言により、多くの人々が積み重ねてきた地道な努力の成果は一発で吹き飛ばされ、その上に何百倍ものお釣りが来ます。もうバカバカしくなりますし、どこまでふざけているのかと怒りに震えます。

三浦氏は批判を受けた後、定番の「差別と言う人が差別」論法に逃げており、間違いなく確信犯であることをうかがわせます。当然のことながら、自分が干し草に向かって火を放っておいて、批判に対して「干し草に火を投げたからと、それで火が起こると考えるのは、お前らが放火魔だからだ」なる言い訳をしても通用するわけがありません。
そして実際、この発言によって扇動された者の存在も確認されています。今後、路上のヘイトスピーチでこの発言が活用される可能性もあります。また、被差別当事者の中にはこの発言に不安を覚えていると明確に述べている者もいます。三浦氏が放った差別の炎は、現に日本社会に山のように積まれている差別の干し草にしっかり燃え移っているのです。
そしてこの炎は、今この瞬間にどれほど多くの人がデマだから信じるなと呼びかけたとしても、あたかもそのような真実があるかのごとく地下で拡散され続け、今後災害なり外交的緊張なり、何らかのきっかけがあった時に爆発することになるでしょう。
無論、発言が全く意図しない方向に取られてしまい、干し草に火をつけてしまうことはあり得ます。したがって、原理上は三浦氏が差別を全く意図しなかった可能性もゼロではありません。ただし、それなら氏は自分の行いによる結果を反省し、また目の色を変えて率先して火消しに走っているはずで、自分の発言が意図に反して差別の扇動に使われることがないよう努力するのが当然です。
ところが、氏は「差別と言う人が差別」論法に逃げた上に自らのヘイトデマをデイリーメールをソースにして正しいと強弁する始末で、差別を食い止める努力など全く見られません。例の発言をもとに差別意識を燃え上がらせている者に「私はそんな意図で発言していない。それは間違っている。絶対にやめてくれ」と言って回るでもなければ、不安を抱えている被差別者に「許されない発言をしました。二度としません。すみませんでした」と言うでもありません。
また、いちいち説明するまでもないことですが、特定の人種・民族の方々に対する差別を扇動するデマを垂れ流す「安全保障の議論」など、一切できる必要はありません。それどころか、災害のたびに差別扇動デマが垂れ流される現状を見ての通り、差別扇動デマは災害時や有事の安全保障に対する重大な脅威であって、本気で安全保障を考えるなら即座に否定されるべきものです。
要するに、氏は日本社会の差別の干し草に火を放てば何が起こるか分かっていて、それを効率よく利用したわけです。

そして同時に、このようなルワンダのラジオの再現のようなことを平気でやってのけたテレビ局にも怒りを禁じ得ません。
それも、生放送でついうっかり、というのならまだ分かりますが、これは収録番組です。テレビ局もまた、この悪質な差別扇動表現を確信犯的に世の中に垂れ流したのです。街頭のヘイトスピーチに抗議する人々が、数十、数百の人々が差別の直撃を受けないよう苦心している頭上で、在特会の主張とほとんど変わらないような言い分を肯定的に垂れ流し、一瞬のうちに数十万、数百万の人を扇動してみせたわけです。
先日も「ニュース女子」なるデマ番組をBPOが厳しく批判したばかりであるのに、これは一体全体どういうことなのでしょうか。ヘイトデマを次から次に垂れ流すことが報道の役割とでも言う気でしょうか。それをやったルワンダで何が起きたのかも知らないのでしょうか。
この件でメディアがどのように動くのか、BPOが判断をするのか、するとして妥当な判断を下せるのかは分かりません。たとえBPOが何らかの判断をするにしても、それは差別というものの伝播力・拡散力を鑑みた上では、非常に遅々としたものになるでしょう。
ただ一つ言えるのは、三浦氏のような悪質な差別扇動者を今後も使い続け、今回の番組またはその類似番組のような差別扇動フェイク番組を今後とも放送し続けるのであれば、それは報道の自滅以外の何物でもない、ということです。

本件は「さすがにそこまではしないだろう」というタガを、軽々と虚空の彼方まで弾き飛ばしました。インターネットや街頭のヘイトデモにはジェノサイドの扇動があふれかえり、書店にも異様な本が並ぶような社会ですが、さすがにマスメディアがルワンダのラジオの役割を果たすことはないだろうという漠然とした信頼感は、本件によって完全に消し飛びました。
本件は「社会の絶対に超えてはならない線」をあらゆる面で1から100まで超えています。本件を1%でも肯定することは、線を超えることを肯定するのと同義でしかありません。