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2018-10-06 の記事 - 2018-10-06
勝利は容易ではないとされていた沖縄知事選でしたが、ふたを開けてみれば玉城デニー氏の圧勝に終わりました。
この選挙に対し、与党は「総力戦」を展開していました。今の自民党や政権における「総力戦」とはすなわち、自民・公明・維新・創価・幸福カルトが勢揃いし、国会議員から各勢力の「飼い犬」までがデマとヘイトの限りを尽くし、自らの力の優位性を用いて締め上げ、選挙の自由や秘密選挙を損なうような手段を用い、ありとあらゆる外道で卑怯で非民主的な手を駆使して勝ちに行くことです。
玉城氏が勝ったのはもちろん、このような卑劣な手段を使った側がきっちり敗北したのは非常に素晴らしいことで、喜ばしいというよりはほっとしています。

ただし、問題はこれからです。玉城氏が圧倒的な勝利を収めたまではいいものの、このままでは氏が十分な成果を上げることは難しいでしょう。そして、氏がなかなか成果を上げられないことをレイシスト連中にあげつらわれ、失敗知事のレッテルを貼られる危険すらあり得ます。
無論、玉城氏の能力が足りないわけではありません。本土及び日本政府と沖縄では力の差がありすぎるのです。沖縄単独でこの状況を支え続けるなど、神様が知事になってすら不可能です。これは翁長氏も苦しみ続けた点ですが、本土が圧倒的な力で殴りつけてくる限り、沖縄は責任者の実力の程度など無関係に、日に日に追い詰められていきます。これに根を上げ、本心を殺して「降伏」を選びたがる沖縄人が出てきても、責めることはできません。
すなわち、本土が沖縄いじめをやめ、沖縄を踏みにじる政府を拒否し、沖縄の側に立たなければなりません。
沖縄はすでに、徹底的に卑劣な手段を用いて勝ちを得ようとした与党系候補を退けてまで、その民意を示しました。沖縄が果たすべき責任はここまでです。ここから先は100%、本土の責任なのです。

沖縄県知事選 玉城デニー氏が初当選 「菅官房長官と小泉進次郎氏の演説で失敗」(自民党幹部)

別にこの件が致命傷というわけではないでしょうが、いつもの「総力戦」を用いても勝てなかったのは確かです。
ではなぜ、沖縄には「総力戦」、すなわちデマとヘイトにまみれた卑劣な選挙戦略が通用しなかったのでしょうか。

卑劣なデマとヘイトが佐喜眞陣営にとって逆効果になった、との主張も見られますが、私はそのようには考えていません。おそらく、「総力戦」は沖縄でもそれなりの効果を上げていました。当然、卑怯な手段に対する反発から票が逃げた側面は確かにあるはずで、そのどちらが多いかを決定できるだけの情報を私は持ちませんが、差し引いても一定の効果はあったのではないかと考えています。
でなければ、直接の制御が難しい野良レイシスト連中はともかく、陣営側の国会議員、例えば遠山氏までがデマ流しに加わる理由はありませんし、おまけに氏は知事選後に公明党の幹事長代理のポストを得ており、デマ流しのご褒美、というのは言い過ぎにしても、少なくとも問題視はされていないことが分かります。
ただ、本土ならばデマとヘイトでほとんど勝ちを収めることができるところを、沖縄では勝利を得られるほどまでに絶対的な作用を持たなかった、というわけです。
そして、与党お得意のデマ・ヘイト戦略では勝ちきれなかった以上、残りは普通の選挙戦、すなわち政策や人柄、誠実さなどでの勝負となります。こうなると、沖縄の一大関心事である基地問題は隠し続けて「携帯電話の料金を下げる」などと知事の権限では不可能な政策を言い立て、陣営の非公式応援者の蛮行はもとより国会議員までがデマを垂れ流し、しかも佐喜眞氏自身が日本会議のメンバーであった上にそれを隠そうとするなど、非常に問題が多かった佐喜眞陣営が、ルーツからしても多様性を象徴するような存在であり、ヘイト陣営とは対極にある玉城氏に太刀打ちすることは難しくなります。

