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2018-04-07 の記事 - 2018-04-07
女性差別、人種差別、そして「愛国」カルト。さすがは日本の国技といったところでしょうか。

本件は非常に恐ろしい要素が満載です。
相撲協会側は人の命が失われるかもしれない状況において、人命などより差別が大事という姿勢を示してみせました。これはベクトルこそ違えど、思想としては在特会やKKKなどと何ら変わるところがありません。差別はこれほどまでに堂々と、あれほどの衆人環境のど真ん中においてすら、平気で人を殺すのです。
しかも、女性蔑視はいわば「穢れ」の思想なわけですから、何か女性を排除するような合理的な理由があるわけではありません。「女は穢れている」「汚いから入るな」という子どものいじめのようなふざけた理屈を、信じがたいことに大の大人が平然と振りかざし、おまけにそれを人の命より優先しているのです。
さらに、彼らはこうした差別を「伝統」などの言葉によって正当化し、差別への反論を無効化しようとしています。通常の差別を社会を食い荒らす芋虫とするならば、「伝統」によって塗布された差別は、つまんで捨てられることのないよう毒のトゲを大量に付加された毛虫といったところでしょう。なおさら有害かつ卑劣であり、加えて今回のようにその「伝統」自体が攻撃力を持ち、人命を危険にさらすようになります。「伝統」なる言葉で塗布された差別は通常の差別よりもさらに強く非難され、即座に排除されなければなりません。
この他にも、相撲ではたびたび人種差別としか言いようがない問題が起こっている事実がありますし、舞の海や貴乃花が異常な思想に「感染」してしまっていることも知られています。
本件では差別アナウンスが批判されていますが、これは言うまでもなくアナウンスをした人物だけの責任などではなく、現在の相撲の在り方に構造的な問題があるからこそ発生したものです。例えば相撲が女性差別をしていなければ、このような問題が発生する余地は最初からありませんでした。相撲の構造自体をどうにかすることがなければ、似たような差別は今後いくらでも繰り返されるでしょう。

私としては、大相撲などこれを機に消滅していただいても一向に構わないと考えています。というより、この有様なら直ちに消滅するのが世のため人のためです。
相撲というスポーツ興業自体には興味はありません。やりたければ勝手にやればいい。私とは特に関係のない存在ですので、それを特に応援しようという気はありませんが、かといって止めようとしたり、文句を言う気もありません。
ただし、それが女性差別・人種差別・日本会議カルト思想などを世の中に垂れ流し、社会に害毒をまき散らし、人命よりも差別に基づく内部規定を優先するような反社会的な存在であるならば、もはや黙って見ていることはできません
少なくとも、差別に加担したり、差別のために人命をも足蹴にする反社会的組織を国が優遇する、またはそう誤解させることがあってはならないわけですから、差別を一切撤廃しない限り、このヘイト興業が「国技」を名乗るのを認めてはなりませんし、公益法人として税制優遇などもあり得ません。また、女性を「穢れ」と位置づけ、その差別思想は人の命に勝ると考えるようなヘイト興業を放送することは、著しく不公正かつ差別の再拡散に他ならない行為ですから、公共放送がやっていいことではなく、こちらも一切廃止しなければなりません。
それでもなお伝統と称して差別を温存したいのであれば、差別を推進し人命を脅かす社会悪集団によるスポーツ興業として日陰で細々とやってもらえば結構。表に出てきたらバッシングを受け、反差別カウンターに徹底的に罵声を浴びせられるくらいが適切な扱いでしょう。差別・不公正を堂々と日向に出すわけにはいきません。

相撲協会は「女性は基本的に入ってはいけないが、緊急時は例外とする」のような狂った案でごまかそうとしてくる可能性がありますが、本件の原因が伝統の名を借りた女性差別である以上、それを廃止することだけが唯一の選択肢です。
大体、誰がどのような知見の下でそれを緊急である、したがって女性が土俵に入ることは仕方ない、などと判断するのでしょうか。
何なら、今回の件で女性排除のアナウンスをした人物に「あなたはこれを緊急事態と認識していながら、女性が土俵に入るくらいなら市長が死ねばいいと考えてあのようなアナウンスをしたのか?それとも、緊急事態であるという認識が十分でなかったのか?」と聞いてみるとよろしいでしょう。もし前者ならもはや論外も甚だしく、人命にゴミ以下の価値しか見出していないような運営をする国技とやらには消えてもらう以外の選択肢はないとして、おそらく後者と答えるはずです。
すなわち、緊急であるか否かを正しく判断もできないがためにこのような問題が起こったのに対し、緊急時のみ制限を緩める措置を取っても何の意味もありません
また、人命より差別を優先してしまった構造、つまり差別のために人を殺す可能性がある状況は、いくら緊急時の対応を定めようとも差別規定を廃止しない限り温存されます。
悪あがきはやめ、女性差別の廃止を決定するしかありません。

土俵に大量の塩まく 女性らが倒れた市長救命後 舞鶴

>女性らが救命活動した後の土俵に塩がまかれたことについて、日本相撲協会の尾車事業部長(元大関琴風)は5日、「女性軽視のようなことは全くない。(けがの)連鎖を防ぐためにまいた」と説明した。

こんなもの、もはや誰も信じる人はいないでしょう。
これを信じてもらおうとするのなら、方法はただ一つ。「女性は穢れで、土俵に入ってはいけない」と相撲協会側が考えているから「入った後に塩をまいた」とみなされているわけですから、女性差別規定を一切廃止することで相撲協会がそのような思想を取っていないことを証明し、これが女性軽視による塩まきではないと示せばよいのです。
逆に言えば、この期に及んでこれすらできないようなら塩をまいた理由も分かったようなものです。

今後、相撲協会は一切の女性差別規定を廃止することはもとより、人種差別を含めたあらゆる差別を一切許容しないことを宣言の上、理念や規約にそれを明記して遵守し、今までの差別を認め謝罪することがまず必要です。
また、相撲協会が最も神聖と位置付ける場所の土俵を使い、多数の女性に土俵に上がってもらうイベントを実施、この様子を一般及びメディアに公開することで「社会の公正が伝統と称する差別に勝った瞬間」を人々に印象付け、かつ差別温存勢力の意思を粉砕する、といった程度のアピールは最低限必要と考えます。
もしそれに対して抗議をする者があれば、相撲協会が公式に反論の上、大相撲は差別を一切許さないと宣言せねばなりません。その上で、差別が解消された状態を確実に維持するために、毎場所1度は観客がいる中で女性に土俵に上がってもらうようにすべきです。
伝統と称する差別など、今回の救助などのような「現実」や、組織の異常な内規による支配が及ばない状況、「伝統」を上書きする既成事実などに対しては全くの無力です。差別が「現実」によって可視化されたところで、その差別的・反社会的内規を世の中や国際社会の場に引きずり出し、差別を上書きする既成事実を積み重ねて壊滅させることが必要です。