本土ではあれほど強烈な効果を見せるデマやヘイトが、沖縄ではあまり効かなかったことには様々な要因があるのでしょうが、私はこれを「踏みにじられてきた沖縄だから」ではないかと考えています。
本土はもはや、デマとヘイトにまみれています。少し強烈な言い方をするならば、自らの人権の一部、健康で文化的で文明的な生活の一部を放棄するのと引き換えに、「デマ」という幸せになる粉、「ヘイト」という弱い立場の人々の頭を土足で踏みにじる娯楽を与えられ、その快楽に浸っているのが今の日本です。
インターネットにヘイトが現れない日はなく、本屋に行けばヘイト本が積まれ、テレビを見ればヘイト番組や日本スゴイ番組。若い世代はインターネット、年配世代はヘイト本とテレビ。症状をこじらせた若者はPCや携帯端末でヘイトを書き散らし、年配者は懲戒請求を書き散らす。そこまでこじらせていない者でも、極めて自然に差別や偏見を口にする。老いも若きもこの快楽に漬かり切っています。
国会議員の杉田氏はむごたらしい文章を新潮45に記載し、東京の小池氏は朝鮮人虐殺への追悼文送付をせず、大阪は歴史修正主義によってサンフランシスコ市との姉妹都市を解除する。極めつけはヘイト人員ばかり寄せ集めた内閣改造。こうした国・地方の両方における政治家の動きは、直近のものだけでもかなりの数に上ります。
こうしたヘイトのターゲットとなる相手は、韓国・朝鮮人、中国人、その他外国人・難民、障碍者、性的マイノリティ、女性、生活困窮者、少数民族者など。当然、普段は「沖縄」もそのターゲットの中に入っています
日々ひどい言葉を投げかけ、基地などの負担は押し付け、今まで散々踏みにじってきた沖縄に対し、選挙となるなり「お前らにもデマとヘイトの快楽を与えてやる。だから基地問題などへの抵抗をやめ、沖縄としての尊厳を放棄しろ」と言わんばかりのデマ・ヘイト。
本土であれば勝負を決めるのに十分なだけの住民がヘイトデマに影響され、その幸せの粉によってありもしないものが見えるようになり、居もしない「敵」と戦って快楽に酔いしれ、与党側候補が勝ちを収めるところですが、沖縄は決してその尊厳を売り渡しませんでした。佐喜眞氏に投票しなかった人のみならず、色々と大変な事情があって佐喜眞氏に入れた沖縄人の中にも、その陣営のやり方に疑問を抱いていた人は多いのではないでしょうか。
そして、沖縄がそれを拒否する民意を示した後、都合の良い時だけは「沖縄は日本だ」などと言ったりするヘイト連中がどのような態度を取ったかは、これを見ての通りです。

玉城デニー氏当選後、「総攻撃」「再占領」など沖縄をめぐる暴力的なツイート相次ぐ

こんなもの冗談では済まされませんし、実際冗談ではないのでしょう。
結局、どうあっても沖縄はヘイトの対象でしかないのです。沖縄の人々がこのような連中の願い通りにならない決定を下したのはやはり尊いことだと、つくづく考えざるを得ません。

ところで、なぜ本土は頑なに沖縄の言い分を無視し、沖縄をいじめる政府を選び、沖縄に苦痛を押し付け続けるのか。
よくある答えとして「本土が基地負担などを受け入れなくて済み、都合が良いから」というものがありますが、私はこれに疑問を持っています。
仮に本土で基地の一部を持つことになったとしても、多くの人にとってそれが自分の家の隣に来る可能性は限りなく低いのです。近所が高確率でその候補となり得る人ならともかく、何が何でも過大な負担を沖縄に押しつけ続ける理由として、それほど強力な動機には見えません。ほんのわずかでもリスクがあるなら嫌だというなら、福祉削減政策にでも反対する方が合理的ですし、誰か本土の人間が苦しむのは嫌だというなら、沖縄人の苦しみも無視できないはずです。
また、地理的な面を考えたとしても、実際には基地は必ずしも全部沖縄に置く必要はありません。翁長氏も玉城氏も知事として基地の全廃は求めておらず、こんな理不尽な負担はもう無理だと言っているに過ぎません。沖縄の負担問題は地理的問題でも国際問題でもなく、内政問題とみなすべきものです。
結局、建前としてこれらの理由を口にすることはあったとしても、そればかりが理由であるとは到底考えられないのです。

それでは、他に何が理由なのか。沖縄が生意気にも反論し、抵抗し、負担を嫌がるのが気に障るから、というのが理由の一つであると、私は考えています。政府が翁長氏時代の沖縄に対してやってきたいじめはまさにそれですし、そのやり方に多数の本土の人々が激怒し、政府が窮地に立たされるようなこともありませんでした。
実際、これは沖縄に限った話ではありません。同性愛者を「気持ち悪い」としながら、ならば気持ち悪い連中など放っておけばよいものを、差別解消などを訴えるLGBTにいちいち攻撃をかける者。自力でタラップを上がり、バリアフリーを訴える障碍者を攻撃する連中。テレビで貧困について訴えた女子高生を攻撃する、国会議員までもを含む連中。性被害を訴えた女性を攻撃し、とうとう「亡命」にまで追いやる連中。いきいきと活躍する韓国ルーツの人に、非道な暴言を投げかける連中。
結局、見下し、差別し、踏みにじっている相手が、声を上げたり、抵抗したり、活躍することが気にくわないのです。
沖縄知事選で敗れた後、安倍氏は内閣改造を行い、内閣のメンバーというよりヘイトデモ参加者のリストにしか見えないほどにすさまじい人事となりました。沖縄での敗北を受けて、ますます極まったヘイトをぶつけることが、本土の世論の評価を得る上で得策であると判断しているわけです。

今回の沖縄の体験を弾みとして、立憲野党は次の選挙に備えることになるでしょう。ただ、私はそれが沖縄のようにいくとは全く考えていません。
人に踏みにじられる痛みも知らず、人を踏みにじる快楽に漬かっている本土に対しては、今後とも「総力戦」は効果的すぎるほどに効果を発揮するはずです。

ネット右翼に足を引っ張られた佐喜眞候補【沖縄県知事選挙 現地レポ〜敗北の分析】

この記事。佐喜眞陣営は「勘弁して欲しかった」としていますが、到底信じられません。
というのは、もし佐喜眞陣営がこれを本気で迷惑とみなしていたならば、そのようなヘイト連中の存在に一言たりとも言及することなく、しかも印象の良いポジティブな訴えによりヘイト連中を追い散らす、ポジティブカウンターが可能であったためです。

佐喜眞氏の支持者により、玉城氏は中国の手先だの、中国が侵略してくるだのと散々デマが流されましたが、実は佐喜眞氏こそが沖縄県日中友好協会の顧問であるという情報が掘り出されています。
無論、私はこれについて佐喜眞氏を批判するつもりはありません。日中友好、実に素晴らしいものではありませんか。私は佐喜眞陣営のやることなすこと、そのほとんどに賛同できませんでしたが、日中友好を目指すのであればその点だけには大いに賛同します。
沖縄から日中友好を訴え、友好の懸け橋となる。これは携帯電話料金値下げなるインチキ政策と違い、知事の権限で十分に実現可能です。経済面でもメリットがあり、経済振興を訴える佐喜眞氏の方向性にも合致しています。友好的で穏健な姿勢をアピールでき、無党派層の支持も得られます。加えて、中国を悪魔化してデマとヘイトの限りを尽くしている非公式応援団の連中も、蜘蛛の子を散らすように退散することでしょう。
必要なのはただ一言、「私は日中友好協会の顧問です。知事になったら日中友好をどんどん推進していきます」と宣言するだけ。ただそれだけで、これほどのメリットが生まれるのです。
ところがどうか。大迷惑な非公式応援団が徹底的にヘイトとデマを垂れ流す中で、佐喜眞陣営からそのようなことは一切なされなかったのです。非公式応援団による中国を悪魔化したヘイトに頭を痛めていて、直接の言及は避けつつそれを止めたいと考えているなら、自分が日中友好アピールをするのが一番であることなど、誰にでも分かりそうなものです。
なぜしないのか。こうした非公式応援団こそが、佐喜眞陣営の真の応援団であることを知っていたからです。中国ヘイトに染まった連中こそが、自分の票田であると理解していたからです。

「日本ではない国に行けば」 翁長知事の息子が投げかけられた言葉

興味深い記事ではあります。
が、しかし。

>すごくこんがらがっていた。保守的な思想と、しかしながら基地に反対したい思想と。それの整合性が取れずに、どんどん「ネトウヨ」になっていった。

>それも一つの経験だったし、だからこそ今の自分があると思いますので、諌める気はありません。


他人の魂を殺傷し、その尊厳を踏みにじっておきながら、この認識の浅さは一体何なのですか
レイシストになるというのは、ここまで軽々しく語れることではありません。それは人々の魂を殺す行為ですし、現実に命を失う人もいます。レイシストから脱却できたとして、贖罪に必要なのは数年か、数十年か、あるいは一生涯か。それほどに重いことなのです。

氏のような人に聞いてみたいことがあります。

もしあなたが、快楽のために人を殺したとします。その後、あなたが「人殺し」ではなくなるためには何をすればよいですか?

これは答えのない問題です。服役して出所すれば、刑法上の責任は終えたことにはなっても、おそらくそれで「人殺し」でなくなるわけではないでしょう。
贖罪を済ませた時でしょうか。では、何をすれば贖罪といえるのか。遺族に許された時でしょうか。では、遺族がどこにいるか分からない場合は?それとも、快楽目的で人を殺してしまった以上、死ぬまで「人殺し」であり続けるのでしょうか。
その上で、次にこう問います。

あなたは快楽のために人の魂を殺しました。その後、あなたが「魂の人殺し」ではなくなるためには何をすればよいですか?

私は、この翁長氏の息子という方がレイシストでなくなったとは考えません。本当にレイシストではなくなった人間の態度ではないからです。
たとえ塗炭の苦しみを味わわされ、針の筵に巻かれ、踏まれ蹴られ、そのままドブに突き落とされても、全く文句は言えないどころか、被害者の苦しみに比べればあまりにも軽い。人の魂を殺し、その尊厳を踏みにじった代償はあまりにも重い。差別とは、レイシストになるとは、そういう行為です。

そして案の定、ヘイト市議・小坪氏と面会していたことが判明。自分の罪が認識できていないから、こういうことになります。しかも、知らなかったなら「よくないことでした。今後は気を付けます」で済むところを、「会いたいと仰る方とは会う」「排除の論理が嫌い」と自称中立ヘイト勢のような定番の言い訳。無論、安田浩一氏のように反差別を明確にし、差別について十分な知識を持った上でレイシストを取材することはあってもよいのですが、この言い訳の様子ではそれとは程遠いと考えざるを得ません。
どうぞ、きっちり反省してから出直しておいでください。自分の罪を正しく認識し、その重さにのたうち回って苦しみ、果てのない贖罪を決意し、それからおいでください。現状のこの方の言い分からは、懲戒請求で反撃を受けそうになり、慌てて謝罪という名の言い逃れや責任転嫁をした人々と同じ匂いしかしません。